冥闇異聞 ~淫蕩猫と盆暗は楽な方へ流れたい~

景之

文字の大きさ
12 / 29
一章 蔵座敷に棲むもの

五、合い子 上

しおりを挟む

 何の成果もなく数日が過ぎた。二人の息抜きにはなったようだ。
 浴衣を失くした翌日は、宵がまた着物でごねたり、宵が目を付けていた荒萬あらよろずたちと出会えず、また、それ以上の男とも出会えず宵がごねくさったり、妥協したはいいがあまりの甲斐性の無さに余計に欲求不満をこじらせてごね散らかしたりしていた。
 しかし着々と着物の質が上がっているのでそれなりにうまいことやっているんだろう。朔は朔で、日々旨い酒と飯を探してまわりご満悦のようだ。

 宵の言っていた心当たりも進展していなかったが、元々自由気侭な二人には、今が良ければ何でもいいと考える節があり、あれから襲撃もなく、下手人影男も殲滅済みではまあいいかという心境になってきていた。
 禍根を絶てれば万々歳だが、闇引きかも解らぬ、闇引きであったとしてもそもそも闇引きがどのように発生してくるかも解らぬじゃあ、手の打ちようもなかった。

 それでも灰チビを預かっているし、宵の心当たりもあることだから、それを確かめることで一区切りとしたいとは考えていた。
 今宵も、宵は屋台街を通って差配屋へ向かうつもりだった。そろそろ宵の悪喰あくじきの話が広まり、目ぼしい男がかからなくなってきていたので、探す時間帯か場所を変えたいと思っていたのだが、心当たりがこの時間のこの場所なのでそういう訳にもいかない。

 そもそも無節操に喰い散らかした宵の自業自得である。屈強な男数人がかりで宵に挑んだにも拘らずあっさりとなされた男達に同情を禁じ得ない。
 宵だって何回も達した癖に「もう終いか?」とのたまわれた男の矜持はぽっきり折られて粉砕し、さらさらと風に飛んで行った。もう黙って絞り取られて気絶するしか男達に道はなかった。しかしその顔は言葉通りの意味で蕩け、恍惚だったという。
 男達が自ら吹聴して回った訳では勿論ない。
 ただ、屋外の逢引名所でどろどろカピカピの男達が、死屍累々と昼過ぎまで横たわっていたら噂にもなろうというものだ。損料屋(生活雑貨貸出の店)が激怒して、一見いちげんの力自慢にはゴザや敷布団を貸さなくなったとか。
 そんなことを知る由もない宵は、辺りをひやかし歩いた。

「貴女!!!」

「おぉっ! お前か! 探しておったぞ!」

 声を掛けてきたのは、あの日の優男だ。ついに宵の心当たりと遭遇する。別に影男の黒幕だとは思っていない。ただ何も手掛りがない以上、人と違う臭いを纏ったこの男を当たるしかない。何より、宵はこの優男を喰ってみたかったというのも否めないが。

「会えて良かった。少し立て込んでおりまして、お約束の日時に伺えず申し訳ありません。
 貴女の噂ばかり耳にして気が狂いそうだった」

「そりゃ嬉しいの。あれからお主以上の男に巡り合わなんだ」

「嗚呼、愛しい人。ここではゆっくり話も出来ませんので参りましょう? 宿にします? うちに参りますか? 腹に何か入れてからにしましょうか?」

 優男は往来の真中で、今にも宵に抱き付きそうな勢いで捲くし立てた。それはさも愛しい人への傾注に見えたが、宵の目には情欲以外のギラギラと迸るような熱望があるように見えた。
 宵は苦笑しながら言った。

「気兼ねなく楽しめればどこでも構わんよ。それよりお主の名もまだ聞いておらんのだが? わっちは宵じゃ」

「宵様……! とんだ失礼を致しました。気が急いて仕方がなかったようです。私は水智みずちです。
 では、私の住処にご足労願いましても?」

 宵は、水智に敵わなくとも、なりふり構わなければ逃げる事は出来ると踏んでいた。
 相も変わらず人の血臭いが、どうも恨みある血でもない。注意深く嗅げば奥底に微かな腐臭があるが気になるほどでもない。
 殺人などで流れた血は、常人では嗅ぎ取れないが闇引きの腐臭のように臭い、下手人に纏わりつくのだ。そしてそういう人間は、まるでその臭いに誘われるかのように闇引きに遭う率が高い。
 しかしそんな事は宵にとってどうでも良かった。自分達の邪魔をしなければ気にならないのである。

「その前にお主、影男を知っておるか」

「影男? それはどういった輩で?」

「お主と遇ったあの後、全身真っ黒の男共に眷族が襲われての」

「全身真っ黒の男共……ですか」

 水智は睨むように眼鏡の奥の眸を細めた。宵は探るようにその様子を眺めていた。

「体は完全に人じゃ。その影男には赫巫かくふが効いた。お主も妖の端くれなら、何か知らんか」

「赫巫が……」

 赫巫とは闇引きに効く唯一の武器の総称で、大変な希少品だ。朔が持つ黒刀や宵の簪、破魔隊に支給される武具や、年初めにお上から売り出される赫巫札や赫巫塩などがそうだ。
 水智は両手で顔を覆い、小刻みに震えている。宵は何の感情も浮かばない眸で水智を見ていた。

「その影男は今何処に?」

「わっちが殺した」

「そうですか……ありがとうございます」

「お主に礼を言われる筋合いなどないわ。とっとと知っている事を話すがよい」

 水智が両手を外し、宵に顔を向ける。水智は涙で頬を濡らしていた。
 宵は目を見開きつつも、黙って水智の言葉を待つ。

「そいつらは――私の妻を殺した男共だと思います」

 宵の眉間に皺が寄る。水智は宵の手をそっと引き、路地に少し入る。ここで話そうというのだろう。

「御承知かと思いますが、私は純粋なひとではありません。そして妻とは既に契りを交わしておりました」

 他種族との交配は、お互いにすり合わせて組成を変える事によって可能だ。自ら身体を創り変えることのできない者は、少しずつ相手から妖力や体液を受ける事で創り変えられ、子を生す事が可能になるのだと言われている。相性や授ける側の力量、受ける側の素質や体力、運も物をいう。
 ちなみに高位妖は、同種であろうと互いが自らの意志で欲しいと思わないと出来ない。長命の為せる業だ。
 そして、妖の体液や妖力は只人には毒になる。頭痛、吐き気、腹痛、だるさ程度で、通常、時間と共に緩和、排出されるものだが、極微量、体内に吸収され蓄積する。
 もし心体共に器を持ち合わせていない者なら、その力に呑み込まれる。

「お主……何の合い子じゃ」

「私は闇引きです」

 何の屈託も無く、水智はさらりと答えた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...