税務課(魔)~魔法税、取り立てます~

荒谷 改(あらたに あらた)

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第四話 イメージと現実

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「それじゃあ、よろしくね、レヴ」
「……イエッサー」
 ややズレのある微妙な調子で二人が打ち解けていくと、ちょうど筏が岸辺に辿り着き、川面にかすかなさざ波を立てながら、ゆっくりと停泊した。


-------------------------ここまでが前回------------------------


 街に流れ込む川を渡った先に広がるのは、街区外と呼ばれる一帯で、街に比べてその風景は綻びや損壊が目立ち、色調も暗くどんより影が差している。街の繁栄のおこぼれに預かる形で成り立っている地域であり、口さがない者は貧民街と嘲りもする場所だった。
「ここに魔法士が?」
 アニスはこの土地に足を踏み入れるのははじめてだった。親や学校からは硬く立ち入りを禁じられていたし、同窓の者のなかには度胸試しや武勇伝の一環として扱われている地区だった。アニス自身は好奇心で立ち寄ってみたい気もしたが、同窓の者のなかにはわずかだが街区外出身者もいたので、興味本位での覗き見は失礼にあたると自分を律し、アニスにとってこれまで未踏の場所だったのだ。
「あれ?私、ここに来たのは魔法士に合うためって言いました?」
「言ってないけど」
 税務課(魔)の執行官の仕事といえば、アニスにも大方の想像はついた。しかもあれだけ急いでの仕事となれば、当然それは。
「取り立てでしょ?月末に向けての」
「ご明察です。私の仕事への理解が浸透してるのはありがたい話ですけど、なんだか悪評が広まっているだけのような気がして、複雑ですね」
 魔法士には他の住民とは別枠で、月々の魔法使用に伴う税金がかかる。魔法は便利な代物だ。使えば使用者や周囲の者に恩寵をもたらし、それを利用して地位や得て金品を荒稼ぎすることも可能となる。しかしそれは、魔呪という代償を世界に払わせることで成り立つものなのだ。だとしたら、その得た分だけの返礼を、払い戻す必要があるだろうというのは、魔法を使うことのできない人たちの当然の言い分だった。
「まあ執行官の魔法士への取り立てっていったら、泣く子も黙る高利貸しも形無しだって言われてますしね」
 魔法税は徴収された分がそのまま、魔呪の浄化費用にあてられることとなる。主に森林植樹や自然水の汚染対策など、人工的な管理をできる限りしない形での自然保存や自然維持、というのがいまのところ最も有効な魔呪対策と目されている。
 他にも標高の高い山々から雪や空気を運び入れたり、時には人間には毒性のある植物を移植することで魔呪を抑制することもあり、とにかく様々な対策を地域の役所ごとに管轄が分かれて行っている。
「魔呪対策は時間との闘いですからね。予算はいつも自転車操業で余裕がありません。納税期間内に納めてもらわないと、首が回らなくなるのはこっちなんですよ」
「へえ、執行官も必死なんだ」
「必死なんてもんじゃないですよ。往々にして魔法士っていうのは、ルーズっていうかなんていうか、一般の規格からは外れた人も多いですしね」
「ああ、そういうイメージあるよね。アウトローっていうか、はみ出し者っていうか」
「それはどちらかっていうと偏見に近いかもしれません。実際に魔法士とやり取りをする身としては、職人タイプの頑固者とか、研究者タイプの求道者とか、そんな人が多いですね。まあ頭の螺子が飛んじゃってるような人とか、度が過ぎる楽天家とかもいないわけじゃないですけど」
 色々と具体例が脳裏に浮かんでいるようで、レヴは苦労を忍ばせるため息をついた。
「ふーん。でも払わないと血の一滴まで搾り取るって言われてるんだから、執行官もまともじゃいられないんじゃない?」
「そんな風に言われてるんですか?まったく、言われたい放題ですね」
 困ったものですね、と言いながらもレヴはさして気にもとめてないようだった。周りからなにを言われようともどこ吹く風、という揺るぎなさのようなものをアニスは感じた。
「誤解を解くためにも、とりあえず私の仕事を見てもらうとしましょう」
 ゴミがそこかしこに散らばり泥土で茶けた路地を、レヴは迷うことなくすいすいと進んでいく。区画整理がされておらず大通りも横道もない無秩序に入り組んだ路地裏にも、レヴは一向に足を止めることはない。治安がいいとは言えない場所をあまりに警戒心なく歩くレヴに対し、アニスは背中に冷たいものを感じながら後をついてまわった。死角となった背後や暗がりから、誰かにこっそり見られているような気がして、ついついきょろきょろと視線を彷徨わせてしまう。
「こういうところは、初めてですか?アニスさんは」
「うん。でも意外、魔法士もこういうところに住んでるんだ」
「想像とは違いますか?」
「そうだね。どっちかっていうと、人里離れた場所に居を構えているか、高級住宅地に邸宅を備えているか、そんな感じかな」
 我ながら平凡なイメージだとアニスは思ったが、だいたいの人が魔法士に抱いているのはそんなところだろう。魔法は人々にとって、生活に密接した身近な存在だ。ここに来るのに利用した筏にだって、水漏れがしないようコーティング魔法が掛けられていたはずだ。いまやどこに魔法が使われていてどこに魔法が潜んでいるのか、それをすべて把握するのは不可能なほどに、魔法はこの世界に有り触れている。
 しかし魔法士となると話は別だ。特殊な才を持つ限られた者たちゆえに、崇められ祭り上げられ足を引っ張られ疎まれる。陰と陽の感情に、否応なく巻き込まれるのだ。だから彼らは人から距離を置くか、逆に喰らい尽くせるほどの距離まで近づくか、極端な立ち位置をとりがちだ。
 なので必然的に人々と魔法士が対等な目線で接したり視線を共有したりすることは少なく、縁遠い存在となってしまう。
「だから人々の間で広く膾炙されているんでしょうね。怠け者だったり体制に反抗的な魔法士が執行官に納税を迫られてヒーヒー言わされてるイメージが。ある意味でユーモラスで魔法士への好感を高めているし、ある意味では容赦ない扱いで魔法士への反感のはけ口にもなっている。両義的で上手くできてますよね」
「執行官の方は一面的に悪いイメージだけがあるけどね」
 まさか自分がその執行官の助手になるなんてアリスは思ってもいなかった。税務課(魔)といっても調査や管理や調整など、おおむね机仕事とばかり思っていた。後々はステップアップして大局的な観点からの助言や提案などをする立場になりたいと漠然とした目論見を抱いてはいたが、執行官の業務に関わりたいと思ったことはついぞ一度もなかった。なんとなく、暴力も辞さない取り立てという、肉体的なイメージがアリスを縛っていたのだ。
「さて、そんなアニスさんの悪いイメージを払しょくできればいいんですけど」
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