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忘れてはいけない
しおりを挟むすぐ近くのショッピングモールで少しだけウィンドウショッピングをしてから、十八時頃には再び一ノ瀬の車に乗った。
どうやら夕食の予約をしているらしい。今日は一ノ瀬が色々とプランを考えてくれていて、私は任せっきりだった。一ノ瀬ってさりげなくエスコートをしてくれて、気が利く。さすがモテる男は違う。
「星野、腹減ってる?」
「え、うん」
「ならよかった」
運転している一ノ瀬の横顔をちらりと見る。
どうしてか今日はいつもよりも一ノ瀬がかっこよく感じる。見慣れていない私服姿だからそう思うのだろうか。それにさっきのことを意識しすぎているのかもしれない。
「どんなお店なの?」
「星野が好きそうな肉料理の店」
それはちょっとではなく、かなり楽しみだ。一ノ瀬がこの間連れていってくれたお店の料理もすごく美味しかったので期待が高まる。
「食べてるとき幸せそうだよな」
「美味しいもの食べたら、誰だって嬉しくなるでしょ?」
そういえば、澄川くんにもそんなこと言われた。私って結構顔に出やすいのだろうか。
「まあ、そうだけど。星野の場合は、嬉しそうなのが滲み出ててこっちも嬉しくなる」
「……そう、なんだ」
照れくさくなって窓の外に視線を外す。流れていく外の景色は、琥珀色から藍色へと移り変わりはじめている。
一日があっという間に終わっていく。今日は特に一ノ瀬に調子を狂わされっぱなしだった。
一ノ瀬とこうして休日に二人で会っていて、車に乗る日がくるなんて少し前までは想像もしなかった。会社では見ることはなかった一ノ瀬のはしゃいでいる姿や、私に嬉しそうに微笑みかけてきたり、アイスを奪われたり……充実した一日だった。
勝手にアルフォンスと重ねて毛嫌いして、冷たく接していたけれど、一ノ瀬がいい人だってことは知っている。今日のデートだって、嫌だと思うことなんて今のところ一度もない。むしろ、いい部分ばかりが見えてきてしまう。けれど、彼から離れないといけないと、心のどこかで警鐘が鳴ってる。
きっとそれは私が封じ込めている前世の記憶が関係している。私の中の〝ソフィア〟が一ノ瀬に近づいてはいけないと思っているのかもしれない。前世の記憶さえなければ、こんなうだうだと考えない。けれど、前世の記憶がなかったら、今の私と一ノ瀬の関係もなかっただろう。
普段冷たかった私が、仕事のお礼をしたことによって興味をもったと言っていた。一ノ瀬が私のことをこうしてデートに誘ってきたのは、そんな私だったからだ。
前世の記憶が全くない私だったら、同期の憧れの存在になっている一ノ瀬に恐れ多くて話しかけることも躊躇っていたと思う。そういう私だったら一ノ瀬は興味をもたなかったはず。
***
一ノ瀬が予約してくれたお店は、肉料理がすごく美味しいところだった。肉好きにはたまらないほど、柔らかで濃厚な味わい。一口食べれば、すぐに舌の上ですっと溶けていく。
「最高……!」
「そりゃよかった」
一ノ瀬が車を出してくれているので、私もアルコールは断って今日は烏龍茶にした。このお店の烏龍茶は濃いめの肉料理に合わせた爽やかでさっぱりとした味わいのオリジナルブレンドらしく、あっというまに半分以上飲んでしまった。
「一ノ瀬は?」
「なにが?」
「一ノ瀬は美味しい?」
私が食べている姿を満足そうに眺めているけれど、連れてきてくれた一ノ瀬自身が肉が好きなのかは知らなかった。一ノ瀬は私の好きなものに合わせてくれているだけで、何料理が好きなのかとか苦手なものは何かなど、わかっていない。今さらながら自分の気の回らなさに呆れてしまう。
「美味いよ。俺もこういうの好きだし」
「それならよかった」
ほっと胸を撫で下ろすと、一ノ瀬が何故か驚いたような表情で私を見つめている。特に何も変なことも言っていないはずだ。それなのにどうして目を丸くしているんだろう。
「どうしたの?」
「……星野が俺のこと気にするって思わなかった」
「え、私ってそんな酷い人間に見えてるの?」
だとしたら、さすがに一ノ瀬に対して日頃の対応が酷すぎたのかもしれない。
「いや、なんつーか……俺のこと気にしたことないだろ」
「え……」
「話してても、俺自身に興味ある感じはしなかったし」
一ノ瀬の言葉に、どきりと心臓が跳ねた。まさか彼に言い当てられるとは思っても見なかった。
私はずっと一ノ瀬というより、アルフォンスを見ていた。一ノ瀬自身を見ていないということが本人にも伝わってしまっていたみたいだ。
「でも、今は俺のことちょっとは意識してるだろ?」
「い、意識って……」
一ノ瀬のさりげない優しさや、初めて知る一面。それに先程のアイスの件。あれから確かに一ノ瀬のいう通り〝意識〟をし始めた。それはアルフォンスとしてではなく、一ノ瀬という一人の異性として。
「照れんな照れんな」
「……照れてないし」
考え始めるとどんどん一ノ瀬が頭を占めていくので、今は食べる方に集中したい。一ノ瀬から視線を逸らして、目の前の肉にナイフを入れる。 その瞬間、肉汁がじゅわっとしみでてきた。ほんのりレモン風味のさっぱりとしたソースに絡めて食べると、爽やかな香りが鼻を吹き抜けて癖になる。芽生えてしまった自分の気持ちを誤魔化すように、私は肉を頬張った。
食事が終わって一息ついてから、再び一ノ瀬の車に乗った。すっかり外は暗くなっていて、デートの終わりだと実感する。昼間よりも一ノ瀬の口数が少なくなっている気がするけれど、時折流れる沈黙は居心地の悪いものではなかった。
「一ノ瀬、ここでいいよ」
最寄駅の近くについて、そう声をかける。
「いや、夜道危ないし送る」
「でも」
「住所教えるの抵抗あれば、せめて家の近くまで送らせて。どこか目印になりそうなコンビニとかある?」
一ノ瀬は車を止めてナビに住所を打ち込む準備をしている。さすがに私の家の近くまで送ってもらうのはちょっと悪い気がしてしまう。いくらデートとはいっても付き合っているわけではない。
「今日……嬉しかった」
ナビに視線を向けたまま、ぽつりと一ノ瀬が呟いた。
「え……、あ、うん。私も、その……」
〝楽しかった〟。そう言いたいのに、素直に言葉がでてこない。
「今度こそ言っていい?」
「……なにを?」
振り向いた一ノ瀬は、熱っぽい眼差しで私を見つめながら唇をゆっくりと動かす。
「好きだ」
告げられた想いに、私は目を見開いたまま硬直してしまう。
————私を……好き? 一ノ瀬が?
告白をされた驚きはあるけれど、一ノ瀬の気持ちを知った衝撃はなかった。……それはきっと、私が本当はわかっていからだ。
デートに誘ってきていたのは、断り続けているからムキになっているんじゃないか。そんなふうに考えるようにしていた。別に私のことを好きってわけじゃない。でも、それは〝そう思うようにしていた〟のだ。
私は自覚するのが怖かった。一ノ瀬がいい加減な人間ではないことは、もっと前からわかっていて、彼から寄せられている感情だって気づかないふりをして逃げていたんだ。
「最初はからかうのが楽しいってくらいにしか思ってなかった。けど……一緒にいて、笑顔がもっと見たいって思った」
「一ノ瀬、私は……」
なんて答えたらいいのか思いつかない。だけど、嬉しいって思う自分もいて、困惑もしていて、私は私の気持ちがわからない。
「星野」
この想いを受け入れたら、私は一ノ瀬の彼女になる。断れば、もう一ノ瀬といつもみたいな会話はしなくなってしまう。どっちにしろ私たちの関係は、以前のようには戻らない。
「俺は星野が好きだ」
胸の鼓動が高鳴り、身体の中でなにかが逆流していく妙な感覚になる。そして、大量の断片的な映像が脳内に混雑していく。
真紅の絨毯に染み付く血腥い匂いと、剣が重なり合う重低音。地響きと爆発音に怯えながら、私は目の前の光景に怖気づいた。
『アルフォンス!』
————ああ、そうだ。
『……っ、最悪な気分よ』
『許さない!』
剣を持って戦ったのは、大嫌いなアイツ。
『死なないで』
『俺はもう無理だ』
プルイーラ王国の王子を殺したのもアイツ。
『好きだった』
そして、私の目の前でアイツは死んだ。
『ありがとう……っ』
これは、失われていた死に際の記憶。
「星野?……っ、おい!」
一ノ瀬の車から勢いよく飛び出して、街灯に照らされた夜道をひたすら走った。
いやだ。止められない。止まらない。抵抗したくても、どんどん溢れ出てきてしまう。幼い頃のアルフォンスとソフィア、お兄様たちとの日々、死に際の記憶、全てが私の脳に流れてくる。
もう拒むことはできない。私の中にいるソフィアがそれを許してはくれない。まるで向き合いなさいと言われているみたいだった。
アルフォンスを殺してしまった。
本当はあの時、私が殺されるはずだったのに。
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