魔の巣食う校舎で私は笑う

弥生菊美

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第35話 真相

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 屋上からの落下するほんの一瞬が永遠のように感じられ、3人で過ごした楽しかった日々がフラッシュバックする。毎日のように幽霊の出る秘密基地のような地下室で、3人揃って小山の…、お松のオカルト話に茶々を入れながら笑っていたあの日々、確かに楽しかったはずなのに、かけがえのない友と過ごしたあの日々が人生で最も楽しい日々だったはずなのに、いつの間にか優秀な2人に俺は一人だけ置いて行かれていることに気づいた。

 いや、ずっと気づかないふりをしていた。幼いころからの出来損ないと罵られ、兄から比べられてきた劣等感、医学部には推薦と言う名の形だけの面接試験と、寄付金で入学した。ただでさえ差のあった学力は、学年が上がるごとにその差は開くばかり、そして5年、6年、国家試験、研修医、配属が正式に決まるまでの間、劣等感が憎しみと妬みに代わり自分を侵食していった。

 あれはいつだった…配属先が決まる直前だったはず。あの日、私も小山も研修の気疲れと仕事の忙しさで、疲れが溜まっていた。休みがあったから、久しぶりに酒でも飲もうかと言う話になった。医局棟の地下の倉庫に1号館のように人の寄り付かない倉庫があるのを小山が見つけており、そこにこっそり寝泊りしていた小山の秘密基地に、日本酒に焼酎、ワインに慣れないウィスキーを持ち込んで、泥酔するほど二人で飲み明かした。医師になれたことで薄れた劣等感、忘れかけた憎しみも嫉みも酒が全部洗い流してくれる気がした。なのに……

「ヒック…日野、よかったなー外科に入れるんだろ?親父さんが大学に多額の寄付してるなら、僕と同じ消化器外科になれるんじゃないか?」

「なに?」

 泥酔し、目の座っている小山が金属製の本棚に寄りかかり、真っ赤な顔をしながらこちらを見て言われた言葉に酔いがさめていく

「何の話だお前、それ…」

「何って、ヒック、研修中に外科で聞いたんだ…日野の実家が大学に多額の寄付をしてるから、不器用で成績悪くても、ヒック…希望通りの科に行けるだろって、だから、これからも一緒にい居られるなーひのぉー」

 ふにゃりと笑った悪意のない笑み、だが、数年かけ憎しみと嫉みを溜め込み続けた自分にはそれだけで十分すぎるほどの着火剤だった。おもむろに立ち上がり、小山の前まで行くと胸倉をつかみ上げる

「お前だけには言われたくなかった!!!!お前も俺を馬鹿にして下に見ていたのか!!!!
答えろ!!!!」

そう怒鳴っても、小山の泥酔している脳では頭が回らないらしく腑に落ちない顔をしている

「ンガッ…何怒ってるんだ?馬鹿になんてしてない…ヒック…家が金持ちなの、いつも自分で自慢してたじゃないかー、日野は勉強嫌いなだけだろー、努力すればできるようになるってー、それに初瀬さんと付き合い始めたんだろ?佐倉から聞いた。順風満帆「違うっ!!!!!」」

そう怒鳴ると、棚に思い切り小山の背中を打ち付ける。

「順風満帆?ふざけるな、ふざけるなよ!!!努力すればできる?今までだって散々してきたさ!!!地頭の良いお前には理解できないだろうよ!どれだけ努力したところで報われないやつだって世の中に入るんだよ!!!俺がどれだけ惨めな思いで生きてきたと思ってる?家が金持ちなのは俺の実力でも何でもない!!初瀬だって!家柄で見てるだけだ!!俺自身には何もないんだよ!!家柄が無くなれば俺はただの落ちこぼれの屑だ!!!お前に何がわかるか!!」

「グッ!!ぐるしっ…」

 怒鳴りながら小山を棚に押さえつけて首を締め上げる。自分より背の低い細身の小山の足が床から離れバタバタと暴れる。手の力を緩めなければ小山が窒息死すると理解しているが、何故か憎しみと殺意がどんどんと増していく、殺さなければ…いや、殺したい!!ずっと目障りだったこいつを殺せば、俺はもっと自由に生きやすくなる!!燃え上がるような憎しみと怒りに自分には一欠けらも手を緩める選択肢などなかった。次第に目が飛び出し、口からは涎が流れ出始め、チアノーゼで顔が赤紫色に代わりだす。苦しむ小山を見ていい気味だとすら思う。ガクリと力なく小山の体が脱力する。酷い耳鳴りに、力みすぎて眩暈がする。

 脱力した小山から手を離せば、ドサリッと人形のように床へと落ちる。荒い呼吸のまま、小山の頸動脈に手を当てれば、脈は止まっていた。小山は死んだのだ。

「はぁ、はぁ、はぁっ…」

やってしまった。

殺してしまった。

 自分の手で、友人を、小山を、人を殺してしまった。
急激に冷えた頭、そして沸き上がる焦燥感、そこに達成感も安堵などない。後戻りなど決してできない押しつぶされそうなほどの後悔、何故こんなことをした!?何故、自分を止められなかった!?数分か、数十分かどのくらいそうしていたかわからない。放心状態から回復して思った事は、遺体を隠さなければ…
そう思った。そして、ゆらりと立ち上がろうとした時、ガチャリと扉が開いた。

「遅くなってごめんねー。って、お酒臭……いっ………」

 扉を開けて入ってきたのは、白衣とビニール袋を手に仕事終わりの佐倉が顔を出した。小山が呼んでいたのかと驚きで目を見開く、久しぶりに会った佐倉の髪は一つに束ねられているがずいぶんと短い。佐倉は倒れこんでいる小山へと視線を落として、俺を見る。

「あっ、えっと、質の悪いドッキリ…だよね…特殊メイクってやつだよ…ね?」

 動揺したような声を出す佐倉、あの顔色と白目をむいて死んでいる小山を見て、ドッキリは無理がある。妙に冷静な自分がいた。そして何処までも残虐なこともできる気がした。何も言わずに佐倉の下へ足早に向かえば

「……嘘…だよね?ねぇ……日野君!!」

 涙声で後ずさるように佐倉が下がれば、持っていた荷物を放り出してそのまま踵を返して走りだす。
扉が閉まる前に手でドアを押し開け、逃げる佐倉を追う。今の自分の中にあるのは自分自身の保身、それだけだ。

 足の遅い佐倉には階段で簡単に追いついた。中階段の踊り場を登り切ろうとした佐倉の右手を掴む、キラリと忌々しいほど光り輝くシルバーの婚約指輪「誰っ!!」叫ぼうとした佐倉を苛立ち交じりに思い切りその手首をつかみ階段から引きずり落した。頭から階段に転げ落ち、地下一階の床にゴンッと言う大きな音を立てて落ちた佐倉、手も腕も首もあらぬ方向に曲がり、血だまりができ始める。

「おい!何の音だ!誰だ騒いでるのは!」

 1階の廊下から男の声がかかる。驚きに体を揺らすが、冷静を取り繕って踊り場から顔をのぞかせる。そこに立っていたのは、眉間にしわを寄せた40代くらいの医師が立っていた。たしか、消化器内科の准教授……。

「スミマセン、荷物持って降りようとしたら荷物だけ下に転がり落ちまして、お騒がせしました。」

「女性の声が聞こえた気がしたが?」

「やめてください先生、女の幽霊が出るのは1号館だけのはずじゃ?まさか、ここにも出るんですか?地下に行くの怖くなってきた。先生一緒に行ってくれませんか?」

「バカお前、お前みたいなガタイの良い男が薄気味悪いこと言うな、まったく」

 そう言うと、頭をガシガシと搔きながらその場を去って行った。それを見送り、下へと降りる。小山の時ほどの焦燥感はない。これ以上血だまりが広がらないように佐倉の頭の傷に、佐倉が首に巻いていたスカフーをきつく巻き付けると、その遺体を横抱きにして持ち上げれば、背後でズルッと言う音がしてすぐさま振り返る。すると、電気の消えている暗がりの廊下にうっすらと動く何かが見える。目を凝らせば、黒い何かが這いずるように、横のドアの隙間に吸い込まれるように入っていった。思わず佐倉を落としそうになるが、今の自分は普通ではない。自分の頭は冷静なつもりだが、平常時ではない。幻覚くらい見るだろう。そう思うが、頭の片隅で佐倉が学生時代に襲われたという、這いずる何かだったのではないかと思った。

 そう。あの日、当時の自分は何かに憑りつかれていたのだと思う。
あの日、小山と佐倉の遺体を別々の場所に遺棄したのは大したことない理由だ…。初めは天井裏に隠そうとしたが腐敗が進めば木製の天井に染み出る可能性がある。そこで、天井から壁と壁の間に遺体を落として隠すことにした。コンクリートの厚い壁なら浸出液も漏れ出ることはない。だが、壁の隙間が存外狭く、佐倉くらいの小柄で華奢な人間しか入らなかったのだ。それ以上時間をかければ、誰かに見つかる可能性があった。だから、小山は倉庫にあった木箱の中身を捨てて、その中に小山を押し込み運び出して、汚泥が多く沈んだら上がれないと有名な池、大学からほど近い大土池に石を詰めて沈めたのだ。

 二人の捜索が早く終わるように、筋書きまで作って小山を自殺と見せかけた。だが、遺書と靴を置いたのは小山を沈めた池よりも遠い、多摩川近くの別の池にした。唯一、わからなかったのは、壁に佐倉を入れようとした際に右手首が無くなっていた事。まるで無理やり引きちぎったかのような跡があり、確かに手首はあらぬ方向に折れ曲がっていたが…。だが、千切れ取れそうなほどではなかった。どこを探しても見つからず。その手首が誰かに発見されて、騒ぎになるのではないかと思っていたが、結局、自分の筋書き通り小山が佐倉を殺害し、小山は自殺、無理心中で決着が着いた。

 友人である自分は、何度も警察に事情聴取をされたが、父と祖父、そしてニュースになるのを恐れた大学の根回しにより、あっさりと事件は鎮火された。初瀬だけが、何度も本当は何か知っているのではないか?と聞いてきたが、知らぬ存ぜぬを通した。

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