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星が降る夜(2)

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 少年は腰を抜かしてこちらを見上げたまま、ハァハァと息を切らせている。驚きで目はまん丸になっていたが、思ったより冷静な反応かもしれない。もっと怖がられて悲鳴を上げられるかと思ったのに。

(いや、怖過ぎて声も出ないのかな?)

 そこにいるだけで相手に恐れを抱かせてしまうなんて、すごい猫だ私は。
 体の大きさは自慢でもあるので、私はフフンと得意になりながらも、この場から去ることにした。私がどこかへ行かないと少年は立ち上がることもできないだろうし。
 
「……クロ?」

 しかし意外なことに、去ろうとする私に少年は声をかけてくる。
 クロって何だ? 私はそんな名前じゃないよ。

「クロ! クロなの!? こんなに大きくなって……! ぼくだよ、覚えてる? ロキだよ!」

 何? 知らないよ。クロもロキも知らないよ。
 少年のことは記憶にないし知り合いではなかったので、私は再びこの場から去ろうとした。が、そこで少年の後ろから緑色の小さなおじさん――ゴブリンが棍棒を振り上げて走ってきた。
 どうやら少年はこのゴブリンに追いかけられて森を逃げ回っていたらしい。

(ゴブリンくらい倒しておいてあげるか)

 私は少年に覆いかぶさるようにヌッと体を動かすと、背後からやって来たゴブリンを猫パンチでやっつけた。重い一発を受けたゴブリンは、「ンブッ」とくぐもった声を出して気絶する。

「ハァ、ハァ……」

 まだ息が整わないらしい少年は、驚いた表情のまま倒れたゴブリンを見て、そしてまた私を見上げた。

「……きみ、靴下を履いてるみたいに足の先が白いんだね」

 大きく息を吐いて深呼吸してから、少年は話し出す。

「胸にも三日月模様があるし、クロとは別の猫なんだね……。クロは全身真っ黒だったから。でも助けてくれてありがとう」

 少年はちょっと残念そうに言う。前に黒猫でも飼ってたのかな。

「きみ、魔物? でも魔物ならもっと凶暴だよね? 幻獣かな」
 
 少年はそっと私の前足を撫でて言う。子供だからか柔軟で、私という未知の生物を受け入れるのが早い。
 たぶんもともと猫とか動物が好きなのか、少年が私を見る瞳には好奇心とわくわくも滲んでいた。

 しかし改めて見ると、少年――ロキって言ってたな――はかなり粗末な服を着ている。元々は白色だったんだろうけど変色してるし、裾はほつれてボロボロだしさ。足は裸足で傷もあるし、顔立ちは綺麗なのに、肌にもあちこち汚れがついてるよ。伸びた髪はボサボサで手入れしてないし、私が毛づくろいしてあげたいくらい。親はどこにいるの?

「ミャーン」

 心配して尋ねるが、ロキは「ふわふわだぁ!」とか言いながら私に抱き着いてくる。のんきだな。

(この森は危ないんだよ。君みたいなちっちゃい人間はすぐ死んじゃうよ)
 
 助ける義理はないけど、ハロルドの家がすぐ近くにあるのでとりあえずそこまで連れて行くことにした。ロキのことはハロルドに丸投げしよう。

「どこ行くの? 待って」

 私が歩き出すとロキも後をついてくる。そうしてしばらく歩くと、すぐにハロルドの家が見えてきた。
 ハロルドは麦わら帽子を被って家の周りの草むしりをしているようで、こちらに背を向けていて私たちには気づいていない。

「家がある。こんな森の中に人が住んでるんだ」

 遠くからハロルドとハロルドの家を見て、ロキが呟く。

「ミー」

 あっちに行って助けてもらえば? と私は顎でハロルドのいる方を指す。ロキはハロルドを見て安心したり喜んだりするかと思ったが、予想外の反応を示した。

「こっちに行こう。見つかりたくない」

 ロキは来た道を引き返していく。

(えー? 森で遭難してたんじゃないの? 助けてもらわなくていいの?)

 私は戸惑いつつ、今度は森の外へ連れて行ってみた。しかしロキはそこでもまた森へと引き返し、人間の住む場所へ帰っていくことはなかった。

(遭難してたんじゃなく、自分の意思で森に入ってきたの?)

 もしかして星を取りに来たのかなと思ったが、そんな様子でもない。私が色々と疑問に思っていると、ロキの方から話し出した。

「もしかしてきみ、ぼくを家に帰そうとしてくれてるの?」
「ミャア」
「ありがとう、優しいんだね。でもぼくは家には帰らない。人間の住む町にも戻らないよ。ぼくはここで一人で生きていくんだ」

 やっぱり遭難してたんじゃないらしい。でもロキは独り立ちするにはちょっと早いんじゃない?
 
「ぼくね、人間と竜人のハーフなんだ。お母さんが人間でお父さんが竜人。でもお父さんには会ったことない。ぼくが生まれる前に、逃げるようにドラグディアに帰っちゃったみたい。お母さんのこと別に愛してたわけじゃないらしいんだ」

 動物でも、種によってオスは子作りだけしていなくなっちゃったりするけど、人間はたぶん男の人も一緒に子育てしないといけないんだよね。なのにいなくなっちゃうなんて勝手だなぁ。
 
「お母さんはお父さんのことが好きだったみたいだけど、結婚せずに逃げたお父さんのこと、すぐに憎むようになった。お父さんの血を引くぼくのこともずっとうっとおしがってたよ」

 ロキは足を止めたまま、淡々と話し続ける。

「それでも赤ちゃんの時は角がなかったから、気味悪がられたりはしなかった。でも段々片方だけ角が生えてきたから、お母さんは本当にぼくを嫌いになったみたい。お父さんを思い出して腹が立つんだって」

 お父さんもお母さんも勝手だな。ヤな人間だ。

「ぼくたちが住んでたのは小さな村だったから、周りの人たちにもぼくが竜人とのハーフだってすぐにバレちゃった。それでみんなぼくを嫌った。人間には角がないから、やっぱり気味が悪いみたい」

 えー? 角があるっていう、それだけで嫌われるの? 毛むくじゃらで四つ足で歩く私はどうなるの?

「だからぼく、この森に来たんだよ。星降る森には奇妙な生き物がたくさんいるって村の人が話してるのを聞いたことがあって、だったらぼくもそこに住んだ方がいいんじゃないかと思って、ちょっと遠かったけど一人で歩いてきたんだ。村にいても誰もぼくのことなんか愛さないしね」

 悲しいこと言うなぁ。
 でもまぁ一人っていうのも良いものだよ。自由だし、誰かに嫌われることもないからね。この森は、森を大きく破壊する者以外は誰のことでも受け入れるし、角があるかどうかなんて関係ない。
 問題はロキが非力ってことだけだ。竜人の血を継いでいるとはいえ、おそらくろくな物を食べてこなかったせいで体は棒切れみたいに細いし、力はありそうにない。まだ子供だし、魔物や悪い幻獣、妖精と出会ったら生き伸びられないだろう。

(じゃあやっぱり森から出て行かせた方がいいのかな。でも本人が帰りたくないって言ってるしな)

 どうするのがロキにとって一番良いのか分からない。五分くらい頑張って考えたけどやっぱり正解が出ないので、結局考えることは放棄して気ままな散歩を続けることにした。

「そっちに行くの? ぼくも一緒に行く」

 ロキもついて来たけど、それも彼の自由だ。私は猫だしロキのお世話はできないけど、ロキが一緒にいたいって言うならいてあげてもいい。

「一人で生活していくつもりだったけど、変な生き物に襲われるし、夜とかも真っ暗で怖くて、寂しくてさ……」
「ミャアー」

 私は寂しいっていう気持ちはまだよく分からないな。親もいないけど、別に欲しいとは思わないし。

「きみも一人なの? 親は?」
「ミー」
「いないんだったらぼくと一緒だね」

 でも私は最初から親がいなかったから、ひどい扱いを受けることもなかったよ。
 ロキは歩きながら私の体を撫でつつ言う。

「ぼく、昔、猫を拾ったことがあって。黒猫だったからクロって呼んで可愛がってたんだけど、お母さんが猫にあげるごはんなんてないって言って、どこかに捨てちゃったんだ。だからきみを見た時、クロが大人になってぼくに会いに来てくれたのかと思った」

 そのクロは普通の猫だろうから、大人になっても私ほど大きくはならないと思うよ。

「ぼく、動物は好きだよ。動物はぼくに角が生えてても気にしないもん」

 そう言ってロキは右側にだけ生えている暗い灰色の角を撫でた。少し湾曲していて小さくて、先が欠けた傷だらけの角だ。
 私がその角をじっと見ると、ロキは隠すように手のひらで角を包んだ。

「角の先は、お母さんに折られちゃったんだ。お母さんはぼくの角を嫌ってたから、時々石で叩いて角を折ろうとするんだよ。だから先が欠けちゃったし、傷だらけになっちゃった」

 えー、こわ。お母さんこわー。
 逃げてきて正解だよ。自分の母親だろうと、傷つけてくるなら別々に暮らした方がいい。人間は数が多いんだから、他に優しくしてくれる人を見つけてもいいしさ。
 
「ミャーン」

 ロキに同情した私は、近くにあった木までトトトと走っていって、そこに生っているナシみたいな果物を前足で指した。
 これ、食べな。

「あ、果物だ。ぼくが貰っていいの?」

 いいよ、食べな。
 しかしロキの身長ではナシに手が届かなかったので、私が前足でバシバシ叩いて落としてあげた。

「ありがとう」

 叩き落としたからナシは半分くらい崩れてしまったけど、ロキは嬉しそうにそれを口にした。

「うん、美味しい。この森は果物がたくさん生ってるし、餓死する心配はしなくてもよさそうだね」


 それから私たちは一緒に時間を過ごした。森を歩いて、遠くに見えるシカの群れを観察したり、ロキが木にとまっていたクワガタを獲って喜んだり、走って逃げるキノコの姿をした妖精を二人で追いかけたりした。
 そしてロキは私の胸の三日月模様を見て、私のことを「三日月」と名付けた。まぁいつものことだ。

 丸二日そうやって共に過ごして、夜は巨大な古木の根元で一緒に丸くなって眠って、私たちは結構仲良くなった。
 特にロキの方が私にとても懐いたので、やっぱり寂しいんだと思う。子供だし、一人で生きていけるほど強くはないのだ。
 
(だったらやっぱり森を出た方が良いと思うなぁ)

 この森にいれば心が傷つくこともないけど、私以外にロキを受け入れてくれる誰かと出会える可能性もなくなるわけで。人間はたくさんいて性格もバラバラだから、全員がロキを嫌うとは思えないんだよね。

「お母さんはどうしてぼくを産んだんだろう?」

 昨晩、ロキは私に体を預けて横になりながら、眠りに落ちる前にそんなことを呟いていた。

「産んでほしいって頼んだわけじゃない。嫌われるなら、ぼくだって生まれてきたくなかった」

 ロキの声は寂しげで、聞いていて胸の辺りがきゅっとなった。

「ぼくみたいに、この世界の誰からも愛されてない人っているのかな」
「ミャン」

 そんな悲しいこと言わないで、と思わず返事をした。
 あのね、異常に大きな子猫である私でさえ、リセやハロルドは優しくしてくれるんだよ。ちょっと角が生えてるだけのロキのことだって、愛して優しくしてくれる人はいるに決まってるよ。
 しかもロキはまだ子供で、生きてきて出会った人間も数えるほどでしょ。お母さんと小さな村の住民たちだけだ。なら、もっとたくさんの人に会ってみたらいいのに。たくさんの人に会ったら傷つくこともあるかもしれないけど、優しさに触れることもあるよ。
 第一すでに私がいるんだから、ロキが世界の誰からも愛されてないってことはないじゃん。
 
「ミャウミャウミャァアウ、アウミャウ」

 怒涛の反論を伝えようと一生懸命ミャウミャウ鳴く。

「何言ってるか分かんないよ」

 ロキは少し笑ってそう呟いていた。

 そして今日、私はロキを連れて森の中にある大きな泉に来た。ここはこの前、竜人やドラゴンたちと出会った泉なので、ここで待っていればいつかまたレオニートたちがやって来るんじゃないかと思ったのだ。
 角があるせいで人間たちに受け入れてもらえないのなら、竜人の国に住めばいいんじゃないかと私は考えた。竜人ならみんな角があるしね。

 ただ問題はロキには角が一本しか生えてないことだ。竜人はみんな二本なのに一本しかないとそれはそれで嫌われたりするんだろうか? そんな些細なこと気にしないと思いたいけど、零本の人間が一本のロキを嫌うなら、二本の竜人が一本のロキを受け入れないってことも有り得る。

(ムズカシー)

 もう、嫌になっちゃう。人間社会難しいよ。
 私が泉のほとりの原っぱにごろんと横になって動かなくなると、ロキは「生き倒れてるみたい」と言って、何が面白いんだかよく分からないけど笑っていた。

「綺麗な水だ。体を洗おうかな」

 次にロキは泉を覗き込むと、深さを確認し、服を脱いでから水に入る。そして体や髪を洗い始めた。人間は毛づくろいする代わりにそうやって体を綺麗にするのか。
 
「冷たい。慣れてるけどさ」

 独り言を言って体をこすっているが、あまり綺麗になっていないように見える。
 そして適当に全身を洗うと、水から上がって、裸のまま仰向きで私の隣に寝転がる。体はまだびしょ濡れで、水が滴っていた。

「地面があったかい。今が春でよかった」

 この森はいつでも春みたいに暖かいんだよ。
 私は起き上がると、空を見上げた。晴れた青い空には雲がいくつか見えるだけだ。

(レオニートたち、来ないかなぁ)

 レオニートは王様で暇じゃないし、数日、いや何か月も待たないと来ないかも。

(いや、でももうすぐ星が降るし、竜人たちも北側の領地で星を拾おうと準備しているに違いない)

 となると、ロキを連れて北へ向かうべきか。そうしたらロキと竜人たちを引き合わせることができる。などと私が珍しく頭を働かせて色々考えている一方、当の本人はのんびり言う。

「ここ、良い場所だね。泉は広くて水は綺麗だし、危険な生き物もいそうにない。いつでも水が手に入るのは助かるし、ぼく、ここに住もうかな? 三日月も一緒に住んでくれる?」

 どうやらロキはここから動く気はなさそうだ。
 ロキを竜人に合わせた方が絶対に良いって確信が持てたら強引にロキを連れていくけど、その自信がないから無理には連れていけない。いざ会わせてみたら竜人たちはロキの存在を拒否した、なんてことになったら可哀想だし。

(うーん……。考えるの疲れちゃった)

 結局私は再び横になり、泉のそばでだらだらと一日を過ごしたのだった。


「はぁ、疲れた」

 日が暮れ、辺りが薄闇に包まれると、ロキは泉のほとりで丸まっていた私の隣に来て、体にもたれかかってくる。桃みたいな果物を採ってきたらしく、手で皮をむいて食べていた。みずみずしく甘い匂いがする。

「結局三日月は何も手伝ってくれないんだもんなぁ」

 ロキはここに家を作ろうとしているらしく、日中はこの近くの森を歩いて家作りに使える素材を探していたのだが、私はもちろん寝ているだけだった。猫に家作りは無理だもん。
 私は体を丸めたまま、ちらりと辺りを見回した。ロキは一日頑張っていたが、家はまだ建っていない。それどころか材料もほとんど集まっていなかった。

「木はたくさんあるけど斧がなきゃ切れないし、道具がないと何もできないや。家どころか、これに火をつけてたき火をすることすら難しいよ」

 ロキはそう言って、たくさん集めてきた細い枝を指さした。

(火か。火ねぇ)

 私はむくりと顔を持ち上げる。
 ロキは桃をかじりながら続けた。

「それでも……家がなくても、火がなくても、実家よりここにいた方がマシだよ。誰にも嫌な感情を向けられないしさ」

 ロキの口調はちょっと寂しそうだった。今言ったことは本音だろうが、人がいないこの森で生活していく心細さみたいなものもあるんだと思う。
 まぁ、斧はドワーフに頼めば手に入る……と言うか、やっぱりハロルドを頼ればたぶんこの森で人間らしい生活ができるように手を貸してくれると思う。
 
(でも、とりあえず火なら私も起こせる)

 家作りは手伝わなかったので、せめてそれくらいはやってあげるかと立ち上がった。

「三日月? え、どこ行くの?」
「ミャウ」

 ちょっと星を探してくるよと、まだ桃を食べている最中のロキを置いて走って森に入る。魔力星を食べれば、私は口から炎を出すことができるようになるからね。
 まだ夜になったばかりのこの時間帯は、早朝に負けず劣らず私は活動的になる。これが真昼間とかだったら面倒だなと思って動かなかっただろうけど、今は元気なので森を駆けて探し回った。
 
 しかし三十分近く探しても、星は一つも見つからない。星を見つけるのが得意な私がこれだけ探せば、普通は一つくらい見つかるのに。
 
(前回星が降ってから半年経つから、さすがに落ちてる星も少なくなってきたのか)

 これは星を見つけるまでにまだ時間がかかるかも。もうすぐ星が降るだろうから、それを待った方がいいかもしれない。
 なんてことを考えて歩いていたら、ちょうどそこで魔力星を見つけることができた。星の気配がした辺りを探してみると、葉の生い茂った木の枝に半透明の紫の石が乗っていたのだ。
 暗い中で見ると、紫色に淡く発光していた。

(あった)

 私は魔力星を食べようと大きく口を開いたが、そこで目の前にあった星はすうっと静かに消えてしまった。星が放つ淡い紫の光が霧散していったかと思うと、星自体も細かい光に変わって宙に溶けていったように見えたのだ。

(ん?)

 星が消えるという初めての経験に驚き、ぱちぱちとまばたきしながら首を傾げる。

(あれ?)

 反対にも首を傾げてみたが、星は戻らない。消えたままだ。

(なぜぇ?)

 せっかく見つけた星を諦められなくて、私はしばらく周辺をきょろきょろと見回して歩き回った。
 だけどやっぱり見つからない。

「ミ……」

 がっかりして肩を落とし、ロキのところへ戻る。たくさん探し回ったのに無駄な時間を過ごした気分だ。

「ミウ~。……ミャ?」

 泉のほとりに帰ると、ロキがそこで自分の膝を抱えて小さくなって座り込んでいた。顔は膝に埋めているので表情は読めない。
 完全に日が沈み、辺りは真っ暗だけど、私は夜でも目が見えるのでロキの様子が見える。

「ミャー」

 ロキの前まで行ってもう一度鳴くと、ロキはパッと顔を上げて涙声で言う。

「み、三日月……っ! よかった、戻ってきた!」

 どうやら泣いていたようで、ロキはボロボロの服の袖で涙を拭っている。

(えー? なんで泣いてるの?)

 びっくりしている私の前足に抱き着くと、ロキは少し恥ずかしそうに説明した。

「自分の寝床に帰っちゃったのかと思った。追いかけようと思ったけど、走って行っちゃったし、暗いし、すぐに見えなくなっちゃってさ。それでここで待ってたんだけど、このまま朝になっても三日月が帰って来なかったらどうしようって考えてたら悲しくなって……」

 それで泣いてたのか。人間の子供って寂しがり屋だなぁ。
 落ち着きを取り戻したロキは、私の足から離れて言う。

「一人って、誰からも嫌われないけど寂しいね。家にいるよりずっと幸せなのに、どうして寂しくなっちゃうんだろ」

 うーん、人間は猫と違って一人では生きていけないからじゃないかなぁ。特にロキみたいな子供は。

「……寝よっか」

 ロキは小さく呟き、地面に仰向きに寝転がる。私はまだ眠くないんだけど、寂しがっているロキを置いて一人で遊ぶのはさすがに気が引けるので、大人しくその場に座って伏せた。

 それからどのくらい時間が経っただろうか。ロキは何か考え事をしているのか、それとも寂しくて不安で眠れないのか分からないが、いつまで経っても寝息は聞こえてこない。
 私も元気過ぎて眠れないので、お腹を天に向けて寝転がり、ゴロゴロウネウネして暇を潰していた。

 空に目をやれば、たくさんの星が小さな光を放っている。金色と紫色の光だ。今日は雲一つない快晴なので、暗い空に星がよく見える。

 しかしずっと星を眺めていたら、少しずつ少しずつ、その星たちが落ちてきているような気がした。
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