魔界軍雑兵の偵察任務

水無月14

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ディアンドル

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 「ただいま」
 「おかえりなさい」
 家に帰ると同時にダシの香り。
 どうやらマリは夕飯の仕度をしているようだ。
 「すまん。今日は晩飯、知り合いに誘われたから俺の分はナシで」
 「そうですか……」
 「悪いな」
 いえ、何時頃帰られますか?」
 さも当然とばかりに違和感なく自然にそう聞いてきたマリ。
 年下の癖に過保護な親みたいな真似はしないで頂きたい。

 (ん? 待てよ……)

 俺が外で飯を食うって事は、こいつは一人寂しく飯を食うってことだよな……。
 なんだかそれはそれでちょっと気が引ける……。
 (ならば、こいつも誘うか?)
 いや、千載一遇のチャンスを棒に振るわけには……。
 俺は鬼だ。慈悲のない鬼になると決めたんだ。
 「だいたい八時ぐらいには帰れると思う」
 「そう……ですか」
 明らかに落胆の表情を隠しきれないマリ。
 頼むから笑って送り出してくれよ……。
 でないと、俺の心が罪悪感からズキズキと痛むではないか。
 「じゃ、荷物はここに置いとくからそうゆうわけで……」
 「私も行きたい……です」
 「は?」
 「あ、いえ、ダメに決まってますよね。我侭言ってごめんなさい」
 はぁ……自分でもよくわかってるつもりだ。
 自分の“性格”ってやつは――……。
 本当に死ねばいいのにと思った回数は百から先は数えちゃいない。
 「……だったら一緒にくるか?」
 「いいのですか!?」
 「ただし、“人間”として行動できないのなら連れていけない」
 「わかりました。それじゃ買ったばかりの服着て行きます」
 「それはどこでだよ……」
 「ふふふ。ガマゾンというネットサイトです。とりあえず着替えてきますね」
 何故かは知らないが目に見えて嬉しそうなマリ。
 まるで散歩前の犬みたいだ。
 「ところで“ディアンドル”って知ってます?」
 「何だそれ? 服のメーカーか?」
 「いいえ、メーカーとかじゃないですよ。私好みのすごく可愛い服なんです」
 自分好みの可愛い服だと……?
 ならばまずその自信を打ち砕いてやるとしよう。
 まあ、初対面の不格好なローブ姿を見る限りでは余裕の落第点。
 加えていつの間に買ったのかは知らないが、増える女性物の服も際立って魅了されるようなものはなく至極普通。
 結果はすでに分かりきっている。待ち時間がもったいないと思えるほどに。
 「着替えました」
 「ちょっと早過ぎないか……?」
 「そうですか?」
 「まあ、それはいいや。ディクタドルだっけか見せてみろ」
 「ディアンドルです」
 女の着替えというものはやたらと時間が掛かるイメージしかないが、マリが隣の部屋で着替え始めてからまだ三分と経っていない。
 まあ、短期間で着替えるぐらいだからどうせ大したものではないだろう。
 どれどれ酷評してやるとしよう。我が毒舌を以って――……。
 「じゃ、開けますね」
 「オーケイ」
 勿体ぶらずに早くしろよ。どうせ大した事ない――……。 

 「あ……れ?」

 おかしい。そんなはずは……。
 まさかこんな短時間に俺の予想の遥か上をゆく――。
 いや、そんなはずはない。早く粗を探さないと……。
 「どうですか?」
 まるでRPGの世界に出てくる酒場の娘のような服装。
 日本という国ではお目に掛かる機会がほとんどないであろう衣類であることは間違いなかったが、その衣服の性質からか――たわわに実った胸は圧巻の一言に集約することができた。
 「ん……ああ、いいんじゃないかな……」
 露骨に自己主張するようなバスト。俺の中では事実上の無条件降伏に近かった。
 今までの不幸な人生から物事をマイナスに見ることだけは自信があったのに、それが見事に粉砕された。俺のアイデンティティに与えたダメージは計り知れない。
 「時間はまだありますか?」
 「……どうした?」
 「時間があるなら少し御粧(おめか)しをしようと思いまして」
 「お、おう……」
 ダメだ。どうしても異性として意識してしまう。
 まるで今までびくともしなかったネジが外れたかのようにグラつく感情――。
 俺はいったいどうしちまったんだ?
 出会った頃は俺の腰よりちょい上ぐらいの身長しかなかった女なのに……。
 はああああっ……わかっていても、ヘコむ。
 念願の大家さんとの食事前だというのに、なんでこんな事に……。
 「お待たせしました」
 「ああ……」
 「どうかされましたか?」
 「……別に何でもねぇーよ」
 平静を装ってもバレるものなのか。それとも、女の“勘”なのか。
 いずれにしろ俺の背中に冷や汗が流れたという事実は変わらない。
 「あっ、そういえば……」
 「はい?」
 「隣の部屋を借りる事にした」
 「それはどうゆう意味ですか?」
 「設定上は家族だとしてもだ。実際お互い気を使うことがあるだろ?」
 「何が言いたいのか分かりませんね。はっきりと仰って下さい」
 ……厄介な女だ。いつまでもガキ扱いしていてはこちらが痛い目に会う。
 元々嘘や誤魔化しが下手な俺が適当なことを言ったところで、警戒しているマリを騙せるとは到底思えない。
 ならばこの際プライドは抜きだ。“事実”のみで納得させてやる!
 「俺も男だからさ。どうしても意識してしまうんだよ……」
 「それは私を女として……?」
 「ああ、その通りだ。初めて出会った時は糞生意気な悪ガキだったのに、あれからずいぶんと変わったものだな……」
 魔族の数千年にも及ぶ寿命で語れば、俺もマリも年齢的に大差はない。
 しかし、俺の中に印象深く刻まれている――あの頃のマリはこっちの世界でいうところの小学生ぐらいでその時の俺は高校生ぐらいだった。
 俺にとってマリは子供。どうしても異性として受け入れるのには抵抗があった。
 だが、現実問題そうも言っていられないのは自覚しているつもりだ。
 「間違いは起こしたくない。わかってくれ」
 「本心を話すあなたはそんな顔をするのですね……」
 できれば心の奥に沈めておきたい俺の本心を知ってマリはさぞ軽蔑しただろう。
 逆の立場なら口には出さないとしても気持ち悪いと俺なら思う。

 「でしたら私も本心を語らせて頂きます」

 何故かその目からは一筋の涙。どうやら相当なショックだとみえる。
 俺は今すぐにでもここから逃げ出したかったが、それができれば現状はそもそも成立していない。
 「ハッキリ申し上げて私はあなたを恨みもしました。当時の私は子供ながらに自分が世界の中心にいるのだと本気で思っていましたし、望めばなんでも手に入るような状態でした。でも、あなたが叱ってくれたおかげで目が覚めたのです。もし、あなたと出会うことがなければ――もしもあの時、私を叱ってくれなければ、私は今でも傲慢なお嬢様だったことでしょう。それを考えればいくら感謝しても感謝し足りません……」
 まるで堤防が決壊したようにその場に泣き崩れるマリ。見ていて胸が詰まりそうになった。
 なぜならそれは誤解だ。事実と大きく異なる。
 マリは俺のことを美化している。
 それと言うのも当時の俺は魔王の娘などとは知らなかったし、国家試験に落ちてすこぶる機嫌が悪かった。そんな俺の前に現れたのは、笑いながら石を投げたりして片っ端から町の窓ガラスを割る傍若無人な悪ガキ。正直チャンスだと思った。
 俺の行動は正義感や道徳心からくるようなものではなく、大義名分の元に私情に寄る憂さ晴らしの意味合いが強かったのだ。

 (とは言えないよな……)

 その真相を口にすれば俺は楽になれるだろうがマリは絶望するだろう。
 いくら余計な事は言うまいと心で思っても、罪悪感からか――我慢できずについ話してしまいそうになる。
 「それから時間が経ち、罪悪感から直接謝罪がしたくなった私はありとあらゆる手段を使ってあなたを探しました。ですが、僅かにわかったのは私の所為で町を追われるようにして姿を消したという事ぐらいで、それ以上の手掛かりは掴めませんでした」
 それも無理のない話だ。
 夜逃げするように町を離れたのだから特定できなくて当たり前だ。
 だが、それならどうやって俺が軍属だと知った?
 有力な情報なく無名の魔族を探す出すなんて事は、延々と広がる森の中から一枚の葉を見つけ出すぐらい困難なはず。
 それこそ何かしらの手段がない限りは――……。
 「あれはちょうど今から一週間ほど前のことです。本当に奇跡的な出来事でした。不正を働いた公認邪術士の記憶からあなたが人間界に送られたことを知ったのです。実に二百年振りでしたが、すぐにそれがあなただと気付きました」
 そう言われてようやく一連の事情がパズルのピースのように繋がった気がする。
 いや、その表現は正しくないな……。
 正確にはマリがこの世界にいる“私情”の部分についてと言うのが妥当だろうか。
 思うに性急な行動にしてはあまりにも手際が良すぎる。
 仮に影武者の件は目を瞑ったとしてもだ。公認邪術士ですら知らない機密事項であるはずの俺が住んでいる家をどうやって探し当てたのかという事と、魔界から人間界への次元の扉を開くのには魔界側から扉を開く事のできる優れた空間術者の協力者が必要という二つの謎。
 それを即興で用意だなんて現実的に考えて不可能と言っていいだろう。
 断言こそできないが、何か別の思惑が蠢いているような気がした。
 「そうか……それなら雲隠れして悪かったな」
 「いえ、ちゃんと謝れてよかったです」
 涙を拭うその姿を前に俺は今抱いた疑問の追及を諦めた。
 マリがそれを話すとは思えなかったし、おそらくは俺の手には負えない。
 そんな魔界側の思惑を一介の雑兵である俺が考えることに意味などない。
 願うなら俺には無関係な事柄であってほしいということぐらいだった。
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