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真実と裏切り【2】

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「はぁはぁ…はぁ……。」


(もう私には時間がない……。

は……早く知らせないと……。)


癒美奈は、右肩を押さえながら暗がりを含む後方の空間を見詰めた。


(追ってくる気配が無い……。)


第一級機密事項を知られたと言うのに、それは普通に考えて有り得ない反応である。


だが、その時、不意に癒美奈は自身の身に異変を感じた。


(右肩に痛みが無い……。

いや……それだけじゃない……これは、まさか?)


癒美奈は、その瞬間、自身の身に起こる最悪の状況を理解した。


(成る程ね……もう追うまでも無いって事か……?)


数分前に右肩を掠めた銃弾。


最初はそれなりの痛みがあったが気が付けば、癒美奈は痛みが気にならなくなっていた。


最初は、それが極度の緊張感等により、痛みが麻痺してきてるだけだと癒美奈は考えていたのだが……。


だが、その考えは間違いだったようだ。


そして何より癒美奈に突き付けられている現実は、ほぼ間違いなく最低最悪の現実であろう。


(本当に最悪……。

ここで終わっちゃうんだ私…?)


思い返してみれば、リヴァール教授の部下達が使用していた銃は、何処か正規のモノとは異なっていた。


形状的な意味でも、そうだが何より奇妙に感じたのは銃口の小ささである。


そして、銃弾が右肩を掠めた時の痛みの少なさ。


今だからこそ、その不自然さが分かる。


あれは恐らく、銃弾を打ち出す為の銃器では無いのだろう。


そう…恐らくアレは薬物か何かを打ち出す為の銃器だ。


癒美奈は、そう確信しつつ右肩を見詰める。


そして、その推測を証明するかの様に、癒美奈の右肩には傷らしい傷もない。


有るのは、何かしらの液体が右肩を掠めた痕跡と……。


その薬品らしきモノにより、もたらされた何かしらの影響の跡。


その液体が何であるかの確信はない。


しかし、癒美奈は自らの右肩を目視し、その症状から1つの結論に至っていた。


それは恐らく、これは治療法がまだ確立されていない……あの病の元となる何かを含むモノであるのだと――。


そして、それ故に自身に時間が残されていない事は明確。


これが何であれ、体から徐々に力を奪っていっている事だけは間違いない。


故に癒美奈は確信していた。


自分に残されている時間は僅かなのだと。


だが、そんな状況にありながら癒美奈の心は穏やかだった。


生きる為に全力を尽くしてきた人生。


自分で道を模索し、決断し…そして精一杯、生きてきたのだから今の人生そのものに悔いは無かった。


だが、やり残した事が無い訳ではない。


故に癒美奈は、体から力が失われて行く中で思いを巡らせた。


そして癒美奈は1つの思いに至る。


(創無くん…。)


まだ成すべき事があるのだと癒美奈は、不意に思い出した。


自分には真実を伝える義務が…そして責任がある。


それが残酷な真実であろうとも、癒美奈は伝えねばならなかった。


それが今、癒美奈が愛する者にしてあげられる最後の事だから…。


(この事を伝えたら創無くん、怒るだろうな…。)


いや…寧ろ悲しむかも知れない。


不意に癒美奈の脳裏に、そんな思いが過る。


彼は優しい人だ。


多分、自分の事以上に私の事を悲しむかも知れない。


彼の心は自分の事よりも、相手を思う事が優先なのだから。


でも、だからこそ…見てられなかった。


彼の生き方は不器用で優しい過ぎる。


彼は一人で背負おい過ぎるのだ。


悲しみや苦しみを――。


でも…創無が、そんな人間だったからこそ、彼の事を本気で好きになったのだと、癒美奈は思った。

  
世界は余りにも不幸に満ち溢れている。


創無も自分も結局は不幸の中で懸命に生きてきたのだ。


それでも癒美奈は、自分が幸せな方であるのだと思う。


創無と共に歩んだ時間は、自分を満たしてくれていた。


自分の人生に悔いを感じないのは、それが大きな理由なのだろう。


だから創無と過ごす日々に癒美奈は、幸せを感じていた。


しかし…。


創無は、そうでは無いのだろう。


彼は自分だけが幸せであれば良い。


そんな生き方が出来ない人だから。


だからこそ、彼の生き方には余裕が無かった。


だからこそ、彼は研究成果を早急に求めていたのである。


一瞬でも早く世界に蔓延する、大きな不幸の要因を無くす為に。


だが、それ故に彼は未だ幸せを感じてはいない。


だからこそ…。


(創無くん、貴方は幸せにならなきゃね…。)


癒美奈は自らを奮い起たせると、気だるい体を引き摺りながら再び、歩みを開始した。
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