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覚悟の上で成り立つ愛を
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人間の奴隷を見たことがある。
能面、死んだ目、骨と皮、ヒトと呼んでいいのか分からないもの。
気持ち悪い存在。
ゴーレムの俺も人外の中じゃ奴隷に近い。でも、あれよりマシだと思う。
「死んだ方がマシだな」
仲間が奴隷を見てつぶやいた。
釣られてみると、汚ない男に犯されながら小さな女が豚の餌を食べていた。
それを楽しそうに観賞する農園の主人。
小さな女の目は怒りに染まっていた。
生まれたてことに対してか。
理不尽に乱暴されていることに対してか。
それを食えと命令されたことに対してか。
どれも興味がない俺は仲間に言った。
「ほんとだな。あれは死んだ方がマシだ」
数カ月後、その小さな女に出会ったのは奇跡だと思う。
「狼の相手をした奴隷がいるってよ。森の中の館で人外相手に商売してるってさ」
溜まった性事情を解消しようと、仲間の噂を信じて館を訪れた。いつもよりもキレイな身なりで行っても、周囲から【嫌な目】でみられた。
【嫌な目】で見られるのは慣れてる。
俺は、奴隷だ。
「はじめまして、アキラです」
小さな娼婦は、俺なんかを相手に一生懸命尽くしてくれた。
初めてだらけのことに驚く俺を嫌がりもせずに受け入れてくれた。
だから、調子に乗った。
奴隷だから、乱暴にした。
気絶した女に、慌てて店主を呼んだが、「奴隷だから死んでいい」と一言で片付けられた。
「死体になっても内臓は高く売れるのよ。死んでも金になるなんて奴隷サマサマね。さすが豚の餌で育った家畜は違うわ」
この店の下衆な言葉を聞いて怒りが沸き上がったけど、自分も対して変わらない。
奴隷だと雑に扱った結果がこれ。
「仲間意識、かしら。それとも奴隷同士で家族ごっこ?」
「仲間?」
「この子、あなたと同じ農園の主人から買ったのよ。覚えてないの?」
そしてようやく気づいた。
腕に抱いてある小さな女が、あの小さな女だと。
同じ農園にいた女が、この館に買われた理由は分からないが、人外専門の奴隷としてここにいる。
それでもこいつは笑っていた。
死んだ目ではなく、怒りを宿した目でもなく、青空のように澄んだ目で俺を見て、優しく微笑んでくれた。
「っ」
鳥肌が立った。
誰しもが、死んだ方がマシだと思う奴隷なのに、ここまでまっすぐな意思を持って立っていられるのかと。
そして気づかされた。
ちっぽけな自分と、その考えに。
惚れた。
一撃だった。
これ以上の女は居ないと、幸せにしてやると、俺なんかが、心から誓った。
でも、現実は無情だ。
「あの子を買いたい? 無理よ、無理。ゴーレムに売るくらいならもっと別の、金になる人外に売るに決まってるわ。一応あの見た目ですからね。いつか高値で売れるって踏んでるの。残念だけど諦めてね。と、いうより……ゴーレムにそんな資格ないでしょう。夢を見るのもいいけど、見すぎると痛い目見るわよ」
店主の意見は最もだ。俺もそう思う。
あれほどの女はこの世にいない。
いくら払ってでも手に入れるべき女だ。
あの子に触れれば誰だって欲しがるだろう。
一緒に逃げることも考えた。
逃げた先に彼女の求める自由があるのか。
彼女が幸せだと笑ってくれる未来があるのか。
何をどう考えてもそこに幸せはなかった。
人外の中じゃ奴隷と同じ。人外奴隷。
あるだけマシな給料。
家を持つことも、知識を豊かにすることも許されていない。
雌が居ないから結婚の概念もない。
ゴーレムの俺じゃ彼女を自由にしてあげられない。
求めるものを叶えてあげることもできない。
だから、支えようと思った。
心から支えて俺のすべてを尽くそうと。
彼女が俺にやってくれたように、今度は俺が。
それしか出来ないが、こんな俺でも、出来ることがある。
それだけでいい。
それだけで俺は、こんなにも幸せだ。
なけなしの金を持って会いに行った。
それだけじゃ到底足りなかった。
ゴーレムの心臓は死んだら固まり、希少な鉱石になる。
自分の命と引き換えに金に替えた。
二回貸し切れば無くなるほどの金を何とか捻出できた。
たった二回。時間を短縮しても三回、四回が限度だろう。
どうせ生きてもあと数十年。
好きな女と一緒になれないのなら、無意味な命。
好きな女を救うことも出来ない命の値段。
ちっぽけな命でも、アキラに捧げたいと思った。
触れたら理性が壊れそうで、怖くて何もしなかった。
公開ショーのときもあっさり壊れたぐらいだ。
触れたら最後だと思った。
きっと余計なことを言って、一生分の傷をつける。
【お前の為に死ぬんだ】
繊細で優しい心に抜けないトゲを刺して、一生俺を想うようにしてしまうと。
自分の卑しさに反吐が出そうだった。
何度か店を訪れた。
貸し切りと言われて会えない日が続いた。
その時、オオカミに言い寄られている噂を耳にした。
噂を流すくらいだ。相当惚れ込んでいるに違いない。
アキラはよく分かってなさそうだが、放っておいても大丈夫だろう。言い方は悪いが、奴隷が好きだと公言しているようなもの。
そこまでして手にしたい女ということ。
絶対頂点のオオカミであれば金を持っている。
アキラを自由にすることも可能だ。
アキラの返事はともかく、間違いなく買い取ると予想した。
小さな体にある、たくさんのあざと赤み。
アキラが受けている理不尽を目にしたら、否応なしに交渉に移るはず。
だから俺は、ありったけの金で本を買った。
要らないと思うが、やはり俺が居た証を残しておきたかった。
本を渡した日が俺にとっての最後の日。
アキラの想いがハッキリと伝わってきた。
アキラの好きな人は……考えるだけで暴れ狂いそうだった。
アキラを連れて一緒に逃げたかった。
何で俺はオオカミじゃないんだ。
何で俺はゴーレムなんだ。
悔しさと怒りでどうにかなりそうだった。
それを悟られないようにするために精一杯で、アキラとろくな別れも出来ずに終わった。
想いを伝えずに終わった。
それで良かったのかもしれない。
アキラの心に変なシミを残すよりも、自然な落ち所をつけた方がいいと思う。
ただ、あと数日以内の命、またアキラに会いたいと、俺の心がざわついてるだけ。
それだけ。
そういうときは目を閉じる。
そこに笑ったアキラがいるから何も怖くない。
触れられないのがツラいけど、そこにいるんだから幸せだと思う。
これで死ねるんだ、悪くない。
そう思って残り数日を生きていれば、農園にオオカミがやって来た。
何となく噂のオオカミだと思った。
これまた雄の俺から見てもカッコイイ見た目のオオカミで、身なりもいい。付けてるアクセサリーも高そうなやつだ。
比べるのもどうかと思うが、小汚ない俺とオオカミの差に、負けたってよりも、そら当然だなって、乾いた笑いが出た。
「あんたがツッチー? アキラって知ってる?」
「……まぁ、知ってる」
「ようやく見つけた!」
一体何が嬉しいのか分からんが、尻尾を振りながら近づいてくる。思わずたじろいだが、オオカミは構わず俺の腕を掴んで引っ張った。
「アキラが大変なんだ!」
「アキラが?」
「ちょっといろいろあって意識不明で、ずっとあんたの名前を呼んでて……だから! 来てくれ!」
相当焦ってるオオカミに釣られて俺も焦りそうになったが、冷静を取り戻した。
俺はこの農園の人外奴隷だ。勝手な行動は許されていない。
「悪いが許可なしにここを出ることは許されてないんだ」
「はあ? 何だそれ! アキラの一大事なんだぞ!」
「いや、それは分かるんだが……その、俺はゴーレムだから……」
「だから何だよ! アキラはずっとお前のことを呼んでるんだぞ! アキラのことを救えるのお前しか居ないのにっ!」
勝手な行動を取れば、すぐに処刑される。
もってあと数日の命が、今日か明日に変わるだけ。
大切な女の一大事と天秤に掛けてもお釣りがくる。
俺は覚悟を決めた。
「わかった」
「ほんとか! やった! これでアキラも目を覚ましてくれる!」
「そうだといいけどな」
「俺、ウルフ! よろしくな、ツッチー」
「……どうも」
このオオカミ大丈夫か。素直というか子供というか何というか、仮にも穴兄弟かつライバルなのにこの態度。これはアキラも苦労するぞと要らん心配をしてしまった。
「あと、身請け決まったから」
「……なるほど、別れの配慮もしてくれたわけか」
「あんたは良くても、アキラには良くないものを残してほしくない。これからを生きる為に、一つ一つを乗り越えてほしい……と思ってる」
素直で子供っぽいが、いざとなれば十分に男だ。
アキラに真剣な想いを寄せてる、アキラをとても大切に想ってくれている、そんなオオカミが身請けしてくれた。
俺の目に狂いはなかった。
こいつならアキラを幸せにしてくれる。
ああ、安心した。
これで思い残すこともない。
芯の強い女だから、俺のことなんか忘れて新しい自由な道を歩んでくれる。
それでいい。
それが、いい。
それが俺の望みであり、命をかけた願いだ。
「急ぐぞ」
「おう!」
農園から走って三十分ほどの所に館はある。その距離を全力で走った。やっぱりオオカミの方が速い。それを悔しいと思うのは、くだらない男のプライドってやつだ。
今はアキラの一大事っていうのに、ほんとにくだらない。
ようやく着いた館は、いつもと同じ賑わいをみせていた。ゴーレムとオオカミのチグハグな組み合わせを物珍しそうに見られたが、今はそれどころじゃない。
「あとは俺がやっとくから早く!」
「すまない」
受付をオオカミに任せて二番の部屋に駆け込んだ。まず目に入ったのは、ベッドサイドに腰掛けてる白髪のオオカミだった。俺を見るなり目を見開いて、「あんのぉバカウルフ!」と嘆いた。
ゴーレムの俺がここに来た意味とその先の未来を悟ったんだろう。こちらのオオカミが知恵担当らしい。
良かった、博識なやつもいて。
「怒らないでやってくれ。そうなる予定だった」
「……そうなる予定、……まさか! 売ったのか!?」
俺は何も答えなかった。
それだけで俺の状況を理解したらしく、アキラに目をやったあと、部屋のすみにいた二匹のオオカミを連れて部屋から出て行った。
これまたアキラの好きそうなかわいい子供の双子オオカミだ。
辛いことがあっても、きっと賑やかに過ごせるだろう。
「あれ? 何で廊下にいんの?」
「しばらく二人きりにしてやって」
「それは嫌だ!」
「いいから!」
「わっ、わかったよ……」
耳まで垂れたオオカミが想像出来て少し笑えた。
緊急してたからほぐれてちょうどいい。
「……ツッチー……」
アキラの小さな声が聞こえた。
ベッドに近づいて腰を下ろす。
浅い呼吸と、いつもよりもずっと悪い顔色が今の深刻さを訴えてる。
「アキラ」
いつもと同じように頭を撫でた。
少しでも力を入れれば折れそうで怖いから、持ちうる限りの優しさで触れる。
「……ツッチー……?」
うっすらとアキラのまぶたが開いた。
「よう」
「ツッチーだ」
「だな」
「ツッチー」
「何だ」
「ツッチー」
うわ言のように名前を呼ぶアキラに、胸が締め付けられた。
痛くて苦しくてやるせなかった。
二度と会うことはないと腹を括った。
これでいいと、そう信じてここまできたのに。
「すき」
アキラの想いが心臓に深く刺さる。
「だいすき、だよ」
死んだと思った。
今さら俺が傷つくのはお門違い。
分かってる。
でも死んだのだ。その言葉で、俺は。
俺は彼女から離れる。
死ぬ。
二度と会えない。それだけは変わらない。
だからこそ伝えなければならないことがある。
ここで死んだからこそ、それに気づけた。
ここに来れて良かったと思う。
「ツッチーが、すきだよ」
「……俺も」
「なに」
「……俺も、好きだ。ずっと前から、……アキラが好きだ」
「……りょーおもいだね」
「ああ、同じだな」
彼女の想いを受け入れて、自身の想いを伝えた。
ようやく言えた。
「アキラ、好きだ。……好きだ」
一度言うと次から次に想いが溢れる。
一生かけても言い足りないほど、好きだと思った。
「……へへ、しあわせだぁ……」
もっと笑わせたい。
たくさんの涙を拭ってやりたい。
幸せだと涙を流すアキラを抱きしめたい。
そのまま温もりに浸っていたい。
やり残したことが次から次に。
本当に、今さらだというのに。
「ずっといっしょだね」
叶わない願いを呟いて彼女は眠った。
ずっと寝顔を見ていた。
髪の毛に触れた。
睫毛の長さ、柔らかい頬の感触、唇の厚み、どれもこれも記憶に焼き付けた。
寝てるのをいいことにキスをしたら、寝返りを打たれて少し悲しくなった。
でも、幸せだと思った。
涙が出そうなほど幸せを感じた。
どこまでも続けばいいのにと、願わずにいられなかった。
それでも、時間は有限だ。
もう、終わる。
夢が、終わる。
「アキラ、……また、な」
「……ツッチー……」
「……起きたのか」
繋いだままのアキラの手に、想いを込めてキスをした。
「……もう、いっちゃうの?」
「ああ」
「わたしも、ちがうひとのところにいっちゃうの」
「ああ」
「あえないね」
「ああ」
「さみしいよ」
「俺もだよ」
「うそつき」
「……どうか、どうかその時が来ても嘆かないでくれ。そうなったからこそ得られたものもある。そう信じてる」
「何のこと」
「お前は、お前の道を歩め。精一杯生きて、世界中の誰よりも幸せになるんだ。夢を叶えるんだ。約束だ」
頭が回ってないときに、勝手に押し付けた約束。
それでも彼女は頷いた。
涙を流しながらも、力強く頷いた。
「ごめんね、ありがとう」
「何も辛いことなんてないさ。先に行ってる。ただ、それだけのこと。それだけのことなんだ」
「それでも、出会えて、良かった」
力一杯に握られた小さな手。
最後にもう一度キスをした。
「すきだよ、ずっと」
「俺もすきだ、ずっと、ずっとな」
願うのはただ一つ。
彼女の幸せ、それだけ。
だからこそ、もう何も怖くない。
そこにアキラがいれば大丈夫だ。
農園に戻ると主人と付き人が待ち構えていた。
何も言わずに拳銃を俺に向ける。
目を閉じると、やっぱりそこに幸せに笑うアキラがいた。
恐怖が消えた。
こんな俺に優しくしてくれた。
こんな俺をバカにしないで触れてくれた。
それがどれだけ嬉しかったか。
どれだけ愛してしまったか。
狂おしいほどに、最後までアキラばかり。
「ったく、ほんと……でこが痛てぇ」
つまり、あれだ、俺の人生は、アキラに出会えて幸せだったってことだ。
能面、死んだ目、骨と皮、ヒトと呼んでいいのか分からないもの。
気持ち悪い存在。
ゴーレムの俺も人外の中じゃ奴隷に近い。でも、あれよりマシだと思う。
「死んだ方がマシだな」
仲間が奴隷を見てつぶやいた。
釣られてみると、汚ない男に犯されながら小さな女が豚の餌を食べていた。
それを楽しそうに観賞する農園の主人。
小さな女の目は怒りに染まっていた。
生まれたてことに対してか。
理不尽に乱暴されていることに対してか。
それを食えと命令されたことに対してか。
どれも興味がない俺は仲間に言った。
「ほんとだな。あれは死んだ方がマシだ」
数カ月後、その小さな女に出会ったのは奇跡だと思う。
「狼の相手をした奴隷がいるってよ。森の中の館で人外相手に商売してるってさ」
溜まった性事情を解消しようと、仲間の噂を信じて館を訪れた。いつもよりもキレイな身なりで行っても、周囲から【嫌な目】でみられた。
【嫌な目】で見られるのは慣れてる。
俺は、奴隷だ。
「はじめまして、アキラです」
小さな娼婦は、俺なんかを相手に一生懸命尽くしてくれた。
初めてだらけのことに驚く俺を嫌がりもせずに受け入れてくれた。
だから、調子に乗った。
奴隷だから、乱暴にした。
気絶した女に、慌てて店主を呼んだが、「奴隷だから死んでいい」と一言で片付けられた。
「死体になっても内臓は高く売れるのよ。死んでも金になるなんて奴隷サマサマね。さすが豚の餌で育った家畜は違うわ」
この店の下衆な言葉を聞いて怒りが沸き上がったけど、自分も対して変わらない。
奴隷だと雑に扱った結果がこれ。
「仲間意識、かしら。それとも奴隷同士で家族ごっこ?」
「仲間?」
「この子、あなたと同じ農園の主人から買ったのよ。覚えてないの?」
そしてようやく気づいた。
腕に抱いてある小さな女が、あの小さな女だと。
同じ農園にいた女が、この館に買われた理由は分からないが、人外専門の奴隷としてここにいる。
それでもこいつは笑っていた。
死んだ目ではなく、怒りを宿した目でもなく、青空のように澄んだ目で俺を見て、優しく微笑んでくれた。
「っ」
鳥肌が立った。
誰しもが、死んだ方がマシだと思う奴隷なのに、ここまでまっすぐな意思を持って立っていられるのかと。
そして気づかされた。
ちっぽけな自分と、その考えに。
惚れた。
一撃だった。
これ以上の女は居ないと、幸せにしてやると、俺なんかが、心から誓った。
でも、現実は無情だ。
「あの子を買いたい? 無理よ、無理。ゴーレムに売るくらいならもっと別の、金になる人外に売るに決まってるわ。一応あの見た目ですからね。いつか高値で売れるって踏んでるの。残念だけど諦めてね。と、いうより……ゴーレムにそんな資格ないでしょう。夢を見るのもいいけど、見すぎると痛い目見るわよ」
店主の意見は最もだ。俺もそう思う。
あれほどの女はこの世にいない。
いくら払ってでも手に入れるべき女だ。
あの子に触れれば誰だって欲しがるだろう。
一緒に逃げることも考えた。
逃げた先に彼女の求める自由があるのか。
彼女が幸せだと笑ってくれる未来があるのか。
何をどう考えてもそこに幸せはなかった。
人外の中じゃ奴隷と同じ。人外奴隷。
あるだけマシな給料。
家を持つことも、知識を豊かにすることも許されていない。
雌が居ないから結婚の概念もない。
ゴーレムの俺じゃ彼女を自由にしてあげられない。
求めるものを叶えてあげることもできない。
だから、支えようと思った。
心から支えて俺のすべてを尽くそうと。
彼女が俺にやってくれたように、今度は俺が。
それしか出来ないが、こんな俺でも、出来ることがある。
それだけでいい。
それだけで俺は、こんなにも幸せだ。
なけなしの金を持って会いに行った。
それだけじゃ到底足りなかった。
ゴーレムの心臓は死んだら固まり、希少な鉱石になる。
自分の命と引き換えに金に替えた。
二回貸し切れば無くなるほどの金を何とか捻出できた。
たった二回。時間を短縮しても三回、四回が限度だろう。
どうせ生きてもあと数十年。
好きな女と一緒になれないのなら、無意味な命。
好きな女を救うことも出来ない命の値段。
ちっぽけな命でも、アキラに捧げたいと思った。
触れたら理性が壊れそうで、怖くて何もしなかった。
公開ショーのときもあっさり壊れたぐらいだ。
触れたら最後だと思った。
きっと余計なことを言って、一生分の傷をつける。
【お前の為に死ぬんだ】
繊細で優しい心に抜けないトゲを刺して、一生俺を想うようにしてしまうと。
自分の卑しさに反吐が出そうだった。
何度か店を訪れた。
貸し切りと言われて会えない日が続いた。
その時、オオカミに言い寄られている噂を耳にした。
噂を流すくらいだ。相当惚れ込んでいるに違いない。
アキラはよく分かってなさそうだが、放っておいても大丈夫だろう。言い方は悪いが、奴隷が好きだと公言しているようなもの。
そこまでして手にしたい女ということ。
絶対頂点のオオカミであれば金を持っている。
アキラを自由にすることも可能だ。
アキラの返事はともかく、間違いなく買い取ると予想した。
小さな体にある、たくさんのあざと赤み。
アキラが受けている理不尽を目にしたら、否応なしに交渉に移るはず。
だから俺は、ありったけの金で本を買った。
要らないと思うが、やはり俺が居た証を残しておきたかった。
本を渡した日が俺にとっての最後の日。
アキラの想いがハッキリと伝わってきた。
アキラの好きな人は……考えるだけで暴れ狂いそうだった。
アキラを連れて一緒に逃げたかった。
何で俺はオオカミじゃないんだ。
何で俺はゴーレムなんだ。
悔しさと怒りでどうにかなりそうだった。
それを悟られないようにするために精一杯で、アキラとろくな別れも出来ずに終わった。
想いを伝えずに終わった。
それで良かったのかもしれない。
アキラの心に変なシミを残すよりも、自然な落ち所をつけた方がいいと思う。
ただ、あと数日以内の命、またアキラに会いたいと、俺の心がざわついてるだけ。
それだけ。
そういうときは目を閉じる。
そこに笑ったアキラがいるから何も怖くない。
触れられないのがツラいけど、そこにいるんだから幸せだと思う。
これで死ねるんだ、悪くない。
そう思って残り数日を生きていれば、農園にオオカミがやって来た。
何となく噂のオオカミだと思った。
これまた雄の俺から見てもカッコイイ見た目のオオカミで、身なりもいい。付けてるアクセサリーも高そうなやつだ。
比べるのもどうかと思うが、小汚ない俺とオオカミの差に、負けたってよりも、そら当然だなって、乾いた笑いが出た。
「あんたがツッチー? アキラって知ってる?」
「……まぁ、知ってる」
「ようやく見つけた!」
一体何が嬉しいのか分からんが、尻尾を振りながら近づいてくる。思わずたじろいだが、オオカミは構わず俺の腕を掴んで引っ張った。
「アキラが大変なんだ!」
「アキラが?」
「ちょっといろいろあって意識不明で、ずっとあんたの名前を呼んでて……だから! 来てくれ!」
相当焦ってるオオカミに釣られて俺も焦りそうになったが、冷静を取り戻した。
俺はこの農園の人外奴隷だ。勝手な行動は許されていない。
「悪いが許可なしにここを出ることは許されてないんだ」
「はあ? 何だそれ! アキラの一大事なんだぞ!」
「いや、それは分かるんだが……その、俺はゴーレムだから……」
「だから何だよ! アキラはずっとお前のことを呼んでるんだぞ! アキラのことを救えるのお前しか居ないのにっ!」
勝手な行動を取れば、すぐに処刑される。
もってあと数日の命が、今日か明日に変わるだけ。
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「わかった」
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「……どうも」
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「あと、身請け決まったから」
「……なるほど、別れの配慮もしてくれたわけか」
「あんたは良くても、アキラには良くないものを残してほしくない。これからを生きる為に、一つ一つを乗り越えてほしい……と思ってる」
素直で子供っぽいが、いざとなれば十分に男だ。
アキラに真剣な想いを寄せてる、アキラをとても大切に想ってくれている、そんなオオカミが身請けしてくれた。
俺の目に狂いはなかった。
こいつならアキラを幸せにしてくれる。
ああ、安心した。
これで思い残すこともない。
芯の強い女だから、俺のことなんか忘れて新しい自由な道を歩んでくれる。
それでいい。
それが、いい。
それが俺の望みであり、命をかけた願いだ。
「急ぐぞ」
「おう!」
農園から走って三十分ほどの所に館はある。その距離を全力で走った。やっぱりオオカミの方が速い。それを悔しいと思うのは、くだらない男のプライドってやつだ。
今はアキラの一大事っていうのに、ほんとにくだらない。
ようやく着いた館は、いつもと同じ賑わいをみせていた。ゴーレムとオオカミのチグハグな組み合わせを物珍しそうに見られたが、今はそれどころじゃない。
「あとは俺がやっとくから早く!」
「すまない」
受付をオオカミに任せて二番の部屋に駆け込んだ。まず目に入ったのは、ベッドサイドに腰掛けてる白髪のオオカミだった。俺を見るなり目を見開いて、「あんのぉバカウルフ!」と嘆いた。
ゴーレムの俺がここに来た意味とその先の未来を悟ったんだろう。こちらのオオカミが知恵担当らしい。
良かった、博識なやつもいて。
「怒らないでやってくれ。そうなる予定だった」
「……そうなる予定、……まさか! 売ったのか!?」
俺は何も答えなかった。
それだけで俺の状況を理解したらしく、アキラに目をやったあと、部屋のすみにいた二匹のオオカミを連れて部屋から出て行った。
これまたアキラの好きそうなかわいい子供の双子オオカミだ。
辛いことがあっても、きっと賑やかに過ごせるだろう。
「あれ? 何で廊下にいんの?」
「しばらく二人きりにしてやって」
「それは嫌だ!」
「いいから!」
「わっ、わかったよ……」
耳まで垂れたオオカミが想像出来て少し笑えた。
緊急してたからほぐれてちょうどいい。
「……ツッチー……」
アキラの小さな声が聞こえた。
ベッドに近づいて腰を下ろす。
浅い呼吸と、いつもよりもずっと悪い顔色が今の深刻さを訴えてる。
「アキラ」
いつもと同じように頭を撫でた。
少しでも力を入れれば折れそうで怖いから、持ちうる限りの優しさで触れる。
「……ツッチー……?」
うっすらとアキラのまぶたが開いた。
「よう」
「ツッチーだ」
「だな」
「ツッチー」
「何だ」
「ツッチー」
うわ言のように名前を呼ぶアキラに、胸が締め付けられた。
痛くて苦しくてやるせなかった。
二度と会うことはないと腹を括った。
これでいいと、そう信じてここまできたのに。
「すき」
アキラの想いが心臓に深く刺さる。
「だいすき、だよ」
死んだと思った。
今さら俺が傷つくのはお門違い。
分かってる。
でも死んだのだ。その言葉で、俺は。
俺は彼女から離れる。
死ぬ。
二度と会えない。それだけは変わらない。
だからこそ伝えなければならないことがある。
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ここに来れて良かったと思う。
「ツッチーが、すきだよ」
「……俺も」
「なに」
「……俺も、好きだ。ずっと前から、……アキラが好きだ」
「……りょーおもいだね」
「ああ、同じだな」
彼女の想いを受け入れて、自身の想いを伝えた。
ようやく言えた。
「アキラ、好きだ。……好きだ」
一度言うと次から次に想いが溢れる。
一生かけても言い足りないほど、好きだと思った。
「……へへ、しあわせだぁ……」
もっと笑わせたい。
たくさんの涙を拭ってやりたい。
幸せだと涙を流すアキラを抱きしめたい。
そのまま温もりに浸っていたい。
やり残したことが次から次に。
本当に、今さらだというのに。
「ずっといっしょだね」
叶わない願いを呟いて彼女は眠った。
ずっと寝顔を見ていた。
髪の毛に触れた。
睫毛の長さ、柔らかい頬の感触、唇の厚み、どれもこれも記憶に焼き付けた。
寝てるのをいいことにキスをしたら、寝返りを打たれて少し悲しくなった。
でも、幸せだと思った。
涙が出そうなほど幸せを感じた。
どこまでも続けばいいのにと、願わずにいられなかった。
それでも、時間は有限だ。
もう、終わる。
夢が、終わる。
「アキラ、……また、な」
「……ツッチー……」
「……起きたのか」
繋いだままのアキラの手に、想いを込めてキスをした。
「……もう、いっちゃうの?」
「ああ」
「わたしも、ちがうひとのところにいっちゃうの」
「ああ」
「あえないね」
「ああ」
「さみしいよ」
「俺もだよ」
「うそつき」
「……どうか、どうかその時が来ても嘆かないでくれ。そうなったからこそ得られたものもある。そう信じてる」
「何のこと」
「お前は、お前の道を歩め。精一杯生きて、世界中の誰よりも幸せになるんだ。夢を叶えるんだ。約束だ」
頭が回ってないときに、勝手に押し付けた約束。
それでも彼女は頷いた。
涙を流しながらも、力強く頷いた。
「ごめんね、ありがとう」
「何も辛いことなんてないさ。先に行ってる。ただ、それだけのこと。それだけのことなんだ」
「それでも、出会えて、良かった」
力一杯に握られた小さな手。
最後にもう一度キスをした。
「すきだよ、ずっと」
「俺もすきだ、ずっと、ずっとな」
願うのはただ一つ。
彼女の幸せ、それだけ。
だからこそ、もう何も怖くない。
そこにアキラがいれば大丈夫だ。
農園に戻ると主人と付き人が待ち構えていた。
何も言わずに拳銃を俺に向ける。
目を閉じると、やっぱりそこに幸せに笑うアキラがいた。
恐怖が消えた。
こんな俺に優しくしてくれた。
こんな俺をバカにしないで触れてくれた。
それがどれだけ嬉しかったか。
どれだけ愛してしまったか。
狂おしいほどに、最後までアキラばかり。
「ったく、ほんと……でこが痛てぇ」
つまり、あれだ、俺の人生は、アキラに出会えて幸せだったってことだ。
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ちょっと大人な短編物語集です。
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少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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