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14話
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カインが去った後のサンルームには、どこか気まずい、けれど甘ったるい沈黙が流れていた。
ロロはヴァルの逞しい腕の中に収まりながら、パチパチと瞬きをして「震える小鳥」の余韻を演じ続けている。
(……ふぅ。カインさん、マジで怖かった。あの眼鏡の奥、絶対すべてを見透かしてるよね)
ロロは、ヴァルの胸元に顔を擦り寄せながら、今後の作戦を練り直していた。
今のところ、ヴァルの溺愛という最強の盾のおかげで処刑は免れているが、カインのような「理性派」が近くにいる以上、いつまでも「記憶喪失のフリ」だけで乗り切るのは限界がある。
ならば、やるべきことは一つだ。
(もっと、この皇帝を僕に依存させなきゃ。『ロロがいないと世界が滅ぶ』くらいに思わせておけば、たとえ僕がスパイだとバレても、この人は僕を殺せないはず……!)
ロロは覚悟を決めた。
スパイとしてのプライド——そんなものは、とっくに離宮のふかふか絨毯の間に落としてきた。
「……ねえ、ヴァル」
「どうした、ロロ。まだ体が冷えているな。もっと温かい毛布を持ってこさせようか? それとも、俺がこのまま抱きしめて寝室まで運ぼうか?」
ヴァルの過保護センサーは、今日も最大出力だ。ロロは首を横に振り、ヴァルの服の裾をぎゅっと握りしめた。
「あのね、カインさんに言われて、僕、怖くなっちゃったの。……もし、僕が本当にヴァルの言う通りの『婚約者』じゃなかったら。もし、僕が悪い人で、ヴァルを騙していたら、ヴァルは僕を嫌いになっちゃうのかなって」
上目遣いで、今にもこぼれ落ちそうな涙を瞳に溜めて。
ロロは自分でも「あざとい、天才すぎる」と自画自賛したくなるような名演技を披露した。
ヴァルは一瞬、息を止めた。
その碧眼に、深い後悔と、それ以上に強烈な「何か」が渦巻く。
「……そんなことは、ありえない。ロロ、お前は俺の……」
「わかってるよ。でもね、ヴァル。記憶がない僕にとって、今の僕を作ってくれているのは、全部ヴァルの言葉なの。……だから、僕、決めたんだ」
ロロは体を少し離し、ヴァルの顔を真っ直ぐに見つめた。
そして、これまでで一番甘い、とろけるような微笑みを浮かべる。
「記憶が戻っても、戻らなくても。……僕は、今のヴァルが大好きだよ。……ううん、愛してる。ヴァルが僕の『婚約者』でいてくれて、本当によかった」
――嘘だ。
全部、生き残るための出任せ。
かつて死罪を命じた男に、「愛してる」なんて、本来なら口が裂けても言えないはずの言葉だ。
しかし、その言葉を投げかけられたヴァルの反応は、ロロの予想を遥かに超えていた。
「…………っ!」
ヴァルは目を見開き、顔を真っ赤に染めたかと思うと、次の瞬間には真っ青になり、それから、まるで天国と地獄を同時に見たような、ぐちゃぐちゃな表情でロロを抱きしめた。
その腕の力は、これまでの「壊れ物を扱うような手つき」ではなく、自分の一部として繋ぎ止めておこうとするような、激しい切実さに満ちていた。
「……ロロ。お前、今……なんて言った?」
「えっ、あ、ええっと……。ヴァルが、大好き、って……」
「その次だ。……愛している、と。……今、そう言ったか?」
ヴァルの声は、微かに、けれどはっきりと震えていた。
その震えは、ロロの心臓にまで伝わってくる。
(え、ちょっと。反応、重すぎない……!? ただのリップサービスだよ!?)
ロロは動揺したが、ここで引くわけにはいかない。
「うん。……愛してるよ、ヴァル。……だから、僕をずっと、ヴァルのそばに置いてね?」
「……。……ああ。ああ、もちろんだ。……ああ、神よ。……おのれ、俺は、なんて罪深い男だ……」
ヴァルはロロの肩に顔を埋め、絞り出すような声で呟いた。
その言葉の意味を、ロロは正しく理解することはできなかった。
ただ、ヴァルの背中が、まるで泣いているかのように小さく震えていることだけが、ロロの肌に伝わってくる。
(……この人、僕の嘘を、そこまで……?)
ロロの胸に、ちくりとした痛みが走った。
今まで何度も感じてきた罪悪感。それが、今回はより鋭く、深く、ロロの心に突き刺さる。
自分の「愛してる」という嘘が、この冷酷皇帝と呼ばれた男の、何か決定的な部分を壊してしまったような気がしたのだ。
「ヴァル……? 大丈夫?」
「……大丈夫だ。……嬉しすぎて、少し、気が遠くなっただけだ。……ロロ。お前がそう言ってくれるなら、俺は、この世界のすべてを敵に回してもお前を守る。……たとえ、お前自身が俺の敵であってもだ」
(……え。それ、どういう意味?)
ロロは聞き返そうとしたが、ヴァルの唇がそれを許さなかった。
額に、瞼に、鼻先に。
雨垂れのような、けれど熱を帯びた優しい口づけが、ロロの顔中に落とされる。
「あはは……っ、ヴァル、くすぐったいよぅ!」
ロロは笑って誤魔化しながら、ヴァルの銀髪に指を絡めた。
ヴァルはロロを抱きかかえたまま、サンルームのソファに深く腰を下ろす。
「今日はもう、どこへも行かせない。公務など知るか。……カインが来たら、入り口でセレーナに塩でも撒かせろ。……ロロ、もう一度。もう一度だけ、言ってくれ」
「えぇー……。恥ずかしいよぅ」
「頼む。……その一言があれば、俺は、地獄にだって堕ちられる」
(……だから! セリフがいちいち重いんだってば!)
ロロは溜息をつきながらも、「愛してるよ、ヴァル」と、何度も何度も嘘を重ねていった。
そのたびに、ヴァルは幸せそうに目を細め、同時に、悲痛なほどに愛おしげな瞳でロロを見つめるのだった。
サンルームに差し込む午後の光は、どこまでも穏やかで。
けれどその光の下で、二人の「嘘」は、より複雑に、より強固に、二人を縛り上げる鎖へと姿を変えていく。
寄り道だらけの恋路。
ロロがついた「嘘の告白」は、皮肉にも、二人の心をかつてないほど近づけてしまっていた。
ロロはヴァルの逞しい腕の中に収まりながら、パチパチと瞬きをして「震える小鳥」の余韻を演じ続けている。
(……ふぅ。カインさん、マジで怖かった。あの眼鏡の奥、絶対すべてを見透かしてるよね)
ロロは、ヴァルの胸元に顔を擦り寄せながら、今後の作戦を練り直していた。
今のところ、ヴァルの溺愛という最強の盾のおかげで処刑は免れているが、カインのような「理性派」が近くにいる以上、いつまでも「記憶喪失のフリ」だけで乗り切るのは限界がある。
ならば、やるべきことは一つだ。
(もっと、この皇帝を僕に依存させなきゃ。『ロロがいないと世界が滅ぶ』くらいに思わせておけば、たとえ僕がスパイだとバレても、この人は僕を殺せないはず……!)
ロロは覚悟を決めた。
スパイとしてのプライド——そんなものは、とっくに離宮のふかふか絨毯の間に落としてきた。
「……ねえ、ヴァル」
「どうした、ロロ。まだ体が冷えているな。もっと温かい毛布を持ってこさせようか? それとも、俺がこのまま抱きしめて寝室まで運ぼうか?」
ヴァルの過保護センサーは、今日も最大出力だ。ロロは首を横に振り、ヴァルの服の裾をぎゅっと握りしめた。
「あのね、カインさんに言われて、僕、怖くなっちゃったの。……もし、僕が本当にヴァルの言う通りの『婚約者』じゃなかったら。もし、僕が悪い人で、ヴァルを騙していたら、ヴァルは僕を嫌いになっちゃうのかなって」
上目遣いで、今にもこぼれ落ちそうな涙を瞳に溜めて。
ロロは自分でも「あざとい、天才すぎる」と自画自賛したくなるような名演技を披露した。
ヴァルは一瞬、息を止めた。
その碧眼に、深い後悔と、それ以上に強烈な「何か」が渦巻く。
「……そんなことは、ありえない。ロロ、お前は俺の……」
「わかってるよ。でもね、ヴァル。記憶がない僕にとって、今の僕を作ってくれているのは、全部ヴァルの言葉なの。……だから、僕、決めたんだ」
ロロは体を少し離し、ヴァルの顔を真っ直ぐに見つめた。
そして、これまでで一番甘い、とろけるような微笑みを浮かべる。
「記憶が戻っても、戻らなくても。……僕は、今のヴァルが大好きだよ。……ううん、愛してる。ヴァルが僕の『婚約者』でいてくれて、本当によかった」
――嘘だ。
全部、生き残るための出任せ。
かつて死罪を命じた男に、「愛してる」なんて、本来なら口が裂けても言えないはずの言葉だ。
しかし、その言葉を投げかけられたヴァルの反応は、ロロの予想を遥かに超えていた。
「…………っ!」
ヴァルは目を見開き、顔を真っ赤に染めたかと思うと、次の瞬間には真っ青になり、それから、まるで天国と地獄を同時に見たような、ぐちゃぐちゃな表情でロロを抱きしめた。
その腕の力は、これまでの「壊れ物を扱うような手つき」ではなく、自分の一部として繋ぎ止めておこうとするような、激しい切実さに満ちていた。
「……ロロ。お前、今……なんて言った?」
「えっ、あ、ええっと……。ヴァルが、大好き、って……」
「その次だ。……愛している、と。……今、そう言ったか?」
ヴァルの声は、微かに、けれどはっきりと震えていた。
その震えは、ロロの心臓にまで伝わってくる。
(え、ちょっと。反応、重すぎない……!? ただのリップサービスだよ!?)
ロロは動揺したが、ここで引くわけにはいかない。
「うん。……愛してるよ、ヴァル。……だから、僕をずっと、ヴァルのそばに置いてね?」
「……。……ああ。ああ、もちろんだ。……ああ、神よ。……おのれ、俺は、なんて罪深い男だ……」
ヴァルはロロの肩に顔を埋め、絞り出すような声で呟いた。
その言葉の意味を、ロロは正しく理解することはできなかった。
ただ、ヴァルの背中が、まるで泣いているかのように小さく震えていることだけが、ロロの肌に伝わってくる。
(……この人、僕の嘘を、そこまで……?)
ロロの胸に、ちくりとした痛みが走った。
今まで何度も感じてきた罪悪感。それが、今回はより鋭く、深く、ロロの心に突き刺さる。
自分の「愛してる」という嘘が、この冷酷皇帝と呼ばれた男の、何か決定的な部分を壊してしまったような気がしたのだ。
「ヴァル……? 大丈夫?」
「……大丈夫だ。……嬉しすぎて、少し、気が遠くなっただけだ。……ロロ。お前がそう言ってくれるなら、俺は、この世界のすべてを敵に回してもお前を守る。……たとえ、お前自身が俺の敵であってもだ」
(……え。それ、どういう意味?)
ロロは聞き返そうとしたが、ヴァルの唇がそれを許さなかった。
額に、瞼に、鼻先に。
雨垂れのような、けれど熱を帯びた優しい口づけが、ロロの顔中に落とされる。
「あはは……っ、ヴァル、くすぐったいよぅ!」
ロロは笑って誤魔化しながら、ヴァルの銀髪に指を絡めた。
ヴァルはロロを抱きかかえたまま、サンルームのソファに深く腰を下ろす。
「今日はもう、どこへも行かせない。公務など知るか。……カインが来たら、入り口でセレーナに塩でも撒かせろ。……ロロ、もう一度。もう一度だけ、言ってくれ」
「えぇー……。恥ずかしいよぅ」
「頼む。……その一言があれば、俺は、地獄にだって堕ちられる」
(……だから! セリフがいちいち重いんだってば!)
ロロは溜息をつきながらも、「愛してるよ、ヴァル」と、何度も何度も嘘を重ねていった。
そのたびに、ヴァルは幸せそうに目を細め、同時に、悲痛なほどに愛おしげな瞳でロロを見つめるのだった。
サンルームに差し込む午後の光は、どこまでも穏やかで。
けれどその光の下で、二人の「嘘」は、より複雑に、より強固に、二人を縛り上げる鎖へと姿を変えていく。
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