魔の巣食う校舎で私は笑う

弥生菊美

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第39話 終着

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 「良いか!初瀬の件はまだ外科の医局員にも誰にも言うな!警察と話をつけるのが先だ!」

 事務長に電話越しに怒鳴りながら、乱暴に部屋の扉を開けると秘書が慌てた様子で椅子から立ち上がる。それを手で制しつつ、理事長室の椅子にどかりと腰掛ける。

 ようやく沼田医師が事故死という流れになりつつある中で、今度は初瀬が飛び降り自殺、可愛がっていた後輩の死は流石に応える。最後に会ったのは確かあのレストランが最後だったか…。まさか、ここまで追い詰められていたとは思いもよらなかった。確かに、強靭な精神を持っていた男だったが、今回ばかりは滅入っている様ではあったが……ふと廊下の方が騒がしいことに気づく

「何事だ?」

 部屋の入り口横にデスクのある秘書に告げれば、すぐに立ち上がり白いハイヒールをカツカツと言わせて、扉を開けて廊下を確認すると、秘書が慌てつつもこちらに聞こえるように

「こっ、これは桝口前理事長と桝口副理事、ご無沙汰しております。
今日は急にど「ごたくはいい!!竹中はいるか!!!」

 その声で桝口前理事の機嫌が良くないことを察する。その怒声の後に、息子である副理事に車椅子を押されながら現れたのは今年88歳になった前理事、足を悪くしてから行事ごとなど表舞台には出ず。息子が全て代わりにこなしていたため、自分自身も会うのは3年ぶりくらいだ。合わない間に随分と痩せ、いつも染めていた黒髪もすっかり真っ白になっている。顔も痩せこけているが、中身は少しも衰えていないようで、コチラを睨みつけている。

「これは、これは、桝口先生ご無沙汰しております!
事前にご連絡をいただければ、こちらからお迎えにあがりましたのに、お聞きになっていると思いますが、外科の教授が亡くなり、少々立て込んでおりまして」

 そう言いながら席を立ち、素早くデスクの前へと歩み出る。
中に入った桝口を見届けると、秘書が素早く扉を閉めてお茶の準備をするため理事長室と併設されている奥のキッチンへと足早に向かう。

「茶などいらんぞ!!長居するつもりはないからな!
竹中!貴様どう言うつもりだ!」

「落ち着いてお父さん、血圧があがっちゃうから…。」

60歳の息子に嗜められるも、少しも耳を貸す気はないようで添えられた息子の手を叩き落としている。

「お前は黙っていろ!
竹中!初瀬などどうでも良い!今すぐ警察を大学から追い出せ!見つかった手首は元の位置に戻せ!今すぐだ!!それと、慰霊祭はどうした!!何故やらん!!言ったはずだぞ竹中!慰霊祭は決して怠るなと!!」

「桝口先生…、時代が違うんですよ。
殺人と思われる遺体が出てきてしまった以上、全面的に協力しなければ大学ぐるみの殺人の関与が疑われてしまいます。それに世間が黙っていない。昔と違って簡単に学生が言いふらすもので、それに慰霊祭は毎年行っています。息子さんもさんもご出席いただいているじゃありませんか、あと、あぁー、手首ですが流石に戻すなど不可能ですよ、初瀬の机の上で見つかった白骨化した女医の手首は警察が証拠とし「そっちじゃない!1号館の地下で見つかった方だ!!!私が言っている慰霊祭は、大学全体の慰霊祭ではない。ここの慰霊祭の話をしている!」

「………。まさか、本当に、あの都市伝説じみた話は本当だとでも?」

「お前…、信じていなかったのか?実際に手首が出てきただろ!
貴様がここまでボンクラだとは思わなかったぞ竹中、お前を理事長に推薦したのは、失敗だった。」

 その言葉に苛立ちを覚えつつも、お首にも出さずに冷静を取り繕う。がっ、しかし…あの話が本当だと?馬鹿馬鹿しい、やらせのテレビ番組の心霊特集みたいではないか、あの手首だって何かの間違いだろ。

 この土地は明治時代の初めまで刑場だったと聞いている。大正の創立だが、時期的に考えれば着工は明治だ。何かの間違いで置き去りになっていた遺体の一部だろう。考え込んでいる間に、升口前理事が何を思ったのか

「もういい!話にならん!帰るぞ龍樹(たつき)!」

 そう言うと、自分で車椅子を方向転換しようとするのを息子が慌てて手伝う。
こちらを振り向いて、軽く会釈をするとそのまま部屋を出ていく、まるで嵐のようだ。
ティーセットを持って現れた秘書が、自分のデスクにそれを置くと

「一階までお見送りをして来ます。」

 そう言う秘書に、手で行けと指示するとドカリと再び椅子に沈見込むように座り額を手で抑える。
椅子を回して、後ろの窓から外を眺める。あのご老体はこの一連の自殺を幽霊の仕業と信じているらしい。馬鹿馬鹿しいが、それこそ、そんなものなど1番信じそうにもないあの升口前理事が本気で信じている……。考え込んでいると突然、バチャリ、ビチャビチャビチャと不快な音がし始めると同時に、鼻をつく生臭い匂いに顔を顰めながら、椅子を回して自分のデスクを見れば、そこにあったのは腑をぶちまけて、苦しみもがいている鯉

「うわぁぁぁ!!!!!」

 叫び声をあげて、席から離れる。何で急に、何故だ!?天井を見るもそんなものが落ちてくる穴があるわけでもなく、気持ちが悪いと思いつつ、鯉を見てふと思う。もしかしなくとも病院前に自分のゴリ押しで作った鯉用の人工池のものではないだろうか……。そして思い浮かぶことわざ、まな板の上の鯉、覚悟を決めろと言うより、お前がこうなると言われているような…そこまで思って、らしくもないバカみたいな考えを頭の隅に追いやるも、何故かゾワゾワと鳥肌が立ち始める。

 そして、誰かに見られているようなそんな気配に、思わず後ろを振り返れば、ドアの前に立っていたのは長い黒髪を一つに束ねた小柄な白衣姿の女、一瞬慄くが、朝っぱらから幽霊なぞ出るはずもない。

「だっ、誰だ君は!勝手に!ここは理事長室だぞ!分かっているのか!!」

 そう怒鳴れば、ゆっくりと女の顔が上がる。青白い表情の無い能面の様な顔が徐々に口の端が吊り上がり、笑っている様な顔になる。だが、その気味の悪さに体が震え始める。

 「なっ!」何なんだ!!と怒鳴ろうとした瞬間、鼻と鼻が触れ合いそうになる距離に一瞬で目の前に迫った女の顔、そして

「戻して…私の手首…じゃないと…」

 そう言いながら一歩離れると、指を刺す。
その先を見れば、先ほどの腑をぶちまけている鯉…

「ひっ…」

ついに立っていられずにその場にへたり込むと女も一緒にしゃがみ込み囁く様な声で

「……次はお前だ…フフ、アハハハハ!!!」

そう高笑いをしながら立ち上がり白衣を翻すと、瞬きの間に女の姿は消え去っていた。

「はぁっ…はぁっ……はぁっ…でっ、電話、電話…慰霊祭…警察にも…」

 震える手で自分の胸ポケットを探りスマホを探すが入っていない。
落ち着け、落ち着け……そうだ。幻覚…幻覚じゃないか…。疲れだ…そう思いながら机に捕まるようにやっとの思いで立ち上がれば、デスクの端に置いてあったスマホ、そして先ほどと同じく腑をぶちまけ、絶命している鯉の死骸が目に入り、再び悲鳴を上げた。

「えっ!?今、理事長の悲鳴が!?」

一階のエントランスに響いた声を聞いて、慌てて戻ろうとした秘書を升口前理事がその腕を掴んで止める。

「やはり来たか…、言わんこっちゃない。
おいアンタ、前任の秘書の連絡先は分かるかね?
すぐ話を聞く必要があるだろう。慰霊祭の件と伝えれば、すぐに手配してくれる。」

そう伝えれば、動揺しているもののスマホを取り出していじり始める秘書、それを見て息子へと振り返る。

「龍樹、誰でもいい取り急ぎ桜餅とどら焼きを買ってこさせろ。
長命寺とうさぎやのだぞ、間違えるなよ!急場しのぎの応急処置だ。」

「分かりました。」

そう言うとスマホを取り出して、すぐに電話をかけ始める2人を車椅子から見上げる。

「全く便利な時代になったもんだ。」

 そう言いながら、地下一階へと繋がる階段に目を向ければ、小柄な白衣の女がこちらを見ていた。
驚きに心臓が止まるのでは無いかと、前屈みになり心拍数が急激に上がった胸を押さえつつ再び階段を見るが、そこには誰もいなかった。

「驚かせおって桜井与野…言われなくとも分かっとるわい。」

そう悪態をついた言葉がエントランスに小さく響いた。

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