8 / 29
一章 蔵座敷に棲むもの
三、傾国猫の手すさび 上
しおりを挟む二人は再び目抜き通りで舌戦していた。
あのぼろを着てさえ目を見張る美しさだった宵が、先とは比べ物にならない程の着物を着ているのだ。見違える程美しい。それが浴衣だろうが全く気にならない。
「なんでじゃ!? 何故ついて来んのじゃ!」
「良い着物貰ったんだから買う必要ねぇだろーが」
「阿呆垂れェ! これは浴衣じゃ。本来昼間に着るもんじゃねーんじゃ! これで旅をしろとでも?」
「そりゃお前、贅沢って言うもんじゃねーの? 破落戸共を伸したのは俺だし」
「あれっきし、わっちだって伸してやれるわ!」
「そりゃそうだが、実際働いたの俺だろうがよ」
宵が再演か地団太を踏む。今回はきちんと裾を気にしているようだ。そのせいか猫も寄ってこない。
「追剥と破落戸の報酬もやるから一人で行ってこい、な? その浴衣売って、それなりの生地選べば仕立てられるんじゃないか?」
朔が良い笑顔で宵の肩をぽんと叩いた。
時刻はそろそろ夕刻だ。今夜の宿を決め、旨い酒と肴の置いてある飯屋を探さなければならない。今宵の舌はどうにも贅沢になっているだろうから、洒落猫にかまけている暇はないのだ。
「ここは芙紫の都だぞ? 宵の食指が動く良い男がいるだろうよ。
ちょいと楽しんできたらどうだ? ついでに銭も入ってうはうはじゃないか」
宵は刹那的享楽主義者である。
その時その時が楽しければいいし、気持ち良ければ尚良い。
金が欲しくて男を誘う訳ではないのだが、男が訝しむのが面倒で金をせびるだけである。金が理由だと思わせておけば、お互い気兼ねなく楽しめると言うものだ。
宵からすれば、男に求める物は持久力ただ一点で、一物の造形や技術などは持ち併せていれば儲け物、金は二の次三の次、容姿なんか快楽の前では無価値だ。表情をつくって睦言を吐いている暇があるならキリキリ動けである。
妖として、妖力の元となる精気を吸うなどという高尚な理由もある事にはあるのだが、やる事は一緒だ。そもそも大妖怪ともなれば妖力がすっからかんになったところで一晩休めば全快する。
これはもう本人の好みと言う他ないが、言葉通りに人を喰らうことでしか摂取できない有象無象や闇引きより、よっぽど喜ばれるだろう。
尻子玉という形で精気を吸う河童は、運良く死なずとも男としての機能を失う。しかしこれでも優しい方で、精気を吸い尽くした後、女郎蜘蛛は保存食として簀巻きにするし、蟷螂女のように頭からバリバリいく妖怪も多い。妖力と体力は別物であるから利には適っている。
「お? おお、そうじゃな。西方一の大都ぞ、きっと猛者が居るに違いないな。
お前も見つけたら報告するがよい」
「へいへい」
朔は宵の頭と尻に猫の本性を見た。二本の尻尾はそわそわと揺れ、耳は忙しなく四方に向けられている幻だ。
けしかけすぎた、これでは町中で宵と合流は面倒だなと朔は遠い目になったが、絡まれるでもなし、どうせ陰口を叩かれるのは毎度の事だったと思い直す。
「路銀もあるししばらくこの街で楽しもうぜ。飽きたら呼んでくれ。じゃあな」
この場合の飽きたらは、目ぼしい男を喰い尽くしたら、ということになる。
基本、朔も宵も一つ処に留まらない。路銀や飽きの問題もあるが、己の生は闘いの中にあるのがわかっているからだ。戦闘狂いではないが、来るモノ拒まず去るモノ追わずだ。そしてどうせ闘うなら強く、金になる方がいいと思っている。
宵は朔と別れて早速、差配屋を探すことにした。長屋の世話や奉公の橋渡しをするような差配人ではなく、用心棒や討伐などを口利きする差配屋だ。
時刻は丁度夕刻。依頼をこなした者や、夜間の依頼を受ける者が集まる頃だ。朝ほどの人出はないが、夜の方が厳しい依頼が多い分、剛の者が来るはずだ。屋台通りにも期待が出来る。なにせここは芙紫の都。女一人満足させる強者の十や二十すぐに見つかるに決まっていると、宵はほくそ笑んだ。
宵を女一人と見做すのは甚だ疑問だが、自称するのは勝手だろう。宵の内実を全く知らない傍から見たその微笑は、まるで未通女が愛しい人と初めて甘味処に行くような極上の笑みに見えたという。
果たして宵は、どんな手錬手管を使ったか知らないが、筋骨隆々とした男を五人も引き連れていた。ほんの僅か皆で輪になって話し合い、男二人は輪を外れて残りは郊外へと続く道へ足を向けた時である。
年の頃二十過ぎといった男が、集団を遠巻きにする人込みを抜け出て近付いてきた。
落ち着いた色合いの着物は上々、眼鏡を掛けた目鼻立ちは整っている。人当たりの良い笑みと線の細さが気弱に見え、本人を薄く見せているのがもったいないが、なかなかの男ぶりだった。
「お嬢さん、どうやら今宵の相手をご所望の様子。でしたら私といかがですか」
荒くれ男を侍らす美女という異様な集団に、よく声を掛けられたなと周囲の野次馬は慄いたが、宵もその男も何の気負いもなかった。
そんな宵が、面白いものでも見るようにすっと目を眇めて優男の全身を捉える。
宵には内包する精気が視えていた。男の精気は、男が精気を自らの意思で力として使える者と伝えている。
この優男は見た目と反して、宵が声を掛けた五人合わせたよりも強い。いざ仕合ってみない事にははっきりとは言えないが、或いは宵よりも。
「惜しいが満員御礼じゃ」
宵は立派な淫乱だが、最低限の礼儀は弁えている。と言うか、男は一度に五人までと決めていたし、男は逃げたりしないのだ。食いたい物はみんな食う、今日が駄目なら明日があるというだけだ。
宵の言葉に、周りに居た男達は隠しきれない優越感を滲ませていた。相手の見た目が自分達に比べてひょろっこい(つまりもてそうな)男だったから尚更だ。それが次の宵の言葉に揃って目を剥いた。
「明日はどうじゃな?」
一晩に複数人相手しておいて、明晩の約束とは! しかも男達は荒事界隈で見回しても抜きん出た体躯を持つ者ばかりだ。場末の忘八だってそこまで無体は言わないだろうに。
驚く男たちを尻目に優男は顔色一つ変えず、ふむ……と考える仕草をした。
「残念ですがわかりました。ではこれは約束のしるしに……」
優男は宵の顎を持ち上げ唇を寄せた。唇が触れるかの瞬間、再び目を眇めていた宵が口を開く。
「ヒトの血臭いな」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜
まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、
専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活
現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。
しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。
彼は大陸一の富を誇る名門貴族――
ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。
カイルに与えられたのは
・世界一とも言える圧倒的な財力
・財力に比例して増大する規格外の魔力
そして何より彼を驚かせたのは――
彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。
献身的なエルフのメイド長リリア。
護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。
さらに個性豊かな巨乳メイドたち。
カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。
すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――
「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」
領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、
時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、
最強の御曹司カイルは
世界一幸せなハーレムを築いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる