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第七話 迫られる選択
しおりを挟む腕まくりをして次の怪我人へとドクターが取りかかろうとすると
「ちょっと待って下さい、ドクター」
レヴが鋭い声音でドクターを制止した。その手にはいつのまにか手帳のようなものが開かれていた。
--------------------ここまでが前回---------------------
「なんだよ急に」
ドクターは仕事の流れを中断されうっとうしそうな顔。
「さきほどドクターが使った魔法。治癒系の上級魔法ですね。お見事でした」
「……あんがとよ」
「ですがあの魔法を使ったとなると、あなたの魔法力からいって、相当なご負担なのでは?ご様子から察するに、ここしばらく睡眠も満足に取れてないようですし」
ドクターの下瞼にどす黒く滲む隈をレヴは睨む。目減りした魔法力を回復するには様々な方法があるが、もっとも負担や後遺症なくできるのが睡眠だった。
「ふん。別に一日二日寝なくったってどってこた」
「困るんですよ、それでは」
ぴしゃりと相手の口を封じるようにレヴが言った。アニスはレヴの急激な態度の変化に口を挟むことができない。
「失礼ですが、あなたはいま、如何程お持ちで?毎月の病院のやりくりにさえ四苦八苦しているドクターに、今月の魔法税を支払うだけの余裕がおありですか?」
拳を握りしめ返答に窮するドクターの姿が、言うまでもなく全てを告げていた。
「となれば、どうやって私の取り立てに応じてくれるのか、お分かりですよね」
苦悶しているドクターはレヴの言葉の意味を十分に理解していたが、アニスはなんのことがわからず一人蚊帳の外だった。
「あれ?アニスさん、そのはてな顔はもしかして知らないんですか?」
魔法士は魔法の使用に伴い税を払う。しかしその税金を直接金銭で納める魔法士はほとんどいない。多くの魔法士は金ではなく、労働で税を支払うのが一般的な納税方法だった。労働とはつまり、各々の魔法を道具や札へと込めた魔道具の制作であったり、植物や鉱石を液体や結晶などへと変化させたりといった、魔法士にしかできない魔法士にのみ許された作業のことだ。この労働による制作物を役所に納めることで、納税義務が果たされる。
金で支払うこともできるのだが、価格設定が高いため、労働で支払いを済ませるものがほとんだ。魔道具の民間での取り扱いは役所による免許制なので、役所としては実質的に魔道具を独占して管理できるため好都合なのだ。流通量を調整することで魔道具の相場価格にも介入できるので、その時々の役所の財務状況にも融通が利くという利点もあった。
「……なるほど。とにかく色々と、そっちの方が都合がいいってことだよね」
レヴから一通りの説明を受けたアニスは深々と頷いた。果たしてちゃんと理解しているのかどうか、レヴにはわかりかねたが、とりあえず勘所だけは掴んでいるようなので深入りするのは避けた。
「まあそうなんですけど、実は一番の利点は、魔呪対策にもなるってことです」
「ほへっ?」
「アニスさんに問題です。魔道具を制作したときと、魔道具を使用したとき、魔呪のもとである魔法による濁りや淀みが発生するのはどっちでしょう?」
「あーっとそれは……」
突然の質問にアニスは脳をまさぐって答えを探すが、望むものは見つからなかった。
「答えは使用時です。制作した段階では、淀みや濁り、いわゆる魔法汚染はなんら起きないのです。不思議な話ですよね、魔道具を制作するとなると、魔法士は魔法力を費やさなければならない。魔法力は減るわけです。なのに汚染は起こらない。そして魔法士でないものが魔道具を使用するとき、特に誰かの魔法力が増えたり減ったりするわけでもないのに、魔法汚染が起きるのです。変じゃないですか、この仕組み。この時間差はなにを意味しているのでしょうか?」
学生時代に散々議論したテーマを、レヴはアニスに突きつけた。もちろんその答えをアニスがもってるわけではないし、レヴにも未だにわからない。今も昔も、レヴが憑りつかれている疑問だった。
「えーっと、でもその時間差が、役所的には都合がいいんだよね?」
妙に熱のこもった口調のレヴに気圧されて、アニスはおずおずと尋ねた。
「はい、そうです。この時間差があるので、魔法汚染が高まり魔呪発生の危険のおそれがある時期や場所では、魔道具の流通を押さえ、場合によっては禁止する措置がとれるんです」
魔法汚染の計測は役所が厳密な管理のもと行っている。ただ計測方法は確立されているが、いったいどの値を超えれば本格的に魔呪が発生するのか、いわゆる閾値がはっきりとしていないことだった。なので絶対的な安全体制を敷くことまではできないのが現状だった。
「そしてドクター。いま現在の、この街区外での魔法汚染の各種数値、ご存じですか?」
魔法使いは自分の使う魔法が引き起こす魔法汚染の度合いは、把握していなければならない。危険度が高いのに魔法を乱発したりすれば、処罰の対象になる。
「どうやら街区外で事故が多発してるみたいですね。それに伴い回復系、治癒系の魔法使用も激増し、汚染が高まっています」
同系統の魔法使用が多発されれば、それは同系統の魔法汚染となって蓄積し、いわゆる魔呪が発生されてしまう。
「執行官として忠告します。これ以上の使用は危険です」
レヴはぱたりと手帳を閉じ、厳然と宣告した。
「ちょっと待てよ。じゃああの患者はどうなる。ありゃ放っておいたら死んじまうぞ」
「そうだよ、あの人すごく苦しそうな顔してるんだよ。息だってぜーぜーしてるし。はやく直してあげないと」
アニスとドクターの非難するような訴えに、レヴは深いため息で応じた。
「いいですか?どだい無理な話なんですよ。もしドクターがいま、あの人を治療するため魔法を使用したとしましょう。そうしたらドクター、あなた税を納めるための労働をこなすだけの余力ありますか?お支払いいただけるんですか?さらなる魔法労働をこなすだけの魔法力は残っているんですか?」
ドクターは痛いところをつかれたように言葉を失う。改めてドクターをみると、最初っからくたびれた雰囲気はあったが、明らかにその時よりも疲労感が増しているのはアニスの目にもはっきりわかった。魔法を使った影響は色濃いものとしてドクターの身に刻まれていた。
「でも、一日くらい遅れたって」
アニスが税務課職員の立場をかなぐり捨て、ドクターを庇った。
「駄目です。ドクターはここ一年ですでに二回、支払期限を犯しています。医療施設や医療体制の整ってない街区外での治療活動ということで、特別なお目こぼしを十分に受けているのです。これ以上のお慈悲はまかり通りません」
ドクターは目の前の患者を優先するあまり、魔法士としての課された義務を放棄することなど屁とも思っていない。だからこそ彼は、魔法士ではなくドクターと呼ばれているのだ。
「もし今回も支払期限を犯すようなことがあれば、ここでの治療活動そのものができなくなるでしょう。それはドクター、あなたにとって、あなたを信じてここに通う皆さんにとっても一番避けなければならないことではないですか?」
諭すようでいて、その裏で脅しているも同然の言い草に、レヴとしても苦いものを感じていた。しかしこれが執行官の仕事であり、執行官のなすべきことだ。明らかに不満げなアニスに対しても、覚えてもらわなきゃならない示しというのを見せる必要があった。
「でもそれって、ドクターがこれから救えるかもしれない人のためとか、ドクターが魔法を使うことで発生してしまうかもしれない魔呪を起こさせないためとか、そういったもののために、いまここで死んじゃうかもしれない人を、見捨てろってことでしょ?」
レヴですら明言を避けていたことを、はっきりと明確に言語化してしまうアニス。アニスからしてみれば、なにを選びなにを捨てるのか、曖昧にしたままなのは気持ちが悪くて仕方なかった。
「くそっ、どうしろってんだ」
腹立ちまぎれにドクターは棚を蹴りつけた。その表情は苦悶に歪みきっていた。
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