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第3部 あの恋の続きを始める
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しおりを挟む目の奥が熱くなって、陽菜は声を押し殺しながら必死で会話を聴こうとする。
「喪服、さも男の陰チラつかせてるんだったら、お前何処勤めてるかくらい教えろよ。俺が嫌がらせの如く患者紹介してやる」
早坂はちらりと陽菜を一瞥した。情報を聞き出してくれるらしい。変なところ責任感が強いと言うか、世話焼きなのである。結婚してから、特にだ。
きっと桃原の教育の賜物なのだろう。しっかり早坂を乗りこなしている。
「……え? あ、おい、リボンの持ち主に会わなかったらBMI35のハイリスクプシコ患者押し付けんぞ! あ、てめ……は? 待ってるって言った? 年食ってんのに何暗号風情の置き土産残して……あ」
プーップーッと、切電音が響く。最賀と顔を見合わせる。陽菜はどんな内容かあまり聞き取れずにいたので、瞬きを数回繰り返した。
「切りやがった……。待ってるって、なんか書き置きしたとかボヤいてたが、良くわかんねーなあの年代」
「いや、桃原先生と二つくらいしか違いませんよ……?」
待っている、のはあの住所のことなのだろうか。
書き置きの住所へ足を運ぶのは、どうも勇気が必要だった。陽菜はその住所先が何処なのか、既に目測がついていた。幼少期、良く世話になった場所だ。
「あはは……飛び越えられないと思ってたこと、先生がしちゃうから。でも、ありがとうございます……頼りっぱなしで御免なさい」
「年食ってる奴に頼らないと勿体無いぞ。年の功と言う言葉があるくらいなんだから有効に利用しなさい」
早坂の電話が終わる頃には、すっかりと日が暮れていた。ある程度の使えそうな母の私物はフリーマーケットアプリで出品をしてくれたらしい。既に買い取り希望の連絡が多くあり、片付きそうだ。
箕輪と桃原が考え抜いたキャッチコピーばりのタイトルや説明文は、購入意欲を駆り立てるものばかりであった。着物や帯等は意外にも高額の値がついていた。
二人は満面の笑みで、着々と娯楽費と納骨分の費用を稼げたと話す。
こんなにも、良い人達に恵まれて、幸せだ。
帰り際、早坂は珍しくこんなことを言った。
「俺たち、何年チーム医療やってたんだよ。五年だぞ、もう家族みたいなもんだろ。あ、箕輪はついでに入れてやる」
一緒に働けて本当に感謝しかなかったし、楽しかったことを陽菜は三人に伝えた。
箕輪と桃原へ別れのハグをした。きつく抱き締めると、離れがたくて暫く腕を背中に回したままだった。
続いて、早坂のターンへ回ると焦った表情で普段の威厳ある顔付きは崩れた。
「今回は間違えてないよな?」
皮肉を言いつつも、早坂は陽菜の抱擁を受け入れる。男の背丈は高く広い。最賀や弟達以外の男性とは抱き締めたことが無かったので、不思議な感覚だった。
香水がふわりと薫って、最賀と間違えた日のことを思い出す。
「先生は……お兄さんみたい」
「はあ? 俺が? なんでだよ」
「照れてるくせに。善次さん妹みたいに可愛がってたたじゃない……。私、さっき陽菜ちゃんのお姉さんに昇格したんだから」
「は?」
「俺たちファミリーだろって決め台詞言ったのまだ数分前ですよ? もうお忘れに?」
箕輪の揶揄った口調に反論するのかと思えば、早坂は口をへの字にしたまま黙ってしまった。腕に力が入ったので、様子が変だ。
陽菜は顔を上げると、雫が一滴頬に落ちて来た。
「今生の別れじゃないのに、ふざけんなよ」
目尻に涙を溜めて、涙ぐんでいる男が目頭を抑えて耐え忍んでいる。
「──先生泣いてる?」
「うるせえミジンコ!! 歳取ると涙腺が緩むんだよ!!」
早坂は動揺を隠したくて、力任せに陽菜の柔らかい栗色の髪をくしゃくしゃに撫で回した。それから、乱れた髪を指で梳いて何事も無かったようにする。
何だかそれが妙に自然だったから、陽菜は早坂の手を取って握手を交わす。
「クソ内科医のこと、諦めんなよ。お前がぶつかんなきゃ、アイツ……いや、俺がどうこう言わなくても、きっとお前なら分かってやれるよ」
早坂の意味深な言葉は、これから陽菜も分かるだろう。歳を重ねる毎に人は弱くなるし、臆病になる。
眦が赤くなった目元を隠したい、と早坂は陽菜の麦わら帽子が風に奪われそうになると、手に収めた。男は別れを惜しむ姿を隠そうと、そのまま被る。スラックスにシャツ、そしてレディース用の麦わら帽子なのに、何処か似合っている。
可愛らしいブルーのリボンが風に靡いて、それが別れの挨拶にも見えた。
「また連絡するからな」
「体には気を付けて。今度羽島の海行こうね」
「沢山売っ払ったお金で、パーッと遊ぼう! ナイトプール行ってみたい!」
「あはは、ナイトプールってどんな所ですか?」
「やめろ、やめろやめろやめろ!! そんなワンナイト求めるパリピ野郎の巣穴なんて俺の嫁は行かせないからな?!」
「ケチ、水着にケチつけそうな旦那ウザいよ?」
「おい、山藤なんかパクッとやられても困るからな?! そんな怪しい場所行くくらいなら、動物園連れて行ってやるから、そこで我慢しなさい」
「完全に親同伴のお出掛けじゃないですかー」
「まあまあ、オカピ見たことないから皆んなで行きたいらしいですよ」
「……莉亜さん、とどめ刺すのやめてもらって良いですかね」
ばっさりと二十年以上遮って来た前髪を短くした。家族の様に大切な友人が出来た。彼等の支えがあって、この五年間を乗り越えれたのだと思う。
軽くなった前髪から覗く傷痕も、チャーミングだと思えばなんてことはない。
囚われ続けていたのは、自分なんだと陽菜はショーウィンドウに映る自分自身が一つ脱却出来たと思った。羽化せず蛹のまま外の世界を恐れていたのは、己の弱さや不安から生まれていたのかもしれない。
今日はお気に入りの老舗店の銅鑼焼きと美味しい抹茶を買って帰ろう。陽菜は心も軽くなって、スキップをしてモールへと向かう。
私はもう、手を引いてもらうだけにはならない。
現像した写真を受け取る。木目調の写真立てには新しく撮った、四人の笑顔が部屋に飾られている。
遠くに居ても、決して独りでは無いと陽菜は顔を綻ばせた。
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