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番外編1
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海を望む高台の家で暮らし始めて、数ヶ月が経った。
シンガポールでの三年間を経て、僕と一条さんの関係は、もはや言葉で説明する必要のないほど深く、静かな凪(なぎ)のような安定感に満ちている。
日曜日の午前十時。
カーテンの隙間から差し込む柔らかな春の光が、広いベッドを照らしている。
隣で眠る一条さんは、仕事の時の峻厳な表情とは打って変わって、幼子のような無防備な寝顔を見せていた。
「……一条さん、起きてください。もう十時ですよ」
僕が耳元で囁きながら肩を揺らすと、一条さんは「ん……」と短く唸り、僕の腰に腕を回して引き寄せた。
「……あと五分。……凪の香りが、一番の安眠剤だ」
「もう、そんなこと言って。今日は一緒にブランチを作る約束でしょう? ほら、早く」
一条さんは渋々といった様子で目を開けた。
シンガポール時代、一人で自炊を特訓したという彼は、今では僕の助手として、あるいは「卵焼き担当」として、キッチンに立つことを何よりの楽しみにしている。
二人でキッチンに並ぶ。
一条さんが担当するのは、三年間で磨き上げた「特製・焦がしバターのオムレツ」。
僕はその隣で、現地のマーケットで覚えたスパイシーなサラダと、焼きたてのバゲットを準備する。
「……凪、見てくれ。今日の火加減は完璧だ。……黄金色の外側と、溢れ出す半熟のコントラスト。これは、俺の最新の美術館建築にも通じる黄金比だな」
「ふふ、オムレツで建築を語るのは一条さんくらいですよ。でも、本当に上手になりましたね」
一条さんは満足げに頷くと、僕の口元に少しだけ味見のオムレツを運んできた。
バターの濃厚な香りと、卵の優しい甘みが口いっぱいに広がる。
「美味しい……。一条さん、三年前の『黒焦げの卵焼き』からは想像もできない進化です」
「……あの頃は、君がいつ俺の前からいなくなるか、そればかりが怖くて指先が震えていたんだ。……だが今は違う。君がここにいるという確信が、俺に正確な火加減を教えてくれる」
一条さんはそう言って、僕の項にそっと唇を寄せた。
その仕草は、愛おしい存在への純粋な慈しみに溢れている。
テラスのテーブルに料理を並べ、海を眺めながらの食事。
一条さんは僕が淹れたコーヒーを一口飲み、ふと真面目な顔で僕を見た。
「凪。……来月の休暇だが、またシンガポールへ行かないか? 遊びとしてではなく、君が通った市場や、君が戦ったあの街の空気を、もう一度二人でゆっくり歩きたいんだ」
「いいですね。……あのホーカーのおばちゃん、僕たちのこと覚えてるかな」
「……俺が君をどれだけ独占したいか、あの街の風にもう一度宣言しておかなければならないからな」
一条さんの言葉に、僕は思わず吹き出した。
自立し、お互いの世界を尊重し合っている今だからこそ、時折こぼれる彼の「甘い執着」が、心地よいスパイスのように僕たちの時間を彩ってくれる。
終わらない会話と、美味しいごはん。
僕たちの設計図には、まだ書き切れないほどの幸福な余白が残されている。
シンガポールでの三年間を経て、僕と一条さんの関係は、もはや言葉で説明する必要のないほど深く、静かな凪(なぎ)のような安定感に満ちている。
日曜日の午前十時。
カーテンの隙間から差し込む柔らかな春の光が、広いベッドを照らしている。
隣で眠る一条さんは、仕事の時の峻厳な表情とは打って変わって、幼子のような無防備な寝顔を見せていた。
「……一条さん、起きてください。もう十時ですよ」
僕が耳元で囁きながら肩を揺らすと、一条さんは「ん……」と短く唸り、僕の腰に腕を回して引き寄せた。
「……あと五分。……凪の香りが、一番の安眠剤だ」
「もう、そんなこと言って。今日は一緒にブランチを作る約束でしょう? ほら、早く」
一条さんは渋々といった様子で目を開けた。
シンガポール時代、一人で自炊を特訓したという彼は、今では僕の助手として、あるいは「卵焼き担当」として、キッチンに立つことを何よりの楽しみにしている。
二人でキッチンに並ぶ。
一条さんが担当するのは、三年間で磨き上げた「特製・焦がしバターのオムレツ」。
僕はその隣で、現地のマーケットで覚えたスパイシーなサラダと、焼きたてのバゲットを準備する。
「……凪、見てくれ。今日の火加減は完璧だ。……黄金色の外側と、溢れ出す半熟のコントラスト。これは、俺の最新の美術館建築にも通じる黄金比だな」
「ふふ、オムレツで建築を語るのは一条さんくらいですよ。でも、本当に上手になりましたね」
一条さんは満足げに頷くと、僕の口元に少しだけ味見のオムレツを運んできた。
バターの濃厚な香りと、卵の優しい甘みが口いっぱいに広がる。
「美味しい……。一条さん、三年前の『黒焦げの卵焼き』からは想像もできない進化です」
「……あの頃は、君がいつ俺の前からいなくなるか、そればかりが怖くて指先が震えていたんだ。……だが今は違う。君がここにいるという確信が、俺に正確な火加減を教えてくれる」
一条さんはそう言って、僕の項にそっと唇を寄せた。
その仕草は、愛おしい存在への純粋な慈しみに溢れている。
テラスのテーブルに料理を並べ、海を眺めながらの食事。
一条さんは僕が淹れたコーヒーを一口飲み、ふと真面目な顔で僕を見た。
「凪。……来月の休暇だが、またシンガポールへ行かないか? 遊びとしてではなく、君が通った市場や、君が戦ったあの街の空気を、もう一度二人でゆっくり歩きたいんだ」
「いいですね。……あのホーカーのおばちゃん、僕たちのこと覚えてるかな」
「……俺が君をどれだけ独占したいか、あの街の風にもう一度宣言しておかなければならないからな」
一条さんの言葉に、僕は思わず吹き出した。
自立し、お互いの世界を尊重し合っている今だからこそ、時折こぼれる彼の「甘い執着」が、心地よいスパイスのように僕たちの時間を彩ってくれる。
終わらない会話と、美味しいごはん。
僕たちの設計図には、まだ書き切れないほどの幸福な余白が残されている。
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