魔界軍雑兵の偵察任務

水無月14

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オードブル

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 「んじゃ、そろそろ行くとするか」
 「はい。でも、行くってどちらへ?」
 「下の階。今日は大家さんに晩御飯ご馳走になる事になったんだよ」
 「へぇー……」
 せっかく教えてやったというのに露骨に不満そうな顔。
 やっぱお前、今日は家で留守番してろ。俺一人で行く。
 「いいか、でしゃばるなよ?」
 「はーい」
 「それと余計な事は言うなよ」
 「はーい」
 「すべて俺に任せとけばいい。お前は空気に徹しろ」
 「はーい」
 なんなら急に用事を思い出して途中退席してもらっても一向に構わない。
 むしろ何か用事を思い出してくれませんかね?
 例えば急に魔界に帰らないといけなくなったとか……。
 俺はそんな展開を仄かに期待しながら大家さんの部屋の扉を優しく二回叩いた。

 「はーい。お待ちしてました」

 そこにはエプロン姿の大家さん。家庭的なその姿もじつに美しい。
 写メ撮らせてもらってもいいですかね?
 そんな事を思わず言いたくなる大家さんの姿も然ることながら玄関から見える室内は、俺の大家さん補正も手伝ってキラキラと煌びやかな粒子を放っていた。
 おかげで俺のテンションは早くもクライマックスだ。
 「そちらが二条さんの……?」
 「はじめまして、姉のマリといいます」
 「あらあら? 親戚だとお伺いした気が……」
 「いえ、姉です」
 馬鹿マリめ。臨機応変という言葉を知らんのか。
 あとで反省会だ。
 しかしこの齟齬の発端は俺にあるだけにあまり強くは言えない。
 「歳かしら……ごめんなさいね。はじめましてマリちゃん。私は大家の結城(ゆうき)恵(めぐみ)といいます」
 「本日はお世話になります」
 それにしてもマリの態度がなんだか刺々しい。
 どのぐらいかというとイエローカードを出してやりたいぐらい。
 てか、大家さんの下の名前は恵さんというのか!
 契約書の管理者の欄には『結城一郎』と書いてあって、どう考えてもおかしいとは思ってたんだよ。察するにお父さんか? 旦那はないだろう絶対に。
 俺がタイミングを逃して聞き損ねたことをよくやった。
 イエローカードはナシだ。

 「料理はもうすぐできますのでどうぞ寛いでお待ちください」

 なんてありがたいお言葉。感謝痛み入ります。
 軽い会釈だけで済ませたマリの態度に若干の不満こそあったものの、俺は気を取り直して室内を物色するように見渡した。
 「何もない家ですが……」
 そう言って照れ臭そうな顔をする大家さん。それは俺の心臓を握り潰すぐらいの破壊力を秘めていたが、ここで俺が倒れるわけにはいかない。本当の戦いはこれからである。
 ここで浮足立つと化けの皮が剥がれかねないので俺は紳士であることを普段よりも一層強く意識した。
 「いえいえ、ちらかってる俺の家より断然魅力的ですよ!」
 気のせいかマリが死んだ魚のような目で俺を見てくるが、邪魔さえしなければ別にどうだっていい。
 俺は大家さんに気付かれないよう眼力でマリを牽制した。

 「へぇー……大家さんってボトルキャップを集めるのが趣味なんですか?」

 部屋をウロウロとしていたマリは立ち止まるなりそう言った。
 余計な事は言うなと釘を刺しておいたはずなのにこれかよ……。
 「あまり興味はないのですが、一つ手に入れたら全部集めたくなる性分でして」
 「俺も同じです! そうゆうのってコンプリートしたくなりますよね!」
 「飽き症なので、結局最後の一種が集められなくて挫折しちゃうんですよね」
 「奇遇ですね。俺もです」
 なんだか盛り上がってきた。共感できるというのはいいことだ。
 それはそうと大家さんは俺の事をどう思っているんだろう。

 (家に招かれるって事はそれなりに信用されてるって事だよな……?)

 いや、急いては事を仕損じるという。
 まだ積極的に動く時ではない。今日はポイント稼ぎに徹するすべき。
 それ以上でもそれ以下でもなく、欲張ることも無く確実にだ。

 「あっ……料理ができたみたいですのでもってきますね」

 ――台所のタイマーだろうか?
 それが鳴ると同時に、大家さんは暖簾をかき分けて姿を消した。
 おかげで残された俺とマリの間にはなんとも気まずい空気が流れたが、マリは俺の言いつけを守っているとばかりにそっぽを向いてボトルシップをマジマジと見つめていた。
 (やっぱり連れてくるんじゃなかった……)
 もしも時間を戻せるのなら今すぐにでも元に戻したい。
 この数分のうちに何度もそう思ったが、そんな事はどうでもいいと思える程のいい匂いと共に大家さんが料理を持ってきた。

 「お待たせしました」

 高級ホテルとかでしか見る機会のない巨大皿の上には豪勢なオードブル。
 かなり手が込んだものから簡単なものまでとレパートリーが広く、思わず俺を誘うのは数日前からすでに決めていたんじゃないのか――などと身の程を知らない愚かな勘違いをするぐらい素晴らしい出来栄えだった。
 「調子に乗って作り過ぎてしまいました。ごめんなさい」
 そう言って舌を出す大家さん。
 俺はその姿を見られただけでお腹いっぱいだった。
 しかし、そんな俺を現実に引き戻したのはマリの奴だ。
 なんと奴は陰湿なことに大家さんに気付かれないようテーブルの下で俺の足をワザと踏みやがったのだ。温厚な俺もこのような蛮行にはさすがにイラッときたが、大家さんに見られている手前、迂闊なことなんてできない。耐える以外の選択肢がなかった。
 「どうぞ、お手拭です」
 「あっ……わざわざスイマセン」
 「マリちゃんもどうぞ」
 「ありがとうございます」
 俺の足を踏みにじりながら満面の笑みで大家さんにお礼の言葉を口にするマリ。
 その裏表の激しいギャップに俺は言葉を失った。
 「では、頂きましょうか」
 席に着くなり手を合わせる大家さんに俺とマリが続く。

 「いただきます!」

 見た感じは五、六人前はある。すごい量だ。
 それに対して迎え撃つのは男一人に女二人の三人チーム。
 少し雲行きが怪しい気がしたが、俺は半分の量を平らげるつもりで臨んだ。
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