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異世界"イルト" ~緑の領域~
10.十三魔将 ~紫雷のゴーバ~
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「寝てる……のかな?」
台の上の少女の拘束が、全て解けた。クウは少女の姿を、改めて観察する。
「ううん……。んんっ……」
台の上の少女が、吐息と共にゆっくり目を開けた。数回の瞬きの後、少女とクウと視線が合い、両者の間に沈黙が流れる。
「──あなたは、誰かしら?」
数秒の沈黙を破って発言したのは、少女の方だった。
「角が無いし、肌が青白くもない。それに髪の毛は──夜色ね」
「ヨル色、ね。やっぱり違和感あるなあ、その表現」
「聞くまでもなさそうだけど、あなたが開放してくれたのね。まさかとは思うけど……あなたは、"人間"なのかしら?」
少女は上体を起こし、台の上での姿勢を座位に変えた。
「僕は人間だよ。少なくとも、エルフには認めてもらえたね。──僕からも聞いていいかな。君は何者なの? 一応、明らかに捕まってたから開放したんだけど……」
「──"上位吸血鬼"よ」
「え?」
少女は台から降り立ち上がる。すこしよろけながら、身体の体幹を保とうとしている。長時間拘束されていたのだろうか。手足に痺れを感じている様子である。
「"上位吸血鬼"を知らないのかしら? 吸血鬼種の中でも完全な人型で、言語を介する知性と高い再生能力を持つ上位種。その一握りを示す呼称よ。最も、個体数が少ない故に遭遇する機会も少ないでしょうから、知らなくても無理は無いわね」
少女はふらふらとした足取りで、無理に歩き出す。すぐに転びそうになったが、クウが腕を掴んで受け止めた。
「真面に歩けもしないなんて、我ながら無様……。まあ、それほど消耗してる訳じゃないし、きっと時間経過ですぐ動けるようになるわね」
「──この部屋、"黒の騎士団"によれば"対悪魔用兵器"があるって言ってたんだよね。僕が見逃してる可能性を除けば、この部屋にはそれらしきモノは君ぐらいしかない。それについて、君はどう思う?」
「それは、私の事ね」
少女はあっさりと答えた。
「言葉の意味は、所謂生体兵器の類でしょうね。──私は傭兵を生業としているの。近頃は専ら、"黒の領域"から派遣される、侵略者達を討ち取るお仕事ばかりしててね。黒の騎士団の連中が私を恐れ、私個人の特別な呼び方を考案していたとしても、おかしくは無いわね」
「つまり"兵器"っていうのは、黒の騎士団が考えた失礼な渾名で、君は兵器と無関係だって事?」
「少なくとも私はそう思ってるわ。個人的には、極めて心外なのだけれど。ついでに言えば、騎士団達に不意打ちを受けて捕まって、特別牢で雁字搦めにされたのも想定外よ」
「つまり君は、黒の騎士団の敵でいいんだね? なら、やっぱり助けて良かったよ。──君の職業が傭兵って部分は懐疑的だけどさ」
「それなら、実際に仕事を目の前で披露するしか無いわね。──さあ、そろそろ身体の調子が、少しはマシになってきたかしら。奴らに、お礼をしてあげなきゃ……」
少女は自分の身体のあちこちを動かす。傍目からは、入念な準備運動の様にも見える。
「歩ける程度には回復した? 吸血鬼さん──じゃなくて、えっと……」
「──フェナよ」
クウは漸く、吸血鬼の少女の名前を知った。
「人間さん、あなたの名前は?」
「僕は、蔵王空介。──いや、やっぱりクウって呼んで」
「クウね。──助けてくれてありがとう、クウ」
「あ、いや。──どういたしまして」
フェナの感謝の言葉に、クウは少し照れる。
クウはフェナの足取りを気にしつつ、ソウと合流すべく牢の外を目指した。
◇◇
「これは……」
フェナと共に地上に出たクウが、驚いた様子で呟く。
騎士団達が、至る所に血塗れで横たわっていた。倒れている騎士団達は全員、頭部から夥しい出血をしており、何か強い打撃を頭に受けた様子が見て取れた。既に事切れている様子で、ピクリとも動かない。
──強い打撃。
クウは状況を分析する。ソウは騎士団を仕留める際、青く光る短刀を武器に使っていた。これがソウの仕業と考えるには、不自然である。
嫌な予感がして、クウは走り出す。フェナが一瞬だけ遅れて、後に続く。
「──ソウ!」
最初の、騎士団達が宴会をしていた広場に、ソウが一人で立っていた。その姿を見て、クウが叫ぶ。
広場の各所からは、激しい火の手が上がっている。クウの起こした風で勢いを増した炎は、周囲の酒樽などを助燃材代わりにして更に強まり、広範囲に延焼したのだと推察された。
クウはソウのすぐ傍まで歩み寄り、もう一度ソウを呼ぶ。
「ソウ! ──捕まってた人や、エルフの皆は!?」
「……ついさっき、何とか全員外郭の外に逃がした。心配ねえよ」
「何とか……?」
クウは、はっとしてソウを見る。よく見るとソウの頭部からは出血があり、彼の着ている皮鎧はかなり破損していた。別行動をとる前のソウは、確実にこうでは無かった筈である。
「逃がした連中なら、後を追われる心配はねえよ。騎士団のマヌケ共は、ほぼ全滅しちまったからな。──あの男の手で」
クウは、ソウの視線の先を追う。
広場の中央。炎に煌々と照らし出された甲冑姿の大男が、ゆっくりとこちらに歩いて来る。明らかに他の騎士団の甲冑とは一目で違うと分かる、絢爛な装飾の施された鎧を着ている。
大男の手には、悪魔の頭部を象ったかの様な禍々しい形状の戦棍が握られている。戦棍の先端からは鮮血が滴り落ち、既に幾人もの犠牲者が出たという事をクウに示唆していた。
「──ほう。貴様が、新たにイルトへと至った"人間"か」
大男がクウを睨んで言う。
「華奢な体躯よ。人間は、我々"大悪魔"に勝るとも劣らぬ肉体を持つと聞くが、貴様を見てもそうは思えんな。まあ、試してみるのも一興ではあるか……」
大男は戦棍を振り被る。大男の額にある角から、紫色の光が浮かび上がった。
「十三魔将、"紫雷のゴーバ"。──参る」
台の上の少女の拘束が、全て解けた。クウは少女の姿を、改めて観察する。
「ううん……。んんっ……」
台の上の少女が、吐息と共にゆっくり目を開けた。数回の瞬きの後、少女とクウと視線が合い、両者の間に沈黙が流れる。
「──あなたは、誰かしら?」
数秒の沈黙を破って発言したのは、少女の方だった。
「角が無いし、肌が青白くもない。それに髪の毛は──夜色ね」
「ヨル色、ね。やっぱり違和感あるなあ、その表現」
「聞くまでもなさそうだけど、あなたが開放してくれたのね。まさかとは思うけど……あなたは、"人間"なのかしら?」
少女は上体を起こし、台の上での姿勢を座位に変えた。
「僕は人間だよ。少なくとも、エルフには認めてもらえたね。──僕からも聞いていいかな。君は何者なの? 一応、明らかに捕まってたから開放したんだけど……」
「──"上位吸血鬼"よ」
「え?」
少女は台から降り立ち上がる。すこしよろけながら、身体の体幹を保とうとしている。長時間拘束されていたのだろうか。手足に痺れを感じている様子である。
「"上位吸血鬼"を知らないのかしら? 吸血鬼種の中でも完全な人型で、言語を介する知性と高い再生能力を持つ上位種。その一握りを示す呼称よ。最も、個体数が少ない故に遭遇する機会も少ないでしょうから、知らなくても無理は無いわね」
少女はふらふらとした足取りで、無理に歩き出す。すぐに転びそうになったが、クウが腕を掴んで受け止めた。
「真面に歩けもしないなんて、我ながら無様……。まあ、それほど消耗してる訳じゃないし、きっと時間経過ですぐ動けるようになるわね」
「──この部屋、"黒の騎士団"によれば"対悪魔用兵器"があるって言ってたんだよね。僕が見逃してる可能性を除けば、この部屋にはそれらしきモノは君ぐらいしかない。それについて、君はどう思う?」
「それは、私の事ね」
少女はあっさりと答えた。
「言葉の意味は、所謂生体兵器の類でしょうね。──私は傭兵を生業としているの。近頃は専ら、"黒の領域"から派遣される、侵略者達を討ち取るお仕事ばかりしててね。黒の騎士団の連中が私を恐れ、私個人の特別な呼び方を考案していたとしても、おかしくは無いわね」
「つまり"兵器"っていうのは、黒の騎士団が考えた失礼な渾名で、君は兵器と無関係だって事?」
「少なくとも私はそう思ってるわ。個人的には、極めて心外なのだけれど。ついでに言えば、騎士団達に不意打ちを受けて捕まって、特別牢で雁字搦めにされたのも想定外よ」
「つまり君は、黒の騎士団の敵でいいんだね? なら、やっぱり助けて良かったよ。──君の職業が傭兵って部分は懐疑的だけどさ」
「それなら、実際に仕事を目の前で披露するしか無いわね。──さあ、そろそろ身体の調子が、少しはマシになってきたかしら。奴らに、お礼をしてあげなきゃ……」
少女は自分の身体のあちこちを動かす。傍目からは、入念な準備運動の様にも見える。
「歩ける程度には回復した? 吸血鬼さん──じゃなくて、えっと……」
「──フェナよ」
クウは漸く、吸血鬼の少女の名前を知った。
「人間さん、あなたの名前は?」
「僕は、蔵王空介。──いや、やっぱりクウって呼んで」
「クウね。──助けてくれてありがとう、クウ」
「あ、いや。──どういたしまして」
フェナの感謝の言葉に、クウは少し照れる。
クウはフェナの足取りを気にしつつ、ソウと合流すべく牢の外を目指した。
◇◇
「これは……」
フェナと共に地上に出たクウが、驚いた様子で呟く。
騎士団達が、至る所に血塗れで横たわっていた。倒れている騎士団達は全員、頭部から夥しい出血をしており、何か強い打撃を頭に受けた様子が見て取れた。既に事切れている様子で、ピクリとも動かない。
──強い打撃。
クウは状況を分析する。ソウは騎士団を仕留める際、青く光る短刀を武器に使っていた。これがソウの仕業と考えるには、不自然である。
嫌な予感がして、クウは走り出す。フェナが一瞬だけ遅れて、後に続く。
「──ソウ!」
最初の、騎士団達が宴会をしていた広場に、ソウが一人で立っていた。その姿を見て、クウが叫ぶ。
広場の各所からは、激しい火の手が上がっている。クウの起こした風で勢いを増した炎は、周囲の酒樽などを助燃材代わりにして更に強まり、広範囲に延焼したのだと推察された。
クウはソウのすぐ傍まで歩み寄り、もう一度ソウを呼ぶ。
「ソウ! ──捕まってた人や、エルフの皆は!?」
「……ついさっき、何とか全員外郭の外に逃がした。心配ねえよ」
「何とか……?」
クウは、はっとしてソウを見る。よく見るとソウの頭部からは出血があり、彼の着ている皮鎧はかなり破損していた。別行動をとる前のソウは、確実にこうでは無かった筈である。
「逃がした連中なら、後を追われる心配はねえよ。騎士団のマヌケ共は、ほぼ全滅しちまったからな。──あの男の手で」
クウは、ソウの視線の先を追う。
広場の中央。炎に煌々と照らし出された甲冑姿の大男が、ゆっくりとこちらに歩いて来る。明らかに他の騎士団の甲冑とは一目で違うと分かる、絢爛な装飾の施された鎧を着ている。
大男の手には、悪魔の頭部を象ったかの様な禍々しい形状の戦棍が握られている。戦棍の先端からは鮮血が滴り落ち、既に幾人もの犠牲者が出たという事をクウに示唆していた。
「──ほう。貴様が、新たにイルトへと至った"人間"か」
大男がクウを睨んで言う。
「華奢な体躯よ。人間は、我々"大悪魔"に勝るとも劣らぬ肉体を持つと聞くが、貴様を見てもそうは思えんな。まあ、試してみるのも一興ではあるか……」
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