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第二話 魔呪、そして超健康体
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「かましてくれた拳もなかなかの威力だったし、期待の新人さん……かな?」
いまだ赤みが差している鼻っ柱を指で撫でながら、レヴは困ったような笑みを浮かべた。
ーーーーーーーーーここまでが前回ーーーーーーーーー
「はやくはやくー。急がないと出発しちゃうそうです」
ちょうど出発寸前だったところをアニスに身体で阻止された操舵手は、苛立ちの表情を隠さずに水先で待機していた。他の客の手前もあり本来なら出発してしまうところだが、アニスの着用していたお役所の制服の威光もあり、渋々発車を見合わせざるをえなかったのだ。
「すいませんねどーも。無茶を言ってしまって」
遅れてやってきたレヴはぺこぺこと操舵手と相乗りする客らに頭を下げながら、揺れの激しい後方の席に腰を下ろした。
「いやーアニスさんに任せて助かりました。健脚ですねー、私とは大違い」
「まあ、身体には結構自信がありますので」
いくぶんか恥ずかし気にアニスは言った。健康なのは自慢だが、自分が目指し自信をもちたいのはそこではない。はっきりとしたものがあるわけではないが、なりたい自分は健康をウリにした自分ではないのだ。
「なるほど。しかしアニスさんは、その身体に感謝すべきですね。健康に生み育ててくれたご両親に」
「どうしてですか?いや、五体満足に産んでもらってもちろん感謝はしてますけど」
「おおっ、立派な心掛けですね。なかにはもっと天賦の才に恵まれた人間に産んでほしかったとか、見目麗しい容姿でこの世に生を受けたかったとか、資産家の令嬢として産み落とされたかったとか、言い出したらキリがない不平不満をもつ人も少なくないというのに」
レヴは自嘲するように軽く笑った。
「それはまあ、わたしも自分のすべてに満足しているわけではないですけど」
満足どころか足りてないものばかりだが、ないものねだりをしてどうにかなるわけでもない。アニスは与えられたものに目を向けて、ないものからは目を逸らすというやり方でこれまでの人生をどうにかやってこれたのだ。
「なるほど。でもそんなあなたの心掛けが、今回の雇用試験に運を巡らせてくれたのかもしれませんね」
「??」
「知りませんか?今回の試験の面接期間中、学生たちを中心に魔呪が大流行したのを」
「ああ、ありましたね」
魔呪というのは、ある地域での多大な魔法使用により、一時的に大気に特殊な淀みが発生してしまう現象だ。そもそも魔法というのは自然の物理法則を、魔力でもって強引にねじまげてしまう穏やかでない代物だ。だからこそ、その扱いには細心の注意を払わなくてはならず、それを管理するための仕組みも多岐にわたっている。学生時代、魔法にまつわる授業ではいつも船を漕いでいたアリスが、まさか役所のなかでも特に魔法と縁の深い税務課(魔)に配属されることになるとは夢にも思っていなかった。
「本来、街の学校近辺で魔呪が発生するなんてことありえないんですけどね。人の多いところは特に管理が厳重に行われてますし」
役所は魔法を使用する者、つまり魔法士たちを徹底管理下に納めることで、特定の期間や場所で集中的に魔法が使われることのないよう、様々な調整を執り行っている。
「なんですけど、役所でもちょうど高齢による引退者が重なったり、谷間の世代と揶揄されている人たちが組織の中核を担うタイミングだったり、まあ色んな理由があって人手不足の人材不足ってわけなんです」
レヴは茶化したように言うのだが、事態はそれなりに深刻だった。
「で、ありえない場所でのありえない魔呪発生がちょうど、ウチの面接試験期間中というありえない時期に発生してしまってですね、面接日に大量の欠席者が出るというありえない事態が発生してしまったのです」
ある地域で魔呪が発生すると、その土地一帯はある意味で病原菌の感染エリアのようになってしまう。魔呪に罹患した効果はその時々、どのようなタイプの魔呪が発生したかにもよるが、発熱や嘔吐、意識混濁や精神異常など、およそ人間の体調悪化に類するものすべての症状に見舞われる。ひどい時は即、心肺停止ということだってあり得る。
「そういえばわたしの周りでも、寝込んじゃう人がたくさんいましたね。眠ったまんま全然起きなくなっちゃって」
「新陳代謝の不活性、ということのようです。いまのところ身体強化魔法の使用過多により、反動として発生したのではないかという見立てが有力です。誰かさんを強引にパワーアップさせた結果、そのツケを他の誰かが払わされたってことですね」
実のところ魔法と魔呪の因果関係はまだ謎が多く、研究者たちの間でも意見はまとまっていない。おそらくそうであろうという見立てのもと、どうにかこうにか対応しているのか実情だった。
「管理する側としては情けない話ですが、例年になく魔呪の安定が上手く運んでいません。発生から随分と経過しているのに、いまだに浄化がなされてない地域もありますから」
「そうなんですか?もうとっくに治まったものだと思ってました」
魔呪の浄化には経年浄化が基本となるが、役所は様々な浄化方法を研究し対策にあたっている。その対策費用として、魔法を使用する者には魔法税というものが課されるわけだ。レヴはそれらの詳細を新人のアニスに一席ぶってやろうかとも思ったが、それを説明するとなると、部署ごとに振り分けられる予算配分など役所内で蠢く利権や既得権益などについてもあれこれ説明しないといけなくなる。さすがに勤務初日のルーキーにどろついた内幕を語るのも夢がないので、おいおい説明することにしようとレヴは面倒事を先送りすることを選んだ。
「そんなわけで、今回の面接試験の合格倍率は、なんと例年の10倍」
「!!」
「これ機密事項なんで、オフレコでお願いします」
悪戯っぽくレヴは笑った。
「てことはわたしが受かったのは、わたしが秀でていたとか優れていたわけではなく、単に魔呪の大流行にも無反応の健康体が理由だったと、そういうわけですね」
自分が選ばれた理由を知ったアニスは、念願かなって合格した嬉しさが半減し、がっくりと肩を落とした。
「まあなんであれ受かったもん勝ちですから」
からからと笑いながらアニスを慰めるレヴ。魔呪に対しての反応は人それぞれ、その時々によって異なるので、各々の魔呪へ耐性や抗体のようなものをもつ人間がいるのではないかと推測されている。たまたまアニスが今回の魔呪に対して強かっただけかもしれないが、それもまたアニスの能力には違いない。なにせ今回の魔呪では、面接をされる側だけではなく、面接をする側にも罹患者が出ていたのだから。それにより急遽、面接試験管が変更され、例年とは違った採用傾向が多発していた。レヴのところのぐうたら上司も駆り出され、なんとなく面白そうなというのを選考基準にして合格者を決めていた。その結果選ばれたのが、アニスだった。
「はぁ、なんか、思ってたのと全然違うや」
筏の縁にぐったりアニスは項垂れる。頭脳労働者として見込まれたわけでもないし、いまのところ頭脳労働らしい業務もやらせてももらえない。やったのは全力ダッシュで筏の席を確保しただけ。始まったばかりのアニスの社会人生活だが、のっけから暗雲が立ち込めていた。
いまだ赤みが差している鼻っ柱を指で撫でながら、レヴは困ったような笑みを浮かべた。
ーーーーーーーーーここまでが前回ーーーーーーーーー
「はやくはやくー。急がないと出発しちゃうそうです」
ちょうど出発寸前だったところをアニスに身体で阻止された操舵手は、苛立ちの表情を隠さずに水先で待機していた。他の客の手前もあり本来なら出発してしまうところだが、アニスの着用していたお役所の制服の威光もあり、渋々発車を見合わせざるをえなかったのだ。
「すいませんねどーも。無茶を言ってしまって」
遅れてやってきたレヴはぺこぺこと操舵手と相乗りする客らに頭を下げながら、揺れの激しい後方の席に腰を下ろした。
「いやーアニスさんに任せて助かりました。健脚ですねー、私とは大違い」
「まあ、身体には結構自信がありますので」
いくぶんか恥ずかし気にアニスは言った。健康なのは自慢だが、自分が目指し自信をもちたいのはそこではない。はっきりとしたものがあるわけではないが、なりたい自分は健康をウリにした自分ではないのだ。
「なるほど。しかしアニスさんは、その身体に感謝すべきですね。健康に生み育ててくれたご両親に」
「どうしてですか?いや、五体満足に産んでもらってもちろん感謝はしてますけど」
「おおっ、立派な心掛けですね。なかにはもっと天賦の才に恵まれた人間に産んでほしかったとか、見目麗しい容姿でこの世に生を受けたかったとか、資産家の令嬢として産み落とされたかったとか、言い出したらキリがない不平不満をもつ人も少なくないというのに」
レヴは自嘲するように軽く笑った。
「それはまあ、わたしも自分のすべてに満足しているわけではないですけど」
満足どころか足りてないものばかりだが、ないものねだりをしてどうにかなるわけでもない。アニスは与えられたものに目を向けて、ないものからは目を逸らすというやり方でこれまでの人生をどうにかやってこれたのだ。
「なるほど。でもそんなあなたの心掛けが、今回の雇用試験に運を巡らせてくれたのかもしれませんね」
「??」
「知りませんか?今回の試験の面接期間中、学生たちを中心に魔呪が大流行したのを」
「ああ、ありましたね」
魔呪というのは、ある地域での多大な魔法使用により、一時的に大気に特殊な淀みが発生してしまう現象だ。そもそも魔法というのは自然の物理法則を、魔力でもって強引にねじまげてしまう穏やかでない代物だ。だからこそ、その扱いには細心の注意を払わなくてはならず、それを管理するための仕組みも多岐にわたっている。学生時代、魔法にまつわる授業ではいつも船を漕いでいたアリスが、まさか役所のなかでも特に魔法と縁の深い税務課(魔)に配属されることになるとは夢にも思っていなかった。
「本来、街の学校近辺で魔呪が発生するなんてことありえないんですけどね。人の多いところは特に管理が厳重に行われてますし」
役所は魔法を使用する者、つまり魔法士たちを徹底管理下に納めることで、特定の期間や場所で集中的に魔法が使われることのないよう、様々な調整を執り行っている。
「なんですけど、役所でもちょうど高齢による引退者が重なったり、谷間の世代と揶揄されている人たちが組織の中核を担うタイミングだったり、まあ色んな理由があって人手不足の人材不足ってわけなんです」
レヴは茶化したように言うのだが、事態はそれなりに深刻だった。
「で、ありえない場所でのありえない魔呪発生がちょうど、ウチの面接試験期間中というありえない時期に発生してしまってですね、面接日に大量の欠席者が出るというありえない事態が発生してしまったのです」
ある地域で魔呪が発生すると、その土地一帯はある意味で病原菌の感染エリアのようになってしまう。魔呪に罹患した効果はその時々、どのようなタイプの魔呪が発生したかにもよるが、発熱や嘔吐、意識混濁や精神異常など、およそ人間の体調悪化に類するものすべての症状に見舞われる。ひどい時は即、心肺停止ということだってあり得る。
「そういえばわたしの周りでも、寝込んじゃう人がたくさんいましたね。眠ったまんま全然起きなくなっちゃって」
「新陳代謝の不活性、ということのようです。いまのところ身体強化魔法の使用過多により、反動として発生したのではないかという見立てが有力です。誰かさんを強引にパワーアップさせた結果、そのツケを他の誰かが払わされたってことですね」
実のところ魔法と魔呪の因果関係はまだ謎が多く、研究者たちの間でも意見はまとまっていない。おそらくそうであろうという見立てのもと、どうにかこうにか対応しているのか実情だった。
「管理する側としては情けない話ですが、例年になく魔呪の安定が上手く運んでいません。発生から随分と経過しているのに、いまだに浄化がなされてない地域もありますから」
「そうなんですか?もうとっくに治まったものだと思ってました」
魔呪の浄化には経年浄化が基本となるが、役所は様々な浄化方法を研究し対策にあたっている。その対策費用として、魔法を使用する者には魔法税というものが課されるわけだ。レヴはそれらの詳細を新人のアニスに一席ぶってやろうかとも思ったが、それを説明するとなると、部署ごとに振り分けられる予算配分など役所内で蠢く利権や既得権益などについてもあれこれ説明しないといけなくなる。さすがに勤務初日のルーキーにどろついた内幕を語るのも夢がないので、おいおい説明することにしようとレヴは面倒事を先送りすることを選んだ。
「そんなわけで、今回の面接試験の合格倍率は、なんと例年の10倍」
「!!」
「これ機密事項なんで、オフレコでお願いします」
悪戯っぽくレヴは笑った。
「てことはわたしが受かったのは、わたしが秀でていたとか優れていたわけではなく、単に魔呪の大流行にも無反応の健康体が理由だったと、そういうわけですね」
自分が選ばれた理由を知ったアニスは、念願かなって合格した嬉しさが半減し、がっくりと肩を落とした。
「まあなんであれ受かったもん勝ちですから」
からからと笑いながらアニスを慰めるレヴ。魔呪に対しての反応は人それぞれ、その時々によって異なるので、各々の魔呪へ耐性や抗体のようなものをもつ人間がいるのではないかと推測されている。たまたまアニスが今回の魔呪に対して強かっただけかもしれないが、それもまたアニスの能力には違いない。なにせ今回の魔呪では、面接をされる側だけではなく、面接をする側にも罹患者が出ていたのだから。それにより急遽、面接試験管が変更され、例年とは違った採用傾向が多発していた。レヴのところのぐうたら上司も駆り出され、なんとなく面白そうなというのを選考基準にして合格者を決めていた。その結果選ばれたのが、アニスだった。
「はぁ、なんか、思ってたのと全然違うや」
筏の縁にぐったりアニスは項垂れる。頭脳労働者として見込まれたわけでもないし、いまのところ頭脳労働らしい業務もやらせてももらえない。やったのは全力ダッシュで筏の席を確保しただけ。始まったばかりのアニスの社会人生活だが、のっけから暗雲が立ち込めていた。
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