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第六話 ドクターの治療
しおりを挟む「ドクター、たいへんだ。また事故が起きちまった。すぐ診てくれ。すげえ量の血を出し手てやべえんだ」
--------------------------ここまでが前回---------------------
駆け込むなり昂奮した面持ちで訴える、肉体労働者を思わせる風体の男。汗を振り乱してドクターにすがりつく。
「またかよ!!くそっ、ただでさえ余裕がねえってのに。おらっ、あんたらは邪魔だからどいてく……」
「どこなの?」
アニスはドクターにすがりついていた男を引っぺがし、自分の方に強引に顔を向かせて鋭い語気で尋ねた。
「へ?どこって、あんたいったい……」
「だから怪我人はどこなの?動ける状態?それともここまで運ばなきゃ駄目なの?」
「いや、とても動けたもんじゃねえから、俺がドクター呼びにきたんだけど」
男は困ったように視線をドクターとアニスに行ったり来たり、おろおろさせている。
「でもそこで治療できるの?どうなのドクター」
「いやどうなのって、そりゃできればここで治療するのが一番安心だけどよ」
ドクターの言い終わりを待たずに、アニスは男の手を引っ張って一目散にドアから飛び出していった。竜巻をおもわせるその勢いに、レヴもドクターも呆気にとられたまましばらく動けないでいた。
「な、なんなんだありゃ?」
レヴに助けを求めるように顔を向けるドクター。
「いや、実は私もよくわかってなくて」
「よくわからねえって、あんたの部下なんだろ?」
「ええまあ、でもあの人、アニスさんとは私も初対面のようなもので」
「なんだそりゃ?」
「勤務初日なんですよ、今日があの人にとっての」
「初日?どうりで緊張してたわけだ。からかって悪かったかな。てことはひょっとしてびびって逃げ出しちまったんじゃねえだろうな……」
バタン、とノックなしに弾かれるほどの勢いでドアが開かれる。入ってきたのはさきほど飛び出していったアニスだった。あまりの勢いをもって開かれたドアは、元々の老朽化のせいもあり、ぎしぎしと悲鳴を上げるように軋んでいる。アニスは両手がふさがっていたので蹴ってドアを開けたのだ。
「ドクター、どこに寝かせればいいの?ベッドはあるの?」
「お前、なんちゅう馬鹿力」
ドクターは目を丸くして、肩にぐったりと項垂れる三人の男性を担いだアニスを見つめる。
「ねえ、空いてるベッドないの?早く診てあげて、この人たち大けがしてるんだから」
切実な瞳で訴えるアニス。その制服の腕章は血で赤黒く滲んでいる。
「お、おう。じゃあこっちに頼む。おいっ、緊急の患者だ。わりいけどちょっと場所を開けてくれるか」
アニスに促されてドクターはようやくいつも通りの調子を取り戻したらしく、てきぱきと診察体制と整え始めた。
「ちょっとレヴ!!ぼーっと突っ立てたら邪魔でしょ。タオルを出すなりお水を用意するなり、なんかしらやること見つけて動かなきゃ。ドクター、なんか必要なものある?」
「ああ、あそこの棚に洗いざらしの布が入ってるから、とりあえず出しといてくれ。あとは……」
アニスはドクターの指示を仰ぎ、まるで看護の専門家のようにドクターの手となり足となった。
「ほらっ、レヴも動いてったら。仕事してよ」
「いや、私の仕事、税の徴収を……」
「だから思う存分取り立てるために、いまここでドクターを手伝わなきゃ駄目じゃない。容赦なく取り立てるんでしょ?血の一滴まで絞りとるんでしょ?だったらここで無駄な血が流れるのを防がなきゃ」
レヴにはよくわからない論理だった。美味しく頂くのであれば丸々と太らせてから、というのと似たようなものだろうか?アニスの言い分にいまいち納得ができなかったが、その真剣さと場の雰囲気に流され、レヴも慣れない手つきで言われるままにドクターの補佐をした。
「うし、これで準備おーけー。今日はまだ魔法力に余裕があってよかったぜ。これが夕方だったらやばかったかもな」
言いながらドクターは寝かされた怪我人に手をかざし、柔らかく目を瞑り詩を吟ずるように呟き始めた。ドクターの手から暖色系の光の粒が発生し、一粒一粒がやがて光球へと拡大してゆく。呟きを終えるころには、光は膨れ上がって部屋中に放散した。不思議とその光は目に優しく、アニスは眩さに視界を奪われることなく、夢のなかみたいなその光景を最後まで瞬きせずに見届けた。
「よし、一丁あがり」
ふいーっと、ドクターは腕で汗を拭った。アニスは慌ててタオルでドクターの額を拭った。
「おう、さんきゅ。気が利くじゃねか、嬢ちゃん」
「嬢ちゃんじゃなくて、アニスさんよ」
さりげなくさん付けを要求するアニス。
「はは、なるほどな。わーったよ、イエッサー、アニスさん」
「こっちは、ドクターでいいの?」
「あー、そうだな。もういいやドクターで」
諦めたようにドクターは破顔した。
「でも大したもんだね。わたしこんな間近で初めて見た。魔法士が実際に魔法を使うところ」
「ふーん。まあ最近はたいてい、魔道具で済ませちまえるからな。実施の魔法を見る機会もそうはねえか」
「そうですね。学校で魔法を専門に研究する会合なんかに参加すると、わりと目にする機会もあるんですけど」
魔法の話題になってようやく、レヴは会話に参加することができた。学生時代、レヴは魔法と名のつくものならなんにでも首をつっこみ貪欲に関わった。魔法に憧れ、魔法を志し、魔法に敗れ去った。なにをどう研究し、どこを調べてみても、正統魔法にも、異端魔法にも、密教魔法にも、レヴの居場所はなかった。致命的なまでに、魔法の才能がなかったのだ。魔法力のない者に、魔法を使うことはできないのが絶対不変の原理原則だった。
「わたしは全然、魔法に興味も縁もなかったからなぁ」
アニスは屈託なく笑う。
「でもよう、病院に行けば一回くらい目にしたことあるんじゃねえの?子供には薬とか道具を使って治療するより、文字通り手を当てる手当が一番、って考え方の世代じゃねえの?嬢ちゃ、じゃなかった、アニスさんくらいの世代はよ」
手を当てる治癒魔法による手当がもっとも信頼感の高い治療法とされていたのは少し前の時代の考え方で、最近では耳にすることもなくなりつつあった。
「そうですね。確かに私が子供のときはそうでした。ってことは私とアニスさんの歳の差からすれば……」
「あー、いや、わたし……」
「あー?なんだよ、いっちょ前に歳を知られたくねえってわけか?」
「へえ、アニスさんも一人前の女性なんですねえ」
からかうような二人の視線に対し、アニスは照れくさそうに口を開いた。
「いや、わたし、病院行ったことなくて。身体が悪くなったこと一度もないんだよね」
アニスの空笑いしながらの告白に、レヴもドクターも珍獣を見るような顔でまじまじとアニスを見つめた。
「ああ、そっか。なるほどな」
「それは、そうなのでしょうね。ええ、なんか色々と納得しました」
怪我人の情報がもたらされた時の緊迫感はすっかり消え去り、間の抜けた空気が室内を満たした。
「おっと、お喋りしてる場合じゃねえや。まだ治療は終わっちゃいねえ」
「あっちの人は、意識もあったし問いかけにもちゃんと応じてくれたよ」
ベッドで寝かされている、また治療の終わってない怪我人をアニスは指差した。
「ああ、緊急性ってことではさっきの奴よりマシだが、それでも危険なことに違いはねぇ。とにかくできる治療はやれるだけやっておかなきゃ」
腕まくりをして次の怪我人へとドクターが取りかかろうとすると
「ちょっと待って下さい、ドクター」
レヴが鋭い声音でドクターを制止した。その手にはいつのまにか手帳のようなものが開かれていた。
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