29 / 45
29話
しおりを挟む
ガイアスを見送り、再び森の静寂が戻ってきた。
リィエルはまず、新入りであるルミのエネルギー供給問題を解決することにした。こいつは放っておくとリィエルの袖や首筋から直接魔力を吸い取ろうとするため、作業効率が著しく低下するからだ。
「よし。ここにルミ専用の魔力補給ステーションを設置するか。シロ、そこにある触媒石を動かさないでくれよ」
リィエルは庭の木陰に、小さな噴水のような魔導装置を組み立て始めた。
地下の龍脈から微弱な魔力を吸い上げ、ルミが摂取しやすい波長に変換して放出する仕組みだ。装置の中心で青白い炎のような光が揺らめき始めると、ルミは待ってましたと言わんばかりに、リィエルの肩からその装置へとダイブした。
「ぷる、ぷるる……」
ルミは装置の天板の上で平べったく広がり、満足げに全身を発光させている。
「……ふむ。出力は安定しているな。これで俺の魔力を直接ドレインされる心配はなくなった。シロ、お前の縄張りもこれで確保されたはずだぞ」
「きゅうっ!」
シロは装置の上で平らになっているライバルを見下ろし、自分はリィエルの足元で得意げに尻尾を振った。
一件落着かと思われたその時、庭の防衛結界の外縁から、今まで聞いたことのないような低周波の警告音が響いた。
「……なんだ。侵入者か。だが、攻撃的な魔力ログではないな。むしろ、ひどく困惑しているような、迷走したデータだ」
リィエルが結界の操作画面を空中に投影すると、そこには森の境界線付近で、右往左往している巨大な影が映し出されていた。
それは、全身が苔むした岩のように見える、山羊に似た姿の大型魔獣だった。本来、この森の深部には生息していない種類だ。
「……マウンテンゴートの変異種か。どうやら、ルミのために設置したステーションの誘引波長が、広域に拡散しすぎてしまったみたいだな。想定外の仕様漏れだ」
リィエルはため息をつき、杖を手に取った。
放っておけば結界に衝突して物理的なダメージを負いかねない。リィエルはシロを連れ、念のためにステーションからルミを引き剥がして、境界線へと向かった。
森の入口にいたのは、予想以上に巨大な個体だった。
その山羊のような魔獣は、リィエルの姿を見るなり、角を低くして警戒の姿勢をとる。だが、その瞳には敵意よりも、どこか道を見失ったことへの不安が強く滲んでいた。
「……落ち着け。俺はお前を排除しに来たわけじゃない。お前が惹かれた光は、あっちのステーションからの漏れ出た信号だ」
リィエルは杖の先を地面に突き、魔獣の周囲にだけ、心を落ち着かせるための鎮静波を広げた。
すると、殺気立っていた魔獣の呼吸が次第に整い、その巨体がゆっくりと地面に伏せられた。
「きゅう……きゅうぅ」
シロがリィエルの影からこっそりと顔を出し、大きな魔獣を観察している。
一方、リィエルの手に抱えられたルミは、好奇心からか魔獣の鼻先に向かってぷるると光を点滅させた。
「……なるほど。お前、角に古い傷があるな。そこから魔力が漏れて、感覚器官が狂っていたのか。だから、俺が作ったステーションの整った魔力に引き寄せられたわけか」
リィエルは不器用な手つきで、魔獣の硬い角の付け根に触れた。
彼はそのまま、角の亀裂を埋めるように指先で魔力を流し込み、歪んでいた魔導回路を修復していく。
「よし、これでノイズは消えたはずだ。もう迷わずに山へ帰れるだろう」
魔獣はすっきりとした顔で立ち上がると、リィエルに向けて一度だけ低く鳴き、再び山の方へと去っていった。
「……やれやれ。ルミのステーションには、遮蔽用の防護壁を追加しないといけないな。これでは、森中の迷子の魔物を呼び寄せるハブになってしまう」
リィエルは自分の設計ミスを反省しながら、夕暮れ時の庭へと戻り始めた。
一人きりだった時とは違う、予期せぬトラブルの連続。
けれど、それを解決するたびに、この森の地図が少しずつ自分たちの色に書き換えられていく感覚は、エンジニアとして決して悪くない気分だった。
リィエルはまず、新入りであるルミのエネルギー供給問題を解決することにした。こいつは放っておくとリィエルの袖や首筋から直接魔力を吸い取ろうとするため、作業効率が著しく低下するからだ。
「よし。ここにルミ専用の魔力補給ステーションを設置するか。シロ、そこにある触媒石を動かさないでくれよ」
リィエルは庭の木陰に、小さな噴水のような魔導装置を組み立て始めた。
地下の龍脈から微弱な魔力を吸い上げ、ルミが摂取しやすい波長に変換して放出する仕組みだ。装置の中心で青白い炎のような光が揺らめき始めると、ルミは待ってましたと言わんばかりに、リィエルの肩からその装置へとダイブした。
「ぷる、ぷるる……」
ルミは装置の天板の上で平べったく広がり、満足げに全身を発光させている。
「……ふむ。出力は安定しているな。これで俺の魔力を直接ドレインされる心配はなくなった。シロ、お前の縄張りもこれで確保されたはずだぞ」
「きゅうっ!」
シロは装置の上で平らになっているライバルを見下ろし、自分はリィエルの足元で得意げに尻尾を振った。
一件落着かと思われたその時、庭の防衛結界の外縁から、今まで聞いたことのないような低周波の警告音が響いた。
「……なんだ。侵入者か。だが、攻撃的な魔力ログではないな。むしろ、ひどく困惑しているような、迷走したデータだ」
リィエルが結界の操作画面を空中に投影すると、そこには森の境界線付近で、右往左往している巨大な影が映し出されていた。
それは、全身が苔むした岩のように見える、山羊に似た姿の大型魔獣だった。本来、この森の深部には生息していない種類だ。
「……マウンテンゴートの変異種か。どうやら、ルミのために設置したステーションの誘引波長が、広域に拡散しすぎてしまったみたいだな。想定外の仕様漏れだ」
リィエルはため息をつき、杖を手に取った。
放っておけば結界に衝突して物理的なダメージを負いかねない。リィエルはシロを連れ、念のためにステーションからルミを引き剥がして、境界線へと向かった。
森の入口にいたのは、予想以上に巨大な個体だった。
その山羊のような魔獣は、リィエルの姿を見るなり、角を低くして警戒の姿勢をとる。だが、その瞳には敵意よりも、どこか道を見失ったことへの不安が強く滲んでいた。
「……落ち着け。俺はお前を排除しに来たわけじゃない。お前が惹かれた光は、あっちのステーションからの漏れ出た信号だ」
リィエルは杖の先を地面に突き、魔獣の周囲にだけ、心を落ち着かせるための鎮静波を広げた。
すると、殺気立っていた魔獣の呼吸が次第に整い、その巨体がゆっくりと地面に伏せられた。
「きゅう……きゅうぅ」
シロがリィエルの影からこっそりと顔を出し、大きな魔獣を観察している。
一方、リィエルの手に抱えられたルミは、好奇心からか魔獣の鼻先に向かってぷるると光を点滅させた。
「……なるほど。お前、角に古い傷があるな。そこから魔力が漏れて、感覚器官が狂っていたのか。だから、俺が作ったステーションの整った魔力に引き寄せられたわけか」
リィエルは不器用な手つきで、魔獣の硬い角の付け根に触れた。
彼はそのまま、角の亀裂を埋めるように指先で魔力を流し込み、歪んでいた魔導回路を修復していく。
「よし、これでノイズは消えたはずだ。もう迷わずに山へ帰れるだろう」
魔獣はすっきりとした顔で立ち上がると、リィエルに向けて一度だけ低く鳴き、再び山の方へと去っていった。
「……やれやれ。ルミのステーションには、遮蔽用の防護壁を追加しないといけないな。これでは、森中の迷子の魔物を呼び寄せるハブになってしまう」
リィエルは自分の設計ミスを反省しながら、夕暮れ時の庭へと戻り始めた。
一人きりだった時とは違う、予期せぬトラブルの連続。
けれど、それを解決するたびに、この森の地図が少しずつ自分たちの色に書き換えられていく感覚は、エンジニアとして決して悪くない気分だった。
10
あなたにおすすめの小説
きっと、君は知らない
mahiro
BL
前世、というのだろうか。
俺は前、日本という国で暮らしていて、あの日は中学時代にお世話になった先輩の結婚式に参列していた。
大人になった先輩と綺麗な女性の幸せそうな姿に胸を痛めながら見つめていると二人の間に産まれたという女の子がひとりで車道に向かい歩いている姿が目に入った。
皆が主役の二人に夢中で子供の存在に気付いておらず、俺は慌ててその子供のもとへと向かった。
あと少しで追い付くというタイミングで大型の車がこちらに向かってくるのが見え、慌ててその子供の手を掴み、彼らのいる方へと突き飛ばした。
次の瞬間、俺は驚く先輩の目と合ったような気がするが、俺の意識はそこで途絶えてしまった。
次に目が覚めたのは見知らぬ世界で、聞いたことのない言葉が行き交っていた。
それから暫く様子を見ていたが、どうやら俺は異世界に転生したらしく………?
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【8話完結】俺は推しじゃない!ただの冒険者だ!
キノア9g
BL
ごく普通の中堅冒険者・イーサン。
今日もほどほどのクエストを探しにギルドを訪れたところ、見慣れない美形の冒険者・アシュレイと出くわす。
最初は「珍しい奴がいるな」程度だった。
だが次の瞬間──
「あなたは僕の推しです!」
そう叫びながら抱きついてきたかと思えば、つきまとう、語りかける、迫ってくる。
挙句、自宅の前で待ち伏せまで!?
「金なんかねぇぞ!」
「大丈夫です! 僕が、稼ぎますから!」
平穏な日常をこよなく愛するイーサンと、
“推しの幸せ”のためなら迷惑も距離感も超えていく超ポジティブ転生者・アシュレイ。
愛とは、追うものか、追われるものか。
差し出される支援、注がれる好意、止まらぬ猛アプローチ。
ふたりの距離が縮まる日はくるのか!?
強くて貢ぎ癖のあるイケメン転生者 × 弱めで普通な中堅冒険者。
異世界で始まる、ドタバタ&ちょっぴり胸キュンなBLコメディ、ここに開幕!
全8話
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる