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第40話 魔の巣食う校舎
しおりを挟む病院の食堂から出ると三橋が立ち止まる。
「ちょっとコンビに寄っていい?コーヒー買って帰りたい。」
「いいよー」
と、山田が答えると二人並んで病棟のコンビニへと足を向ける。ほどなくして、車いすに座ったおじいさん…と言っても優に90歳は超えていそうな虚ろな感じのおじいさんと、その隣にしゃがんでいるのは20代くらいの若いナースだ。
「なんだろ?人間観察?」
通る人を見ているようなそんな感じだ。それを横目に通り過ぎようとしたときに、「あのっ!」とナースに呼び止められ、ギョッとしつつも、二人で顔を見合わせてナースの方へと歩み寄る。
「なんでしょう?」
恐る恐る三橋が聞けば
「急にスミマセン、お二人は大学の基礎研究室の方々ですよね?
以前、勉強会でお見かけした事が有りまして…。」
「あっ、はいそうです。」
勉強会と言う言葉で思い当たるのは、各研究室持ち回りの学内、院内向けの研究発表の事だ。うちの大学は研究者を増やすために、興味ありそうな分野があれば気軽に来てくださいというスタンスで、定期的に職員向けに発表を行うのだ。おそらくそれに参加していたナースなのだろう。名札を見れば平塚美華(ひらつかみか)と書かれているが、うーん?覚えはないな…。
「実は、こちらの患者様の橘さんが桜井与野さんと言う方に以前お世話になったらしくて、もう一度話したいらしいんですが職員名簿にもなくて、大学の方は非常勤だと載ってない場合があるので、もしご存じだったらと思ってお声がけしたんですが」
「桜井与野、知ってる山田さん?」
「いやー、聞いたことないな、私達、生化学研究室の研究助手してるんですけど、医学部ではないと思います。歯学部かな?」
「あぁー、歯学部なら全然交流ないから居てもおかしくないかも」
そんな話をしていると、スクラブに白衣を羽織った男性3人が横を通り過ぎたと思ったら、1人が回れ右して戻ってきた。名札には医師 清水と書かれている。
「失礼、話が聞こえたもので、桜井与野さんなら知ってますよ。
と言っても、エレベーターで乗り合わせただけなんですが、牧研究室の研究員と仰ってましたよ。」
「「えっ…」」
その言葉に、三橋と山田の声が重なる。
どうかしましたか?と言うように、ナースと医師が二人を見る。
「居ませんよ…、桜井与野という研究員は…。」
「私達、牧研究室の所属なんです。さくらと名の付く院生すら居ませんし…。」
「えっ…」
今度は、医師が困惑したような声をあげる。
それを見たナースが「橘さんちょっと痴呆もあるのでその…紛らわしいと言うか、ホントの話か曖昧なんですけど…。」
その言葉に3人がまてまて…と内心で突っ込みを入れる。
ナースがしゃがんで橘さんの顔を見ると
「橘さん…探している方は本当に桜井さん?もしかして、佐賀さんとか、佐野さんとか言う名前だったりしませんか?」
その言葉に、おじいさんは
「あぁー?さくらい…誰だ?…あぁーいや、桜餅かもしれん…」
「「「「………。」」」」
4人の沈黙が流れる。
しかし、その沈黙を破るように通路の先から高校生くらいの若い男性が小走りでやってくる
「すみませーん!ひーじぃーちゃん!退院の会計終わったって、親父が車回してきたから、母さん下で待ってるよ。」
「んぁー?次郎か?」
「それ、じーちゃんの名前…。すみません、ひーじぃーちゃんがなんか困らせるような事言いました?」
大人4人が老人を取り囲んで困惑した顔をしていたら、そう思うのも当然だろう。
するとナースの平塚さんが
「橘さんが、桜井与野さんって方とここで会ったらしくて、もう一度話がしたいからって事で、こちらに来たんですけど、その…桜井さんって方はうちの大学にはいらっしゃらないみたいで…」
「えぇ!?ひーじぃーちゃん、それいつの話だよー。
スミマセン、じぃーちゃんが小さい頃にこの病院に親戚のお見舞いで来た事があったらしいんですけど、その時に迷子になって泣いてたら、その桜井与野って人が桜餅くれて家族のところまで連れて行ってくれたらしいんですよ、それ以来ひーじぃーちゃんの大好物は桜餅なんです。昔はよくその話聞かされたんですけど、ボケてから全然話さなかったのに、思い出の場所だから急に思い出したのかな?1ヶ月、いや、それよりもうちょうい前?くらいに、急に桜井与野に会ったって昨日の事みたいに話し出した日があったんですけど、でも、その人に会ったの90年近く前なんで、桜井って人はもういないんじゃないと思います……。ほんと、すみません…じーちゃん96歳なんでボケ気味で…じーちゃん頼むよ…。」
その言葉を聞いて3人が、医師の顔を見れば顔面蒼白だがオロオロとしながら口を開く
「えっ…まって、同姓同名?いや…だったら研究室に…。
橘さん…その桜井与野って人って…」
そう言うと、医師が小脇に抱えていたタブレットに急に勢いよく何かを書き始める。
なんだ?と皆で待っていれば
「橘さん!この絵の人誰だかわかります?」
見せた画面に描かれたのは、この短時間でよく描きあげたなと思うほどの良くできた女性の人物画が描かれていた。30代前後くらいの年齢だろうか?そのタブレットを橘さんが受け取ると、マジマジと見つめると
「あぁー……さくらもち…、桜餅だ…桜井与野だ。
あんた、あんた知ってるのかい?桜井与野のひ孫かい?」
震える手でタブレットを握りしめ、急にはっきりとした口調でその医師を見あげる。
「いえっ……。
この大学で私も桜井与野さんにお会いしました。
数週間前に………描いたままの姿で……。」
「「「「「…………」」」」」
数秒後、病院の廊下に男女の絶叫が響いたのだった。
絶叫する集団のいる渡り廊下を病棟の窓から小さな女の子が椅子に膝立ちをしてその様子を眺めている。
「いいの?あの看護婦さんのママなのに、言わないの?」
女の子が首をかしげる。すると、隣にすっと陽炎のように現れた顔色の悪いやつれたような顔をしたの看護婦が、とても優しげで、寂しげな笑みを浮かべて渡り廊下のナースを見つめる。
その旨の名札には「平塚由美子(ひらつかゆみこ)」と書かれている。
「いいの……、傍にいるだけで…それだけで十分なの」
「ふーん」と、女の子が不思議そうな声を出す。
「さぁ、柚木ちゃん、ベッドに戻りましょう。
あまり私みたいなのとお話ししてばかりじゃ駄目よ、自分がどちらにいるか分からなくなっちゃうわ、それにここには良い幽霊ばかりがいるわけじゃないから、いつも言っているけど私がいない時は気をつけてね。」
そのナースに言われると、女児はコクリと頷いた。
ふと思い出したように看護師の顔を見る。
「桜井与野さんは良い幽霊?」
そう問いかければ少し驚いたような顔をして「あの人は…どちらでもなくて、どちらでもある…かしら?」
「……?わかんない?どっち?」
「少なくとも柚木ちゃんがいい子にしている限りは、良い人よ」
そう笑って言えば、少女はやっぱりわからない?と言いながらベッドへと戻っていった。
「ねぇ聞いた?百瀬先生、危篤状態からようやく脱してご飯食べれるまで回復したらしいよ」
「そっかー、本当によかったねー。まだ若いのにさ、一時期どうなるかと思ったけど、かれこれ1年くらい経つんだっけ?」
「もうそれくらいになるんじゃないかな?抗がん剤もうまく行ってなくて、入退院繰り返してるとは聞いてたけど、お見舞いに行った近藤さんの話では骨と皮だけみたいな状況だったらしいよ。」
「うわぁ…でもこのまま順調に回復してくれるとよいね。」
「ほんとうにねー。」
白衣を着た二人組が百瀬先生の話をしながら横を通り過ぎる。そうか、あの時の図書館前で会ったのはやはり、体から抜け出した百瀬先生だったのか、ここの一員にならないなら良いことだ。そんな事を思いながら地下一階へと向かおうと廊下を歩いている途中で、オレンジ色の古びたスーツケースをエレベーターから運び出し、ガラガラと音を立てて運んでいく大学の男性事務員3人が横を通り過ぎた。
あのスーツケースを日の光の下で見たのは何十年ぶりだろうか?
そんなことを思いながら、階段を降りようとしたところでダークグレイのスーツに茶色の革の帽子を被りながら階段を上ってくる男性と目が合う。
「あれ?柳教授、今日はずいぶん早いお帰りですね?」
柳教授に問いかければ「あぁー桜井君」と教授がこちらを見上げる。
「実は妻と同じ墓に入れることになってね。今日はその引き渡しの日なんだ。
この大学の教授となって110年、あっという間だった。」
何処か懐かしむようなそんな声色だ。
「それで、スーツケースが運び出されていたわけですか」
「まぁ、あのままという訳にもいかないらしくてね。
いったん葬儀会社に引き渡されてから帰宅となりそうだ。」
「いやまぁ、そうですよね。スーツケースに入れられた自分の親族なんて、大問題でしょうからね。
でも、教授が居なくなるなんて寂しくなります。」
「ハハッ!何を言っているのかね桜井君!私の家が少し遠くなるだけで、数日後にはいつも通り出勤するつもりだよ!」
「そこは成仏してくださいよ教授…」
「ハハハッ!この大学がなくなるその日まで成仏するつもりはない!
では!失礼、桜井君!」
挨拶代わりに帽子を取ってまた被り、軽やかに階段を上っていくとその姿は光の中に溶けて行った。
やれやれ、と内心でかぶりを振りながら暗い暗い地下へと歩みを進める。
そうか、教授は家族の元へと帰れるのか、良かった。百瀬先生も体調が快方に向かっているようで良かった。慰霊祭も再開されるだろうし、世は事もなし、万事順調だ。一段降りるごとに今日は気分が良くなる。
「ふんふふん~♪さりとはつらいね~てなこと仰いましたかね~」
鼻歌交じりに階段を下り最後の一段をジャンプして着地すると、暗闇の廊下を這いずる何かが逃げるようにざわざわと各部屋の扉の隙間から部屋へと逃げ込んでいく
そう。それでいい。
ここで勝手はさせない。お前達はそうあるべきだ。
「ふんふふん~ふふ、ふふふ、アハハッ!」
暗い暗い廊下に女の笑い声が響き渡り、白い白衣が翻ると暗い闇に溶けるように、笑い声と共にふっと消え無音の世界が広がった。
静寂と闇の中、突然冷たい手が両肩に置かれ、背後から桜井与野の静かな声が耳元で響いた。
「ミーツケーター」
完
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