茜空

🌙

文字の大きさ
3 / 12

2

しおりを挟む
次の週、いつもの場所に彼女はいた。いつものように隣に座った。実に半年ぶりだったが、僕にとっては〝いつも通り〟の事だった。いつものように空を眺めて、彼女は〝いつも通り〟雑学を披露した。僕はそれがとても嬉しかったけど、ふぅんとだけ返した。すると彼女は少し笑って、もうすぐ夏だねと言った。すっかり日は長くなって、日没まではまだ遠い。彼女は立ち上がって、柵を軽々と飛び越えた。ふわりとスカートが揺れる。僕ももう、止めなかった。おいでよと伸ばす君の手を取り、僕も柵の向こうへ。初めて見た柵の向こうの景色は、何も特別な物ではなくて。ただ遠くに街があっただけだった。互いに何も言わず、それでも確かに手は繋いだままで。忙しなく動く街を俯瞰していた。ここはどこか、現実とは切り離された場所のように感じていた。
「私ね、病気なんだ。」

彼女が口を開いた。

「元々身体が弱くてさ、特に冬はダメで。」
「うん」
「来れなくてごめんね。」
「ううん」
「来てくれて、嬉しかった。」
「うん」

「私ね、あと1年、生きれるかわかんないんだって」

震えた声で彼女は言った。僕はまた、「ふぅん」とだけ答えて、彼女の手を強く握った。ただ、街を、空を、眺めていた。僕たちはそれ以上言葉を交わすことはしなかった。やがて日没の時刻になり、空が紅く染まり、辺りが暗くなっても僕たちは動かなかった。どれほど時が経っただろうか。
「そろそろ帰らないと」彼女が立ち上がった。僕は彼女の手を掴んで、夏祭りに行こう。と言った。彼女が一瞬、戸惑いの表情を見せたので、僕はもう一度同じ言葉を繰り返した。彼女が頷いてくれたので僕は手を離して、いつも通りまたね、と解散した。
忘れられない、高校一年生の夏が始まった。
帰り道、僕は文具店に寄って桃色のノートを買った。恥ずかしながらあの頃の僕は彼女をイメージしたんだと思う。最も、可愛らしい女の子=ピンクなんて安直な考えだが、結果、彼女は喜んでくれたので良しとした。次の週、ノートとペンを持参して、彼女に提案した。
「50個、したいことを考えよう」
彼女は唖然としていたが、構わず僕は続けた。

「正直に言う。僕は君のことが好きだ。だから君と沢山想い出が作りたいんだ。君さえ良ければ、毎週金曜日を僕にください。毎週1個、君のしたいことを叶えさせてほしい。」

彼女は暫く黙っていたが、少し考えた後、
「私も瑞希くんが好きだよ」と笑った。
僕は考えるより先に彼女を抱きしめていた。僕の腕の中で彼女は少し震えていた。

「でもね、50個は、無理かもしれない。だって私は、」
そんな彼女の言葉を遮って、
「大丈夫だよ。50個、絶対叶えよう。」と言った。彼女の頬を涙が伝った。僕は彼女の前で泣いてしまったあの日から、もう絶対に涙は見せないと決めていたから、少しだけ上を向いて、ただ彼女を抱きしめた。その後、いつも通り日没を待ちながら、2人でノートを埋め始めた。
1つ目の〝したいこと〟に彼女が
“瑞希くんと付き合いたい”と書いたから、
僕は正式に告白して居ないことに気付かされた。彼女を見るとわざとらしく頬を膨らませ、むくれていた。改めて気持ちを告白し、彼女は笑顔になる。その日、めでたく僕たちは恋人になった。7月2日の事だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...