【完結】おっさん、初めて猫を飼う。~ナル物語~

水瀬 とろん

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第一章

第9話 爪切り1

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 翌朝、また女の人の声が遠くに聞こえる。頬にはプニプニとした感触……。

「うわっ、起きるよ! 起きるから爪を立てるの止めてくれ」

 朝の六時前。けなげにもナルが俺を起こしてくれる。ナルに起こされんでも七時には目覚ましが鳴るんだがな。欠伸あくびしながらキッチンへと向かい、ナルの餌を用意する。
 そういえば、今朝は体がかゆくない、薬が効いたのかもしれんな。念のため今日もシーツや寝間着を洗濯しておくか。


 出社して早瀬さんにお礼を言う。

「昨日、ノミの薬の事を教えてくれて助かったよ。今朝は一緒に寝ていても大丈夫だった」
「それは良かったです。私も小さい頃に野良猫を拾って来て、家の中がノミだらけになって大騒ぎになった事があるんですよ」

 その時に、あの薬の事を知ったと言っている。即効性のある薬で持続性もあるそうだ。早瀬さんの猫の事も聞いてみた。

「今飼っている猫は、最初に獣医さんに診てもらって、その後はノミとか病気とかも無いので安心してます」

 野良猫ならすぐにでもワクチンを打たないといけないらしいが、飼われていた成猫なら、それほど急ぐこともないだろうと言っていた。

 女性陣が、飼いネコと一緒に俺が寝ていると聞いて陰でクスクス笑っているようだが聞こえているぞ。仕方ないだろうナルの方から布団に入って来るんだから。

「篠崎班長。なんかいいすね~。女子たちにチヤホヤされて。俺も猫飼ってみようかな~」
「バカ野郎。手や顔を引っ掻かれるわ、部屋の中を暴れ回ったりと大変なんだぞ。西岡に猫なんぞ飼えねえよ」

 こいつは、佐々木の同期で三年目だが、どうもしゃんとしていない。後輩の早瀬さんも入ったんだからもっとしっかりしてほしいものだ。


 帰宅し、いつものようにナルに餌を与える。後はのんびりして寝るだけなのだが、毎朝ナルの爪に怯えながら起きるのもどうかと思う。爪を切ってしまえばいいんじゃないか。ナルは室内飼いの猫だ。外に行くことは無いから爪を切っても問題ないだろう。

「お~い、ナルこっちに来てみな」

 ガラス戸の向こうで毛づくろいをしていたナルを呼ぶ。呼んだだけじゃこっちに来ないか。キッチンに行ってナルを抱えてフローリングの部屋へ連れてくる。

 ナルをちょこんと座らせて爪を見せてもらおうと前足を掴んでみる。肉球がプニプニじゃないか。なんだか気持ちいいぞ。ナルは気にした様子も見せずにお腹の毛づくろいを続けている。
 まずは爪の状態を見んとな。ナルが大人しくしてくれている今のうちに、肉球を少しつまんでみると鋭い爪が押し出される。

「流石に鋭いな。この先端だけでも切れたらいいんだが」

 俺はすこし大きめの爪切りで爪を切ろうとしたが、爪が湾曲していて上手く刃と刃の間に爪が入ってくれない。
 何とか爪を1本切ったが、痛かったのかナルが暴れて、それ以上爪を切らせてもらえなかった。

 本を見てみると猫専用の爪切りがあるらしいが詳しくは書いていなかった。病院や動物の美容院に行けば爪を切ってくれるそうだが五千円程すると書いてある。
 シャンプーとかも一緒にしてくれるそうだが、毎回そんな所に連れて行く気はない。こんな事ぐらいは自分でできるようにならんとな。

 翌日の仕事帰りにスーパーに寄ってみる。スーパーで食材を買う前にペットコーナーに行って爪切りを探したが、人の物より大型の爪切りしかなかった。この型の爪切りじゃ切りにくいんだよな。
 仕方ない、後日違う所の店も見てみるか。


 次の日。ホームセンタに立ち寄ってみたが、これという物は見つからなかった。ネットでも調べたが、初心者の俺には画像だけでどれがいいのか判断がつかない。実物を見て俺の手に合った大きさや使い勝手などを見てみたい。

 他の店でも気に入ったものは見つからなかった。そうだ会社帰り、少し遠回りすれば大きな百貨店がある。あそこにもペットショップはあったはずだ。

 翌日。足を延ばしてやって来たペットショップは百貨店の屋上にあった。熱帯魚やハムスターなども売られている広い空間だ。昔、百貨店の屋上と言えば遊園地みたいになっていたんだが、今はこんな風になっているんだな。

 お目当ての猫のグッズコーナーに行ってみると、いくつもの爪切りが並んでいた。

「お~、これだな」

 数ある爪切りの中から使いやすそうな物を見つけた。全て金属製のペンチのような形。先端はUの字の輪っかになっている。ここに爪を入れて持ち手を握ると刃が下から出てきて爪を切る仕組みだ。

 二千五百円と少し高いような気がするが、爪が切れるチャンスは短い。ナルが暴れない間に素早く切る事のできる物が欲しい。それを考えるとこの爪切りが一番いいように思える。よし、こいつを買って帰るか。
 今日は寄り道した分、帰るのが遅くなってしまった。爪切りは明後日の休みの日にゆっくりしよう。

「ナル。覚悟しておけよ。明後日にはお前の足の爪を全部切ってやるぞ」

 そう言って、買って来た爪切りを握ったり開いたりと練習をする俺であった。
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