輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~緑の領域~

9.蝮鱗のフェナ

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「なあ、クウ。こういう砦ってのはな、慣れりゃあ外見だけで中がある程度は分かるんだぜ」

 ソウは駆けながら、隣で大真面目な顔で走るクウに話しかける。

「この"ホス・ゴートス"も例外じゃねえ。──建物が数棟すうとう。中央には見張りやぐらねた天守。石造りの丸い外郭がいかく。イルトじゃ珍しくもねえ構造だな。ちなみにこういう砦は、出入り口が前後に二つ設けられるのが原則らしいぜ」

「もしかして、脱出経路の話?」

「そうだ。人質と救出隊エルフ達は、俺の"浸洞レオナ"で少なくとも──外郭の外までは確実に逃がすつもりだ。だが、もしも俺が不覚を取っちまった時は、前後どちらかの出口を選んで、馬でも奪って逃げろよ」

「悪くない考えだけど、賛成はしないよ。僕、乗馬なんか出来ないしさ……。ここの人達は全員助け出す。ソウも含めての全員だ。もしソウが追い詰められたら──僕が残って君を逃がす」

「へっ、頼もしいな。──また、兜を被らなくていいのか? 頭をもう一度殴られねえ保証はねえぞ」

「うるさいよ。──ところで、牢の鍵の場所に心当たりはない? ソウが輪の能力で一つずつ牢にトンネルを作るのもいいけど、それだと時間が掛かり過ぎるよね」

 ソウは顎に手を当てる。

「確かにな。おそらく、鍵は建物ごとにそれぞれ一つずつあるぜ。あのマヌケ共の扱う鍵は粗末なもんだろうから、どの牢の鍵穴にどの鍵を入れてもきっと合うだろう。──よし。それじゃ、クウは鍵を手に入れて片っ端から牢を開ける役だ。今から別行動にしようぜ」

「分かった。──ソウは地上の目立つ場所にいて、開放した人達を安全圏まで"輪"の力で転送してあげて」

「ああ、うけたまわったぜ。──ちゃんとお前の手で助けてやれよ、あのエルフの女をな」

◇◇
 暗い牢で、ナリアは必至に泣き声をこらえていた。

 ナリアの後ろでは、既に幾人かの女エルフが嗚咽おえつを漏らしている。ナリアは牢の奥の彼女達に自分の顔を見せない様にしているのか、鉄格子のすぐ前に座っている。

 ナリアの長い耳がピクリと動いた。甲冑の音がしたのだ。

 今日、何度も耳にした恐怖の音。ナリアの身体が小刻みに震える。

「──ナリア!」

 その声に、ナリアの震えが止まった。縛られた窮屈きゅうくつな体勢で、鉄格子の向こう──兜を装備していない甲冑姿の人物の顔を見上げる。

「ああ、良かった。大丈夫? 何か酷い事されてない? すぐに出すからね」

 甲冑の人物は、せわしない手つきで牢の解錠に取り掛かる。ガチャガチャとやかましい音を立てて、鍵が開いた。

「よし。ここの牢の鍵は、ソウの言った通り全部一緒なのか。粗末な鍵で助かったよ」

 甲冑の人物は素早くナリアに駆け寄ると、ひどく不慣れな手つきで腰の剣を抜き、ナリアの縄を切断した。

「ずっと縛られてたんだね。手首が鬱血うっけつしてるよ。わっ──」

 ナリアが甲冑姿の人物──クウの胸に飛び込んできた。縄の後がくっきりと残った手首で、ぎゅっとクウを抱きしめる。

「……怖かったです」

「ああ、うん。だよね」

「……本当に、本当に怖かったんです」

「ああ、うん。考え付く限り最速の方法でここまで来たんだけど、でも──遅くなってごめん」

「……謝ってくれたので、不問とします」

「ああ、うん。思ったより元気そうだね。──急ごう。残念だけど、まだ僕らは安全じゃないんだ」

 クウは牢の奥に固まっていた女エルフ達の縄を、次々と切っていく。剣の扱いはぎこちないが、今度はとても手際が良かった。

「いいかい、皆。まず外に出たら、青と黒の縞模様のフード被った人の所に行くんだ。その人は味方で、安全な場所に移動させてもらえる。いいね?」

 女エルフ達はうなづいて、次々と牢の外に出て、外を目指す。これで牢に残ったのは、クウとナリアの二人だけになった。

 クウはナリアの背中を優しく押し、牢から出す。

「あっ……」

 牢の外の通路には、エルフ以外にも様々な種族の女性達の姿があった。白に近いの金髪に金色の瞳を持つ女性、青白い肌に魚のひれに似た耳を持つ女性、背がかなり低く褐色の肌と赤黒い瞳を持つ女性。

 様々な種族の女性が、連なった各牢から次々と重い足取りで出て来る。皆、既にクウの指示を既に聞いた後らしく、クウに一礼してから地上へと足を向ける。

「"ノーム"の女性、それに"マーフォーク"、"ドワーフ"まで……。他にも捕まっている方達が、こんなにいたんですね」

「騎士団は、『エルフ共の牢は地下牢の右奥だ』と言ってたんだ。他の種族も捕まえてる様な言い方に聞こえたんだけど、その通りだったよ。でも、それは大した問題じゃない。──どの道、ここにいる人達は、全員助け出すつもりだからさ」

 クウはそう言って、ナリアの背中をまた優しく押す。

「ナリア、君は先に行ってて」

「えっ。クウ、あなたは?」

「まだ唯一、開けてない扉があるんだ。ちょっと、気になるんだよね」

 クウの目線は、地上に通じる出口とは真逆の方向に向いている。その先には、見るからに他とは違う重厚じゅうこうな両開きの鉄扉てっぴがあった。

「行ってよ、ナリア。──また、後でね」

「……分かりました」

 ナリアは何度も振り返りながら、地上への通路へ急ぎ足で駆けて行った。

 「騎士団達の言葉を信じるなら、ここは牢の最奥部で、"対悪魔用兵器"がブチ込まれてるって言ってた……。兵器だとしたら、どうして牢に格納してるんだろう?」

 クウは鉄扉に鍵を差し込むと、すんなりと鍵は開いた。見た目通りに重い鉄扉を押し開け、奥へ進む。
「これは……」

 クウは驚きの声をらす。

 真四角な牢の空間、その中央。実験台にも似た鉄の台の上に──全身を拘束された何者かが横たわっていた。白い拘束衣の様なものを着て、足首から胸元までを革のベルトで台に固定されている。口には馬のくつわの様なものをくわえており、目には黒い布が巻かれていた。

 もう一つ特徴的だったのは、不思議な色彩を持つ、腰まで伸びた癖の無い長髪である。一見すると白だが、光の加減によっては緑色を含んだ様にも見えた。

 胸の膨らみや首の細さ、肌質から推察すいさつするにこの人物は──若い少女である。少女は規則的に大きな呼吸を繰り返している。どうやら寝息を立てているらしい。

 クウはここで、少女の横たわる台の横に置かれた、銀のたらいの中に──ある物を見つけた。

「これは……注射器?」

 確かに注射器だった。クウは手に取ってよく調べてみる。材質は真鍮製しんちゅうせいの様だが、液体のたまる部分は──透明度の高い硝子がらすが用いられている。

「この女の子は──何者なんだ?」
 
 クウはその場に立ち尽くし、目を閉じ、この少女を開放するべきか逡巡しゅんじゅんする。騎士団の言った"兵器"という部分の言葉を──どう解釈かいしゃくすればいいのか。それを考えていた。

 再び目を開けたクウの目からは、迷いが消えていた。

 クウは少女の体を固定しているベルトを、丁寧に全て外した。
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