【完結】おっさん、初めて猫を飼う。~ナル物語~

水瀬 とろん

文字の大きさ
10 / 50
第一章

第10話 爪切り2

しおりを挟む
 今日は休日。何としてもナルの爪を切らないといけない。まずは下手したてに出てナルの機嫌を取ろう。

「さあ、ナル。今朝のご飯だ。少し鰹節もトッピングしておこうな」

 プラスチックのお椀に入れた水も入れ替える。トイレも綺麗に掃除しておこう。しばらく隣の部屋からナルの様子を覗うと、餌も食べトイレも済まして今は毛づくろいをしている。よしよし、リラックスしているようだな。

「ようし、ナル。こっちにおいで」

 ナルを抱き上げて洋室の部屋で、胡坐あぐらをかいた俺の足の間にナルを置く。この体勢なら少々暴れても押さえ付ける事ができるだろう。

 ナルを背中から抱きかかえるようにして、左手でナルの前足を掴む。俺の右手には最新兵器の猫用爪切りがキラリと光る。さあ、爪を切らせてもらうぞ。

 そっと前足の肉球を押さえて爪を出す。ナルは毛づくろいに夢中でここまでは大人しいままだ。やれる、これならやれるぞ。
 爪切りの先端の輪に爪先を差し入れて取っ手を握り爪をカットする。
 切れ味もいいな。痛くはないはずだが、違和感を感じたのかナルは少し手を引っ込めて前足を床につく。でも前のように暴れることはない。

「よし、よし。いい子だ」

 このまま、二本目の爪も切ろう。抱えたナルの手を取って爪を出す。今度はもう少し奥まで切ろうと爪を長めに差し入れてカットした瞬間、ナルが声を上げて暴れだした。

「うわっ! すまん、すまん。少し切りすぎたか」

 猫の爪には血管や神経の通っている部分がある。そこまでは切っていないが近い部分を切って刺激したのかもしれない。
 飛び回るナルを捕まえて撫でてやるが、なかなか足を触らせてくれなくなった。仕方ない。ナルの機嫌が直るまで待つか。

 午後、もう一度挑戦だ。少し警戒しているようだがブラッシングしたり頭を撫でたりして機嫌を取る。リラックスしたところで俺の足の間に座らせて爪を出してカットしていく。少し嫌がっているようだが、まだ大丈夫だ。
 前足にある五本の指のうち四本を切って最後に親指。親指はでかいな。太くて他の爪とは違うぞ。

 大きな親指の爪を爪切りの先端に入れて、力を入れて取っ手をギュッと握る。少し痛かったのかナルが俺の手から逃げ出した。まだ前足の片手しか爪を切れていない。初めての爪切りで俺が下手へたなんだろう。痛がらせてしまったようだ。だが、後ろ足も含めて今日中に切っておきたい。

「ナル、頼む! 爪を切らせてくれんか。爪が長いとお前も歩きにくいだろう。俺も引っ掻かれると痛いしさ、爪とぎ用の段ボールもすぐボロボロになる。なっ、頼むから爪を切らせてくれ」

 ナルの正面で顔を見ながら懇願し続ける。言葉が通じるわけではないが、切らせてくれと何度も頼んだ。
 ナルは分かってくれたのか、俺の前でちょこんと座る。背中を撫でて抱きかかえるようにして俺も座る。

「今度は痛くないように巧くやるからな」

 慎重に爪を出して爪切りの先端に差し込む。爪を固定して振動を与えないようにして素早く切る。次の指の爪を出して切る。ナルも大人しく協力してくれる。何とか全部の爪を切ることができた。

「ありがとうな。ナル」

 動物に対して話しかけるというのも変だが、さっきナルの目を見ながら爪を切らせてくれと頼んだら理解してくれたように思えた。言葉の意味は分からないだろうけど、真剣に何かお願いしていることだけは分かってもらえたように感じた。

 猫と言えども人間の言葉を少しは理解している。少なくとも自分の名前に関してはちゃんと分かっていて、名前を呼ばれたら後ろ向きでも、こちらを振り向くし、別の部屋にいても呼べばこちらに寄ってくる。

 動物と人間であっても、ちゃんとコミュニケーションが取れるものなんだな。犬は躾ければ何種類も言葉を理解すると聞いた事があるが、猫でもある程度は理解しているのだろう。

 俺は元から犬派でも猫派でもない。三十を過ぎたこの歳になるまで、動物を飼った事もない……いや子供の頃、手乗りのセキセイインコを叔父からもらって育てたことがあったか。でも一週間も経たずに、ほんの少し開いた窓の隙間から飛んで逃げて行ってしまった。名前を呼んでも戻ってこない。動物というのは身勝手な生き物なんだと思ったものだ。

 だが本当に身勝手なのは、人間の方だと後に知った。ペットを飼うなどという行為自体が俺は嫌いになった。

 ナルを見ていて心が通じ合えたように思ったり可愛いと思ったりするのも、人間の身勝手な思い込みなんだろう。ナルにも感情があり、猫としての生き方もあるのだろう。
 猫は好き嫌いがはっきりしているようだ。たとえ飼い主が与えた物でも嫌いならそっぽを向く。甘えてくることはあっても飼い主に媚びるような事はしないみたいだな。そんな自由な猫の生き方が羨ましくなってくる。

 しかしナルをペットとして飼った限りは、最期まで面倒を見るのは人間側の責任だ。俺はまだまだ飼い主としては未熟だからな。ナルにいろんなことを教えてもらいながら成長していかんとな。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

処理中です...