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第8話 見えぬモノ
しおりを挟む120人が一度に講義を受けることのできる教室から、ゾロゾロと生徒達が出ていく、階段状になっている講義室ゆえ生徒達が重い教科書の入ったカバンを持って、重そうにしながら階段を上っていく、一番上に出入り口があるので致し方ない。大正時代に建てられた建物なので、教室の椅子や机は買い替えられているようだが、壁は打ちっぱなしのコンクリートにペンキが塗られているだけなので、所々剥がれ落ちている。
高い学費を払っているのだから、教室くらい定期的に綺麗にしてもらいたいものだ。学生達が蟻の行列のようにぞろぞろと階段を登っていくその光景をひとしきり眺めると、先ほどの授業の内容をまとめるためにペンを走らせる。今日の授業はすべて終了なので、生徒達はみな足早に部活やバイト、飲み会などに向かうのだろう。明日は休みだし、心なしか皆の声が明るい気がする。
「佐倉さん、これから駅前にできた新しいカフェに行こうって永井さん達と話してたんだけど、佐倉さんも行かない?ケーキがすごく美味しいらしいよ」
斜め前で授業を受けていた友人の初瀬さんが振り返り、声をかけてきた。クラスで一番の美人であり、皆に気遣いのできる学級院長的な存在だ。実家は目黒にある病床数300床の大きな病院で一族全員医者というサラブレット家系、噂では親戚がうちの大学病院の関係者だそうだ。顔もよく、気立てもよく、家柄もよい。成績だっていつも10位以内に入っている。そして親族に大学関係者と言う強い後ろ盾…。いったい何なら持っていないんだろう?と、持たざる者の私はついつい考えてしまう。
「佐倉さん?」
黙り込んでいた私に小首をかしげて問う姿は、小動物のようにかわいらしい。
「えぇーっと、ごめんなさい。ちょっとお財布の中身を考えちゃって…。
ちょっと心もとないから、今回はごめんね……。」
「私が誘ったんだものお金は心配しないで、私は実家通いだけど、佐倉さんは一人暮らしだもん。色々お金かかるのはわかるから、ねっ?」
初瀬さんは本当に同い年だろうか?と思うほど、人間ができていると思う。
けれど逆に、私がどんどん矮小な人間に見えてきてしまう。そんな嫌な感情を振り払うように、努めて明るくふるまう。
「ありがとう初瀬さん!けど……気持ちだけ受け取っておくね。
テスト終わったらバイト詰め込んで再来月は裕福になる予定だから、その時はまた誘ってね。」
そう言って笑えば、初瀬さんも笑ってくれる。
「佐倉さん……。うん…わかった。次は一緒にケーキ食べに行こうね。」
そう言ってほほ笑むと、手早く荷物をまとめ「お待たせーと」他のクラスメイトと合流して、こちらを1度振り向くと手を振って講義室から出て行った。こちらも手を振り返し、初瀬さん達が出ていくのを見送ると
「はぁ…。」
静まり返った講義室に自分のため息が響いた。いつの間にか先生も出ていったようだ。
ちょうどよい。講義室が閉まるまでの間に試験勉強をしよう。希望の診療科に配属してもらうために努力を怠るわけにはいかない。私には何の後ろ盾もないのだから…。
同級生の大半が両親のどちらかが医者もしくは、大学の関係者や大企業の社員だ。私のように父が中小のサラリーマンの家庭などほんの一握りだ。私がどうしても医学部に行きたいと言い出し、母が働きに出て、祖父母からの援助と大学の特待制度でなんとか学費を払えている。
だからこそ、絶対に医者にならなければならない。医者の世界は男性優位の社会だ。女がやっていくには、周りがぐぅの音も出ないほど優秀である必要がある。絶対に医者になって、両親や祖父母に恩返ししたい。持ち前の負けん気の強さもあり、今のところ成績は常にクラスの3本指に入る。私は国家試験をなんとしてもクリアしなければならない。
ページをめくる音が講義室へと響く、どれくらいそうしていたのか、突然電気が消えて辺りが闇に包まれる。
「えっ!?」
驚いて辺りを見回せば既に外は真っ暗、出入り口の窓から見える廊下も真っ暗になっている。中庭の電灯の光が講義室に差し込んでいるおかげで、薄っすら周りは目視できる程度には見えている。腕時計を見れば22時ちょうどだった。いつの間にか4時間近くたっていたらしい。慌てて荷物をまとめて、廊下へ飛び出るも廊下も真っ暗だった。
怖い…怖すぎる夜の校舎……。しかもここは医学部で、1階は解剖実習室がある建物だ。ゾワリと全身に鳥肌が立つのを感じて、校舎から出るため速足に4階から1階までの階段を下りる。心なしか空気が冷たくて肌寒さを感じる。1階の扉は観音扉となっていて雨の日でも開け放たれているのだが、階段からチラリと見えた扉は閉ざされている。
嫌な予感……。
ゆっくりと近づいて扉を押すも、ガンッ!という音を立てて扉は開かない。
信じたくなくて、もう一度力強く押すものの、ガンッ!!!と、エントランスに無情な音を響かせるだけでびくともしない扉、その扉の取手に手をかけたままフリーズする。
すると小さくズズッ…と、20m程離れた右手側の扉の奥から何かを引きずる音が響いた気がして、びくりと体が揺れる。このエントランスの右手奥には解剖実習室に続く扉がある。
気のせい気のせい!絶対気のせい!!!!絶対にそっちを見ないように、そっと解剖実習室側を背にして元来た道を戻る。戻る理由はただ一つ、2階には1号館につながる渡り廊下がありそこに扉は存在しない。1号館と2号館は24時間出入りが可能と基礎研究の先生が話していたのを思い出したからだ。
1号館に繋がっている他の建物の施錠の意味ってある?と、思うほどに防犯がザルだと思う。
足早に階段を上って、2階の渡り廊下に出るも1号館の廊下も真っ暗だ。しかし、渡り廊下の窓から見える1号館は所々電気のついている研究室が見える。
灯を見ると安心する。ほぉーっとため息をついて、1号館へと抜ける。
何処の研究室も扉は締まっており、扉の上部につけられている窓ガラスから差し込む電気のおかげで、先ほどの恐怖に比べれば格段にましである。とはいえ、この長い長い廊下で電気のついている部屋は3部屋ほどだ。薄暗いことには変わりない。足を進めて、1階へ降りる階段へと向かう。
歩いていると自分の背後、渡り廊下の方から「ズズッ」っと重いものを引きずるような小さな音が響いた気がして足が止まる。
その音は、先ほど1号館の解剖実習室から聞こえた音と似ていた気がする。振り返って確認しそうになるが、ここは研究棟で先生方が残って実験や仕事をしているに違いない。音の一つや二つ聞こえるのは当たり前だ。むしろ、人がいるとわかって安心じゃないか!そう思うのに、恐怖心が少しずつ体を侵食していく。そういえば今日って解剖実習やってたな…。こういう時に限って嫌な情報を思い出してしまう。
すると、先ほどよりも近い距離で「ズズッ!」と言う音が響き、弾かれた様に全力で走り出す。研究室からじゃない!!!廊下で響いている!!!廊下の天井には、むき出し配管が張り巡らされているが、聞こえているのは上からじゃない!!!下の方からだ!!!
全身から汗が吹き出し、破裂するんじゃないかと思うほど心臓がバクバクと音を立てている。頭では気のせいだと言い聞かせているのに、身体が心が逃げろと警告を発している。
1階へ降りるための階段へスピードを落とさず曲がる為、階段の手すりを掴んで遠心力で勢いよく曲がり、数段飛ばしで階段を下りる。人間、運動音痴でも極限になるとリミッター解除されたかのような身体能力を発揮するようだ。階段を下りて一階に右足が付いた瞬間、何かが背中に飛び乗ったかのような衝撃と重みで1階の床に叩きつけられるように倒れた。顎を打った衝撃でグラリと視界がゆがみ意識が朦朧とする。
このまま私は死んでしまうのだろうか?誰か…だれか助けて…。
そう心の中で呟いた時、目の前に誰かが立つ気配がする。けれど背中の重みは消えず床に力強く押さえつけられているような圧は変わらない。
「何をやっている?」
苛立っているような女の人の声が聞こえた気がしたが、そのまま遠のく意識にあらがえず目を閉じた。
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