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9話
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「アルス様、朗報です! 聖女様から、騎士団の士気向上のために『特別個人修練』の神託が下りました!」
俺が執務室に駆け込むと、アルス様は苦虫を噛み潰したような顔でリリアーヌ様からの書状を眺めていた。
そこには「アルス副団長は、新入りのセシルに騎士としての基礎を叩き込むべし。なお、集中力を高めるため、今夜は月明かりの下、二人きりで行うこと。これ、聖なるお告げなり」という、明らかに私欲にまみれた命令が記されている。
(リリアーヌ様……! なんて有能な壁なんだ……! 前世で言えば、推しと二人きりの個室を用意してくれる公式運営神ですよ、これ!)
「……あいつ、何を企んでいるんだ。ただの雑用係に、近衛の修練など必要あるまい」
「そう仰らずに! 万が一、アルス様に敵が襲いかかった時、僕が肉壁として機能しないと困るでしょう? さあ、ご指導(物理)をお願いします!」
アルス様は深いため息をついたが、俺の首筋に残る自分の「噛み跡」をチラリと見ると、ふっと口角を上げた。
「……いいだろう。貴様が音を上げても、絶対に逃がさないからな」
その夜。
誰もいない訓練場。青白い月光が、アルス様の黒髪を銀色に縁取っている。
彼は木剣ではなく、あえて「手取り足取り」の近接格闘術を教えると言い出した。
「まずは構えだ。腰が高い。……ここを落とせ」
背後からアルス様の体が密着する。
彼の大きな手が、俺の腰をグイッと引き寄せ、太ももの位置を修正するために力強く叩いた。
「っ……アルス様、近いです……!」
「訓練だ。意識を逸らすなと言っただろう。……それとも、これくらいで動揺するほど、俺を意識しているのか?」
耳元で囁かれる低音ボイス。
首筋に触れる彼の荒い鼻息。
月光の下でのアルス様は、昼間よりもずっと「捕食者」としての色気が増している。
「意識……しないわけないじゃないですか! 好きな人にこんなにベタベタ触られて、平常心でいられるほど僕は聖人じゃありません!」
俺がヤケクソで本音をぶちまけると、アルス様の動きが止まった。
腰を掴んでいた彼の手が、じりじりと、服の下……背中の肌を直接這い上がる。
「……『好きな人』、か。貴様のその愛は、どこまで本気なんだ、セシル」
アルス様は俺を振り向かせ、そのまま壁際へと追い詰めた。
逃げ場はない。
冷たい石壁と、アルス様の熱い肉体に挟まれ、俺の心拍数は上限を超えた。
「……本気に決まってるでしょう。処刑されてもいいと思ったくらい、僕は、あなたの……」
「……言わせるな」
アルス様の唇が、俺の言葉を強引に塞いだ。
それは、前回の「噛み跡」よりもずっと深く、情熱的で、溺れるような口づけ。
推しの唇が柔らかいなんて、聞いてない。
鼻に抜ける彼の香りに、俺の脳は一瞬でショートした。
「ん……んんっ……!」
ようやく唇が離れた時、俺は酸素を求めて肩で息をしていた。
アルス様は、濡れた瞳で俺を見下ろし、親指で俺の唇をなぞる。
「……お前の『愛でる』という言葉が、ずっと癪に障っていた。俺を、高みの見物で楽しむ鑑賞物だと思うなよ」
「アルス、様……」
「お前は、俺に愛されるんだ。……いいな、セシル」
アルス様の瞳にあるのは、もはや騎士としての理性ではない。
リリアーヌ様が言っていた「執着する男」そのものだ。
俺の破滅フラグはどこへやら、今、目の前にあるのは、推しに完膚なきまでに愛されるという「至福の破滅」だった。
(……リリアーヌ様、大成功です。でもこれ……訓練どころか、腰が砕けて明日から仕事にならないかもしれません……!)
その頃、遠くの塔から双眼鏡で二人を観察していたリリアーヌは、静かに鼻血を拭いながらガッツポーズを決めていた。
「よっしゃあああ! 接待BL、最高おおおお!!」
セシルのオタク魂と、アルスの暴走する独占欲。
二人の夜は、まだ始まったばかりだった。
俺が執務室に駆け込むと、アルス様は苦虫を噛み潰したような顔でリリアーヌ様からの書状を眺めていた。
そこには「アルス副団長は、新入りのセシルに騎士としての基礎を叩き込むべし。なお、集中力を高めるため、今夜は月明かりの下、二人きりで行うこと。これ、聖なるお告げなり」という、明らかに私欲にまみれた命令が記されている。
(リリアーヌ様……! なんて有能な壁なんだ……! 前世で言えば、推しと二人きりの個室を用意してくれる公式運営神ですよ、これ!)
「……あいつ、何を企んでいるんだ。ただの雑用係に、近衛の修練など必要あるまい」
「そう仰らずに! 万が一、アルス様に敵が襲いかかった時、僕が肉壁として機能しないと困るでしょう? さあ、ご指導(物理)をお願いします!」
アルス様は深いため息をついたが、俺の首筋に残る自分の「噛み跡」をチラリと見ると、ふっと口角を上げた。
「……いいだろう。貴様が音を上げても、絶対に逃がさないからな」
その夜。
誰もいない訓練場。青白い月光が、アルス様の黒髪を銀色に縁取っている。
彼は木剣ではなく、あえて「手取り足取り」の近接格闘術を教えると言い出した。
「まずは構えだ。腰が高い。……ここを落とせ」
背後からアルス様の体が密着する。
彼の大きな手が、俺の腰をグイッと引き寄せ、太ももの位置を修正するために力強く叩いた。
「っ……アルス様、近いです……!」
「訓練だ。意識を逸らすなと言っただろう。……それとも、これくらいで動揺するほど、俺を意識しているのか?」
耳元で囁かれる低音ボイス。
首筋に触れる彼の荒い鼻息。
月光の下でのアルス様は、昼間よりもずっと「捕食者」としての色気が増している。
「意識……しないわけないじゃないですか! 好きな人にこんなにベタベタ触られて、平常心でいられるほど僕は聖人じゃありません!」
俺がヤケクソで本音をぶちまけると、アルス様の動きが止まった。
腰を掴んでいた彼の手が、じりじりと、服の下……背中の肌を直接這い上がる。
「……『好きな人』、か。貴様のその愛は、どこまで本気なんだ、セシル」
アルス様は俺を振り向かせ、そのまま壁際へと追い詰めた。
逃げ場はない。
冷たい石壁と、アルス様の熱い肉体に挟まれ、俺の心拍数は上限を超えた。
「……本気に決まってるでしょう。処刑されてもいいと思ったくらい、僕は、あなたの……」
「……言わせるな」
アルス様の唇が、俺の言葉を強引に塞いだ。
それは、前回の「噛み跡」よりもずっと深く、情熱的で、溺れるような口づけ。
推しの唇が柔らかいなんて、聞いてない。
鼻に抜ける彼の香りに、俺の脳は一瞬でショートした。
「ん……んんっ……!」
ようやく唇が離れた時、俺は酸素を求めて肩で息をしていた。
アルス様は、濡れた瞳で俺を見下ろし、親指で俺の唇をなぞる。
「……お前の『愛でる』という言葉が、ずっと癪に障っていた。俺を、高みの見物で楽しむ鑑賞物だと思うなよ」
「アルス、様……」
「お前は、俺に愛されるんだ。……いいな、セシル」
アルス様の瞳にあるのは、もはや騎士としての理性ではない。
リリアーヌ様が言っていた「執着する男」そのものだ。
俺の破滅フラグはどこへやら、今、目の前にあるのは、推しに完膚なきまでに愛されるという「至福の破滅」だった。
(……リリアーヌ様、大成功です。でもこれ……訓練どころか、腰が砕けて明日から仕事にならないかもしれません……!)
その頃、遠くの塔から双眼鏡で二人を観察していたリリアーヌは、静かに鼻血を拭いながらガッツポーズを決めていた。
「よっしゃあああ! 接待BL、最高おおおお!!」
セシルのオタク魂と、アルスの暴走する独占欲。
二人の夜は、まだ始まったばかりだった。
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