【R18】わたしとアイツと腐った純愛

くったん

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わたしとアイツと両親

 5話②

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 シンッと静まり返る店内に、カツカツとヒールの音が響く。俺はすぐに立ち上がるとその人にお辞儀をした。
「こんばんは」
「こんばんは」
 咲希のお袋さんは今日もマフィア映画に出てきそうな貫禄をそのままに、俺の隣のイスに腰掛けた。
「お母さん、お疲れさま」
「お疲れ」
 咲希がねぎらいの言葉と一緒にお袋さんにおしぼりを渡す。俺もそもそれを見ながらイスに腰掛けた。
「お父さんは?」
「うるさいから置いてきちゃった」
「何飲む?」
「そうねぇ。……勇樹君と同じものをいただけるかしら」
「ノンアルのイチゴミルクだよ、それ」
「たまにはいいじゃない」
「わかった。ちょっと待っててね」
 イチゴミルクを飲むイメージが全くなかったけど、お袋さんは俺だけに聞こえる声で言った。
「実はそういう飲み物も好きなのよ。飲んでみたいけど、大人の変な意地が邪魔しちゃって頼みづらいの。だから勇樹君がいてよかったわ」
 確かにお袋さんのイメージと違う飲み物だけど、そこは個人の自由なんだから好きに頼めばいいのに。大人って変なところで大変だ。
「えっと、話があるって……」
「来たばっかなのにせっかちねぇ」
「お母さん、勇樹は明日も学校だよ」
「はいはい、分かってるわよ。んじゃ、唐突に聞くけどごめんなさいね。勇樹君は将来やりたいことはあるのかしら」
 本当に唐突過ぎる質問に返事が遅れる。間髪いれずにお袋さんが話を続けた。
「もし特にないのならうちにいらっしゃいな。今のうちから叩き込んであげる。もちろん学生の間はアルバイトとしてだけど」
「……えっと」
「悩む時間はあげるわ。……そうね、あと五分で決めてもらえると助かるわ」
「……五分っすか」
「私と盃を交わすのか否か、五分もあれば足りるでしょう」
 まだ十五だってのに人生のターニングポイントを迎えた気がする。しかもいきなりの話を五分で決めろと。
 でも、俺の返事は一瞬で決まった。
「いいっすよ」
「……えぇ……」
 お袋さんから困惑を表した声が出る。咲希も無言で驚いているから笑って返した。
 人生を決める時間に五分もいらない。一秒あれば十分だ。
「咲希を充分に養うにはどうすればいいか考えていて、とりあえず選択肢を広げるために今の学校を選んだんすよ。一応この辺じゃ有名な進学校っすから。でも、情けない話っすけど進路の答えが出なくて。んでこの話っすからね。誰でもない咲希のお袋さんからの誘いってんならこれも運命、この運命に全力で乗っかりますよ。あ、安心してください。やるって言ったら必ずやる男なんで、俺って」
 俺の返事にお袋さんはやや驚いてたけどすぐに小さく笑った。
「全力で鍛えてあげるわ」
「よろしくお願いします」
 改めてお袋さんに頭を下げると、それはいいと言わんばかりに肩を叩かれた。
「じゃあ、はい! 盃だよん」
 咲希がイチゴミルクの入ったグラスを置くとお袋さんがそれを持ち上げた。
「格好がつかないわねぇ」
「それもそれでいいじゃん」
「……まぁ、そうね。では、勇樹君。我々は同志だ。裏切りは許さない」
 いつもと違うピリリとした空気のお袋さんにゴクリと息を呑む。これが仕事スイッチの入ったお袋さんというのなら、俺はとんでもない人の下についてしまったのかもしれない。でも、不安とは裏腹に、俺もこうなりたいと憧れを抱いてしまった。
「……って固いことを言う時代じゃないわよね。私が勇樹君に言いたいことは一つ。いい上司じゃないけど、よろしく頼むわね」
 チャーミングな笑顔とウインクを俺に送ると、カチンとグラスを引っ付けた。かっこいいしかわいいし、この人が上司でよかったというか、この人のためならつらいことでも何でもこなしてやろう、恋愛という意味じゃなくて同志として……と思えた所で、俺は気づいてしまった。
 ほんの少し挨拶を交わしただけで、そう思わせることが出来るこの人が恐ろしくもあり、何よりも咲希に似た何かがあると。厳密に言えば咲希が似たんだけども。
 これは悪魔の力だ。
「くっ、騙されるなっ! これは下僕を作るための儀式! 悪魔に惑わされるなっ!」
 俺はイチゴミルクを一気に飲み干した。咲希の愛が満ち溢れてるイチゴミルクが最高に美味しくて何とか正気を保てた。
「いつもならこれで下僕が出来上がるんだけど、……やっぱり引っかからないわね」
「お母さん話し盛りすぎ。ウインク一つで下僕は無理だよ」
「そんなことないわよ。ほら、そこのマスターも出来上がってるじゃない」
 つまんなそうに指差した先に、マスターが深々とおじぎをしている。「ご命令あれば、何なりと」と。なるほど、マスターの失恋相手はお袋さんか。咲希じゃなくてよかった。
「でもマスターってチョロそうだし、ノーカンよ、ノーカン」
「まっ、そのうち咲希もウインク一つで下僕が出来るようになるわよ。私に似て美人だしね」
「えへへ! 下僕はいっぱい欲しいからウインクの練習しなきゃだね!」
 男を下僕としか思っていない悪魔な親子。ここで絡むと餌食になるから黙って悪魔親子の会話を聞いていた。
「しっかし、咲希はこういうのも作るのうまいのねぇ。驚いちゃった」
「イチゴミルクおいしいでしょ。〇〇県にある喫茶店で飲んだとき、あんまり美味しいもんだからレシピを教えてもらったの」
「へえ、教えてくれたの? 珍しいこともあるのね」
「うん、ちょっと……いろいろしちゃったけど」
「まっ、いいんじゃない」
 何の暴露話だよ! どう考えてもそれって下系取引だよな!? ミルク出させる代わりにミルクのレシピを……くそっ! そんなもんと分からずに! 他人のミルクでできたミルクを美味いって言って飲んでた俺はマヌケかよ! うわあああ! 俺の愛情いっぱい幸せイチゴミルク返してえええ!
 そんな俺の嘆きとは裏腹に、二人の会話は続けられた。
「そういえば……咲希の作るカクテルもイタリアにあるお店と似た味ね。【Lian】っていう店なんだけど」
「そりゃそうよ。イタリアにある【Lian】っていう店を真似て……って、【Lian】を知ってるの!?」
「知ってるも何もそこの常連よ。イタリアに行けば必ず寄るわ」
「だってあそこって一見さんお断りだよ!?」
「お得意先の紹介」
「えっ、えっ! いいな! 私も行きたい! 連れて行って!」
「いいわよ。あそこのマスターも咲希に興味を持ってたし」
「うそ! なんで!?」
「娘が日本でバーテンダーしてるって言ったのよ。あ、そうそう。本気でやりたいならうちに来ないかって言ってたわ」
「……こ、光栄すぎて言葉が出ない……」
「どうする? 本気でやるなら紹介するわよ」
「やる! やらせていただき……はっ!」
 ようやく俺の存在を思い出した咲希が俺を見るなり真っ青になった。話の流れはもう分かっている。ずっと憧れているお店にコネ入社できるかもしれないと、そのためにイタリアに行かなければならないと、しかも一カ月とかじゃなく数年は確実だと。その夢の道中に俺の存在はなかったと。
 なるほど、なるほど。
 ほんとマジで舐めてる。
 俺の腐った純愛を、ここまで舐め腐ってやがるとは。……まっ、怒るほどのことじゃないけど。
「はぁ」
 わっかりやすいため息をこぼすと、咲希の肩が揺れた。空気を読んでくれたお袋さんは「電話してくるわね」と言って席を立った。
「んで?」
 咲希は俺に深々と頭を下げた。
「ずっと憧れてたお店なの! これを逃したらチャンスはないの! お願いします! 行かせてください!」
「行けばいいじゃん」
 咲希の目に涙が溜まっていく。それを見ていたマスターは咲希に、「あとは好きにやんな」と言って、店の奥にあるテーブルに行き、常連客達とヴィンテージ物の酒を飲み始めた。
「……いい店だな、ここ」
 うつむきっぱなしの咲希に声を掛けても知らん顔。だから持ちうるすべての優しさを持って「隣、座って」と声を掛けた。
「うん」
 隣に座った咲希に向き合うように座り直して、イジケっ面の咲希の両頬を掴んで思い切り引っ張った。
「いひゃい!」
「お仕置きな、お仕置きぃ」
 ぐるっと回してまた思い切り引っ張って離したら、頬を抑えながら睨んできた。
「何よ、私の人生じゃない! 私の好きなように生きるの! あんたは黙って待ってればいいのよ!」
「うっす、お利口に待てしときます! イタリア修行、頑張れよ!」
「……ほげぇ」
「あはは! らしくねぇことすっから!」
 気の抜けた咲希の頭に手を置いてわしわしと撫でると、ふくれっ面で睨んできた。これも激かわ。ずっと見てたい。
「咲希はいつもみてぇに真っすぐ突き進めばいいよ。俺はそういう咲希が好きで、そういう咲希を応援するのが生きがいなんだぜ」
「……遠距離恋愛になるのに?」
「知ってる? 地球上にいる限り、距離ってのは有限なんだぜ。死んだってわけじゃねぇし、絶対に会える距離に居る。会おうと思えばいつだって会えんの」
「でも、でもね、……私は寂しいよ。ほんとは離れたくない」
 珍しく素直な咲希に俺がときめいたのは言わずもがな。マジでかわいすぎる咲希の腰に手を回して引っ付いた。
「俺も寂しい。でも、咲希の夢のためなら我慢でも何でもするし、咲希が俺に会いたいって言えば全速力で会いに行く。まぁ行けずに終わるだろうけどさ、俺も会いたいっていう気持ちはいつだって本物だぜ」
「……寂しくて浮気しちゃうかもね!」
 プイッとそっぽを向いた咲希に思わず声を出して笑った。だってそれは……
「ないない、絶対にない」
「なにその余裕。私に愛されてる自信でもあるってわけ?」
「おう、あるよ。それに、咲希が俺を裏切らないっていう自信もある」
「……意味分かんない。男遊びに夢中になってた女を、どうしたら信じられる気になるのよ」
「んー、……あのときの咲希は、寂しいから何かしらの温もりを、誰からかの愛を求めてたんだろ。愛されたくて、好かれたくて、どうしようもなくて」
「……そう、なのかな」
「今はもう大丈夫だろ。俺も、親父さんやお袋さんからも、もちろんうちの親も、マスターも何なら常連さん達だって、みーんな咲希が好きなんだぜ。こんなに愛されてんのに浮気なんてしねぇよ。それでもまだ足りねぇって欲深いことを言うんなら、俺が吐くほどの愛をくれてやる」
「……勇樹……」
 ヤバくね?今の完璧に決まったっしょ!とドヤ顔したのもつかの間、咲希が申し訳無さそうに俺に教えてくれた。
「お母さんいるよ、うしろに」
「ふあああああ!!」
あまりの恥ずかしさにテーブルに突っ伏した。




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