倭王が殺されるまでの事

敲達咖哪

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仏の飄泊

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 広庭王ひろにわノおおきみは、六人のきさきとの間に、十五男八女をもうけた。正妃、王の姪、石姫いしひめは、箭田王子やたノみこ他田王子おさだノみこ笠縫王女かさぬいノみこを生んだ。石姫いしひめ女弟いもうと稚綾姫わかやひめは、石上王子いそのかみノみこを生んだ。またの女弟いもうと日影姫ひかげひめは、倉王子くらノみこを生んだ。次に、蘇我稲目大臣そがノいなめノおおおみむすめ堅塩媛きたしひめは、七男六女を産んだ。橘王子たちばなノみこ磐隈王女いわくまノみこ臈嘴鳥王子あとりノみこ額田部王女ぬかたべノみこまたの名は炊屋姫尊かしきやひめノみこと椀子王子まろこノみこ大宅王女おおやけノみこ石上部王子いそノかみべノみこ山背王子やましろノみこ大伴王女おおともノみこ桜井王子さくらいノみこ肩野王女かたのノみこ稚子王子わくごノみこ舎人王女とねりノみこである。次に、堅塩媛きたしひめ女弟いもうと小姉君おあねノきみは、四男一女を産んだ。茨城王子うまらきノみこ葛城王子かつらきノみこ間人王女はしひとノみこ穴穂部王子あなほべノみこ泊瀬部王子はつせべノみこである。次に、春日臣日爪かすがノおみひつめむすめ糠子あらこは、山田王女やまだノみこ麻呂王子まろノみこを生んだ。大伴金村大連おおともノかなむらノおおむらじ物部尾輿大連もののべノおこしノおおむらじ蘇我稲目大臣そがノいなめノおおおみが政治をたすけた。
 この頃、人たちの見慣れない人形が、国々の海岸に流れ着くということが、相次いであった。それが仏の像であった。また、海の北に在る百済国くだらノくに新羅国しらきノくにから、そうした像や道具が贈られることもあった。特に、百済くだら聖明王しょうみょうおうから広庭王ひろにわノおおきみに宛てて、金銅こんどう釈迦しゃか仏像が送られて来た時などは、それが国王から国王への贈り物でもあるだけに、どう扱うかが問題となったものであった。
 聖明王しょうみょうおうの、送り状に勧めてこう言う。
みほとけのりは、これ世間よノなかにて最もたかきものなり。倭国わこくにても修行あるべし。仏ののたまわく、わがのりひむがしへと伝わらむ、と言えることを果たさむ」
 と。
 広庭王ひろにわノおおきみは、臣連おみむらじどもに意見を求める。
百済王くだらノこきしより贈られたる、ほとけかた精美くわしきこと、いまかつて有らざる。いやまうべきやいなや」
 稲目いなめが答える。
「西の国々はひとえにみないやまう。いかでかわが国のみ独りそむけますや」
 尾輿おこしは反対する。
「わがきみ倭王やまとノきみとましますゆえは、大八嶋おおやしまの神百八十柱ももやそはしらて、春夏秋冬ときどきに祭りたまうことをわざとすればなり。今改めて異国あだしくにの神を拝みたまわば、恐るらくは国神くにツかみの怒りを招かむ」
 物部もののべ氏は、祭儀を執行する職能をもって、歴代の倭王やまとノきみに仕えてきた。物部もののべの流儀では、海より漂い来る神は、海に流し帰すのが作法である。だから尾輿おこしにはそうする義務があった。
 稲目いなめにとって仏教は、祭儀よりもまず文明と外交の問題なのであった。今や仏教というものは、世界を風靡ふうびして、これを知らぬ者などは、海外では馬鹿にされるのである。そして最新の知識や技術は、仏教を媒介として流通しているのだ。わがくにの発展の為には、これを採用しなくてはならない。
 尾輿おこしは、かさねて反駁はんばくする。昔から疫病が流行はやるのは、異国の神をれる者に対して、国神くにツかみの心がたたるからである。王に申し立てる。
「今わがはかりごとを用いたまわざれば、必ずまた死病しにやみを致さむ。早く投げ棄てて、国神くにツかみさいわいを求めたまえ」
 広庭王ひろにわノおおきみは、慎重であった。仏像の美しさには心をかれるし、稲目いなめの言う事も分かる。しかし、結局は保守的な多数意見を採った。尾輿おこしは、仏像の魂を、依り代とする木偶でくけて、難波なにわ堀江ほりえから海へと流し棄てた。こんな古めかしい儀式を、稲目いなめ滑稽こっけいに思うのであった。
 広庭王ひろにわノおおきみは、治世三十有余年にして薨去こうきょし、翌年に他田王子おさだノみこが立って倭王やまとノきみとなった。他田王おさだノおおきみは、四人のきさきとの間に、六男十女をもうけた。前の正妃、息長真手公おきながノまてノきみむすめ広姫ひろひめは、押坂彦人大兄王子おしさかノひこひとノおおえノみこ逆登王女さかのぼりノみこ磯津貝王女しつかいノみこを生んだ。春日臣仲君かすがノおみなかツきみむすめ老女子おみなごは、難波王子なにわノみこ春日王子かすがノみこ桑田王女くわたノみこ大派王子おおまたノみこを生んだ。伊勢大鹿首小熊いせノおおかノおびとおぐまむすめ兎名子うなこは、太姫王女ふとひめノみこ糠手姫王女あらてひめノみこを生んだ。後の正妃、炊屋姫尊かしきやひめノみことは、二男五女を産んだ。貝蛸王女かいだこノみこ竹田王子たけだノみこ小墾田王女おはりだノみこ鵜守王女うもりノみこ尾張王子おわりノみこ田眼王女ためノみこ弓張王女ゆみはりノみこである。尾輿おこしの子の守屋もりや大連おおむらじとなり、稲目いなめの子の馬子うまこ大臣おおおみの位を継いだ。
 他田王おさだノおおきみは、父の忠実な後継者であり、同じように長く国を治めるものと思われた。その治世第四年に、正妃の広姫ひろひめ夭折ようせつしたことは、人々に不吉を感じさせたけれども、代えて炊屋姫かしきやひめが正妃に立てられたので、それは忘れられた。何しろ炊屋姫かしきやひめはもとより才媛さいえんとして評判が良かったし、同じ父王の子どうしの組み合わせとは慶喜めでたいものである。
 炊屋姫かしきやひめは、広庭王ひろにわノおおきみの治世第十三年に生まれた。生まれつき容姿かおかたちうるわしく、挙措ふるまいは礼にかない、この時は十八歳であった。稲目いなめの孫としてその薫陶くんとうを受け、舅父おじに当たる馬子うまことともに、進歩的な仏教派である。他田王おさだノおおきみの十三年に、馬子うまこ百済国くだらノくにより、仏陀ぶっだ弥勒みろくの像を取りよせたことは、炊屋姫かしきやひめの影響力のもとで黙認されたのであった。
 さらに馬子うまこは、かねて密かに高麗国こまノくにより招いて、針間国はりまノくに隠棲いんせいさせておいた法師恵便えべんと尼僧法明ほうみょうを呼びよせた。迎えには、東漢池辺直氷田やまとノあやノいけべノあたいひたと、鞍部村主司馬達等くらつくりノすぐりしめだちとを行かせた。家と別荘の、それぞれ一角をいて仏殿を営み、恵便えべん法明ほうみょうをそこに居らせ、三人の女性を出家させて法明ほうみょうの弟子とした。司馬達等しめだちとむすめしま戒名かいみょう善信ぜんしん漢人夜菩あやひとやぼむすめ豊女とよめ戒名かいみょう禅蔵ぜんぞう錦織壷にしこりノつぶむすめ石女いしめ戒名かいみょう恵善えぜん、この三人である。翌年には、初の舎利塔しゃりとう大野丘おおのノおかに建て、そこで法会ほうえを催した。そこまでを、黙々ながら公然とやりおおせた馬子うまこの次の課題は、仏教に他田王おさだノおおきみの公認を取りつけることである。
 おりから、ちまたでは流行はややまいで多くの死者が出ていた。それは西からやって来た。呉国くれノくにからの諸国から筑紫国つくしノくにへ、筑紫つくしから難波なにわへ、舟に乗って病魔はやって来た。初めは船乗りがその病気にかかった。その家族も同じ病気になり、それを哀れに思って世話をした人にもうつった。病魔は、難波なにわから川をさかのぼって、倭国やまとノくにの内にも入ってきた。患った者は、まず急に高い熱が出て、身に打たれるような痛みを覚える。三、四日するといったん解熱するかにみえるが、それから全身に無数のかさができる。また五、六日すると再び高熱となり、身をかれ砕かれるような痛みに苦しみながら死ぬ。もし治癒してもかさあとが残って、のちに肺を病んだり、悪い血が溜まったりして死ぬ者もある。
 やがて伝染を恐れて世話をしようという者もいなくなり、そうなると病人は食うものも食えず、独り泣きいさちつつ死んだ。死ねば家ごと燃やされることさえあった。ただ運良く治癒した者は二度とかからないらしいことが判ってからは、そうした者たちが病人の世話や遺骸の処理に当たった。
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