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二章
七話 仲直り
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「え…」
黒羽根は思わず声を出していた。
「…随分と大きくなったね。その眉間のシワ…お父さんにそっくり!」
緒美は自身の眉間に指をそっと添えると、悪戯っぽく笑った。
「さっきから何を言っているんですか…忽那さん?」
黒羽根は眉間をさらに深くギュッと寄せた。
不快感をあらしていることは目に見えてわかった。
「私のこと…誰だかわからない?」
緒美は今度はシュンとした表情で下を向いた。
地面に落ちていた小石を蹴る。
「わからないも何も…忽那さんではないですか!」
黒羽根は若干苛つきながら、乱暴に言葉を吐き捨てた。
すると緒美はわざと大げさにため息をつく。
「……あんたさ、悪い点数を取るといつもの勉強机の3段目の引き出しに隠してたわよね」
「え」
「バレンタインでチョコ貰った時はクローゼットの収納箱にこっそりと隠して…」
「ど、どうしてそれを…?」
黒羽根は明らかに動揺していた。
「そんなこと…姉ぐらいしか知らない…」
黒羽根はハッとしたように口元を抑えた。
「そんな馬鹿な…」
脳裏にふっと浮かんだ考えを払拭するように頭を振る。
(馬鹿馬鹿しい!どうかしている…)
黒羽根は困惑しながら、片手で自身の顔を覆った。
その様子に緒美は溜息をついた。
「…あんたが13歳の時だったわね。叔父さんの家の廃屋に無断で入って、腐っていた階段から踏み外して落ちそうになった私を…あんたが身を挺して守ってくれた」
その言葉に黒羽根は驚いて緒美を見た。
「そのせいで…あんたに…大怪我をさせてしまった」
階段の下には硝子や木片が散乱していた。
黒羽根は美久を庇ったままその瓦礫の下に落ちてしまい、背中を数十針も縫う大怪我をしてしまった。
怪我は完治したがその時の傷は残ったままで、ちょうど水泳部に入部していた黒羽根にとって、その傷を奇異の目で見られるのは苦痛でしかなかった。
黒羽根の元から近寄りがたい雰囲気が相まって、『他校生と喧嘩した時に負った傷だ』と言う根も葉もない噂が飛び交い、不良のレッテルを貼られてしまった。
「あんたは自分の不注意だって父さん達に言ったけど…私があんたを無理やり行こうと誘ったのがいけなかったのに…本当にごめんなさい」
緒美の瞳から溢れんばかりの涙が零れ落ちた。
その涙を懸命に抑えようと目を擦るその姿が、大怪我したあの時に見せた姉の泣き顔と重なった。
「…姉貴?」
黒羽根は思わず、そう口にした。
「そうだよ!やっとわかったの!?」
美久は泣きながら叫んだ。
「どういう事なんだ…?」
目の前の出来事が全く理解できずに、黒羽根は思わず呟いた。
「緒美さんに体を借りてるのよ…あんたにどうしても渡したいものがあって…」
「え…?」
困惑する黒羽根に、美久は青い袋を差し出した。
「…これは?」
「いいから開けて」
美久は気恥ずかしそうに、そっぽを向きながら言った。
黒羽根は言われた通り、小さな袋を開けた。
中には片手で収まるフェルト製のお守りが入っており、黒羽根はそれを静かに見つめた。
「あんたに渡そうと思ったのよ…死ぬことがわかっていたら…もっと前に渡していたのにね」
美久は冗談めいたように言って、泣きはらした顔で笑った。
「とっくに大会は終わっちゃったけど…これからも頑張って生きなさいよ…私はあんたを庇って死んだことに後悔はないの。だって私は一度あんたに助けてもらったんだもん。…だから…だからね、あんたはもう前を向いて歩いて行きなさい。もう過去に囚われ続けるのはやめて、ね?」
「………」
一緒に入ってた二つ折りの紙を開くと、たった一言『頑張れ』の文字が書かれていた。
間違いない、姉の文字だ。
黒羽根はお守りとそれをギュッと握った。
「俺は姉貴の未来を奪ったんだよ…?」
泣きそうな黒羽根の両頬に、美久は自身の手を挟んで、前を向かせた。
互いの目が合う。
「だからこそ…あんたは私の分まで生きるの。投げやりになって生きること、放棄するのは絶対に許さないから!」
美久は力強く告げると、ゆっくりと黒羽根の顔から手を離す。
そして後ろ手を組みながら、ゆっくり後ろへ下がった。
「あと、お父さん達をよろしくね。あんたが全然家に寄り付こうとしないから…きっと寂しがってるわ」
「……わかったよ。たまに帰る」
少しの間を置いてからやっと答えた黒羽根に、美久はとびきりの笑顔を向けた。
「約束だからね!」
黒羽根は思わず声を出していた。
「…随分と大きくなったね。その眉間のシワ…お父さんにそっくり!」
緒美は自身の眉間に指をそっと添えると、悪戯っぽく笑った。
「さっきから何を言っているんですか…忽那さん?」
黒羽根は眉間をさらに深くギュッと寄せた。
不快感をあらしていることは目に見えてわかった。
「私のこと…誰だかわからない?」
緒美は今度はシュンとした表情で下を向いた。
地面に落ちていた小石を蹴る。
「わからないも何も…忽那さんではないですか!」
黒羽根は若干苛つきながら、乱暴に言葉を吐き捨てた。
すると緒美はわざと大げさにため息をつく。
「……あんたさ、悪い点数を取るといつもの勉強机の3段目の引き出しに隠してたわよね」
「え」
「バレンタインでチョコ貰った時はクローゼットの収納箱にこっそりと隠して…」
「ど、どうしてそれを…?」
黒羽根は明らかに動揺していた。
「そんなこと…姉ぐらいしか知らない…」
黒羽根はハッとしたように口元を抑えた。
「そんな馬鹿な…」
脳裏にふっと浮かんだ考えを払拭するように頭を振る。
(馬鹿馬鹿しい!どうかしている…)
黒羽根は困惑しながら、片手で自身の顔を覆った。
その様子に緒美は溜息をついた。
「…あんたが13歳の時だったわね。叔父さんの家の廃屋に無断で入って、腐っていた階段から踏み外して落ちそうになった私を…あんたが身を挺して守ってくれた」
その言葉に黒羽根は驚いて緒美を見た。
「そのせいで…あんたに…大怪我をさせてしまった」
階段の下には硝子や木片が散乱していた。
黒羽根は美久を庇ったままその瓦礫の下に落ちてしまい、背中を数十針も縫う大怪我をしてしまった。
怪我は完治したがその時の傷は残ったままで、ちょうど水泳部に入部していた黒羽根にとって、その傷を奇異の目で見られるのは苦痛でしかなかった。
黒羽根の元から近寄りがたい雰囲気が相まって、『他校生と喧嘩した時に負った傷だ』と言う根も葉もない噂が飛び交い、不良のレッテルを貼られてしまった。
「あんたは自分の不注意だって父さん達に言ったけど…私があんたを無理やり行こうと誘ったのがいけなかったのに…本当にごめんなさい」
緒美の瞳から溢れんばかりの涙が零れ落ちた。
その涙を懸命に抑えようと目を擦るその姿が、大怪我したあの時に見せた姉の泣き顔と重なった。
「…姉貴?」
黒羽根は思わず、そう口にした。
「そうだよ!やっとわかったの!?」
美久は泣きながら叫んだ。
「どういう事なんだ…?」
目の前の出来事が全く理解できずに、黒羽根は思わず呟いた。
「緒美さんに体を借りてるのよ…あんたにどうしても渡したいものがあって…」
「え…?」
困惑する黒羽根に、美久は青い袋を差し出した。
「…これは?」
「いいから開けて」
美久は気恥ずかしそうに、そっぽを向きながら言った。
黒羽根は言われた通り、小さな袋を開けた。
中には片手で収まるフェルト製のお守りが入っており、黒羽根はそれを静かに見つめた。
「あんたに渡そうと思ったのよ…死ぬことがわかっていたら…もっと前に渡していたのにね」
美久は冗談めいたように言って、泣きはらした顔で笑った。
「とっくに大会は終わっちゃったけど…これからも頑張って生きなさいよ…私はあんたを庇って死んだことに後悔はないの。だって私は一度あんたに助けてもらったんだもん。…だから…だからね、あんたはもう前を向いて歩いて行きなさい。もう過去に囚われ続けるのはやめて、ね?」
「………」
一緒に入ってた二つ折りの紙を開くと、たった一言『頑張れ』の文字が書かれていた。
間違いない、姉の文字だ。
黒羽根はお守りとそれをギュッと握った。
「俺は姉貴の未来を奪ったんだよ…?」
泣きそうな黒羽根の両頬に、美久は自身の手を挟んで、前を向かせた。
互いの目が合う。
「だからこそ…あんたは私の分まで生きるの。投げやりになって生きること、放棄するのは絶対に許さないから!」
美久は力強く告げると、ゆっくりと黒羽根の顔から手を離す。
そして後ろ手を組みながら、ゆっくり後ろへ下がった。
「あと、お父さん達をよろしくね。あんたが全然家に寄り付こうとしないから…きっと寂しがってるわ」
「……わかったよ。たまに帰る」
少しの間を置いてからやっと答えた黒羽根に、美久はとびきりの笑顔を向けた。
「約束だからね!」
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