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第三話 二人の階級差は?
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「はぁ、なんか、思ってたのと全然違うや」
筏の縁にぐったりアニスは項垂れる。頭脳労働者として見込まれたわけでもないし、いまのところ頭脳労働らしい業務もやらせてももらえない。やったのは全力ダッシュで筏の席を確保しただけ。始まったばかりのアニスの勤続生活だが、のっけから暗雲が立ち込めていた。
-------------------------ここまでが前回-------------------
「思ってたのって、いったいどんなのを想像してたんですか?」
「そりゃレヴさん……あっ、この呼び方で問題ありませんか?」
レヴについて知ってるのは直属の上司というだけなので、もし階級的に偉い役職の人だったら名前にさんづけでは失礼にあたるかもしれない。
「ええ大丈夫です。なんなら呼び捨てでも構わないですよ。私はどんなに打ち解けてもあなたのことをさん付けで呼びますけど」
気安い微笑みで返されたが、ある一線だけは絶対に超えさせないというバリアのようなものをアニスは感じた。なので思い切って、
「では失礼して、レヴ」
「ええ!!思ったより踏み込んできた!!」
穏やかだったレヴの表情が激しく変形した。
「いやだって、呼び捨てでも構わないって」
「そりゃ言いましたけど、いままで何回もそう言ってきましたけど、実際に直後に呼び捨てしてきた人って……なるほど、逸材かもしれない。良くも悪くも」
「あの、駄目でした?」
いまになってためらいを見せるアニス。その瞳は不安そうにわなないている。
「まあ、いいですけどね。堅苦しいのは苦手ですし」
渋々承諾するレヴの答えに、アニスはぱっと顔を輝かせた。
「そーなの?じゃあ敬語もいらなかったりする?」
「……アニスさん。詳しい自己紹介がまだでしたね。改めまして、私、こういう者です」
差し出された一枚の掌サイズの厚紙には、税務執行官レヴ、と魔法印字で刻まれていた。
「ししし、執行官!!」
役所の階級には何段階あるのかアニスは曖昧にしか知らない。ただし、執行官と名のつく者は相当な位にあるのだということは子供でも知っている。イエッサー執行官、という掛け声は巷でしょっちゅう冗談半分で口にされる常套句で、ようするに執行官の命令には絶対服従、という意味だ。面倒事を言いつけられた時などに皮肉まじりにそう返すのだ。それほどまでに、執行官というのは大きな権限を有しており、調整員という一番下っ端階級のアリスとは天と地ほどの階級差がある。必然的にその地位にあるものは年配者であることが多いので、レヴがまさかそれほどの存在であるなどと、アニスには考えも及ばなかった。
「あ、別にかしこまらなくてもいいですよ。敬語も別にいらないですし。ちなみに私は、アニスさんに対しては敬語で対処させていただきますけど」
その微笑みが怖かった。
「いえ、その……なんか色々と、失礼を申しまして……知らぬこととはいえ……ごめんね」
ペロッと舌を出して悪びれずにアニスは謝った。
「ええ!!改めないの?押し通しますか、その言葉づかいを!!」
「いやだって、もうこの際だから取り繕ってもしょうがないし、行くとこまで行っちゃった方がいいと思って。それにほら執行官みたいな偉いさんって、普段気を遣われまくってるだろうから、かえって気兼ねない態度に清々しさを覚えたりするんじゃないかなって」
レヴのぐーたら上司は確かにそういうタイプの人間だった。しかしレヴは清々しさより苦々しさをアニスに対して感じていた。
「……まあこっちから言い出したことですし、お好きにどうぞ。視察の際なんかはちょうどいいかもしれませんね。アニスさんの私に対する態度から、色々と勘違いが生じてかえって本来の姿を見ることができたりするなどの利点もあるかもしれません」
「それじゃあ、よろしくね、レヴ」
「……イエッサー」
ややズレのある微妙な調子で二人が打ち解けていくと、ちょうど筏が岸辺に辿り着き、川面にかすかなさざ波を立てながら、ゆっくりと停泊した。
筏の縁にぐったりアニスは項垂れる。頭脳労働者として見込まれたわけでもないし、いまのところ頭脳労働らしい業務もやらせてももらえない。やったのは全力ダッシュで筏の席を確保しただけ。始まったばかりのアニスの勤続生活だが、のっけから暗雲が立ち込めていた。
-------------------------ここまでが前回-------------------
「思ってたのって、いったいどんなのを想像してたんですか?」
「そりゃレヴさん……あっ、この呼び方で問題ありませんか?」
レヴについて知ってるのは直属の上司というだけなので、もし階級的に偉い役職の人だったら名前にさんづけでは失礼にあたるかもしれない。
「ええ大丈夫です。なんなら呼び捨てでも構わないですよ。私はどんなに打ち解けてもあなたのことをさん付けで呼びますけど」
気安い微笑みで返されたが、ある一線だけは絶対に超えさせないというバリアのようなものをアニスは感じた。なので思い切って、
「では失礼して、レヴ」
「ええ!!思ったより踏み込んできた!!」
穏やかだったレヴの表情が激しく変形した。
「いやだって、呼び捨てでも構わないって」
「そりゃ言いましたけど、いままで何回もそう言ってきましたけど、実際に直後に呼び捨てしてきた人って……なるほど、逸材かもしれない。良くも悪くも」
「あの、駄目でした?」
いまになってためらいを見せるアニス。その瞳は不安そうにわなないている。
「まあ、いいですけどね。堅苦しいのは苦手ですし」
渋々承諾するレヴの答えに、アニスはぱっと顔を輝かせた。
「そーなの?じゃあ敬語もいらなかったりする?」
「……アニスさん。詳しい自己紹介がまだでしたね。改めまして、私、こういう者です」
差し出された一枚の掌サイズの厚紙には、税務執行官レヴ、と魔法印字で刻まれていた。
「ししし、執行官!!」
役所の階級には何段階あるのかアニスは曖昧にしか知らない。ただし、執行官と名のつく者は相当な位にあるのだということは子供でも知っている。イエッサー執行官、という掛け声は巷でしょっちゅう冗談半分で口にされる常套句で、ようするに執行官の命令には絶対服従、という意味だ。面倒事を言いつけられた時などに皮肉まじりにそう返すのだ。それほどまでに、執行官というのは大きな権限を有しており、調整員という一番下っ端階級のアリスとは天と地ほどの階級差がある。必然的にその地位にあるものは年配者であることが多いので、レヴがまさかそれほどの存在であるなどと、アニスには考えも及ばなかった。
「あ、別にかしこまらなくてもいいですよ。敬語も別にいらないですし。ちなみに私は、アニスさんに対しては敬語で対処させていただきますけど」
その微笑みが怖かった。
「いえ、その……なんか色々と、失礼を申しまして……知らぬこととはいえ……ごめんね」
ペロッと舌を出して悪びれずにアニスは謝った。
「ええ!!改めないの?押し通しますか、その言葉づかいを!!」
「いやだって、もうこの際だから取り繕ってもしょうがないし、行くとこまで行っちゃった方がいいと思って。それにほら執行官みたいな偉いさんって、普段気を遣われまくってるだろうから、かえって気兼ねない態度に清々しさを覚えたりするんじゃないかなって」
レヴのぐーたら上司は確かにそういうタイプの人間だった。しかしレヴは清々しさより苦々しさをアニスに対して感じていた。
「……まあこっちから言い出したことですし、お好きにどうぞ。視察の際なんかはちょうどいいかもしれませんね。アニスさんの私に対する態度から、色々と勘違いが生じてかえって本来の姿を見ることができたりするなどの利点もあるかもしれません」
「それじゃあ、よろしくね、レヴ」
「……イエッサー」
ややズレのある微妙な調子で二人が打ち解けていくと、ちょうど筏が岸辺に辿り着き、川面にかすかなさざ波を立てながら、ゆっくりと停泊した。
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