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厄介な愛

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 ツッチーが好き。

 結ばれない運命だって悟ったけど、このまま諦めるのは嫌だと思った。
 こんな思いをするために生まれたわけでも転生したわけでもない。
 私にだって幸せになる権利がある!
 私なりに出来ることを考えたけど解決策は見つからず。
 この国のことも法律も何も知らないのに無謀過ぎたと反省し、基本を勉強するぞと本を開いたけど本が読めずに撃沈。いっそのことマスターに読み方を習おうとバカみたいな考えに走りかけて、ようやく冷静になれた。
 マスターにバレたら最期。本は没収されて徹底的に監視されるに決まっている。私は良い金づるだもの。借金を完済するか、マスターの納得する金を上納するか、私が死ぬか、それらが起こらない限り手放すことはしないと思う。
 それに借金完済の件も信用出来るか疑わしい。完済しそうな頃合いをみてイチャモン付けて借金増やしてきそうだ。そういう最低なことを平気でするのがヒトであり、あのマスターだ。
 一番の近道は、身請けされること。
 それじゃダメ。ツッチーと一緒に居られなくなってしまう。絶対に嫌だ。恋人になれなくてもいいから、せめて会える距離を保ちたい。かといって、ずっとこのままでいられない。
 そろそろ限界だ。

「うーん、私が自由人になれて、ツッチーと自由に会える環境かぁ……」

 やっぱりこの世の仕組みが分からないから策を立てられない。奴隷は家畜以下ってことは身に染みるほど分かるのに。
 こういう時に、こういうことを教えてくれるお客さんが来てくれたらラッキーなんだけど。しかもリピーターさんで、私が奴隷だと知っていて、差別をしないタイプの人外さん。

「久しぶりだな、アキラ!」

 そう、まさに白蛇様みたいな。

「白蛇様!」

 願ってもない白蛇様の登場に、部屋に入ってくるなり抱きついた。
 予約が入ってるって聞いてたけど、まさか白蛇様だったなんて!
 やっぱり白蛇様は幸運を招いてくれる!

「あっはっは! 元気そうだな!」
「うん、元気! 白蛇様は!?」
「元気どころか毎日幸せだ!」

 この前は酷く落ち込んでいて自信が無さげな白蛇様だったけど、今日は顔付きが全然違う。自信に溢れていて幸せそうで、釣られて私も笑顔になれた。

「今日は土産話と土産があるんだ。話を聞いてくれるかな」
「うん、もちろんだよ! あっ、私も、その、厚かましいことに……白蛇様にお願いがあって……」
「お願い?」
「時間が余ってからで大丈夫だから」
「ちょっと待ってなさい」

 白蛇様は私の頭を一撫でしたあと、部屋の電話の前に立った。白蛇様のやろうとしてることが分かって止めようとしたけど、お仕事が暇な今、それはとてもありがたいことだ。ペコリとお辞儀をして大人しくベッドに座って待つことにした。

「ラストまで延長出来るかな。……ああ、……それではよろしく」

 電話を終わらせた白蛇様に合わせて立ち上がって、丁寧にお辞儀をした。
 何度したっていい。本当に感謝だ。

「ありがとうございます」
「元々延長するつもりだったんだ。気にするな」
「いっぱいサービスしますね!」
「ならいっぱい話を聞いてもらおうかな」

 白蛇様はそう言うとベッドに腰掛けた。私も隣に座ると、なぜか満足そうに頷いて爆弾を落としてきた。

「実はな、妻ができたんだ!」

 白蛇様は清々しいほどの笑顔でとんでもないことを言った。妻がいるのにこんな店に来る雄だったんだぁ等々、ツッコミするべきか悩んだけど、一応お客さんだし、私はそれで食ってるわけだから、我関せずでいこうと笑顔で返事をした。

「アキラとセックスをしてから、男としての自信が沸き上がってな。勢いそのまま勇気を出して婚活交流会に参加したら妻に出会ったのだ。妻も同じく長寿でな、いや、私からすればピチピチなんだが、お互いにあぶれ者同士で気が合ってな。まっ、アキラのおかげだ! だからお礼をしようと今日は土産を持ってきたのだ!」

 幸せそうに話す白蛇様がちょっぴりどころか相当ウザイと思ってしまった私の心は荒んでいるのかもしれない。

「幸せになるといわれている宝玉だ。だから次はアキラの番だな!」

 あー、転生前でいう結婚式のブーケ的なやつね。幸せのお裾分けね。あー、やだやだ。何がやだって、他人の幸せを喜べないところまで精神が追いやられてるってことが一番やだ。ほんと、卑しい奴隷根性だわ。

「ありがとうございます」

 死んだ目の笑顔でお礼をいうと、白蛇様は笑顔を消してうつ向いた。

「噂を聞いた」
「噂?」
「隠す必要はない。オオカミに言い寄られていると」
「あー……その件なら断っちゃって」
「……はあ!? 断った!?」

 すごく驚いた様子の白蛇様に何も言わず苦笑いで返すと、今度は頭を抱えた。

「それはだめだ! 今すぐ謝って身請けしてもらいなさい!」

 白蛇様もツッチーと同じこと言ってる。
 オオカミってそんなにすごいの?
 精子に媚薬成分配合されてる時点ですごいんだけども。

「これまた頭が痛いことに、状況が分かってなさそうだな」
「うん、よくわかんない」
「そうだよな、アキラだもんな」
「何かトゲがある」
「例えばだぞ、将来的にも絶対安定している大企業に就職した高給取りの、しかもエリート出世コース確定した男、といえば分かるか?」
「あっ、それは分かりやすい! そっか、オオカミってそんな感じなんだね!」
「リアクションが薄いっ!」
「そう?」
「地位も身分も将来性も確立された高給取りの男が、アキラの身分を理解した上でプロポーズしたんだぞ! その意味が分からんのか!」
「でも奴隷って教えてないよ」
「アタタ……、思ってる以上におバカだった……」

 白蛇様は呆れ返った様子で仰向けのままベッドに倒れた。
 私から掛ける言葉もなくて、真似して仰向けに寝そべった。
 部屋のライトがやけに眩しい。読めない文字と格闘したせいだ。

「アキラは知らんかもしれんが、人外専門の娼婦として雇われてる時点で奴隷だと察しがつく。それが分からんやつは、子供かバカか、どっちかだ」
「きっと後者だよ。ちょっと抜けてるオオカミっぽいし」
「でもな、アキラを身請けしようと思ったほど好いてるのは間違いないんだ。しかも噂まで流して客を取らせないようにしていた」
「おかげさまで最低な生活を送るはめになったけどね」
「その間の料金も払ってるだろ。私も何回か来たのだが、店主に一ヶ月貸切状態だと言われて追い返されたぞ」

 ちょっと聞き捨てならないことが耳に入って、ガバリと起き上がった。そして白蛇様に、あり得ないって視線を送ると、大きなため息を吐かれた。

「やっぱり何も知らなかったんだな。オオカミは店主に一ヶ月貸切にした上で身請け話を持ち掛けたらしい。どんなやり取りがあったか分からんが、おまえを身請けするだけの財力はあるってことだ」
「……私っていくらなの?」
「それは私も聞いてみた。断られた上に売値は五千万万ジュエルだと言ってたよ。普通の奴隷なら十万以下で買えるのに。この値段の意味が分かるか? 価値があるうちに稼がせるか、これを払える人外が来るのを待つか。ただ今回の盲点は、おまえを買う人外が来るのが早かったんだろう。だから泳がせた。ここの店主は、また誰かしら買いに来るという未来に掛けたのさ」
「……何よ、それ」
「アキラは考えが足りない。もっとこの世の仕組みを理解した方がいい」

 まんまといっぱい食わされた。道理で最近何も絡んで来ないはずだ。しかもこの件に関して抗議しても、「何のこと?」って言われるだろうし、書類を渡されても読めないから理解出来ない。
 でも、一つ分かった。マスターは何があっても手放す気はないんだと。借金返済の件も本当かどうか怪しい。書類も内容が怪しい。やっぱり早急に文字を読めるようにならないと、もっと悲惨なことになっていくと思う。
 知らなかったとはいえ、ウルフにも最低な態度を取ってしまった。全部を理解した上で一ヶ月も貸切にして身請けしようとしてくれた。真剣に想ってないと出来ないことなのに……あー本当に最悪だ。悔やんでも悔やみきれない。

「……やられた」

 ぽすんと後ろに倒れると、受け止めてくれたベッドが軋んだ。

「っていうことを理解した上で、オオカミはまた来ると思うぞ。勇敢で賢い雄に見初められたようで私は安心だ」
「もう来ないよ。好きな人がいるって言って断ったもん」
「あははは、そうかそうか、好き……好きな人!?」

 今度は白蛇様がガバリと起き上がった。あり得ないって視線を送ってきたから、大きなため息を吐いた。

「いるよ、好きな人」
「私には妻という大切な雌が! しかしアキラが望むのならっ」
「白蛇様じゃなくて」
「じゃあ誰だ! オオカミよりも、いや、私よりも高物件となると……まさか神獣、いやしかし神獣がこんな店に来るなんて天地が引っくり返ってもあり得ない。何か問題があれば災いを起こして嫌がらせを始めるようなやつらだ。断じてあり得ない。そうなるとやはりライオンか? やつらは見た目こそ強面だがどこか抜けてるし、そこがかわいいと種別問わず雌に大人気の雄だ」

 神獣もライオンも違うけどめっちゃ気になる。特にライオンさん。強面で抜けてるとか母性擽られるに決まってるもの。ちょっと会ってみたいけど、それこそ夢のまた夢だ。人外さん達は人外さん達のこういうお店がある。だからヒト科が運営するこういう店に来ないのが普通だって、種馬さんが言ってた。

「くそっ、誰なんだ! 私のお気に入りの雌を夢中にさせた雄は!」
「ゴーレム」
「……は?」
「ゴーレムだよ」
「……やられた」

 白蛇様は私と同じくぽすんと後ろに倒れた。

「これで分かった。お前のお願いごとは【勉強を教えてくれ】だろ」
「すっごーい!何で分かったの!?」
「ベッドの下にアキラじゃ読めないであろう本が山積みになってるからな」
「あれれ? 隠してたのにバレてる」
「ゴーレムがプレゼントしてくれたのか?」
「うん! 自由になるなら知識は必要だって!」
「……アキラは自由になりたいのか?」
「もちろん! 自由人になって人生を謳歌するの!」
「だったら選択を間違えてはいけない。ゴーレムのことは諦めてオオカミを選ぶんだ。それが一番の近道だ」

 そんなの私にだって理解出来るし、自由人になるためにはそれしかないと思う。
 それでも諦めたくない想いがある。
 それを叶える為にやるしかないんだ。

「無理だよ、アキラ」

 白蛇様は私の心を見透かしたように言葉を続けた。

「アキラがどれだけ努力しようがゴーレムとは結ばれない。ゴーレムにそういう権利はないし、雌とつがいになる生態でもないんだ。だからこその人外奴隷なんだ」
「……でも」
「ヒトの奴隷よりも待遇はいいが、それでも酷いものだ。誰よりもアキラがそれを知ってるだろ?」

 農園にいた頃、私もゴーレムを見たことがある。ヒトの奴隷より全然マシな待遇だったけど、それでも扱いは酷いものだった。
 給料だってろくに貰えない。労働時間はヒトの奴隷よりもはるかに長く、その命すら軽くみられている。ゴーレムだからすぐに造ればいいやって感じだと思う。
 それなのにお店に来てくれて、何もしないどころか本までプレゼントしてくれるっていう本当の意味に気づかないほど私はバカじゃない。分かってるからこそ、何も言わないで気づかないふりをしているのに。

「アキラの雄を見る目は確かだな。何と引き換えにしているか考えたくはないが、これほどのことは普通は出来ない。とても誠実な男だ。同じ男として尊敬するよ」

 引き換えにしているものの検討はつく。だからそろそろ限界だと思ってた。
 これ以上の引き換えは出来ないと。
 これ以上をねだれるほど、ゴーレムの命は重くない。
 私と同じで、薄っぺらいもの。
 何でうまくいかないんだろう。
 ツッチーは誰よりも優しくて誠実で真っ直ぐで私の初恋なのに。
 初めてなんだ。
 初めて安らげる唯一の場所を見つけたのに。
 何で地獄をみせてくるんだろう。
 一体私が何をしたんだろう。

「彼が生きているうちに、幸せになった姿をみせて安心させてやりなさい。それが彼に対する一番の優しさであり、愛だよ」

 白蛇様の言葉に、何かもう頭が真っ白になってパンッて何かが弾けた。
 目がチカチカするし、全身が熱いし、何よりも心が酷く痛かった。
 このまま奴隷として生きて、ツッチーを想い続ける人生を選ぶことだって出来る。
 でもこの感情に任せてもツッチーは絶対に喜ばない。
 その為に命をかけてくれたわけじゃない。
 俺のことはいいからさっさと自由になれって言いそうだ。
 自分じゃ出来ないから、自分に出来ることをした。
 命をかけて支えてくれた。
 その真剣な想いを踏みにじることは、絶対に許されない。
 分かってる、分かってるけども!

「知ってるよ! 気づいてるよ! でも幸せくらい感じたいじゃん! 何とかなるって、もしかしたら夫婦になれるって、一緒に生きていけるって!」

 夢も見せてくれないなんて酷すぎる。
 そう嘆く前に、白蛇様がポツリと言った。
 それは子供を諭すような、優しい声色だった。

「そうはならないよ。それはない。そんな幸せはここにはないんだよ」

 視界がグニャリと歪んだ。
 心がツンと痛んでボロリと涙が落ちた。
 ずっと我慢してたそれは止まらなかった。
 私の想いと一緒で止められなかった。

「うっ、うあっ、っくぅ」

 言葉にならない想いが溢れ出す。
 溢れ出して無くなって、心もカラッポになってくれるといいのに、次々に溜まっていくから、厄介だ。
 愛って厄介だ。

「オオカミは近々また来ると思う。きっと私と同じ、真っ直ぐなアキラが愛しくてたまらないんだ。……だからこそ今日はアキラの話を聞けてよかった。彼の想いに報いるためにも覚悟を決めよう。それが彼の望みなんだ」

 それは想いを終わらせる覚悟。
 もう会えないという覚悟。
 好きな人に愛される夢をみない覚悟。
 覚悟の上で成り立つ愛を、心に刻み込む覚悟。

「うああああ!!」

 それでもやっぱり愛しくて大好きだって思うから、愛は本当に厄介だと思った。


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