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星が降る夜(1)
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眠い。昨晩はたっぷり寝て、さっき起きたばかりなのにどうしてまだ眠いのか。
私は星降る森の中央にそびえ立つ巨大な古木の根元で、まどろみながらそんなことを思った。
体感的に、時刻はそろそろ昼になろうとしているのではないか。でも何でまだ眠いんだ? 早朝に覚醒して一人で大運動会を開催したからか? 薄暗闇の中、目をらんらんとさせて延々とそこら中を走り回っていたからか?
それとも私が猫だからか?
(猫だからか……)
一人で納得して起き上がり、クワッと大きく口を開けてあくびをする。
そして寝起きの毛づくろいを丁寧にした後、爪も研ぎたいなと思ってちらりと古木を見上げた。
この古木の根っこは一つだけくるっと丸まっていて、ちょうどいい感じに私の体がすっぽり収まり、寝心地がいい。ゆえにこの古木には枯れてもらったら困る。
爪とぎするのに最適な大きくて太い木なんだけど、私が毎日爪とぎしてたら傷だらけになって病気になって枯れちゃうかもしれない。
だから私はいつも諦めて他の太い木を探すのだ。
「ミャァウ~」
行ってきまーすと古木に挨拶すると、しっぽを持ち上げ、今日も散歩を開始する。
あー、暇だなー。今日やることって本当に爪とぎくらいしかない。そしてその爪とぎも別に絶対今日やらないといけないわけではないし。
なんて考えていたらその後、早々に太くて大きな木を発見してしまい、爪とぎを終わらせてしまったので、ここからは何の目的もない散歩が始まった。
と、水色と銀色を混ぜたような、金属みたいな質感のトンボが私の前を横切ったので、急いで追いかける。何あれ、格好いい。
しかしメタリックなトンボは背の高い細い木の枝に止まると、そこから動かなくなってしまった。そんな細い木に私は登れないし、手を伸ばしても届かない位置にいる。捕まえたいのに捕まえられない、もどかしい気持ちになる。
「カカカッ」
すると無意識に私の口が小刻みに動き、謎の鳴き声が漏れ出た。自分でも初めて聞いた鳴き声だ。
「カカカッ」
トンボを捕まえたいのに捕まえられない、あそこに見えているのに手が届かないというもどかしさから、この不思議な声が出ているようだ。猫って変なの~。
私が猫である自分の新たな習性に驚いていると、そこで急に全身が光り出した。
(眩しい……! これも猫の何らかの習性!?)
猫って発光するのかと驚いていたら、光はすぐに消えてしまった。そして目を開けると、そこには何故かエミリオとリセ、カイルの遭難三人組がいた。
(あれ? もしかして召喚魔法で呼び出された?)
私がきょとんとしたままお座りしていると、エミリオが笑って言う。
「戸惑ってるね、三日月。いきなり呼び出してごめんね」
「元気だった?」
リセもほほ笑んで尋ねてきた。
三人の後ろには数人の騎士たちがいてこちらの様子を見守っている。さらに周囲にも多くの騎士がいて、この前と同じようにテントを張ってここに滞在する準備をしていた。
(そもそもここどこだ)
近くに小屋があるがそれ以外に建物は何もなく、原っぱが広がっている。しかし後ろを振り返れば星降る森がすぐ近くに見えた。
エミリオたちは東のトルトイに住んでいることを考えると、ここは森の東の端だろう。
改めて三人を見ると、王子であるエミリオはマントをつけて豪華な青い衣装を身に着けており、カイルも青い騎士の制服を着ている。二人ともこの前遭難していた時とあまり変わらない服だが、リセだけは雰囲気が変わっていた。
前に着てたのは使用人の制服だったみたいだけど、今回はスカートの丈が長くなって、少し豪華な感じになっている。とはいえ派手ではなく、エミリオよりは控えめだ。上品で綺麗な印象の、上の服と繋がっている水色のスカートだった。
「私のこと覚えてる? 服装が違うから分からないかな?」
リセは少し不安そうに言って、私の鼻に人差し指を近づけた。
(なになに?)
何で人差し指近づけるの? 気になって嗅いじゃうからやめてよ。鼻の前に何か差し出されると嗅いじゃうんだよ。そういう習性なんだよ。
「ふふ」
フンフンとリセの指先の匂いを嗅ぐと、リセは楽しそうに笑った。猫の習性を知りつくしているリセには、意のままに操られてしまう。
指先の匂いを嗅ぎ終えた私が「ミャン」と鳴いてリセに近づくと、リセは安堵した様子で私の胸元を撫でた。
「よかった、忘れられていなくて」
リセは髪型も前とは違い、美しく結って花の髪飾りをつけていた。より綺麗に見えるし、大人っぽくも見える。
私がリセの髪や服に鼻を寄せてフンフン嗅ぐと、リセは恥ずかしそうに小声で言う。
「私、エミリオ殿下と両想いになってね。本当はもっと地味な格好で良いんだけど、殿下の婚約者という立場だからそんなことも言っていられなくて。それなりに上等で綺麗な服を着ていないと、殿下にも迷惑がかかるから」
私の鼻を撫でながらリセは続ける。
「私は今は色々勉強中なの。この国の歴史や政治のことから、マナーや立ち居振る舞い、音楽や魔法、異国のことまで覚えることがたくさんあって……。でもこうやって勉強させてもらえるのはとても有り難いことだし、嬉しいのよ。私でいいのかって不安になることもあるけど、殿下を支えるって決めたんだから、一生懸命頑張りたいわ。将来の王妃として」
「リセ、僕はもう殿下じゃないよ」
と、そこでエミリオが話に入ってきた。リセはハッとして申し訳なさそうに返す。
「あ、そうでした! ごめんなさい、まだ言い慣れなくて……エミリオ陛下」
「戴冠式をしたの、一昨日だしね」
エミリオはそこで私に向き直って言う。
「父が死んでね、今は僕がトルトイの王なんだ」
戴冠式とか陛下とかって、そういう意味ね。エミリオの立場が変わったんだ。
リセは悲しげに眉を下げてエミリオに言う。
「勝手に召喚されたこともあって、私は正直、先代には複雑な感情を抱いていました……。でもやっぱり残念です。病気で体調が優れないことも知っていましたが、あんなに急に亡くなってしまうなんて」
「そうだね。突然だった」
リセは心から先代の国王の死を悼んでいるようだったが、たぶん殺したの君の婚約者だけどね。絶対に偽物の命星食べさせて殺してるけどね。
まぁ、リセや国民を不幸にするような役に立たない国王だったみたいだから、エミリオに殺されても仕方ないんだろう。
何も知らないらしいリセとは違い、カイルや他の騎士たちは真実を知っていそうだが、きっと誰もエミリオを責めることはなかったはず。
エミリオはリセの手を握って言う。
「でも、これから必ず国は良くなるよ。僕は、君や国民たちが安心して暮らしていける国を作る」
「私も、それをお手伝いできるよう頑張ります」
二人が良い感じに手を取り合っていると、そこでテントの方からシズクが走ってきた。
「理世ちゃーん! ごはんできましたよー! いちゃついてないでごはんの時間ですよー!」
シズク、いたのか。
シズクも相変わらず元気そうだが、服装が前とは違う。繁栄の巫女の地位は捨てて使用人になったからか、前回リセが着ていた地味な使用人の制服を着ている。
「べ、別にいちゃついてないよ」
恥ずかしそうにエミリオの手を離すリセ。エミリオはため息をついてリセに言う。
「やっぱりシズクは城に置いてきた方がよかったんじゃない?」
「いえ……でも静玖ちゃんがいると楽しいですから」
リセは困ったように笑いながら言ったけど、その気持ちは嘘ではなさそうだ。シズクは嬉しそうにリセに抱き着く。
「理世ちゃん! そんなふうに言ってくれるなんて嬉しい!」
「ちょっとシズク。僕の婚約者に気軽に抱き着かないでくれるかな。立場をわきまえてよ」
「エミリオ陛下は口を出さないでください。これは私と理世ちゃんの友情の話なんですから!」
なんか複雑な三角関係ができているけど、楽しそうでよかったよ。
(で、今日は何の用?)
座って自分の手の甲を毛づくろいしながら尋ねると、ちょうどリセが説明してくれた。
「今日はね、この前のお礼をするために三日月ちゃんを呼び出したの」
(お礼!)
私はしっぽをピンと立てて立ち上がった。ミルクか? ミルクくれるのか?
「ミャーン」
「わわっ!」
嬉しくなってとりあえずリセに体をこすりつけたら、リセは私の大きな体に耐え切れずに転んでしまった。力をかけたつもりはなかったんだけど、失礼。
エミリオとシズクが「大丈夫?」と声をかけてリセを助け起こす。
「大丈夫、ありがとう。猫ちゃんにスリスリされるのは大歓迎だけど、三日月ちゃんにされると支えきれないわ」
リセはそう言って笑うと、私の体を撫でた。そしてエミリオは騎士たちに木箱をたくさん持って来させると、それを指さして言う。
「三日月、これが君への礼だ。何がいいか分からなかったから、食べ物にしたよ」
「ミー」
騎士たちによって木箱が開けられると、そこには干し肉や魚が大量に入っていた。こっちの木箱にはチーズもあるし、こっちは何か香ばしくて甘い香りがする。
「それはお菓子だよ。クッキーとかドーナツとか、焼き菓子をたくさん持ってきた」
お菓子か。確かに良い匂いはするけど、それほど食欲をそそられないな。初めて見る食べ物って警戒しちゃうし、これはいらないかな。
干し肉やチーズも、今はあまりお腹空いてないしいいや。
一通り匂いを嗅いだ私がお座りして毛づくろいを再開すると、エミリオは残念そうにこう言う。
「あれ? 気に入らなかったかな。やはりネズミや鳥を捕まえて持ってきた方が三日月は喜んだか」
「ミィー」
ネズミや鳥もいらない、と私はエミリオを見て鳴いた。第一、ネズミも鳥もわざわざ持ってきてもらわなくても星降る森にいるからね。
「鰹節とかあれば三日月ちゃんも喜んでくれたかな? 塩分高くてたくさんはあげられないけど、うちの子ははんぺんも好きだったなぁ」
リセはそう呟いてから、ちょっと照れ臭そうに自分の鞄を持ってくる。そして中からぐちゃぐちゃに丸めた大きな紙を取り出した。
「私からのお礼はこれ。紙を丸めたボールよ」
「理世ちゃん、それは……」
シズクが顔をしかめて紙ボールを見つめる。
「相手は猫と言っても、さすがにゴミをプレゼントするのはちょっと」
「ち、違うよ! ゴミじゃないよ。いや、ゴミだけどゴミじゃないんだって!」
エミリオやカイルも紙ボールを見て「え?」という顔をしていたので、リセはみんなに慌てて説明した。
「何かおもちゃを贈ろうと思ったんだけど、この世界では猫用のおもちゃって売ってなくて……。それにどんなおもちゃを買っても、結局こういうゴミみたいな紙ボールとか、ペットボトルの蓋とか、卵のパックのぴろぴろしたやつとか、おもちゃが入ってた段ボールとか、そういう物の方が気に入って遊んでくれたりするから」
「そうなの? 私なら命を助けたお礼に紙を丸めたやつ貰ったらブチ切れるけど」
「シズクちゃんは猫じゃないから。ちょっと見てて」
リセは私に向き直ると、「三日月ちゃん、いくよ!」と言って紙ボールを投げた。紙ボールは私用に大きめに作ってくれたのか、リセの顔くらいの大きさがある。
ポーンと投げられたそれは、私の足元に落ち、風でカサカサ小さく揺れている。
せっかくリセがくれたんだしちょっと遊んでみるかと、前足でチョイチョイ触る。すると草の上でカサカサ転がっていくので、私はそれを追いかけてまたチョイチョイ触る。
少し強めに紙ボールを叩くと数メートル飛び、私も反射的にジャンプして追いかける。わりと楽しい。
「ほら! 遊んでくれてる」
「確かに食べ物よりも反応がいいね」
リセがホッとしたように言い、エミリオも同意した。この紙ボール、軽いから風が吹くと勝手に転がっていくのが面白いし、地面や草に当たってカサカサ鳴るのもいい。ついその音が気になって手を出しちゃう。
(気に入ったかも)
しばらく夢中になって遊び、ふと気づくとリセとエミリオは地面に布を敷いてそこに座っていた。食事の時間なのか、二人で仲良くご飯を食べながら私のことを見ている。
カイルは二人を護衛するように後ろに黙って立っていて、シズクはどこかに行ってしまっていた。たぶんあっちのテントがいくつかある方にいるんだろう。
私は紙ボールを咥えてリセたちのところにトコトコ戻る。何食べてるの?
「スープとパンと、三日月ちゃんのために持ってきたチーズとお菓子よ」
私が食事に鼻を寄せると、リセが説明してくれた。チーズやお菓子は私がいらないって言ったから自分たちで食べるみたい。
「食べないけど、匂いは嗅ぎたいんだな」
匂いを確認するだけの私にエミリオが言う。見慣れないものとかは、つい嗅いじゃうんだよねぇ。
(ところでリセたちはまだ帰らないの?)
紙ボールを横に置き、私はじっとリセたちを見る。私にお礼を渡しに来たんだと思ってたけど、よく考えたら用事がそれだけなら星降る森の近くまで来る必要ないんだよね。召喚契約してるから、エミリオがお城にいてもそこに私を呼び出せばいいだけだし。
「やっぱり食べたいのか?」
私が見ていたらエミリオにスープを差し出されたけど、プイッと顔をそらした。
「何だよ」
猫の気持ちが分からないエミリオだったが、リセは察しが良く、私にこう言う。
「私たちは森に星が降るのを見に来たのよ」
(星が降る?)
そういえば、そろそろ星が降る時期だ。この森には半年に一度、空から星が降ってくるのだ。
「星が降る光景はとっても美しいからって、陛下が連れてきてくれたの」
「リセにも見せてあげたかったからね。それにどちらにせよ、落ちてきた星を拾うために騎士たちを森へ向かわせなければならないし」
降ってきた直後は、森に星がたくさんあるもんね。
前回星が降ってから半年が経とうとしてる今、人間の足で探せる範囲にはほとんど星は残っていないけど、降った直後に探せば森の端でも星は見つけられる。それを狙ってエミリオは騎士たちをここに待機させているらしい。
「きっと他の国の領地でも、今頃森の外で軍隊が待機しているんじゃないかな。半年に一度のチャンスだからね」
「……でもそうなると、星降る森を囲む五か国だけが星をたくさん獲得できますよね? 森と接していない他の多くの国は星を手に入れられないんでしょうか?」
リセがエミリオに尋ねる。
「いや、ざっと十以上の国に頼まれたから、それらの国から派遣されてきた軍隊には、うちの領地から森に入る許可を出してるよ。軍隊の人数は制限してるから、大挙して押し寄せてくることはないけどね」
「そうなんですね。独り占めしないなんて優しいんですね。星を独占して他国に売ったりすることもできるのに」
「独り占めすると争いになってしまうからね。星降る森と接している国は、それ以外の国から領地を狙われ、戦争を仕掛けられることが多くなるんだ。だから僕は、同盟を組んだ国には、星はある程度分け合った方がいいかなと考えてる」
エミリオは真面目な表情で続ける。
「でも北のドラグディアや、南のジーズゥは星を独占しているみたいだね。他国の人間は一切森に近づけさせないと聞く。そうやって星を独占すれば、星を持っていない他国から攻め込まれても戦いは有利になるし、それも国を守る一つの方法ではあるのかもしれない」
フーン。よく分からないけどやっぱり人間は大変だね。
私は難しい顔をしてエミリオの話を聞きながらも、つい風でカサカサ動く紙ボールを前足で転がして遊んでしまったのだった。
そうしてしばらくリセたちと一緒に過ごした後、私は紙ボールを咥えて森に体を向けた。
「ンー」
紙ボールを咥えているので上手く鳴けないが、リセは気づいてこう尋ねてくる。
「三日月ちゃん、もう帰るの?」
「ンー」
「そう。ずっとここにいてくれたらいいのに」
リセは寂しそうに言って、またふと指先を私の鼻の前に差し出してきた。
何? 何で指を出すの。さっき嗅いだのにまた嗅いじゃうじゃん。
「ふふ」
ボールを咥えたままフガフガ匂いを嗅いでいたら、リセがまた笑った。私で遊んでいるな?
「また会おうね、三日月ちゃん」
「元気で。またな」
リセとエミリオ、それにカイルや他の騎士たちに手を振られて、私は森へと帰っていく。
紙ボールという良い物を貰ってルンルンな私は、そのままあるところへ向かう。前に死闘を繰り広げた木のおじさんのところだ。
「ンンー」
「うおっ、お前か。でかい魔物が来たかとビビったじゃねぇか」
私が木の陰から姿を現すとと、木のおじさんは枝葉を揺らしてビクッとした。
「何しに来たんだよ」
おじさんは眉根を寄せて、ちょっとこちらを睨みながら面倒臭そうに尋ねてくる。
「ミャーン」
私は木のおじさんの目の前で紙ボールを地面に落とすと、それを前足でチョイチョイして遊び始めた。さっきたくさん遊んで満足はしてるんだけどね。
「何してんだ」
木のおじさんは、遊ぶ私の様子をいぶかしげに見ている。木のおじさんを誘うわけでもないのに、何でここで一人で遊び始めたんだって思ってるみたい。
「おい」
ずっと一人遊びをしている私に声をかけてくるおじさん。
私はおじさんの方をチラッと見ると、紙ボールで遊び続ける。
(いいでしょ、これ。リセに貰ったんだ。紙のボールだよ)
そう、私は木のおじさんに紙ボールを見せびらかしに来たのだ。ここに来た目的はそれだけだ。
(私のだよー。いいでしょー)
木のおじさんの方をチラチラ見ながら遊んでいると、おじさんも私の魂胆を見抜いたようだった。
「いや自慢しに来てんじゃねぇ! そもそも全然羨ましくねぇから。ワシはそんなゴミいらないっつーの」
(ほんとは羨ましいくせにー)
「自慢げに遊ぶなって。腹立つ顔しやがって。ワシはそんなもの欲しくないんだって」
木のおじさんを羨ましがらせて気が済んだので、私は紙ボールを置いたまま一旦その場から離れた。
「おい、これどうすんだ! 散々見せびらかして置いてくのかよ」
困惑している木のおじさんと別れた私は、しばらく周囲をうろうろ歩き回る。そして目的のものを見つけると、それをおじさんのところに持って帰った。葉が生い茂っている木の枝を折り、そこに乗せて運んだのだ。
「ンー」
「帰ってきたのかよ。今度は枝を咥えて何するつもりだ?」
最高に面倒臭そうに言う木のおじさんに、私は枝の上に乗せていた命星を渡す。
「え? これ、くれるのか?」
「ミャン」
なかなか星が残ってなくて見つけるのに時間かかっちゃったけど、命星をあげれば木のおじさんは他の生き物を襲わなくて済むからね。
じゃあね、と紙ボールを咥えて去っていく私に、木のおじさんはこう言ったのだった。
「最後に優しさを見せるんじゃねぇ! ……ありがとよ」
その後、私は紙ボールを森の中央にそびえ立つ巨木の根元に置きに行った。寝床に置いておけばまたいつでも遊べるし、なくさないだろう。
(寝床に帰ってきたけどまだ眠くないし、散歩を続けようかな)
トルトイ以外の他の国も、星を拾うために本当に森の外で準備をしているのだろうか?
(ハロルドの家へ寄って、ハロルドと一緒に森の外を見に行ってみよう)
そう考えて森の西へと向かう。森の外で人間と出くわしてもハロルドと一緒ならたぶん攻撃されないだろうし、私一人で行くよりいいかもしれないと思ったのだ。
日が落ちる前にと急いでハロルドの家に向かい、やがて家が近づいてきたところで、私の耳が誰かの足音を聞き取ってピクリと動く。
(前から誰か来る)
足音はそれほど大きくない。私よりずっと小さな二足歩行の生き物が、こちらに走ってくるようだ。
音からして相手は小さいと分かったので、私は特に緊張することなく待ち構えた。するとすぐに荒い息遣いも聞こえてきて、かと思えば木々の間から人間の少年が飛び出してきた。
「――うわぁッ!?」
少年はこちらに駆けてきていたが、私を見るなり驚いて腰を抜かし、後ろに転んだ。人間の年齢を当てるのは難しいけど、十二歳くらいかなぁ? 子供だけど幼い子供ではない。
体はひょろひょろして細く、肩くらいまで伸びた髪は銀色、目は紫色で、頭の右側には一本、灰色の角が生えている。
(あれ? 角があるってことは人間じゃなくて竜人か)
だけど一本しかないのは何でだろう。左の角は折れちゃったのかな? というか、そもそも残っている右の角だって先が折れているし、傷だらけだ。
(何か大変な目に遭ったんだろうな)
角を見ただけで、この少年のこれまでの経験が想像できる。星降る森で魔物に襲われたのか、それとも森の外で誰かに傷つけられたのか。
私は星降る森の中央にそびえ立つ巨大な古木の根元で、まどろみながらそんなことを思った。
体感的に、時刻はそろそろ昼になろうとしているのではないか。でも何でまだ眠いんだ? 早朝に覚醒して一人で大運動会を開催したからか? 薄暗闇の中、目をらんらんとさせて延々とそこら中を走り回っていたからか?
それとも私が猫だからか?
(猫だからか……)
一人で納得して起き上がり、クワッと大きく口を開けてあくびをする。
そして寝起きの毛づくろいを丁寧にした後、爪も研ぎたいなと思ってちらりと古木を見上げた。
この古木の根っこは一つだけくるっと丸まっていて、ちょうどいい感じに私の体がすっぽり収まり、寝心地がいい。ゆえにこの古木には枯れてもらったら困る。
爪とぎするのに最適な大きくて太い木なんだけど、私が毎日爪とぎしてたら傷だらけになって病気になって枯れちゃうかもしれない。
だから私はいつも諦めて他の太い木を探すのだ。
「ミャァウ~」
行ってきまーすと古木に挨拶すると、しっぽを持ち上げ、今日も散歩を開始する。
あー、暇だなー。今日やることって本当に爪とぎくらいしかない。そしてその爪とぎも別に絶対今日やらないといけないわけではないし。
なんて考えていたらその後、早々に太くて大きな木を発見してしまい、爪とぎを終わらせてしまったので、ここからは何の目的もない散歩が始まった。
と、水色と銀色を混ぜたような、金属みたいな質感のトンボが私の前を横切ったので、急いで追いかける。何あれ、格好いい。
しかしメタリックなトンボは背の高い細い木の枝に止まると、そこから動かなくなってしまった。そんな細い木に私は登れないし、手を伸ばしても届かない位置にいる。捕まえたいのに捕まえられない、もどかしい気持ちになる。
「カカカッ」
すると無意識に私の口が小刻みに動き、謎の鳴き声が漏れ出た。自分でも初めて聞いた鳴き声だ。
「カカカッ」
トンボを捕まえたいのに捕まえられない、あそこに見えているのに手が届かないというもどかしさから、この不思議な声が出ているようだ。猫って変なの~。
私が猫である自分の新たな習性に驚いていると、そこで急に全身が光り出した。
(眩しい……! これも猫の何らかの習性!?)
猫って発光するのかと驚いていたら、光はすぐに消えてしまった。そして目を開けると、そこには何故かエミリオとリセ、カイルの遭難三人組がいた。
(あれ? もしかして召喚魔法で呼び出された?)
私がきょとんとしたままお座りしていると、エミリオが笑って言う。
「戸惑ってるね、三日月。いきなり呼び出してごめんね」
「元気だった?」
リセもほほ笑んで尋ねてきた。
三人の後ろには数人の騎士たちがいてこちらの様子を見守っている。さらに周囲にも多くの騎士がいて、この前と同じようにテントを張ってここに滞在する準備をしていた。
(そもそもここどこだ)
近くに小屋があるがそれ以外に建物は何もなく、原っぱが広がっている。しかし後ろを振り返れば星降る森がすぐ近くに見えた。
エミリオたちは東のトルトイに住んでいることを考えると、ここは森の東の端だろう。
改めて三人を見ると、王子であるエミリオはマントをつけて豪華な青い衣装を身に着けており、カイルも青い騎士の制服を着ている。二人ともこの前遭難していた時とあまり変わらない服だが、リセだけは雰囲気が変わっていた。
前に着てたのは使用人の制服だったみたいだけど、今回はスカートの丈が長くなって、少し豪華な感じになっている。とはいえ派手ではなく、エミリオよりは控えめだ。上品で綺麗な印象の、上の服と繋がっている水色のスカートだった。
「私のこと覚えてる? 服装が違うから分からないかな?」
リセは少し不安そうに言って、私の鼻に人差し指を近づけた。
(なになに?)
何で人差し指近づけるの? 気になって嗅いじゃうからやめてよ。鼻の前に何か差し出されると嗅いじゃうんだよ。そういう習性なんだよ。
「ふふ」
フンフンとリセの指先の匂いを嗅ぐと、リセは楽しそうに笑った。猫の習性を知りつくしているリセには、意のままに操られてしまう。
指先の匂いを嗅ぎ終えた私が「ミャン」と鳴いてリセに近づくと、リセは安堵した様子で私の胸元を撫でた。
「よかった、忘れられていなくて」
リセは髪型も前とは違い、美しく結って花の髪飾りをつけていた。より綺麗に見えるし、大人っぽくも見える。
私がリセの髪や服に鼻を寄せてフンフン嗅ぐと、リセは恥ずかしそうに小声で言う。
「私、エミリオ殿下と両想いになってね。本当はもっと地味な格好で良いんだけど、殿下の婚約者という立場だからそんなことも言っていられなくて。それなりに上等で綺麗な服を着ていないと、殿下にも迷惑がかかるから」
私の鼻を撫でながらリセは続ける。
「私は今は色々勉強中なの。この国の歴史や政治のことから、マナーや立ち居振る舞い、音楽や魔法、異国のことまで覚えることがたくさんあって……。でもこうやって勉強させてもらえるのはとても有り難いことだし、嬉しいのよ。私でいいのかって不安になることもあるけど、殿下を支えるって決めたんだから、一生懸命頑張りたいわ。将来の王妃として」
「リセ、僕はもう殿下じゃないよ」
と、そこでエミリオが話に入ってきた。リセはハッとして申し訳なさそうに返す。
「あ、そうでした! ごめんなさい、まだ言い慣れなくて……エミリオ陛下」
「戴冠式をしたの、一昨日だしね」
エミリオはそこで私に向き直って言う。
「父が死んでね、今は僕がトルトイの王なんだ」
戴冠式とか陛下とかって、そういう意味ね。エミリオの立場が変わったんだ。
リセは悲しげに眉を下げてエミリオに言う。
「勝手に召喚されたこともあって、私は正直、先代には複雑な感情を抱いていました……。でもやっぱり残念です。病気で体調が優れないことも知っていましたが、あんなに急に亡くなってしまうなんて」
「そうだね。突然だった」
リセは心から先代の国王の死を悼んでいるようだったが、たぶん殺したの君の婚約者だけどね。絶対に偽物の命星食べさせて殺してるけどね。
まぁ、リセや国民を不幸にするような役に立たない国王だったみたいだから、エミリオに殺されても仕方ないんだろう。
何も知らないらしいリセとは違い、カイルや他の騎士たちは真実を知っていそうだが、きっと誰もエミリオを責めることはなかったはず。
エミリオはリセの手を握って言う。
「でも、これから必ず国は良くなるよ。僕は、君や国民たちが安心して暮らしていける国を作る」
「私も、それをお手伝いできるよう頑張ります」
二人が良い感じに手を取り合っていると、そこでテントの方からシズクが走ってきた。
「理世ちゃーん! ごはんできましたよー! いちゃついてないでごはんの時間ですよー!」
シズク、いたのか。
シズクも相変わらず元気そうだが、服装が前とは違う。繁栄の巫女の地位は捨てて使用人になったからか、前回リセが着ていた地味な使用人の制服を着ている。
「べ、別にいちゃついてないよ」
恥ずかしそうにエミリオの手を離すリセ。エミリオはため息をついてリセに言う。
「やっぱりシズクは城に置いてきた方がよかったんじゃない?」
「いえ……でも静玖ちゃんがいると楽しいですから」
リセは困ったように笑いながら言ったけど、その気持ちは嘘ではなさそうだ。シズクは嬉しそうにリセに抱き着く。
「理世ちゃん! そんなふうに言ってくれるなんて嬉しい!」
「ちょっとシズク。僕の婚約者に気軽に抱き着かないでくれるかな。立場をわきまえてよ」
「エミリオ陛下は口を出さないでください。これは私と理世ちゃんの友情の話なんですから!」
なんか複雑な三角関係ができているけど、楽しそうでよかったよ。
(で、今日は何の用?)
座って自分の手の甲を毛づくろいしながら尋ねると、ちょうどリセが説明してくれた。
「今日はね、この前のお礼をするために三日月ちゃんを呼び出したの」
(お礼!)
私はしっぽをピンと立てて立ち上がった。ミルクか? ミルクくれるのか?
「ミャーン」
「わわっ!」
嬉しくなってとりあえずリセに体をこすりつけたら、リセは私の大きな体に耐え切れずに転んでしまった。力をかけたつもりはなかったんだけど、失礼。
エミリオとシズクが「大丈夫?」と声をかけてリセを助け起こす。
「大丈夫、ありがとう。猫ちゃんにスリスリされるのは大歓迎だけど、三日月ちゃんにされると支えきれないわ」
リセはそう言って笑うと、私の体を撫でた。そしてエミリオは騎士たちに木箱をたくさん持って来させると、それを指さして言う。
「三日月、これが君への礼だ。何がいいか分からなかったから、食べ物にしたよ」
「ミー」
騎士たちによって木箱が開けられると、そこには干し肉や魚が大量に入っていた。こっちの木箱にはチーズもあるし、こっちは何か香ばしくて甘い香りがする。
「それはお菓子だよ。クッキーとかドーナツとか、焼き菓子をたくさん持ってきた」
お菓子か。確かに良い匂いはするけど、それほど食欲をそそられないな。初めて見る食べ物って警戒しちゃうし、これはいらないかな。
干し肉やチーズも、今はあまりお腹空いてないしいいや。
一通り匂いを嗅いだ私がお座りして毛づくろいを再開すると、エミリオは残念そうにこう言う。
「あれ? 気に入らなかったかな。やはりネズミや鳥を捕まえて持ってきた方が三日月は喜んだか」
「ミィー」
ネズミや鳥もいらない、と私はエミリオを見て鳴いた。第一、ネズミも鳥もわざわざ持ってきてもらわなくても星降る森にいるからね。
「鰹節とかあれば三日月ちゃんも喜んでくれたかな? 塩分高くてたくさんはあげられないけど、うちの子ははんぺんも好きだったなぁ」
リセはそう呟いてから、ちょっと照れ臭そうに自分の鞄を持ってくる。そして中からぐちゃぐちゃに丸めた大きな紙を取り出した。
「私からのお礼はこれ。紙を丸めたボールよ」
「理世ちゃん、それは……」
シズクが顔をしかめて紙ボールを見つめる。
「相手は猫と言っても、さすがにゴミをプレゼントするのはちょっと」
「ち、違うよ! ゴミじゃないよ。いや、ゴミだけどゴミじゃないんだって!」
エミリオやカイルも紙ボールを見て「え?」という顔をしていたので、リセはみんなに慌てて説明した。
「何かおもちゃを贈ろうと思ったんだけど、この世界では猫用のおもちゃって売ってなくて……。それにどんなおもちゃを買っても、結局こういうゴミみたいな紙ボールとか、ペットボトルの蓋とか、卵のパックのぴろぴろしたやつとか、おもちゃが入ってた段ボールとか、そういう物の方が気に入って遊んでくれたりするから」
「そうなの? 私なら命を助けたお礼に紙を丸めたやつ貰ったらブチ切れるけど」
「シズクちゃんは猫じゃないから。ちょっと見てて」
リセは私に向き直ると、「三日月ちゃん、いくよ!」と言って紙ボールを投げた。紙ボールは私用に大きめに作ってくれたのか、リセの顔くらいの大きさがある。
ポーンと投げられたそれは、私の足元に落ち、風でカサカサ小さく揺れている。
せっかくリセがくれたんだしちょっと遊んでみるかと、前足でチョイチョイ触る。すると草の上でカサカサ転がっていくので、私はそれを追いかけてまたチョイチョイ触る。
少し強めに紙ボールを叩くと数メートル飛び、私も反射的にジャンプして追いかける。わりと楽しい。
「ほら! 遊んでくれてる」
「確かに食べ物よりも反応がいいね」
リセがホッとしたように言い、エミリオも同意した。この紙ボール、軽いから風が吹くと勝手に転がっていくのが面白いし、地面や草に当たってカサカサ鳴るのもいい。ついその音が気になって手を出しちゃう。
(気に入ったかも)
しばらく夢中になって遊び、ふと気づくとリセとエミリオは地面に布を敷いてそこに座っていた。食事の時間なのか、二人で仲良くご飯を食べながら私のことを見ている。
カイルは二人を護衛するように後ろに黙って立っていて、シズクはどこかに行ってしまっていた。たぶんあっちのテントがいくつかある方にいるんだろう。
私は紙ボールを咥えてリセたちのところにトコトコ戻る。何食べてるの?
「スープとパンと、三日月ちゃんのために持ってきたチーズとお菓子よ」
私が食事に鼻を寄せると、リセが説明してくれた。チーズやお菓子は私がいらないって言ったから自分たちで食べるみたい。
「食べないけど、匂いは嗅ぎたいんだな」
匂いを確認するだけの私にエミリオが言う。見慣れないものとかは、つい嗅いじゃうんだよねぇ。
(ところでリセたちはまだ帰らないの?)
紙ボールを横に置き、私はじっとリセたちを見る。私にお礼を渡しに来たんだと思ってたけど、よく考えたら用事がそれだけなら星降る森の近くまで来る必要ないんだよね。召喚契約してるから、エミリオがお城にいてもそこに私を呼び出せばいいだけだし。
「やっぱり食べたいのか?」
私が見ていたらエミリオにスープを差し出されたけど、プイッと顔をそらした。
「何だよ」
猫の気持ちが分からないエミリオだったが、リセは察しが良く、私にこう言う。
「私たちは森に星が降るのを見に来たのよ」
(星が降る?)
そういえば、そろそろ星が降る時期だ。この森には半年に一度、空から星が降ってくるのだ。
「星が降る光景はとっても美しいからって、陛下が連れてきてくれたの」
「リセにも見せてあげたかったからね。それにどちらにせよ、落ちてきた星を拾うために騎士たちを森へ向かわせなければならないし」
降ってきた直後は、森に星がたくさんあるもんね。
前回星が降ってから半年が経とうとしてる今、人間の足で探せる範囲にはほとんど星は残っていないけど、降った直後に探せば森の端でも星は見つけられる。それを狙ってエミリオは騎士たちをここに待機させているらしい。
「きっと他の国の領地でも、今頃森の外で軍隊が待機しているんじゃないかな。半年に一度のチャンスだからね」
「……でもそうなると、星降る森を囲む五か国だけが星をたくさん獲得できますよね? 森と接していない他の多くの国は星を手に入れられないんでしょうか?」
リセがエミリオに尋ねる。
「いや、ざっと十以上の国に頼まれたから、それらの国から派遣されてきた軍隊には、うちの領地から森に入る許可を出してるよ。軍隊の人数は制限してるから、大挙して押し寄せてくることはないけどね」
「そうなんですね。独り占めしないなんて優しいんですね。星を独占して他国に売ったりすることもできるのに」
「独り占めすると争いになってしまうからね。星降る森と接している国は、それ以外の国から領地を狙われ、戦争を仕掛けられることが多くなるんだ。だから僕は、同盟を組んだ国には、星はある程度分け合った方がいいかなと考えてる」
エミリオは真面目な表情で続ける。
「でも北のドラグディアや、南のジーズゥは星を独占しているみたいだね。他国の人間は一切森に近づけさせないと聞く。そうやって星を独占すれば、星を持っていない他国から攻め込まれても戦いは有利になるし、それも国を守る一つの方法ではあるのかもしれない」
フーン。よく分からないけどやっぱり人間は大変だね。
私は難しい顔をしてエミリオの話を聞きながらも、つい風でカサカサ動く紙ボールを前足で転がして遊んでしまったのだった。
そうしてしばらくリセたちと一緒に過ごした後、私は紙ボールを咥えて森に体を向けた。
「ンー」
紙ボールを咥えているので上手く鳴けないが、リセは気づいてこう尋ねてくる。
「三日月ちゃん、もう帰るの?」
「ンー」
「そう。ずっとここにいてくれたらいいのに」
リセは寂しそうに言って、またふと指先を私の鼻の前に差し出してきた。
何? 何で指を出すの。さっき嗅いだのにまた嗅いじゃうじゃん。
「ふふ」
ボールを咥えたままフガフガ匂いを嗅いでいたら、リセがまた笑った。私で遊んでいるな?
「また会おうね、三日月ちゃん」
「元気で。またな」
リセとエミリオ、それにカイルや他の騎士たちに手を振られて、私は森へと帰っていく。
紙ボールという良い物を貰ってルンルンな私は、そのままあるところへ向かう。前に死闘を繰り広げた木のおじさんのところだ。
「ンンー」
「うおっ、お前か。でかい魔物が来たかとビビったじゃねぇか」
私が木の陰から姿を現すとと、木のおじさんは枝葉を揺らしてビクッとした。
「何しに来たんだよ」
おじさんは眉根を寄せて、ちょっとこちらを睨みながら面倒臭そうに尋ねてくる。
「ミャーン」
私は木のおじさんの目の前で紙ボールを地面に落とすと、それを前足でチョイチョイして遊び始めた。さっきたくさん遊んで満足はしてるんだけどね。
「何してんだ」
木のおじさんは、遊ぶ私の様子をいぶかしげに見ている。木のおじさんを誘うわけでもないのに、何でここで一人で遊び始めたんだって思ってるみたい。
「おい」
ずっと一人遊びをしている私に声をかけてくるおじさん。
私はおじさんの方をチラッと見ると、紙ボールで遊び続ける。
(いいでしょ、これ。リセに貰ったんだ。紙のボールだよ)
そう、私は木のおじさんに紙ボールを見せびらかしに来たのだ。ここに来た目的はそれだけだ。
(私のだよー。いいでしょー)
木のおじさんの方をチラチラ見ながら遊んでいると、おじさんも私の魂胆を見抜いたようだった。
「いや自慢しに来てんじゃねぇ! そもそも全然羨ましくねぇから。ワシはそんなゴミいらないっつーの」
(ほんとは羨ましいくせにー)
「自慢げに遊ぶなって。腹立つ顔しやがって。ワシはそんなもの欲しくないんだって」
木のおじさんを羨ましがらせて気が済んだので、私は紙ボールを置いたまま一旦その場から離れた。
「おい、これどうすんだ! 散々見せびらかして置いてくのかよ」
困惑している木のおじさんと別れた私は、しばらく周囲をうろうろ歩き回る。そして目的のものを見つけると、それをおじさんのところに持って帰った。葉が生い茂っている木の枝を折り、そこに乗せて運んだのだ。
「ンー」
「帰ってきたのかよ。今度は枝を咥えて何するつもりだ?」
最高に面倒臭そうに言う木のおじさんに、私は枝の上に乗せていた命星を渡す。
「え? これ、くれるのか?」
「ミャン」
なかなか星が残ってなくて見つけるのに時間かかっちゃったけど、命星をあげれば木のおじさんは他の生き物を襲わなくて済むからね。
じゃあね、と紙ボールを咥えて去っていく私に、木のおじさんはこう言ったのだった。
「最後に優しさを見せるんじゃねぇ! ……ありがとよ」
その後、私は紙ボールを森の中央にそびえ立つ巨木の根元に置きに行った。寝床に置いておけばまたいつでも遊べるし、なくさないだろう。
(寝床に帰ってきたけどまだ眠くないし、散歩を続けようかな)
トルトイ以外の他の国も、星を拾うために本当に森の外で準備をしているのだろうか?
(ハロルドの家へ寄って、ハロルドと一緒に森の外を見に行ってみよう)
そう考えて森の西へと向かう。森の外で人間と出くわしてもハロルドと一緒ならたぶん攻撃されないだろうし、私一人で行くよりいいかもしれないと思ったのだ。
日が落ちる前にと急いでハロルドの家に向かい、やがて家が近づいてきたところで、私の耳が誰かの足音を聞き取ってピクリと動く。
(前から誰か来る)
足音はそれほど大きくない。私よりずっと小さな二足歩行の生き物が、こちらに走ってくるようだ。
音からして相手は小さいと分かったので、私は特に緊張することなく待ち構えた。するとすぐに荒い息遣いも聞こえてきて、かと思えば木々の間から人間の少年が飛び出してきた。
「――うわぁッ!?」
少年はこちらに駆けてきていたが、私を見るなり驚いて腰を抜かし、後ろに転んだ。人間の年齢を当てるのは難しいけど、十二歳くらいかなぁ? 子供だけど幼い子供ではない。
体はひょろひょろして細く、肩くらいまで伸びた髪は銀色、目は紫色で、頭の右側には一本、灰色の角が生えている。
(あれ? 角があるってことは人間じゃなくて竜人か)
だけど一本しかないのは何でだろう。左の角は折れちゃったのかな? というか、そもそも残っている右の角だって先が折れているし、傷だらけだ。
(何か大変な目に遭ったんだろうな)
角を見ただけで、この少年のこれまでの経験が想像できる。星降る森で魔物に襲われたのか、それとも森の外で誰かに傷つけられたのか。
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