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一章 蔵座敷に棲むもの
影男 下
しおりを挟む朔は黙って、宵が猫を弔うそれを見ていた。
宵は閉じていた目を開くと、トンと一つ宙返りをして尋常の猫に変化し、朔の肩に降り立ち周りを睥睨する。不機嫌そうに二本の尾をピシン、ピシンと揺らし、そしておもむろに口を開いた。
「何故あの影男と戦ってたんじゃ」
サビ猫が前に進み出てうにゃうにゃと話し出す。宵はふむふむと相づちを打ちながら聞いていた。そして「なるほど……」と黙り込む。しまいには器用に肩の上で香箱を組んだ。
朔は何も言わない。浴衣を失くしたのにも気付いていたが、あえて突っ込まなかった。あの状況なら理由の想像くらいはつき、気遣いができる男であったらしい。
それでも何も説明しないままだんまりを決め込まれるのは困る。朔が声を掛けようとしたところで、人が駆けてくる音を聞きつけた。
あれだけ派手に火柱をおっ立てたのだから、火消しなり警邏なりが出動したのだろう。
朔と猫たちはさっさとその場を後にした。
発端は灰色の仔猫が路地裏で寝ていたところ、突然に現れたあれらに襲われたのだと言う。
他にも少なくない猫たちがその路地裏には居たが、他の猫には目もくれず執拗に灰チビばかり狙ったらしい。
猫たちは灰チビを庇いながら塀を屋根をと逃げ出したが、影男達は撒いたと思ってもふらふら現れては、黒光りする爪を繰り出してくる。そうこうするうち応戦する猫の数は膨れ上がって、怪我を負う猫も出てしまい、退くという選択肢が猫達の頭から吹き飛んだ。宵を知る猫は先陣を切って戦っている為、灰チビが宵を呼びに駆け回ったという次第だった。
「あれは……黒刀と簪が効いたが闇引きなのか?
闇引きなら何故人を襲わず猫を襲うんだ」
闇引きは人しか襲わないというのが通説だ。視界の端を掠めていく闇引きを見て、小さくとも狸以上の大きさはあるようだと言われている。だいたい三尺以上の大きさになると、目に見えて被害が増える。なので労力が少なく済む小型のうちに駆除するのが望ましい。
けれど実際問題、際限なく出てくる闇引きに対応しきれていない。尋常の武器では歯が立たない為、圧倒的に破魔隊の数が足りていないのだ。
それは二十年程前を境に顕著になっており、お上を悩ませていた。
宿の部屋で小さなちゃぶ台に買ってきた酒と肴をひろげ、朔は宵に問い掛ける。
宵は積まれた布団の上に猫型のままだらーんと寛いでいた。人型でも妖怪型でも本人は構わないのだが、妖怪型は大き過ぎて邪魔であるし、着物を失くした人型は、朔に言わせると、鼻毛が出ている爺みたいなもので、目障りだと言う。つまりはどちらも鬱陶しい。
ちなみに宵の腹には灰チビが丸まって寝ている。執拗に追われたのを見かねた野良猫たちが、落ち着くまでの保護を頼んできたのだ。
宵は快く引き受け、灰色の毛玉を愛でている。
「ふん。そんなものわっちが聞きたいわ。
……あれは、闇引きになりかけか、なり損ないなんじゃなかろうか」
「人大の大きさでガキだってのか?
なり損ないなりゃいいが、なりかけなら人喰ったらどんだけでかくなんだよ」
朔は鞘に引っ掛けた黒頭蓋骨をカラカラ回しながら、呆れた風で返した。
宵はぷっと吹き出すと、二股の尾で己の腹で丸まる仔猫をくすぐりながら言った。
「闇引きの生態なんぞ解っていることの方が少ないんじゃ。ましてやこんな大都、人の闇も業もさぞ深かろうよ」
「あんなものぼこぼこ出てこられたら、いくら西一の破魔隊のお膝元だろうと対応し切れねぇな」
朔は、お上が聞いたら無礼討ちされるような事を興味なさげに口にした。宵は二本の尾をこれまた興味なさげにしっしと振る。
「んなこた知ったこっちゃあないが、灰チビたちに手ぇ出してきたのが気に食わん」
「闇引きなんざ探せるもんじゃねぇぞ」
「お前に言われなくともわかっとるわ。――ちょいと心当たりないこともない」
「ほお。流石宵姐さん。どこのお偉いさんを咥え込んだんだ?」
朔が茶化して言うが宵は意に介さず、鼻梁にシワを刻んで言い捨てた。
「はん。咥え込む前じゃ。全く忌々しい」
「さいですか。精々うまくやってくれや」
朔は他人事のように肴をつまんで口に放り込むと、ちょいちょいと指についたタレを舐め取る。猪口を含もうと口を窄めたところで宵がぴしゃりと言い放った。
「お前は阿呆か。まずは着物を見繕うのが先じゃろうが」
「ぐ……っ!」
朔は心底嫌そうな顔をして、酒を瓶ごと煽った。
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