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第5部 同棲編
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しおりを挟む獰猛な男の双眸は陽菜の一言一句、そして表情筋を澄ました表情で観察している。最賀は陽菜を逃さない。それは、陽菜が望んだことだ。
去年のクリスマスイブ。心筋梗塞疑いの患者で怒涛のイベントデーを迎えた日に、男がぽそりと呟いた。俺の人生は誰かの副産物で、決して自分の物で無かったと。家族や恋人が集って祝う、寒空の下。哀愁を感じさせる物言いが、陽菜を引き留める。このワードは最賀を孤独にする一つだと。
成人式も、誕生日も、初詣も……卒業式も。独りだったのは、最賀も同じだったと悟った。
「──私、モリオンを首にぶら下げる……気持ち、分かった気がします」
ある人が、降魔鎮邪の石と称して大切に首にモリオンを下げていた。大切な人から貰った、御守りだと。大事そうに慈しむ眼差しが、印象的だった。
あれは、その男を守るのと同時に幸運を望む人の形であることを。
もしかすると、あれは常に側に居ることの意思表示なのだったのか。
「……モリオン?」
「──手、触っても?」
「あ、ああ……」
陽菜は最賀の掌に触れる。左手の薬指はいつも空白だ。誰かに証を施されたのかは、知らない。何でも知りたいなんて、烏滸がましい。
戸惑った様子は一瞬だけで、陽菜が乾燥した指に視線を落とすと静寂な空気が流れた。
強欲になってしまったのだ。最賀忠が好きになった過去の女性が存在したのならば、隅々まで知り尽くしたい。どんな甘い声で囁き、腕に纏わり付き。気付かないふりなんて、もう出来ないから。
その微々たる不安を悟ったのか、最賀は不意に陽菜の手首を掴んだ。薬指の付け根をあからさまに摩って、じゅうと上唇と下唇に挟んだ。
「う、…………ッ」
「俺は、同棲だけじゃ……満足しない太刀なので」
鈍い疼痛に、思わずくぐもった声が漏れる。最賀が唇を離すと、銀の糸が艶かしく引く。
「あの……」
「ん?」
「……指輪……、嫌いですか?」
「──陽菜がくれる物なら、なんでも嬉しいよ」
明らかに指輪を贈りたい願望を抑えきれず、勢いのまま尋ねた。虫除け兼自己満で贈るなんて、馬鹿げている。だが、陽菜は最賀の薬指を恋人の証として、どうしても彩りたい。そんな誘惑に駆られて、最賀へ上目遣いで狡い聞き方をしてしまう。最賀が断らないことを前提に。
「此処、誰にも……」
「うーん、俺は目の前にいるお嬢さんにしか許したくないからなあ」
「……撤回しても、駄目ですからね」
「勿論。それなら見せびらかしても良いってことか?」
節々のある指へ梱包用ラッピングリボンを巻く様促され、陽菜は器用にくるくると紐で結ぶ。最賀の指にちょこんと可愛らしくリボンが完成する。夜な夜なサイズを測ろうと思っていたのに。まさか、本人の目の前で測定するとは。
当たり前のように左手の薬指を指定してくるものだから、鼓動が高鳴る。本当に?と心の中は騒つく。
婚約指輪とは大それた物だが、それに近い物をどうしても贈りたかった。いや、本人がその気でいるならば、陽菜はその意を汲み取るが。
堂々と指に煌めくシルバーリングを嵌めて出勤する男。絶対に注目を浴びるだろう。陽菜が目を回してぐるぐる考え込んでいると、堪らず最賀は噴き出した。腹を抱えて、くつくつと喉を震わせ笑った。
「はは、俺の為にじっくり悩んでくれ」
「……忠さんの、意地悪」
「早く陽菜さんが悩み抜いて選んだ指輪身に付けて、これ見よがしに自慢したい」
「忠さん、指輪とか嫌じゃないんですね……」
「え? うーん……ネクタイピンもそうだが、アンタくらいだよ。俺に何かくれるの」
「う、うううう…………」
──そんなこと聞いちゃったら、何が何でも早く指輪を贈りたくなるんですけど!!
「そんなに変か?」
「不憫過ぎます、だから私がうんと甘やかします。決定事項です」
「え……それは俺の役目……」
「私も! 忠さんを! 甘やかしますからッ! ホワイトボード書ききれないくらい、行きたい場所書き出します!!」
陽菜は水性ペンでホワイトボードにありったけの思い付いたことを書き出した。頭上から笑い声が降って来ても、お構い無しに。温かいココアと共に、やって来た最賀は隣に座って、その必死な顔を見詰めていた。
下唇を噛んで、唸りながら考え込む。行きたい場所、やりたいこと、人生プランと同じだ。未来を何も描いてこなかった陽菜にとって、これは難題である。
だが、最賀とならどんなことでも一緒に経験したい。同じ景色を見たい。桃原がお勧めした、牧場で美味しいソフトクリームも試したい。箕輪は3D映画の良さを熱弁していたので、上映中の海外映画も。関からは羽島漁港で毎週日曜日に開催される朝市にも招待されている。
都会の喧騒から離れた二人は、長閑な田舎暮らしが合っていたらしい。
専ら最近の陽菜達は、農道を散歩して草花の形状から、何が植えられているか予想する遊びが流行っている。テーマパークとは無縁だったせいか、幼少期からの憧れの遊園地を思い出した。
夢は膨らむばかりだ。最賀がいるだけで、無敵である。
「アンタ考え事する時、下唇噛む癖あるから、ついつい可愛くて目が離せない」
「……忠さんは照れ隠しする時、頸を触って誤魔化していますが耳朶赤いですからね」
「おいおいおい、嘘だろそれは……なんで、いや、俺は誤魔化してなんか…………」
最賀が言いかけると、テーブルに無造作に置かれた携帯が騒々しく震えた。着信音は、分かりやすく初期設定のままだ。
如何なる緊急事態に備えて、常に最賀は近くに置いている。落ち着かないからだろう。以前までは、当直のある病院勤務だったせいか、良く携帯何処だったか?と陽菜に尋ねるくらいである。
「悪い、電話だ」
「あ、では席外しますね」
「……いや、此処にいて欲しい」
ボードを抱えて席を立とうとすると、最賀に止められた。
先程とは打って変わって、最賀の表情は翳りを見せた。液晶画面に映し出された名前に視線を落としたからか。最賀は十コール経ってから、鈍い動作で漸く応じた。
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