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第三章

第44話 野良猫3

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 日野森さんは、四国出身で岡山県の大学を出て、就職先である大阪に引っ越してきたらしい。この近くにある食料品メーカーの営業職をしているそうだ。

「今住んでいる所は、ここから遠いのか」
「三駅先です。あまり職場に近すぎるのも嫌だったので」

 就職先が決まってからの引っ越しだ。職場近くでも良かったはずだが、まあ、そういう考えもあるだろう。幸い今住んでいる賃貸マンションはペットを飼ってもいいらしい。駅まで送る途中のホームセンターやスーパーに立ち寄りながら、必要な用品を説明していく。

「今日は、本当にありがとうございました」
「いや、何か困ったことがあれば、連絡してきてくれ。もし良ければ、職場の女性社員を紹介するよ。彼女の方が猫に詳しいし、同性で同じぐらいの年代だ。その方が話しやすいだろう」
「まあ、ご親切にありがとうございます。その社員の方がいいとおっしゃれば、連絡を取っていただけますか」

 俺よりも早瀬さんにアドバイスをもらった方が、ためになるだろうからな。何度も頭を下げてお礼を言う日野森さんと駅で別れた。

 翌日、早速日野森さんは動物保護団体に行って猫に会って来たそうだ。ケージの奥でうずくまって敵意の目を向けている茶トラ猫の写真が送られて来た。
 この猫を飼い馴らすのは大変だろうが、日野森さんには頑張ってもらいたいものだ。

 会社で事情を話すと、早瀬さんは快くサポートを引き受けてくれた。
「あたしも、あたしも」と佐々木まで言って来たが、お前は野良猫の事詳しくないだろうが。
 まあ、いい。二人に日野森さんの連絡先を伝えて、相談に乗ってもらう事にする。
 早瀬さんと佐々木はその後、日野森さんの家に行って色々とアドバイスをしたそうだ。

「早瀬さん、日野森さんのマンションはどんな感じだったんだ。ペット可とは言っていたが」
「2DKのお部屋で広かったですよ。あれなら十分ですね」
「あのね、大阪に来て三年経つそうだけど、前はもっと小さな部屋で一度引っ越したんだって。前だったら絶対飼えなかったって言っていたわ」

 最初の頃は、家賃の安いアパートのような所に住んでいたそうだ。隣りの声が聞こえるなど環境が悪くて、一年で引っ越したらしい。今のマンションなら音も聞こえないから、室内飼いの猫なら多少鳴いても大丈夫だろうと言っている。
 就職のために、初めてこっちへ出てきたんだ。最初の頃は色々と失敗もあっただろうな。


 二週間後、早瀬さんに日野森さんの事を聞くと、家には猫用品などを買い揃えて猫を引きとる準備はできているそうだ。人に馴れていない野良猫を飼うから、最初はケージが必要だろうと早瀬さんがアドバイスして縦に二段のケージも用意したようだな。
 ただ猫をもらい受けるはずだった二週間の予定が、動物保護団体から一週間伸ばしてほしいと連絡があったそうだ。

「もう、怪我は治っているようなんですけど、まだ人馴れしていないそうで先延ばしになったようです」
「まあ、仕方ないだろうな。俺が捕まえた時も、すごい声で鳴いていたしな」
「あたし、マラカをもらい受ける時は待ち遠しかったけど、日野森さんもすごく楽しみにしてましたよ。名前ももう決めていて、クレオって言うんだって」

 佐々木も動物保護団体から猫をもらい受けて、里親になったんだったな。不幸な猫を作らないためにもそれが一番だ。
 クレオの名前の由来を聞くと、猫の目尻から頬にある縞模様をクレオパトラ・ラインというらしいが、それがくっきりとしていて気品にあふれた顔立ちだからだそうだ。
 俺は捕まえた時の怒った顔の印象しかないが、最近の写真を見せてもらうと、確かに気品のある美人さんの顔立ちをしているな。

 顔の模様は猫によって個性があって、額の模様などはMの字になったり切れ切れの細長い模様だったりするらしい。クレオは四本のラインが目から額へ綺麗にす~っと伸びていて王冠を被っているように見えるな。そういやナルはMの字の縞模様だったか。

「日野森さん、お世話になった班長にも家に来てほしいって言ってましたよ」

 まあ、それは遠慮しておこう、若い一人暮らしの女性の部屋だ。それにクレオは捕まえた俺の事を覚えていて恨んでいるかもしれんしな。

 そして一週間後、予定通り茶トラ猫のクレオを保護団体からもらい受け、家の中のケージで飼っているとメールが来た。ケージの奥でじっと蹲っている猫の写真がそこにはあった。
 一緒にもらい受けに行った早瀬さんに聞くと、大きな声で鳴くことは無かったが、警戒して人に懐くには時間がかかりそうだと言っていた。

「今までずっと一匹で生きてきた猫だからな。急に人間と暮らす事になったんだ。警戒するのも無理はないだろ」
「そうですね。まずは今住んでいる所が、安全な場所だと認識してくれればいいんですけど」

 クレオの入っているケージは大きな物で、猫トイレや餌や水を置く場所もあり、二段になっていて猫が動き回れるようになっている。そこが安全な場所だと思ってくれたら、次は部屋の中に出して部屋全体を自分のテリトリーだと思わせるそうだ。

「早瀬さん。俺にできる事は何でもする。すまんがもう少しサポートを続けてやってくれ」
「はい、それはもう」
「あたしも、今度の休みに日野森さんの家に行くの。あたしたちに任せておけば大丈夫よ」

 いや、いや。佐々木が行って、その甲高い声でしゃべられたら猫も迷惑だろう。まあ、それでも猫を飼っている先輩として役に立ってくれるならいいんだが。
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