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第27話 ナースステーションの幽霊
しおりを挟む消毒液の匂いが漂う病院独特の香り、初めは嫌いだったけど今ではもう、何とも思わないくらい慣れてしまった。PCの前に座り、電子カルテに平塚と自分の名前とパスワードを入力して、担当の患者さんのIDを入力しページを開き、今日の体調を細かに記入して行く。このフロアは小児科と消化器内科が同じフロアにあるため、ナースステーションも共同で大所帯、その為数十人の看護師が忙しそうに動き回っている。
入力ミスはないだろうかと遡っていくうちに、昨日の分が記入されていない事に気づいたが…。担当は新井さんか…話しかけたくないな…でも言わないと後で私のせいにされるかもしれないし…。嫌だなと思いながら深いため息をついて、後ろを振り返ればちょうど電話対応をし終えた新井の姿が目に入る。新井の近くまで寄り、意を決して声をかける。
「あのー、新井さん橘さんの昨日のカルテのことなんですけど…」
そう声をかけるも、返事をする事も一瞥することすら無く、何かをメモしている。書き終わったら流石に…と待ってみるも、書き終わると同時にこちらの存在などないかのように、素通りしてホワイトボードに書かれている内容を確認している。
「新井さん…電カルなんですけど…」
再び歩み寄ると、さっさと私の横を素通りしてナースステーションから出ていってしまった。
やっぱりか…新井からはここ数ヶ月ずっと無視され続けている。何か大きなミスをした訳でも、新井から何かを指摘された事もなく、思い当たる節がなく、改善することすら出来ない。本人に聞こうにも無視されてしまうしで、お手上げ状態だ。
同じ患者を受け持っているのにも関わらず。情報が共有できない。
致命的と言わざる負えないのに、他のナースもよくあることと言わんばかりに介入する気配がない。同期に相談をしてみた事もあったが、新人のナースなんて皆んなそうらしいよ、私も新井にシカトされてクソむかついてる。と、返されただけで解決策も相談できぬままだ。
溜め息をついて、PCに戻りかけたところで何かを忘れたのか、新井が戻ってきた。
最後にもう一度だけ…と、新井に先程よりも大きな声で名前を呼ぶ。
「新井さん!橘さんの件で!!」
そう声をかけるも、反応したのは新井以外のナース達で「あぁー、またか」と言わんばかりの目で一瞥すると、すぐに仕事に戻っていく。新井はやはりこちらを無視して、中央に置いてあるデスクの書類を手に取ると再び出て行こうと回れ右をした瞬間、椅子のキャスターに足を引っ掛け、つんのめりそうになりアワヤと言うところで、転ばずに踏みとどまるも書類はバサバサと床へと散らばっていく、舌打ちをした新井がしゃがみ込んで書類を集め始める。
それをチャンスと思い自分も蹲み込んで書類集めを手伝いながら「新井さんあのっ、橘さんの件で「煩いなー、こっちは忙しいの!見てわかんないの?」」ギロリと新井から睨みつけられ、思わず口を噤んでいると何かが擦る様な小さな音がしたと思ったと同時に、デスクの上に置いてあったファイルの山が雪崩のように落下して新井の上に降り注ぐ、ブルーの固い背表紙の事務用ファイルはなかなかに凶器だ。
「なっ!?痛っ!!!ちょっ!!」
頭を摩りながら、涙目になった新井が立ち上がるとテーブルの上を見る。
「なんなの!!?誰よこんな端にファイル詰んだの!!」
そう叫ぶも、誰も何も返さない。
新井より3つ上のナースがフッと笑っているのが新井越しに目に入った。落ちてきたファイルも仕方なしに、集めてテーブル上へと戻せば、ブツブツと文句を言っている新井が書類の枚数を確認している。
分かっていたが、手伝ったお礼もなし…。
もう嫌だな…何でこんな思いをしなきゃならないんだろう。
患者さんだって、優しい人ばかりじゃない。ただでさえミスの許されない辛い仕事に加えて、仲間であり味方であるはずの同じナースからのこの仕打ち、こんなところで泣くわけにはいかないと、ツーンとする鼻をすすって誤魔化す。
「コレっ…」
急に響いた声に驚いて振り返れば、小児科で入院している4歳の女の子の柚木(ゆずき)ちゃんが、1枚の紙をコチラに差し出していた。柚木ちゃんは人見知りをするため、あまりナース達に話しかけては来ないが、モデル並に可愛らしいその容姿に、みな骨抜きにされているのである。
柚木ちゃんはいつも病室の子供達が遊んでいるのを、少し離れた場所から眺めているようなそんな子だった。柚木ちゃんの差し出している紙に視線を落とせば、散らばった際に廊下へと出ていってしまった物のようだ。柚木ちゃんの目線に合わせるようにしゃがんでその書類を受け取る。
「届けてくれて有難う柚木ちゃん。
新井さん、柚木ちゃんが飛んでちゃった書類持って来てくれましたよ」
そう話ながら新井を見上げれば、流石の新井も先ほどとは打って変わって満面の笑みになり、新井もコチラに来ると柚木ちゃんの前にしゃがみ込む。
「有難う柚木ちゃん、大切な書類だったから助かったよ。
柚木ちゃんは本当にお利口さんだね。」
そう新井が声を掛けるも、柚木ちゃんは無表情のままだ。しかし、スススっと視線を動かしながら新井の背後を見上げる。誰か後ろにいるのだろうかと気になって、新井と共に振り返るも背後には誰もいない。
「どうしたの?柚木ちゃん?」
そう新井が声をかければ、柚木ちゃんの視線が戻り新井を凝視する。
「誰かに意地悪すると、バチが当たるんだよ。
悪い事すると悪いお化けが出るんだよ。」
「えっ…」
相変わらず無表情の柚木ちゃんが、淡々と新井に告げると、作業していた他のナースの何人かがプッ!と吹き出して、クスクスと笑っているのが聞こえる。すると、内科の古株ナースである島村がいつの間に会議から戻って来ていたのかコチラにやって来て
「そうだよねー柚木ちゃん、誰かにいじわるすると悪いお化けが来てバチが当たるんだよねー。
誰かが柚木ちゃんに教えてくれたの?」
顔を真っ赤にした新井を横目に、島村が柚木ちゃんの頭を撫でると不思議そうな顔をした柚木ちゃんが島村を見上げてコクリと頷いた。
その瞬間、新井が私の顔を見たので全力で違うと顔を振る。冤罪もいいところだ。恐ろしくてそんなこと吹き込めるわけがない。まして、柚木ちゃんと会話らしい会話をしたのは今日が初めてだ。
「教えてくれたのは、その人じゃないよ
お化けだよ」
その言葉に、思わず皆が固まる。
それはそれで、非常に怖い発言だ。病院である以上、幽霊の話は非常によく耳にする。
余計なことを普段一切口にしない柚木ちゃん、そんな子がそんな事を口にすると信憑性が増すと言う物である。
「柚木ちゃんは…いや、止めておきましょう。
悪いことするとお化けが出るのは、私も聞いたことあるわ、新井さん、気をつけましょうね。
さて柚木ちゃん、私と一緒にお部屋戻りましょうか?
そろそろ、お夕飯の時間だもの」
島村にそう言われ手を差し出されると、柚木ちゃんはコクリと頷くとその手を取りナースステーションから出て行くが、ふと振り返った柚木ちゃんが新井の背後に視線を向け、手を振りながら病室へと戻っていった。
「怖い怖い怖い!!!」
青ざめた顔で、両腕で自信を抱き締めるように目を白黒させる新井に、憐みの目を向ける他のナース達
「柚木ちゃんって時々何もないところを見つめてる時あるけど、もしかして…そう言うことだったの…。」
「わかるー!私も言わなかったけど、もしかして何か見えてる!?
って思う事何回かあったわ」
騒つくナースステーション、さっきの柚木ちゃんの話からすると、新井の頭の上に落ちて来たファイルはそのお化けとやらが原因?考えてみれば、ファイルがズレるような音がしていたし、椅子に新井が躓いた時も、新井が通って来た動線に椅子は出っ張っていなかった。
しかし、新井が書類を取って振り返った時には椅子が出ていた…。
その考えに思い当たり、私自身も思わずブルリと震えて両手で身体を摩る。
「ああああ、あの新井さん!
今度こそ橘さんの件で!」
寒さに耐えるように自信の身体を摩りつつ、勢いに任せて新井に話しかければ未だ青ざめている新井がコチラを振り返る。
「わわわわ分かったわよ!昨日の分の記入できてないって事でしょ!
忘れてただけよ!書類を事務に置いて来たらやるわよ!」
「よろしくお願いします。」
良かったー。と、一安心していると、新井がズズイと距離を縮めてくる。
「あのさ、私が来た時って椅子出てなかったよね?
あの一瞬で座った人もいなかったよね。」
どうやら新井も気づいたらしい。
無言でコクコクと首を振れば「ヤダヤダ怖すぎる!!」と、新井が叫んだ。
「ちょっと煩いですよ!患者さんから煩いと廊下で苦情受けました。」
そう言いながら、眉間に皺を寄せた内科の医師が聴診器を首に引っ掛けながら入ってきた。
すると皆、ピタリと口を噤んで各々の業務に戻っていった。
ここには何か居る。
怖いと思いつつも、そのお化けのおかげで新井と話をすることができた事には変わりない。
心の中で「有難うございますお化けさん」と感謝を述べ、業務へと戻った。
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