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第2章
33 怪しい鳥
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レクスに番のことを質問するのが怖くて黙り込んだエステルの視界に、ふと食堂のテラスが映った。
木の板が敷かれたテラスには四つのテーブルセットが置いてあり、秋の風が気持ち良い今日は、そのうち三つが埋まっている。
そして誰も座っていない椅子の背もたれには小鳥がとまっているのが見えた。この前図書室の窓からも目撃したイエスズメだ。
「あ、あの鳥……」
雑音の多い食堂でも、エステルのその呟きをレクスは聞き逃さず拾ってくれた。
「鳥? 鳥がどうかした?」
「あ、いえ……最近よく見かけるなと思っただけなんです」
エステルの視線を追ってレクスもテラスを見た。イエスズメもこちらを見ているように感じたが、今は毛繕いに夢中になっている。
最初に図書室の外にいるのを見かけた後も、登下校時や教室を移動する時など、毎日一度はこの鳥を見かけている。
ありふれた鳥なので違う個体かもしれないが、体色からエステルが見かけたのは全てメスであることは確かだ。
「きっと食事のおこぼれがもらえると思ってあそこにいるのね。学園のどこかに巣があるのかしら?」
テラスを見て言うリシェに、エステルはこう返す。
「確かに学園を根城にしていそうですね。ただ、もう繁殖の時期は終わっているのでちゃんとした巣はないかもしれませんし、周りに家族もいないので一人で生活しているのだと思います」
エステルはちょっと心配しながら言った。地味なイエスズメのメスは自分と通じるところがあって、親近感を持ってしまうのだ。
「これから寒くなってくるとイエスズメは群れを作るようなので、あの子も仲間と出会えたらいいのですが」
「繁殖の時期とか群れを作るとか、エステルはイエスズメに詳しいのね」
リシェに言われて、エステルは照れたように肩をすくめた。
「気になって本で生態を調べたんです」
身近な鳥すぎて逆に興味を引かれないのか意外と情報は少なく、大して知識はつけられなかったが。
けれどそんなエステルにリシェは明るく言う。
「気になったものをすぐに調べるなんて、エステルは幼い子供みたいね!」
「確かにそうですね」
エステルも自分で笑ったが、リシェはハッとレクスの方を見た後、エステルに視線を戻して慌てて言う。
「ごめんね、悪く言いたいわけじゃないのよ! 子供みたいに純粋に色々なものに興味を持って調べようとしているんだなと思って」
エステルもレクスの方を見たが、レクスは静かに食事を進めている。何故リシェが慌てたのか分からないが、こう答えた。
「実際に子供だった時には何かに興味を持っても調べられなかったですし、誰かに答えてもらえることもありませんでした。だから今、遅れて色々なことを調べちゃうんだと思います」
ちょっとだけしょんぼりした声で言うと、場の空気もしんみりしてしまった。するとリシェはまたちらりとレクスを見た後、「わざとじゃないったらぁ」と困ったように呟いたのだった。
そしてその二日後、エステルが放課後に竜舎の掃除をしていると、またあのイエスズメが窓辺にいるのに気づいた。今回は目が合うとすぐに飛んでいってしまったが、エステルは換気のために開けられたままの窓を見ながら呟く。
「またあの子」
ドラゴンたちは放牧地に行っていてここにはおらず、調教師のリックは外で桶を洗っている。けれどエステルのそばで掃除を手伝ってくれていたレクスは、呟きに気づいて箒を持つ手を止めた。
「どうしたの?」
「いえ、またイエスズメを見かけたので。そこの窓にとまっていたんです。結構近くまで来ていたので、もしかしたら一人で寂しいのかもしれませんね」
エステルはあのイエスズメと自分を重ねていたのでそう思った。友達が欲しくて人に近づいてきていたのかもしれないと。
しかしレクスはエステルの見方に懐疑的だ。
「野生の鳥が餌付けもなしに人に近づいてくるかな。エステルはあの鳥をよく見かけるんだったね?」
「はい。昨日も帰りに見かけました。レクス殿下はあまり見かけませんか?」
「この前、エステルと食堂にいる時に見ただけだよ」
そう言いながらレクスが難しい顔をして何かを考えている一方、エステルはふと思いついて言う。
「もしかしたらあの鳥はナトナを気にしているのでしょうか? 透明になっていても動物は精霊の気配を感じるとか? そうであればよく私の方を見ているのも納得です ナトナ! いるの?」
呼びかけると、ナトナは竜舎の端の方で姿を現した。真新しい藁の山に上って遊んでいたところだったようだ。思ったより離れた位置にいたので、さっきの鳥はナトナの気配を気にしていたわけではないのかもしれない。
「よく私の方を見ている? あの鳥に見られていると感じるのか?」
レクスがやけに深刻そうな顔をして尋ねてくるので、エステルもちょっと怖くなりながら答える。
「はい、感じます。気のせいかもしれませんけど……」
数秒沈黙した後で、レクスは難しい表情をしたまま続けた。
「鳥というのはよく諜報の道具として使われるんだ。魔法で操ってね。私はそういうものを常日頃から警戒しているから考え過ぎかもしれないけど、一応注意した方がいいと思う」
「諜報? ……あの、でも、私の情報なんて集めてどうするんでしょうか? レクス殿下のことを調べているなら納得できますが」
「確かに狙われているのは私かもしれない」
レクスは片手を顎に当てて考えながら言う。
「本当のターゲットは私で、エステルは私とよく関わっているから調べられている可能性はある。貴族ではないのに最近王子の近くにいるあの子は誰だって」
「なるほど。ではレクス殿下もどうかお気をつけくださいね」
「ありがとう、心配してくれて」
レクスはそこで少しほほえみを見せたが、すぐまた真面目な調子に戻って続けた。
「イエスズメというのはどこにでもいるから、特に諜報の道具として使われやすい。警戒しておいて損はないし、明日にでも城の魔法使いを呼んで捕らえてもらおう」
「それが良いかもしれませんね」
操られていない普通の鳥だとしたら捕らえるなんて可哀想だが、レクスの身に危険が生じるかもしれないと思うと放ってはおけないと思った。
そうして次の日、城からさっそく宮廷魔法使いがやってきた。王族からの信頼厚いその老年の男性魔法使いは、学園の敷地内を見て回って、午前のうちに怪しいイエスズメを発見したらしい。
「エステルさんのいる教室が見える位置に、小鳥がとまっているのが見えました」
昼になり、レクスに呼び出されたエステルは、彼と一緒に空き教室で宮廷魔法使いの話を聞く。
「捕まえられたか?」
レクスは珍しく焦っている様子で尋ねたが、魔法使いは首を横に振った。
「私に気づくとすぐに逃げてしまいましたので。しかし捕まえることにあまり意味はありません。捕らえたところで、その鳥を操っている犯人を特定するのは難しいですから。ただ私は、怪しい小鳥が本当に怪しいかどうかを見るためここに来たのです」
「それでどうだった? お前から見ても怪しかったか?」
レクスは答えを催促するように早口で質問する。宮廷魔法使いはそんなレクスを物珍しそうに見た後、ちらりとエステルに視線を移し、そしてまたレクスを見て言った。
「ええ。鳥は魔力をまとっていました。魔法使いによって操られているのはほぼ確実です」
その答えに顔をこわばらせたのは、エステルよりもレクスの方だった。
一方、魔法使いは緊迫した様子もなく落ち着いて続ける。
「けれど宮廷魔法使いのローブを着た私のことを鳥は目に映しましたので、犯人も私が学園に来たことを知ったでしょう。今後は警戒して鳥を送ってくるようなことはしなくなると思います」
「しかし犯人が分からないままなのはすっきりしない。犯人を捕まえる良い魔法はないのか?」
「そんな万能の魔法はございません。情報を探られるくらい、レクス殿下のお側にいるなら日常茶飯事と思ってエステルさんには諦めていただくしかないでしょう」
「ええ、私は別に……」
エステルは控えめに言った。家でリラックスしているところまで覗かれるのは嫌だが、庶民のエステルは特に重要な情報なんて持っていないし、学園で過ごしている姿を観察されても困ることはない。
けれどレクスは不満そうな顔をしているので、宮廷魔法使いはこう提案した。
「しばらくは学園に私の操る鳥を放っておきましょう。学園では殿下の警備も手薄になりますからね。殿下やエステルさんに万が一にも危険が及ばぬように」
そんなことを話した翌日、学園に登校すると、どこにいても目を引くカラフルな鳥が木の枝に佇んでいた。大型のインコといった感じで、赤や黄色、緑が混ざった派手な体色のせいで、エステル以外の生徒たちもすぐに存在に気づいていた。
「あれが宮廷魔法使いの方が操っている鳥でしょうか? この辺りでは見たことのない種類の鳥ですが」
昼食時に、食堂でテラス席を占領しているカラフルな鳥を見てエステルは言う。鳥はテーブルの上に乗っていて、他の生徒は見慣れぬ鳥を怖がってテラスに出ていない。
レクスは頷いて答えた。
「そうだ。南の異国から持ち込まれた鳥で、昨日の魔法使いが長年飼育しているんだ」
「とっても目立っていますけど、いいのでしょうか?」
困ったように眉を下げて尋ねると、レクスは安心させるようにこう言ってきた。
「問題ないよ。目立つ鳥を使うことで、良からぬことを企んでいる者に『学園内は監視しているぞ』と警告しているんだよ」
「ああ、なるほど」
そうすれば確かに犯人も諦めるかもしれない。実際今日はまだイエスズメだったり、他の怪しい鳥は見ていない。
このまま情報収集やそれ以外の犯罪行為をやめてくれればいいのだけど、と、レクスの身の安全のためにエステルは願ったのだった。
それから二日後。
(王族って本当に大変そうだわ。学校でも誰だか分からない相手から監視されて、友人も含めて情報収集されてしまうなんて)
竜舎の掃除を手伝った後、寮へと戻る短い道すがら、エステルは真っ赤な夕日を眺めつつ考えた。
ここ二日ほどレクスは放課後竜舎には来ておらず、忙しいらしい。不審な鳥が現れたことで、宮廷魔法使いや騎士たちと警護のことで話をしているのかもしれない。
(こういうことには慣れていらっしゃるかもしれないけど、きっと少しは怖い気持ちもおありになるんじゃないかしら)
今日は風が強いので、エステルは長い髪を押さえながら考える。犯人の目的は不明だし、もしかしたら暗殺のための情報収集だったという可能性もある。そう考えるとレクスも不安だろう。
実際、この前宮廷魔法使いが学園にやってきた時、レクスは焦った様子を見せて犯人を捕まえたがっていた。
「レクス殿下が不安なく過ごせるようになればいいのに」
不安や心配を自分が取り除けたらと思うが、ろくに魔法も使えないのに出しゃばるべきではないとも思う。
「そうだ! ナトナがいれば……!」
ハッと思いついて立ち止まり、エステルがナトナを呼ぶと、透明になっていたナトナが足に擦りついてきた。ふわふわのその感触を頼りに抱き上げると、黒い仔狼が姿を現す。
なぁに? と言うように小首を傾げているナトナにエステルは言う。
「ナトナ、レクス殿下としばらく一緒に行動してみない? 私が子供の頃、一人ぼっちで寂しかった時も不安な時もナトナが側にいてくれて安心できたもの。殿下もナトナと一緒にいればきっと癒やされるし、ホッとできるかも。精霊だから普通の子犬を側に置くより頼りになるし」
しっかり話が通じているかは分からないが、ナトナは笑ってしっぽを振っている。レクスのことを嫌ってはいないので、お願いを聞いてくれるかもしれない。
「どうかレクス殿下を癒やして、守ってほしいの」
エステルが真剣に頼むと、ナトナは短く鳴いて了承してくれたようだった。
「いいの? ありがとう!」
しかしエステルが抱いているナトナをぎゅっと抱きしめたところで、ナトナのしっぽの動きがぴたりと止まった。
「ナトナ?」
抱きしめるのをやめて表情を確認すると、エステルの後方へじっと顔を向けたまま耳をピンと立てている。
見知らぬ人に警戒しているような様子だったので、通行人でも来たのかとエステルが振り返ると、そこには風にたなびく黒いローブをまとった魔法使いらしき男が立っていた。
ただの通行人なのかよく分からなかったので、エステルは男を警戒しつつも会釈して道の端に寄る。ナトナもまだ相手を敵とは認識しておらず、吠えることはない。
「エステル・ドール。お前に用がある」
男は年齢三十歳前後くらいで、ローブのフードを被っていて見にくいが、短い黒髪に、若干目つきの鋭い顔立ちをしている。そして一般人ではなさそうなすさんだ雰囲気をまとっていた。
急に名前を呼ばれて息を呑んだエステルに、男は淡々と言う。
「悲鳴は上げるなよ。助けに来たやつを殺す手間がかかる」
そう言われてエステルは反射的にグッと唇を閉じた。殺すという単語が出たことでこの男が良い人間ではないことがはっきりし、ナトナを抱く手に力がこもる。
「な、何のご用ですか……?」
震える声で尋ねると、エステルの怯えっぷりを嘲るような笑いをわずかに漏らした後、不穏な低い声で答えた。
「何の用かは後で教えてやる。今は大人しく俺について来い。ついてこなければロメナを殺す」
しばらく会っていない義姉の名前を出されて、エステルは一瞬思考が止まってしまった。
「ロメナ? ロメナがどうして……」
彼女は母親のマリエナと一緒に王都を出ていったはずだ。今は遠い辺境の町にいると聞いている。
それがどうしてこの怪しい男に捕まって、人質のようになっているのか。
散々自分をいじめてきたロメナのことは好きではないが、殺されたって構わないと見捨てることもできず、エステルは冷や汗をかきながらも男の要求に従ったのだった。
木の板が敷かれたテラスには四つのテーブルセットが置いてあり、秋の風が気持ち良い今日は、そのうち三つが埋まっている。
そして誰も座っていない椅子の背もたれには小鳥がとまっているのが見えた。この前図書室の窓からも目撃したイエスズメだ。
「あ、あの鳥……」
雑音の多い食堂でも、エステルのその呟きをレクスは聞き逃さず拾ってくれた。
「鳥? 鳥がどうかした?」
「あ、いえ……最近よく見かけるなと思っただけなんです」
エステルの視線を追ってレクスもテラスを見た。イエスズメもこちらを見ているように感じたが、今は毛繕いに夢中になっている。
最初に図書室の外にいるのを見かけた後も、登下校時や教室を移動する時など、毎日一度はこの鳥を見かけている。
ありふれた鳥なので違う個体かもしれないが、体色からエステルが見かけたのは全てメスであることは確かだ。
「きっと食事のおこぼれがもらえると思ってあそこにいるのね。学園のどこかに巣があるのかしら?」
テラスを見て言うリシェに、エステルはこう返す。
「確かに学園を根城にしていそうですね。ただ、もう繁殖の時期は終わっているのでちゃんとした巣はないかもしれませんし、周りに家族もいないので一人で生活しているのだと思います」
エステルはちょっと心配しながら言った。地味なイエスズメのメスは自分と通じるところがあって、親近感を持ってしまうのだ。
「これから寒くなってくるとイエスズメは群れを作るようなので、あの子も仲間と出会えたらいいのですが」
「繁殖の時期とか群れを作るとか、エステルはイエスズメに詳しいのね」
リシェに言われて、エステルは照れたように肩をすくめた。
「気になって本で生態を調べたんです」
身近な鳥すぎて逆に興味を引かれないのか意外と情報は少なく、大して知識はつけられなかったが。
けれどそんなエステルにリシェは明るく言う。
「気になったものをすぐに調べるなんて、エステルは幼い子供みたいね!」
「確かにそうですね」
エステルも自分で笑ったが、リシェはハッとレクスの方を見た後、エステルに視線を戻して慌てて言う。
「ごめんね、悪く言いたいわけじゃないのよ! 子供みたいに純粋に色々なものに興味を持って調べようとしているんだなと思って」
エステルもレクスの方を見たが、レクスは静かに食事を進めている。何故リシェが慌てたのか分からないが、こう答えた。
「実際に子供だった時には何かに興味を持っても調べられなかったですし、誰かに答えてもらえることもありませんでした。だから今、遅れて色々なことを調べちゃうんだと思います」
ちょっとだけしょんぼりした声で言うと、場の空気もしんみりしてしまった。するとリシェはまたちらりとレクスを見た後、「わざとじゃないったらぁ」と困ったように呟いたのだった。
そしてその二日後、エステルが放課後に竜舎の掃除をしていると、またあのイエスズメが窓辺にいるのに気づいた。今回は目が合うとすぐに飛んでいってしまったが、エステルは換気のために開けられたままの窓を見ながら呟く。
「またあの子」
ドラゴンたちは放牧地に行っていてここにはおらず、調教師のリックは外で桶を洗っている。けれどエステルのそばで掃除を手伝ってくれていたレクスは、呟きに気づいて箒を持つ手を止めた。
「どうしたの?」
「いえ、またイエスズメを見かけたので。そこの窓にとまっていたんです。結構近くまで来ていたので、もしかしたら一人で寂しいのかもしれませんね」
エステルはあのイエスズメと自分を重ねていたのでそう思った。友達が欲しくて人に近づいてきていたのかもしれないと。
しかしレクスはエステルの見方に懐疑的だ。
「野生の鳥が餌付けもなしに人に近づいてくるかな。エステルはあの鳥をよく見かけるんだったね?」
「はい。昨日も帰りに見かけました。レクス殿下はあまり見かけませんか?」
「この前、エステルと食堂にいる時に見ただけだよ」
そう言いながらレクスが難しい顔をして何かを考えている一方、エステルはふと思いついて言う。
「もしかしたらあの鳥はナトナを気にしているのでしょうか? 透明になっていても動物は精霊の気配を感じるとか? そうであればよく私の方を見ているのも納得です ナトナ! いるの?」
呼びかけると、ナトナは竜舎の端の方で姿を現した。真新しい藁の山に上って遊んでいたところだったようだ。思ったより離れた位置にいたので、さっきの鳥はナトナの気配を気にしていたわけではないのかもしれない。
「よく私の方を見ている? あの鳥に見られていると感じるのか?」
レクスがやけに深刻そうな顔をして尋ねてくるので、エステルもちょっと怖くなりながら答える。
「はい、感じます。気のせいかもしれませんけど……」
数秒沈黙した後で、レクスは難しい表情をしたまま続けた。
「鳥というのはよく諜報の道具として使われるんだ。魔法で操ってね。私はそういうものを常日頃から警戒しているから考え過ぎかもしれないけど、一応注意した方がいいと思う」
「諜報? ……あの、でも、私の情報なんて集めてどうするんでしょうか? レクス殿下のことを調べているなら納得できますが」
「確かに狙われているのは私かもしれない」
レクスは片手を顎に当てて考えながら言う。
「本当のターゲットは私で、エステルは私とよく関わっているから調べられている可能性はある。貴族ではないのに最近王子の近くにいるあの子は誰だって」
「なるほど。ではレクス殿下もどうかお気をつけくださいね」
「ありがとう、心配してくれて」
レクスはそこで少しほほえみを見せたが、すぐまた真面目な調子に戻って続けた。
「イエスズメというのはどこにでもいるから、特に諜報の道具として使われやすい。警戒しておいて損はないし、明日にでも城の魔法使いを呼んで捕らえてもらおう」
「それが良いかもしれませんね」
操られていない普通の鳥だとしたら捕らえるなんて可哀想だが、レクスの身に危険が生じるかもしれないと思うと放ってはおけないと思った。
そうして次の日、城からさっそく宮廷魔法使いがやってきた。王族からの信頼厚いその老年の男性魔法使いは、学園の敷地内を見て回って、午前のうちに怪しいイエスズメを発見したらしい。
「エステルさんのいる教室が見える位置に、小鳥がとまっているのが見えました」
昼になり、レクスに呼び出されたエステルは、彼と一緒に空き教室で宮廷魔法使いの話を聞く。
「捕まえられたか?」
レクスは珍しく焦っている様子で尋ねたが、魔法使いは首を横に振った。
「私に気づくとすぐに逃げてしまいましたので。しかし捕まえることにあまり意味はありません。捕らえたところで、その鳥を操っている犯人を特定するのは難しいですから。ただ私は、怪しい小鳥が本当に怪しいかどうかを見るためここに来たのです」
「それでどうだった? お前から見ても怪しかったか?」
レクスは答えを催促するように早口で質問する。宮廷魔法使いはそんなレクスを物珍しそうに見た後、ちらりとエステルに視線を移し、そしてまたレクスを見て言った。
「ええ。鳥は魔力をまとっていました。魔法使いによって操られているのはほぼ確実です」
その答えに顔をこわばらせたのは、エステルよりもレクスの方だった。
一方、魔法使いは緊迫した様子もなく落ち着いて続ける。
「けれど宮廷魔法使いのローブを着た私のことを鳥は目に映しましたので、犯人も私が学園に来たことを知ったでしょう。今後は警戒して鳥を送ってくるようなことはしなくなると思います」
「しかし犯人が分からないままなのはすっきりしない。犯人を捕まえる良い魔法はないのか?」
「そんな万能の魔法はございません。情報を探られるくらい、レクス殿下のお側にいるなら日常茶飯事と思ってエステルさんには諦めていただくしかないでしょう」
「ええ、私は別に……」
エステルは控えめに言った。家でリラックスしているところまで覗かれるのは嫌だが、庶民のエステルは特に重要な情報なんて持っていないし、学園で過ごしている姿を観察されても困ることはない。
けれどレクスは不満そうな顔をしているので、宮廷魔法使いはこう提案した。
「しばらくは学園に私の操る鳥を放っておきましょう。学園では殿下の警備も手薄になりますからね。殿下やエステルさんに万が一にも危険が及ばぬように」
そんなことを話した翌日、学園に登校すると、どこにいても目を引くカラフルな鳥が木の枝に佇んでいた。大型のインコといった感じで、赤や黄色、緑が混ざった派手な体色のせいで、エステル以外の生徒たちもすぐに存在に気づいていた。
「あれが宮廷魔法使いの方が操っている鳥でしょうか? この辺りでは見たことのない種類の鳥ですが」
昼食時に、食堂でテラス席を占領しているカラフルな鳥を見てエステルは言う。鳥はテーブルの上に乗っていて、他の生徒は見慣れぬ鳥を怖がってテラスに出ていない。
レクスは頷いて答えた。
「そうだ。南の異国から持ち込まれた鳥で、昨日の魔法使いが長年飼育しているんだ」
「とっても目立っていますけど、いいのでしょうか?」
困ったように眉を下げて尋ねると、レクスは安心させるようにこう言ってきた。
「問題ないよ。目立つ鳥を使うことで、良からぬことを企んでいる者に『学園内は監視しているぞ』と警告しているんだよ」
「ああ、なるほど」
そうすれば確かに犯人も諦めるかもしれない。実際今日はまだイエスズメだったり、他の怪しい鳥は見ていない。
このまま情報収集やそれ以外の犯罪行為をやめてくれればいいのだけど、と、レクスの身の安全のためにエステルは願ったのだった。
それから二日後。
(王族って本当に大変そうだわ。学校でも誰だか分からない相手から監視されて、友人も含めて情報収集されてしまうなんて)
竜舎の掃除を手伝った後、寮へと戻る短い道すがら、エステルは真っ赤な夕日を眺めつつ考えた。
ここ二日ほどレクスは放課後竜舎には来ておらず、忙しいらしい。不審な鳥が現れたことで、宮廷魔法使いや騎士たちと警護のことで話をしているのかもしれない。
(こういうことには慣れていらっしゃるかもしれないけど、きっと少しは怖い気持ちもおありになるんじゃないかしら)
今日は風が強いので、エステルは長い髪を押さえながら考える。犯人の目的は不明だし、もしかしたら暗殺のための情報収集だったという可能性もある。そう考えるとレクスも不安だろう。
実際、この前宮廷魔法使いが学園にやってきた時、レクスは焦った様子を見せて犯人を捕まえたがっていた。
「レクス殿下が不安なく過ごせるようになればいいのに」
不安や心配を自分が取り除けたらと思うが、ろくに魔法も使えないのに出しゃばるべきではないとも思う。
「そうだ! ナトナがいれば……!」
ハッと思いついて立ち止まり、エステルがナトナを呼ぶと、透明になっていたナトナが足に擦りついてきた。ふわふわのその感触を頼りに抱き上げると、黒い仔狼が姿を現す。
なぁに? と言うように小首を傾げているナトナにエステルは言う。
「ナトナ、レクス殿下としばらく一緒に行動してみない? 私が子供の頃、一人ぼっちで寂しかった時も不安な時もナトナが側にいてくれて安心できたもの。殿下もナトナと一緒にいればきっと癒やされるし、ホッとできるかも。精霊だから普通の子犬を側に置くより頼りになるし」
しっかり話が通じているかは分からないが、ナトナは笑ってしっぽを振っている。レクスのことを嫌ってはいないので、お願いを聞いてくれるかもしれない。
「どうかレクス殿下を癒やして、守ってほしいの」
エステルが真剣に頼むと、ナトナは短く鳴いて了承してくれたようだった。
「いいの? ありがとう!」
しかしエステルが抱いているナトナをぎゅっと抱きしめたところで、ナトナのしっぽの動きがぴたりと止まった。
「ナトナ?」
抱きしめるのをやめて表情を確認すると、エステルの後方へじっと顔を向けたまま耳をピンと立てている。
見知らぬ人に警戒しているような様子だったので、通行人でも来たのかとエステルが振り返ると、そこには風にたなびく黒いローブをまとった魔法使いらしき男が立っていた。
ただの通行人なのかよく分からなかったので、エステルは男を警戒しつつも会釈して道の端に寄る。ナトナもまだ相手を敵とは認識しておらず、吠えることはない。
「エステル・ドール。お前に用がある」
男は年齢三十歳前後くらいで、ローブのフードを被っていて見にくいが、短い黒髪に、若干目つきの鋭い顔立ちをしている。そして一般人ではなさそうなすさんだ雰囲気をまとっていた。
急に名前を呼ばれて息を呑んだエステルに、男は淡々と言う。
「悲鳴は上げるなよ。助けに来たやつを殺す手間がかかる」
そう言われてエステルは反射的にグッと唇を閉じた。殺すという単語が出たことでこの男が良い人間ではないことがはっきりし、ナトナを抱く手に力がこもる。
「な、何のご用ですか……?」
震える声で尋ねると、エステルの怯えっぷりを嘲るような笑いをわずかに漏らした後、不穏な低い声で答えた。
「何の用かは後で教えてやる。今は大人しく俺について来い。ついてこなければロメナを殺す」
しばらく会っていない義姉の名前を出されて、エステルは一瞬思考が止まってしまった。
「ロメナ? ロメナがどうして……」
彼女は母親のマリエナと一緒に王都を出ていったはずだ。今は遠い辺境の町にいると聞いている。
それがどうしてこの怪しい男に捕まって、人質のようになっているのか。
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