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一章 蔵座敷に棲むもの
猫と傾国と破落戸に絡まれるぼんくら 下
しおりを挟む「お、お助け下さい、警邏様!」
女のその声に囲んでいた男達がぎょっとし、囲む輪が緩んだ隙にすり抜け、朔の袂を掴んだ。
「は?」
肩越しに振り返ると、元服間近くらいの女が両手で朔の袂を握り込んで、何やら必死の険相である。女からすればここが瀬戸際、あのまま捕まった先など想像したくもないだろう。
「なんだァ? 警邏じゃねーだろお前」
「女にいい所を見せたいのか? 色男が台無しになるだけだぜ」
「おいおい、そんな別嬪お前には勿体無い。俺たちによこしな!」
朔が憮然としている間に六人もの破落戸が三日月状に展開し、暑苦しい眼差しを向けている。それだけで十分不快だが、揶揄してくるのが輪をかけて不快である。朔の切れ長の眸が剣呑に眇められ、切れ味を増していく。
刀の所持は別段禁止されている事ではないが、普通、侍や破魔隊、警邏組織に組みする者が主に差している。武士の矜持でもあるのか、それ以外の者が佩刀していると痛くもない腹を探られたりする。大いに腹が痛んでいるのが破落戸だが、確たる証拠もないのに探られたり、いちゃもん付けられるのは勘弁願いたい。つまり破落戸には過ぎた得物なのである。なので得物を提げる時は討ち入り等余程でない限り脇差しかドスを持った。
だから破落戸たちから見た、黒い刀を差した若い男はとても奇妙に映った。着流しに帯刀など見た事がない。警邏ならば組によっては大分自由な形だが、刀を持つ身分の者は揃いの法被を着ているし、護衛を生業にする用心棒や、討伐をはじめとする荒事なら何でも御座れの荒萬なら、もっと動きやすい形をし防護も厚くする。
そもそも刀を提げる男児ならば、だらしない身形でのほほんと刀を提げるなど在り得ない。
そしてその連れの女は、形こそ山賊と大差ない物を着ているが中身は極上だ。
「痛い目みたくなかったら女を置いてすっこみな!!」
むさ苦しい破落戸たちに苛つかされはした朔だが、その意見には大いに賛成なので、何気ない動作で肘を回して女の手を自分の袂から外し、女の後ろへ回るとその背を破落戸たちに向かってトンと押した。軽く押されただけだったが、するりと滑らかな動きに女がついていけずたたらを踏む。
宵はタンッと軽く地を蹴ると、十尺も先に行ってしまった。
あとは一瞥もくれずに歩きだした二人に、女も破落戸たちも一瞬ぽかんと呆けたが、真っ先に立ち直ったのは破落戸の一人だった。
「おい待て! そっちの女!!」
宵は歩は進めたまま、肥溜めでもあったかの様な横眼で破落戸たちを見やったが、すぐに顔を背け白けた顔で我関せずだ。氷点下の眼差しが、益々その美貌を冴えわたらせる。
その間に女も立ち直ったようだった。
「どうかお助け下さい!!」
朔たちに向かって駆け出すが、すぐに破落戸に腕を掴まれた。
破落戸たちは、一人がずるずると路地の奥に向かって女を引きずり、残りの四人は朔たちを追いすがる。宵への欲望が全身から迸ってギラついている。どうも宵の冷酷な眼差しは、破落戸には恐怖に怯えて色を失くした風にでも見えるらしい。口々に下卑た野次が飛ぶ。
背中から斬られるなぞおもしろくない。食前に一仕事も悪くないかなと朔が考えていると、女の悲鳴がした。既にだいぶ奥に連れ込まれていた。
「おっ、お礼に着物をお仕立て致します!!」
ぴたっと先を行く宵の足が止まる。
女はここぞとたたみ掛けた。
「一揃い! 一揃いご用意させていただきますう!!」
宵は振り向き一瞬で女を値踏みする。一見地味な装いだが生地も仕立ても最上級である! 最悪踏み倒されても、女の着ている物を剥げば元は十分に取れると踏んだ。
「朔!」
「ったく、しょうがねぇな」
すでに五人を黒鞘で瞬く間に当て落としていた朔は、女に向かって駆け出す。
女を盾に喚いている男の腕を無造作に掴み力を入れた。その握りに耐え切れず男が女を離すと、朔は男の腕を背側に捩じり上げた。
「女、契約成立だ」
朔は男の膝裏を蹴り、圧しかかるように顔面から地に落とす。
「お前ら次は殺す。覚えておけ」
鞘を帯に戻し、止めとばかりに破落戸たちに言い捨てた。
「あの、聞こえてないのでは……」
「ハァ?」
おずおずと女が告げるので、朔は改めて破落戸たちを見回す。本当にピクリともしてなかったので、それならばとばかりに懐を探り身ぐるみを剥いでやった。
朔にしてみれば、最後の男はまだしも、先の五人は普通に破落戸をやっていれば、ふらつきながらも逃げられる程度の力しか込めていない筈だった。破落戸たちの存外の体たらくに呆れつつも、内心ほくほくの朔である。
都への道中で追い剥ぎに出遭い、都に着いた矢先に破落戸共とも遭遇だ。朔は、路銀も増え、宵の着物探しにも同行せず済みそうだと安堵し、宵は、着物が誂えることができるとは! と誰もが蕩ける笑顔を浮かべている。大変幸先が宜しい。流石、都なだけはあると二人はほくそ笑んだ。再び集まった猫たちが、二人の足にすり寄っているのはご愛嬌だ。
「おい、女」
「はっはい! ありがとうございます!」
「報酬を頂くんだ礼はいい。先に古着屋に案内しろ」
女の引き攣った笑いを一瞥し、男五人分の銭袋や着物を抱えて、朔たちは路地を出た。
もちろん猫たちは散らしてきた。
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