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一章 蔵座敷に棲むもの
合い子 下
しおりを挟む己は闇引きの合い子だと、何の屈託も無く水智は答えた。
「下種は、妻を弄った際に体液を取り込んだんでしょう。
――妻が家に辿り着いた頃には、浸食が始まっていました。妻は私に、『愛する貴方に殺して欲しい』と……!」
身体の組み換えは人にとって諸刃の剣、完全に組み換わり安定するまでギリギリの綱渡りを強いられる。心身が弱るとたちまち妖力が暴れ出し呑まれてしまう。
これが妖怪なら己が持つ妖力で相殺できるので、例えるなら少し腹が痛いな程度で済んでしまうのだが、人ではそうはいかない。
その時水智は妻の言葉に首を振り、己の妖力を以ってして抑え込もうとしたが、一度暴発した妖力はやはり浸食を増すばかり。妻の心まで侵されないうちにその手にかけたという。
水智は怒り、悲しみをない交ぜに涙を溢しながら語った。
宵は呆れた風で水智を見据えて言う。
「お主、そんなに奥方を愛しておって、わっちに粉を掛けたのか」
「もう何ヶ月も前ですし、愛に時は関係ないでしょう」
「影男はつい先日じゃぞ。あれが今まで騒ぎにならなかったのか?」
「ヒトである妻の妖力や身体の組み換えは、まだそれほど進んでいませんでしたし。
闇堕ちが現れれば噂は駆け巡るでしょうから……運良く今まで暴発を免れていたのでしょうね」
「闇堕ち?」
宵はその通った眉をぴくりと上げた。
水智は構わず宵の身八ツ口(着物の脇穴)にするりと手を差し入れる。
「自我も無いあんなモノはそこらの雑多と同じですよ。
ましてや宵様の眷族を襲う? 相手の力量を量る本能も無く、ヒトではないものを襲うなど有象無象の闇堕ち以下ですね」
責任逃れで言っているのかと思いきや、本当に塵芥程度にしか考えていないようだった。
話が事実ならば原因は確かに水智にあるのだが、そして宵は水智の話を真実だと考えていたが、猫達の件で水智を追及する気がなくなった。恨みで猫を狙ったのでないと判れば十分、とかくこの世は弱肉強食なのだ。
「有象無象の闇堕ち以下とは何だ。闇引きには種類があるのか」
「闇から勝手に生まれるのも、闇引きの妖力や体液に耐えられず変容するのも闇堕ちですよ。
そして私は闇引きです。それから――あぁ、しゃべりすぎですね。これから先は宵様、私の愛を受けていただいてから、に致しましょう?」
ふよふよと宵の双丘を揺らしながら水智は答える。
宵は胡散臭げに水智を見遣った。脇から入った水智の両手は気にならないらしい。
「何が目的なんじゃ?」
「言いませんでしたか? 私の子を産んでほしいと。ただそれだけなのですが」
「闇引きはお主だけじゃないんじゃろ?
この際、獣並だという闇堕ちはどうでもいい。闇引きを増やしてどうしたいんじゃ。国でも創るのか」
水智は痛みを堪えるような、感情を押し込むような表情を見せた。感情を顕わに出し、妻の死を語った時でもこんな顔を見せなかった男は、すぐにまた飄々とした顔に戻る。
「知りませんよ、他の闇引きの事など。私は私のしたいように生きているだけですから」
少し拗ねた風に聞こえるその言葉だったが、刹那的享楽主義猫の宵は、納得とともに至極共感した。妖艶な笑みを浮かべて舌舐めずりするように唇を開く。
「そうか。ではわっちが闇引き等を殺しても看過せんのだな」
「愚問ですね。貴女は、隣人以下の同族が殺されて憤る方だったのですか?」
「ないな」
「良かった。それでは私の愛を受けていただけますね? 宵様」
「愛と言うのが情交ならばそのつもりだが、子を生す事ならば無益じゃよ」
「そこは私の甲斐性でございましょう。必ずや宵様をその気にさせて御覧に入れますよ」
「ふむ……期待しておくと言っておこうかの」
水智の手は、今ではしっかり乳房を揉みしだいていた。宵の首筋に顔を埋め、耳元で愛を囁く。しかしさすがにここでおっ始める訳にもいかない。
心置きなく励める処に向かうか、まずは軽く一発致しておくのもいいかとさらりと考えたところで、何やら空気が変わった。
「何じゃ?」
「屋台街の奥、からでしょうか」
通りに出ても毎度の通り喧騒賑わしい屋台街があるだけのように見えた。睨みつけるように屋台街の奥を注視していると、やがてそれは宵が感じた違和感に追いついた。
さざ波のように、人々の不安が伝播してくる。まずは人々は足を止め、周りを気にしだし、戸惑うように屋台街の入口へ足を向け、やがては駆け出す。
宵たちの居た路地は、屋台街の浅い場所だったため、人々は訳もわからずとりあえず逃げている体だ。
「どうします? 私の棲み処に参りましょうか」
宵は水智の言葉に耳を貸さず、未だ人々の逃げ惑う奥を注視する。その時、屋台の屋根から数匹の猫が、宵の前に飛び出した。
「お前たち!!」
「にゃう!! んにゃぁ! (姐さん!! 影男が三匹です!)」
「んにゃお、にゃあ~! (灰チビが狙われ、朔殿が戦っております!)」
「なご、にゃにゃあ~! (多勢に無勢です!)」
「なんじゃと!? おい水智、お主の妻はどんだけ嬲られとんのじゃ!」
宵は進行上に突っ立っていた水智を突き飛ばし、奥から溢れる人々の波に突っ込んだ。
「何ですって!? ああ待って! 私も行きます!」
突然投げられた言葉に水智は憤り、飛びだして行った宵に慌てて後を追う。
疑問顔で逃げていた人々の顔は、奥に進むにつれて今や必死の形相に様変わりしていた。
「闇引きだー! 闇引きが出たぞー!!」
「早く走れ! 一匹じゃねぇ!」
「闇引きの群れだ~!」
皆が口々に叫び、人伝にされた言葉はますます混乱を乗せて飛散していく。
「埒が明かん! お前たち屋根に上がれ!」
逆流する人並みに辟易し、宵は屋台の隙間から屋根に飛び上がり奥を目指す。
猫達と水智もそれに続いた。
「三匹など、物の数に入らんだろうが!」
「んに゙ゃあ~に゙ゃに゙ゃ! (前のと強さが桁違いなんでさぁ!)」
「にゃにゃおん! (場所も悪く、朔殿は灰チビを抱えておりますゆえ!)」
「ふにゃあに゙ゃうに゙ゃがー! (我らが撹乱しても、殆ど灰チビしか追いません!)」
「チィッッ!」
宵は猫達の話で闇引き――水智に言わせると闇堕ち――が、猫達を襲う要因に確信を持つ。
闇堕ちは妖力の高いものを襲うのだ。
人だって妖怪だってより美味いものを喰いたい。そりゃそうかと宵は鼻で笑う。
意図せずだが、結果灰チビはどの猫よりも多く、宵からの妖力を受けたのだ。
朔も少なからず妖力があるのだが、共にあるのなら、そこはより食べ易そうな方に牙が向いたのだろう。
「見えた!」
屋台街のどん詰まり。そこは少し開けた広場だった。宵はダンッと大棟を踏みきり、瓦を撒き散らしながら大きく跳躍した。
「退けぇぇぇええ!!」
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