戀の再燃〜笑わぬ循環器内科医は幸薄ワンコを永久に手離さない

暁月蛍火

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第5部 同棲編

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 伝線したストッキングをちまちまと補正液で誤魔化し、履いていたことを。完璧に見破られており、羞恥心のあまり陽菜は顔を真っ赤にした。靴下の件もお見通しだったようだ。

「ど、通りで伝線箇所無いと思いました!! え?! 靴下、なんで……バレてないと……」

「気が付いていたよ、最近穴空き当たらないなって……」

 最賀の目は誤魔化せない。物持ちが良過ぎるのも、と陽菜は感じていたが双方共に該当していたのだろうか。ストッキングは使用不可能になった物すら掃除道具に早変わりするのも、その名残だ。

「うーん、ご飯も洗濯掃除も買い出しも一緒なので、片時も離れていないな。一人の時間が欲しいなら言ってくれ」

「──一人の時間?」

「ほら、飲み行きたい、ご飯外で食べたい、遊び行きたいとか」

「ええと、忠さんと行かず?」

「俺以外の誰かと」

「……忠さんが、そうしたいから?」

「違う違う、アンタのことだよ」

「……そんなの、無いです。友達と先輩には時々ご飯行きますが、頻繁には」

 桃原と箕輪は共働きで、箕輪に至っては子育て中だ。頻繁に誘うことも出来ない。また、桃原は身内に病気が見付かり手術を終え、今後を話し合っている。その為、連絡は控えていた。

──そう言えば、三週間後に……って話、結局聞けず終いだったなあ。

 桃原が何か言いたげな声音だったのが、未だに気掛かりだった。けれども、桃原のタイミングもあるだろう。
 ともかく、特別仲の良い二人とは一ヶ月以上女子会は延期となっていた。

「忠さんと行きたいもん……」

「拗ねてる、可愛い膨れっ面」

「な……ッ、じゃあ忠さんと行くもん! 水族館、動物園、映画館、遊園地!!」

「子供の頃一度行ったきりで、楽しみ方を教えられるかは自信無いが……行くか?」

「私初めて行くの……で、え?」

「……初めて? ええ? 一度も……はあ、アンタ暫くは休日予定入れないでくれ」

「どうかしましたか?」

「ふれあい動物園に絶対連れて行く……あと観覧車あるテーマパークも……絶対」

 深々と溜息を零した男は、やや茫然としたままだった。陽菜は小首を傾げて、何か問題が生じたのかと思った。

 恐らく、家族や友人同伴の娯楽施設なんて縁遠かったのが原因だろう。羨望の眼差しを持っても、いつか行きたいと願っても。届かぬ夢だと諦めていた。

 最賀はホワイトボードをテーブルに置いた。真っ白なボードはまだ何も書かれていない。陽菜は徐に握らされた水性の青ペンを眺めた。

「これからは陽菜が未経験のことは積極的にやりますので、このホワイトボードに書き出してくれ。来週までに」

「え、え……急に、どうしたのですか」

「だから! そう言う大切なことをもっと早く言ってくれ……! アンタは時々言葉足らずだ!」

「──それは私だけじゃないと……思いますが」

「いや、いやいやいや、陽菜はブランドバッグ訳分からんオーガニック化粧品ジュエリーとか欲しいだの、デートの度に高級フレンチ食べたいとか言わないだろう!」

「鞄は要らないですよ? これ、丈夫なんです。こってり系は忠さんの胃に優しく無いので、好きじゃないです」

「あの、あのですね……我儘言ってもらいたいのですが」

「はい?! ブランドバッグとか買ってって、強請った女性いたんじゃないですか!!」

「え? ああ、まあ……そんなもんだぞ? あれ買ってー、これ欲しいーなんて、うちの姉貴と同じ」

 なんだ、そのオーガニック化粧品とは!

 最賀は財布では無い。邪な考えを持って、取り巻きとして美を売ったりする女性も少なからずいるのは事実だが。

 けれども、美女を侍らせてハーレムを作る金持ちも存在する。需要と供給で成立した、欲深き世界だ。陽菜はゾッとした。背筋が凍り付きそうで。

 陽菜は世間一般で言う無欲の部類だ。欲しい鞄も化粧品も、宝石も無い。ブランド物や流行りにも疎いくらいだ。

 だが、一つだけある。伸びた無精髭の顎を触って、渋い顔をした目の前にいる男だ。

 女性が欲しがる物……と深く考え込んでいる。眉間に皺を寄せて、相当頭を悩ませているようだ。目尻に深く刻まれた皺すら愛しい。それだけ、陽菜はこの男を愛している。

「意味分からないです、忠さんはもう買っちゃ駄目です」

「いや、俺は……その鞄、六年前から使ってる物だよな。ボロボロだろう、買い替えよう」

「た、忠さんッ!!」

 六年前、契約満了を言い渡された。慌てて、職業斡旋所に駆け込み資料やら、求人票をコピーしたファイルに貴重品、マイボトルを突っ込んでも壊れなかった鞄だ。

 陽菜の軌跡を表す年季の入った合皮レザーバッグは、今では見るに耐えない物になっている。誕生日に鞄を新調しよう、と最賀はブランドバッグを画面に出したが陽菜は丁重に断った。

 肩掛けにも出来る鞄だったが、先日紐の部分は破けてしまい、荷物を駐車場でばら撒く始末である。最賀は散らばった荷物を拾いながら、鞄は?と憂いを帯びた顔をしていた。
 新しい鞄に買い替えることは決定事項らしく、似た形を探すからと最賀に付け足される。

「俺が買った物を全部……陽菜が身に付けてくれるなんて、アンタならどう思う?」

「わ、たしが?」

「そうだ。俺は山藤陽菜と言う人間を、縛る。アンタは最賀忠と言う男を掌握する」

 共依存を仄めかす空気は、ひんやりと陽菜を突如纏う。ネクタイピンを毎朝、嵌めてやる。最賀は陽菜の顎を擽って、良く出来ましたと褒める。

 穏やかで、とても落ち着いた面持ちだ。その裏側には確固たる繋がりを示唆する行動が見え隠れする。最賀は、家族から無関心で他人扱いをされ、人間関係は希薄である。

 だから時折、この男は陽菜を知らぬうちに試す。無意識なのだろう。子供の試し行動にも似ている気がする。反応を見ているのだ。現場で威厳のある医者としての瞳をして、陽菜の表情一つ逃さない。

 孤独に怯えた瞳をして、拒絶や踏み込む位置を事前に把握したい。傷付きたくないからだ。そんな時、陽菜は顔の古傷がズキリと痛む。共鳴するかのように。

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