冥闇異聞 ~淫蕩猫と盆暗は楽な方へ流れたい~

景之

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一章 蔵座敷に棲むもの

三、傾国猫の手すさび 上

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 二人は再び目抜き通りで舌戦していた。
 あのぼろを着てさえ目を見張る美しさだった宵が、先とは比べ物にならない程の着物を着ているのだ。見違える程美しい。それが浴衣だろうが全く気にならない。

「なんでじゃ!? 何故ついて来んのじゃ!」

「良い着物貰ったんだから買う必要ねぇだろーが」

「阿呆垂れェ! これは浴衣じゃ。本来昼間に着るもんじゃねーんじゃ! これで旅をしろとでも?」

「そりゃお前、贅沢って言うもんじゃねーの? 破落戸共を伸したのは俺だし」

「あれっきし、わっちだって伸してやれるわ!」

「そりゃそうだが、実際働いたの俺だろうがよ」

 宵が再演か地団太を踏む。今回はきちんと裾を気にしているようだ。そのせいか猫も寄ってこない。

「追剥と破落戸の報酬もやるから一人で行ってこい、な? その浴衣売って、それなりの生地選べば仕立てられるんじゃないか?」

 朔が良い笑顔で宵の肩をぽんと叩いた。
 時刻はそろそろ夕刻だ。今夜の宿を決め、旨い酒と肴の置いてある飯屋を探さなければならない。今宵の舌はどうにも贅沢になっているだろうから、洒落猫にかまけている暇はないのだ。

「ここは芙紫ふしの都だぞ? 宵の食指が動く良い男がいるだろうよ。
 ちょいと楽しんできたらどうだ? ついでに銭も入ってうはうはじゃないか」

 宵は刹那的享楽主義である。
 その時その時が楽しければいいし、気持ち良ければ尚良い。
 金が欲しくて男を誘う訳ではないのだが、男が訝しむのが面倒で金をせびるだけである。金が理由だと思わせておけば、お互い気兼ねなく楽しめると言うものだ。

 宵からすれば、男に求める物は持久力ただ一点で、一物の造形や技術などは持ち併せていれば儲け物、金は二の次三の次、容姿なんか快楽の前では無価値だ。表情かおをつくって睦言を吐いている暇があるならキリキリ動けである。

 妖として、妖力の元となる精気を吸うなどという高尚な理由もある事にはあるのだが、やる事は一緒だ。そもそも大妖怪ともなれば妖力がすっからかんになったところで一晩休めば全快する。
 これはもう本人の好みと言う他ないが、言葉通りに人を喰らうことでしか摂取できない有象無象や闇引きより、よっぽど喜ばれるだろう。

 尻子玉という形で精気を吸う河童は、運良く死なずとも男としての機能を失う。しかしこれでも優しい方で、精気を吸い尽くした後、女郎蜘蛛は保存食として簀巻きにするし、蟷螂女のように頭からバリバリいく妖怪も多い。妖力と体力は別物であるから利には適っている。

「お? おお、そうじゃな。西方一の大都ぞ、きっと猛者が居るに違いないな。
 お前も見つけたら報告するがよい」

「へいへい」

 朔は宵の頭と尻に猫の本性を見た。二本の尻尾はそわそわと揺れ、耳は忙しなく四方に向けられている幻だ。
 けしかけすぎた、これでは町中で宵と合流は面倒だなと朔は遠い目になったが、絡まれるでもなし、どうせ陰口を叩かれるのは毎度の事だったと思い直す。

「路銀もあるししばらくこの街で楽しもうぜ。飽きたら呼んでくれ。じゃあな」

 この場合の飽きたらは、目ぼしい男を喰い尽くしたら、ということになる。
 基本、朔も宵も一つ処に留まらない。路銀や飽きの問題もあるが、己の生は闘いの中にあるのがわかっているからだ。戦闘狂いではないが、来るモノ拒まず去るモノ追わずだ。そしてどうせ闘うなら強く、金になる方がいいと思っている。

 宵は朔と別れて早速、差配屋を探すことにした。長屋の世話住居斡旋や奉公の橋渡しをするような差配人ではなく、用心棒や討伐などを口利きする差配屋だ。

 時刻は丁度夕刻。依頼をこなした者や、夜間の依頼を受ける者が集まる頃だ。朝ほどの人出はないが、夜の方が厳しい依頼が多い分、剛の者が来るはずだ。屋台通りにも期待が出来る。なにせここは芙紫ふしの都。女一人満足させる強者つわものの十や二十すぐに見つかるに決まっていると、宵はほくそ笑んだ。

 宵を女一人と見做すのは甚だ疑問だが、自称するのは勝手だろう。宵の内実を全く知らない傍から見たその微笑は、まるで未通女おぼこが愛しい人と初めて甘味処に行くような極上の笑みに見えたという。
 
 果たして宵は、どんな手錬手管を使ったか知らないが、筋骨隆々とした男を五人も引き連れていた。ほんの僅か皆で輪になって話し合い、男二人は輪を外れて残りは郊外へと続く道へ足を向けた時である。
 年の頃二十過ぎといった男が、集団を遠巻きにする人込みを抜け出て近付いてきた。
 落ち着いた色合いの着物は上々、眼鏡を掛けた目鼻立ちは整っている。人当たりの良い笑みと線の細さが気弱に見え、本人を薄く見せているのがもったいないが、なかなかの男ぶりだった。

「お嬢さん、どうやら今宵の相手をご所望の様子。でしたら私といかがですか」

 荒くれ男を侍らす美女という異様な集団に、よく声を掛けられたなと周囲の野次馬はおののいたが、宵もその男も何の気負いもなかった。
 そんな宵が、面白いものでも見るようにすっと目を眇めて優男の全身を捉える。
 宵には内包する精気が視えていた。男の精気は、男が精気を自らの意思で力として使える者と伝えている。
 この優男は見た目と反して、宵が声を掛けた五人合わせたよりも強い。いざ仕合ってみない事にははっきりとは言えないが、或いは宵よりも。

「惜しいが満員御礼じゃ」

 宵は立派な淫乱だが、最低限の礼儀は弁えている。と言うか、男は一度に五人までと決めていたし、男は逃げたりしないのだ。食いたい物はみんな食う、今日が駄目なら明日があるというだけだ。
 宵の言葉に、周りに居た男達は隠しきれない優越感を滲ませていた。相手の見た目が自分達に比べてひょろっこい(つまりもてそうな)男だったから尚更だ。それが次の宵の言葉に揃って目を剥いた。

「明日はどうじゃな?」

 一晩に複数人相手しておいて、明晩の約束とは! しかも男達は荒事界隈で見回しても抜きん出た体躯を持つ者ばかりだ。場末の忘八だってそこまで無体は言わないだろうに。
 驚く男たちを尻目に優男は顔色一つ変えず、ふむ……と考える仕草をした。

「残念ですがわかりました。ではこれは約束のしるしに……」

 優男は宵の顎を持ち上げ唇を寄せた。唇が触れるかの瞬間、再び目を眇めていた宵が口を開く。

「ヒトの血臭いな」



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