122 / 156
第4部 溺れる愛
3-3
しおりを挟む「違います。黙ってられなくて、勝手に私が喧嘩しただけです」
「アンタなあ……俺が受け止めてなかったら、もっと……」
「……でも、先生が受け止めてくれたんでしょう?」
陽菜が倒れた後、最賀が受け止めてくれたらしい。怪我の処置も早く、頭部を打ったことから検査入院は確定だった。
幸いにも後遺症は無く、ただの脳震盪であった。手足の擦り傷や顔面の腫れ、若干抜けた髪の禿げは時間が解決する。頭部外傷で脳挫傷を引き起こしていないだけマシである。
最賀が小さく口を開いた瞬間。開けっ放しの個室部屋に入室した看護師はバインダー持って現れた。痛みは?と病棟看護師から常套句の様に尋ねられる。陽菜にとっては、痛みはマシであると言うのが本音であった。
あの時よりは痛くありません。
お母さんに殴られて頭を打ってから扉に指を挟まれた時よりも平気です。
一番痛かったことを記憶しているせいか、どう答えて良いか分からなくて。平気です、とへらりと笑みを作って答えていた。
最賀は面会時間のギリギリまで滞在してくれた。食事制限は無かったので、果物を剥いてくれる。柿の皮を剥く手がプルプルと震えているので、危なかったが。
ともかく、歪な種が残った橙色の柿を食べさせてくれる。剥いた物を、ぐいと口元に持って行かれるせいで食欲が無くても食べざるを得ない。口に含むとまだ甘味が少なくて早熟の物だと感じながら、最賀の窺う様子に笑みを溢す。
「あの、血液型……何型でした?」
「ああ、最近の若い子は血液型知らないのか……」
血液型を知らない若年層は意外と多い。輸血騒ぎにならない限りは大抵は重要視していないのか。陽菜は母から教わっていないので、今回の血液型項目によって知ることが出来た。
血液検査のデータは細かい文字が綴られている。うんと目を凝らしても、視界が時折ぼやけて上手く読み取れない。
「先生、これ渡されたのですが……。すみません、まだ少しぼやけてて」
何度か瞬きを繰り返した。残念なことにまだ、目が薄らとぼやけて見える。テレビのノイズの様なブレがあって、ピントが合わないのだ。
「んー……あ、B+型だな。-じゃなくて良かったなあ、輸血絡みになった時色々大変だから」
「B型……へえ、私初めて知りました。これで献血行けますかね?」
「体重もう少し増えてからだな、アンタ痩せてるし貧血起こしそうだから」
「血管はしっかり出てますよ?」
看護師からは、しっかり見える血管だと採血中言われた。桃原も採血で蛇行していたり細いと苦労すると嘆いたのを思い出す。血管は個人差もあるので、一発で採れるとは限らないと言う内部の事情も念頭にある。
Rh(RhD抗原の物質を持っている人がRh陽性で所謂プラス)を持たないマイナスが付くと、輸血が必要になった場合稀な血液型である故に血が集まらない。特にAB型Rh(-)は役二千人に一人の割合出る。※
供給量が減れば、必要な患者に行き届かない。故に良く駅前では献血センターが呼び掛けをしている理由はそこにあるのだ。
「うーん、もうちょっとポチャっとしてる方が俺的には安心する。強風で飛ばされそうだから」
「またチワワ……」
「ポメラニアンにはなれないぞ?」
「先生っ!」
陽菜がむっと顔を顰めて問いただすと、警察官が事情聴取にやって来た。防御創の有無や経緯、時系列を尋問の如くされる。爪の中の残留物を採取され、着ていた服は押収、更には傷痕の写真を何十枚も撮られた。
手代森の手には、陽菜の髪を引っ張って抜けた毛根が検出され、マイクロバッグには陽菜の肌が付着した結果DNAも。状況証拠だけで無く、通報した人々の証言も得られたらしい。
そして、加害者へ正当防衛が認められ、意図的に押し倒した挙句過剰暴行も証明された。脳震盪を起こし頭部に意識消失が起こるほどの衝撃をかけたのならば、暴行は医師も診断しただろう。腕にはくっきりとビジューの痕が残っていたのも、女性警察官が念入りに写真を撮っていたからだ。
事情聴取を終えると、最賀は再び顔を俯かせた。
「……アンタは目を離すと直ぐ突拍子も無く……。心配なんだ、四六時中離れたく無いくらい」
「……忠さんの代わりに悪霊退治出来たので、悔いはありません」
「あのなあ! 危ないことはしては駄目です! アンタそう言うところだぞ?!」
声を荒げたからか、ハッと我に返って徐々に体と一緒に縮こまった。最賀の大きな手が震えている。陽菜の手を握り締めて、その強い不安感が直に伝わる。
「周りを頼ってくれ……お願いだから……」
陽菜は最賀の額にキスを落とす。一人でいたら、どんなに孤独だったか。最賀を陥れた手代森が許せなくて頭より先に体が動いてしまった。意外と感情論なのだな、と妙に冷静になったのは心に押し込んでおく。
宥める手付きに、突っ伏していた最賀はじろりと陽菜を見上げる。
「反省は?」
「う、ごめんなさい。もうしません……」
「よろしい。小野寺さんがアンタのボディーブロー格好良かったって叫んでたぞ……」
「えへへ……最近見たプロボクサーの技思い出したので」
「えへへ、じゃない!! 反省してないなアンタ!!」
陽菜が成敗した動画が、患者達に出回っていたらしい。暫く武勇伝として、待合室で永遠と流されることになるのは知る由もない。
さて、自宅が荒らされていたのを知ったのは、事情聴取に来た警察官からの情報だった。倒された木製棚に、剥がされた畳。襖は穴だらけで、壁には赤いペンキで染まっていた。家電は全て破壊され使えなくなっており、無残な状態である。
黄色のテープで巻かれた実家は、最早別物だった。何十枚の写真からは空き巣を狙った盗難を装った様にも見られる。だが、金品は盗まれておらず、鑑識からも怨恨目的ではと疑念が挙がったと警察官から聞かされた。
指紋や掌紋、靴の跡等証拠が多く残っていたこともあり、捜査は確実に前へ進んでいるようだ。
「同一犯だと踏んでおりますが、念の為御家族や友人の家に」
流石に弟達の家に泊まる訳にもいかない。最賀は陽菜を引き寄せて、来なさいとだけ言う。その口振りは、同棲を曖昧にしたのをどうやら根にもっているようだ。
退院後は念の為最賀の家で療養を余儀なくされた。
「ああ言う人は、関心を持っているって思われると面倒なんだよだってさ」
検査では異常は認められなかったが、縫合した創部の抜糸の為受診する形となった。打撲や擦り傷で済んで、勤務には支障がなさそうだ。骨折や脳挫傷等の重症だったのならば、恐ろしい結末が待っていただろう。
最賀は陽菜の荷物を肩に掛け、腰を抱いた。まだふらつくことがあるので、支えが必要だった。頭も腕も足もガーゼに包帯だらけで、周囲の視線は痛々しい。
それでも、最賀の手は離れなかった。
0
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる