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第5部 同棲編
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しおりを挟む関農家の印字がトラックに刻まれている。最賀は訝しげな顔でこう言った。
「アンタ迎えに行くって言ったら、貸してくれた」
──何処まで話が進んでいるのか……見当がつかない。
関には今度改めて挨拶に伺おう。意外にも彼女はスパイシー料理や多国籍料理が気に入っており、毎度陽菜の手料理をご所望なのだ。
軽トラックに乗り込むと、シートベルトを締めてから最賀は深呼吸をした。以前は車を所有していた時期もあったらしいが、当直と呼び出しで乗る機会を失って手放したと言う。
それでも、体は不思議と覚えているものだ。最賀は性格通りの運転をする。車の運転は人の性格を浮き彫りにさせる乗り物である。
だが、陽菜が慣れた手付きで片手運転をし、地獄の曲がり角を減速無しで通ると。最賀は暫く陽菜を凝視していた。何が起こったのか、分からなかったらしい。狭いお情け同然の対向車線ですれ違う地元民も平然と減速しないから、余計混乱したと言った。
まあ、美沢はそんな場所である。車が無ければ不便な場所が多い。
「この辺の運転も慣れたいし、今日は俺が運転します。制限速度きっかりなのは、大目に見てくれ」
「早坂先生みたいに……鳴らされちゃいますよ?」
「はあ?! あの男の車乗ったのか?」
「え……先生の奥様と前の職場の先輩と」
「アンタなあ……」
「早坂先生、枯葉マークのおじいちゃんに煽り運転されて凹んでましたから」
「……俺も、気を付けます」
二人で顔を見合わせると、同時に噴き出してくすくす笑う。同棲が正式にスタートさせられて、陽菜は心が躍る。
最賀の家には、手代森の件があってから殆ど泊まっていた。けれども、同棲ともなると生活ルールがあるだろう。単なるお泊まりで無くなったのならば、尚更決めるべきだ。
生活スタイルは珍しくも殆ど同じだ。早寝早起きで、家庭菜園スペースの水遣りは洗顔後行う。コーヒーメーカーをセットして、作り置きの味噌汁やスープを温める。ルーティーンが決まっているのだ。朝ご飯は食べるし、食べ終わった食器は率先して片す。
最賀は靴下をひっくり返して洗濯籠に入れないし、洗濯洗剤や柔軟剤に関しては強い香り以外ならばメーカー問わず。
食事当番や掃除当番は全く無い。知らぬうちに陽菜がやろうと思っていた箇所の掃除は完了している。陽菜が食事を作れば片付けは最賀が行うし、何なら率先して食材をぶつ切りにしてくれる。風呂やトイレ掃除も、ゴミ捨てすら。
──良く、掃除手伝ってくれないとか揉めるカップルが多いのに、ええと……ルールって私達に必要?
次第に陽菜の雲行きは怪しくなる。言い出しっぺなのに。特段ルールを敷く事の発端すら無い。だが、何かしら他人同士が住むのならば一つくらいあるはずだ。これだけは譲れないもの、と称したお願い事が。
陽菜は殆ど一人だったので、基準がどうしても最賀になってしまう。ただ、最賀の自宅に泊まっても居心地が良かった。清潔感のある、整理整頓された家は家主の性格が現れるらしい。
桃原や箕輪夫妻曰く、後で揉める種になるとのことだ。親しき仲にも礼儀あり、なのか。ルールは時として己と秩序を守る盾になる。暫くすると人間の本性は表面化し、隠し通すのは困難なのだろう。
最賀は腕を組んで考え込んでしまった。
「ルール……ねえ」
「忠さんは何方かと同棲経験はありますか?」
「えっ…………」
ぴくりと最賀の眉が動いた。その長い合間は、瞠目したままだった。
あ、やってしまった。と同棲一週間目で陽菜はやらかした。タブーに触れてしまったと気が付いた。同時に、嫉妬心で目の奥が熱くなる。そりゃあ四十代半ば近い男性ならば一人や二人。いや、答えを聞きたくは無い。
手代森とは何も無い、と断言したが他の女性とは過去にあるだろう。睫毛を伏せて、口付けて。そんな嫌な妄想が広がって、掻き消したかった。頭が雑念で支配されそうで、陽菜は目をぎゅっと瞑る。
すると、最賀は重々しく口を開いたのかやけに掠れた声で答えた。
「……一人が気楽だった、と言うか……。その、泊めることはあっても、連日は無かった」
「…………え?」
今度は、陽菜が目を見張った。最賀は誰かと同棲や将来等、そう言ったものを諦めていたらしい。無関心の中で育ったせいで、家族は煩わしいものだと言う認識のまま生きていたそうだ。陽菜だって、実の弟ですら微妙な関係である。お互いに、家族の囲いは不完全だ。
だから、そんな二人が一緒に衣食住を共有するならば漠然としたルールを設けるべき。陽菜は夫妻の飛び交う助言が爆風並みの強さで、混乱した。最賀のルーティンを崩さず、順応する。きっと、彼も同じくそうするだろう。
「だから……人と暮らすのは初めてなので、ルールとか……無いな。好きに過ごせないのは、息苦しいだろう?」
「そう、ですね……」
「……だって俺達、同じ職場だし一緒に暮らして、何か不便なことあるか?」
「えっ、無いです……忠さんと居たいですもの」
考えるより先に言葉が口から溢れた。前のめり気味で即答すると、きょとんと最賀は目を丸くする。それから、目を細めて顔を綻ばした。
あれ、もしかして爆弾発言をしたのか。
もう耳から頸部まで赤くなった。炬燵があれば中に潜り込んでいた。陽菜は最賀と四六時中共に居られるなんて夢のまた夢で。現実味を帯びた瞬間、なんだか身体中が痒い。熱に魘されたようなくらい、四肢の中心が煮え滾っている。
「ふ、四六時中居られるなんて世の中の恋人でも中々いないだろうなあ」
仕事と自宅も一緒ならば、殆ど行動を共にしていることとなる。全国を探しても少ないだろう。
ルールとは全く関係無いが、強いて言うならば、最賀の靴下に穴が空いている物を勝手に替えてしまったくらいか。今のところ、バレていないはずだ。
「知っている。アンタはストッキングを爪塗るやつで伝染したところ補正しているのを。俺の靴下のように、新しい物にすり替えて置くからな」
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