輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト"~青の領域~

64.謎の遺体

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◇◇
 青の領域。ベッドの上で、フェナは一人で目を覚ました。出入り口のドアの隙間から、室内に差し込む朝日がフェナの顔に当たり、フェナは目を細める。
 
「──クウ?」

 目をこすりながらそうつぶやいたフェナは、下着姿である。先日購入した高価な服は、脱いで眠ったらしい。

 フェナは乱れた髪を手で整えながら立ち上がると、クウの姿を探す。クウの姿は無かったが、室内の奥の方から物音がした。

 フェナが音の聞こえた方へ進む。そこには建物の裏口のドアがあり、外に何者かの気配があった。

「クウ?」

 裏口のドアの向こう側、物置のような閉塞空間へいそくくうかんに、クウが"魔導書"を片手に立っていた。

「──ああ、フェナ。おはよう。……その恰好かっこうは、ちょっと刺激的過ぎるよ」

「私の下着姿なんて、何度も見てるでしょう? 二人きりで夜を明かしたことなんて、これまで何度もあったじゃない」

「これまでは、一緒に同じベッドで寝たことは無かったよ。……朝起きた時、その姿で君が背中に抱き付いてたのに気付いた時は、本当にびっくりしたんだからね」

「あら、顔が赤いわね。──少しは私に魅力みりょくを感じてくれてるのかしら。悪い気はしないわよ。うふふ」

 フェナはそこで、クウの目の前にある──巨大な木桶きおけのような物の存在に気付く。桶の中には、熱湯が大量に満ちていた。

「クウ、それは何? あなた、何をしていたの?」

「ああ、うん。お風呂作ってたんだ」

 フェナは首をかしげる。

「使われてない本棚が一つあったから、ここに持って来たんだ。横倒しにして中板を外して、外から水路の水をんでこの中にめたんだよ。フィエラルの水路の水って、思ってたよりキレイだね。──まあそういう訳で、この"魔導書"の中に書かれてた基本魔術を一つ、ためしてみたんだよね」

 クウが本棚の側面をフェナに指で示す。本棚の底面ていめんに、光る文字が書かれていた。

「"熱を発生させる魔術"の命令式を、底に書き込んでみたんだ。水を入れたらお湯に変わるかと思ってやってみたんだけど、成功したみたいだね。本棚だから大して奥行きはないけど、それでも上々な仕上がりでしょ。──フェナ、朝の一番風呂をゆずってあげてもいいけど、どう?」

れるのは嫌いなのだけれど──湯浴ゆあみの機会なんてそうそう無いものね。逃すのは惜しいわ……」

「でしょ? そう言うと思ったよ。バスタオル代わりになる布も探して、そこに掛けておいたからね。──僕はそっちの部屋にいるからさ、ごゆっくりどうぞ」

 そう言ってクウが移動しようとした時、フェナがクウの手をつかんだ。

「クウ、あなたも一緒に入るのよ。──背中を洗う人が必要でしょ?」

◇◇
 "霧の館"、その館の内部の一室。

 クウとフェナは巨大な卓子テーブルの前に座る"マルトシャール伯爵はくしゃく"の正面に、二人で並び立っていた。

「──来てくれたか」

 "伯爵"はクウとフェナを交互に見て、満足そうにうなづく。

「クウ君。鼻血がれているぞ? どうしたんだ?」

「えっ、嘘!? ──失礼しました、伯爵」

 クウが高速で鼻をこすり、垂れた血をぬぐい取った。

「──落ち着いたようだな。それでは、本題に入ろう」

「はい。お願いします、伯爵」

 伯爵──マルトシャールが咳払いをする。

「今朝早く、ソウの奴がここに立ち寄って行った。ギルド、"蒼黑の鯨アクオーナ"として、俺の依頼を正式に受けると伝えるためにな。──クウ君、そしてフェナじょう。よろしく頼むぞ」

「ええ。"黒の騎士団"に潜入せんにゅうして消息をった、伯爵の部下を探し出すんですよね?」

「そうだ。──言うまでもないが、これは非常に危険な仕事だ。その覚悟は、してくれているか?」

「無論です、伯爵。その代わり──依頼が達成できたら、僕個人にも見返りを下さい」

「個人に?」

 マルトシャールが不思議そうな顔をした。

「見返りと言っても、金銭を要求したい訳ではありませんよ。僕はある事を知りたいんです。それについて、伯爵に情報を集めて頂きたい。──伯爵はフィエラル一の情報通だと、ソウが言ってましたから」

「ふむ……その要求する情報の内容にもよるが、まあ良いだろう。──依頼を達成したあかつきには、ギルドへ金銭の報酬ほうしゅうを支払い、君に対しては今言った要求に応じる。約束しよう」

 約束という言葉で言い切ったマルトシャールに、クウはゆっくりうなづいた。

早速さっそくだが──これを受け取ってくれ」

 マルトシャールは、クウに──折りたたまれた羊皮紙ヴェラムを手渡す。

「それには、俺の部下が今いると予想される場所をいくつかしるしておいた。おそらくは、その内の何処かに奴はいる。理解しているだろうが、奴がいる場所には、同時に──」

「"黒の騎士団"もいる。そういう事ですよね」

「ああ。場合によっては、"十三魔将"と出くわす可能性もある。──君には以前、フィエラルへの侵攻しんこうを狙っている一体の話をしただろう?」

「ええ、覚えていますよ」

今朝けさ、奴についての新たな情報を得た。約束通り、君にも教えよう。──そいつの名は"蠢動しゅんどうのヴィノーゼン"。"輪"の能力は不明だが、ひげを蓄えた老人の姿をした大悪魔デーモンだ」

 クウとフェナが、顔を見合わせる。これまでに対峙たいじして来た"十三魔将"のことを思い出しているのかも知れない。

「その紙に従って、君が向かうであろう場所。そこにいる"黒の騎士団"は、ヴィノーゼンの部下に当たる。──老人とは言っても残虐ざんぎゃく大悪魔デーモンであることに変わりはないからな。できる限り、指揮官である奴とは接触しないよう心掛けるべきだ」

「ええ、そうします。──目の前で誰かが危険な目にってるのを見たら、分かりませんけどね」

「そうか。──君を見ていると、昔のソウを思い出すな」

「え──?」

 その時だった。突然クウとフェナの背後に何者かが姿を現す。見た事の無い顔の、ノームの男だった。

「は、伯爵──! だ、大至急──お伝えしたい事が──!」

 ノームの男は息を切らし、あわてた様子でマルトシャールを見ている。

「その様子、一体どうした? 来客中だが、この際かまわん。──話せ」

「は、はい……」

 ノームの男は、マルトシャールの部下だったらしい。男は息を整え、静かに口を開く。

「"霧の四貴人"の一人、"もやのトールコン"と思わしき人物の──遺体いたいが発見されました」

「何だと!?」

 マルトシャールが、驚きの声を上げる。

「遺体はかなり損壊そんかいが激しく、おそらく苛烈かれつ拷問ごうもんを受けた末に殺されたものと思われます。──顔の判別は難しいですが、服装や装飾品は間違いなくトールコンのものであり、背格好も本人と酷似こくじしておりました」

「確かに、奴の姿は誰も見ていなかったが……。しかし、まさか……」

 マルトシャールが勢いよく立ち上がる。

「今すぐ、その場所まで案内しろ。──クウ君、フェナ嬢。君達はどうする?」

 クウはフェナを見た。フェナは何も言わず、クウをただ見ている。クウに従うという意思表示だろう。

「伯爵。良ければ、僕達もご一緒させて頂けませんか? ──根拠こんきょはありませんけど、何と言うか……同行しておいた方がいい気がするんです」

「うん? まあ、いいだろう。──急ぐぞ」
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