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第四章
第48話 祭り
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今日から近所の公園で夏祭りが開催されるようだ。そういや、マンションの玄関には一週間前から祭りのポスターが貼られていたな。このマンションに引っ越してきて一年近く、ここの祭りは初めてで楽しみだ。
昨日、会社帰りに公園の横を通ると、やぐらを組んだり夜店のための材木を並べて準備していた。週末の二日間行う本格的な祭りのようだな。
ここから、さほど離れていないが俺の実家ではだんじりを引いた祭りをやっていた。あの有名な岸和田だんじり祭りとは違って、五、六人が乗れる小さなだんじりを、大勢で引っ張ってゆっくりと町内を回っていく。小さな頃、一度そのだんじりに乗せてもらったことがあったな。
「ナル、今晩は大勢の人があの公園に来るようだぞ。どんな祭りなのか楽しみだな」
とはいえ、ナルを公園に連れていく訳にもいかない。多分ナルは大勢の人が集まる場所は嫌いだろうしな。
――夕暮れ時。公園の方から囃子太鼓の音が聞こえてきた。
「おお、あの音は生演奏か?」
祭りで流れる盆踊り用の音楽は、大概録音した物を流しているもんだが、ここの太鼓は人が叩いている音だな。振動が直接響いてくる感じだ。
「ちょっと見に行ってみるか」
ナルを部屋に置いてマンションを出て公園へと向かう。日も沈み周囲は暗くなってきていて、公園の上には何本もの提灯の列に火が灯り、辺りを照らす。夜店も建ち並び既に沢山の人が集まっていた。公園入り口近くにあるやぐらの上には太鼓が置いてあり半被を着た人が叩いている。笛を奏でている人もいるし、マイクを握り歌っている人もやぐらの上にいる。
「完全な生演奏か。すごいものだな」
その音頭に合わせて、公園中央では輪になって踊っている。踊り子さんが見本を示しながら、一般の人も二重の輪の中に入り踊る。踊りに参加する人や周りで見ている人、親子連れやカップルなど、公園内には様々な人々が行き交っている。
「やあ、今晩は」
「おや。あんたはこの前、野良猫を捕まえた人じゃな」
ベンチに座って祭りを楽しんでいる、おじいさんに会った。おじいさんは一人だったが、この地域に住む孫ぐらいの子共たちの様子を見るのが楽しみで来ていると言っていた。夜店は公園の周囲に並んでいて、親に連れられた近所の子供たちが楽し気に綿菓子などを買っている。
「ところで、この公園で捕まえた野良猫はどうなったんじゃ」
「一緒にいた女性の人が飼う事になりました。そうだ、その猫の写真がありますよ」
日野森さんとクレオが一緒に写っている写真を何枚か見せる。
「ほお、あんな野良猫がよく懐いておるな。幸せそうな顔をしとるのお」
「ええ。いい飼い主に恵まれたようです」
おじいさんも前から見掛けていた猫の事が気になっていたようで、怪我も治り大事にされている猫の写真に顔をほころばせる。
「お前さんは、猫を飼っていると言っていたが、今日は連れて来とらんのか」
「猫は大概こういう賑やかな場所を嫌うんでね。うちの猫も連れてくれば怖がってしまうんですよ」
「そういうものなのか。犬を連れている人を見掛けたんでな、猫も連れてくれば喜ぶんじゃないかと思っておったよ」
ペットなら飼い主と一緒に何処にでも、連れて行くものだと思っているんだろうな。ペットと言えど相手は動物だ。こんな人が大勢いる場所に連れてくれば、どんなことが起こるか分からない。普段大人しくて小さなペットなら、飼い主が制御できるなどと思わない方がいい。太鼓のような大きな音を聞いてパニックになれば飼い主を噛んで逃げ出すこともあるだろうし、子供に見境なく噛みつくことだってある。
ペットの犬や猫にしても、いつもと違う大勢の人が行き交う場所に連れてこられたら、ストレスを受けるだけだろう。動物がこんな祭りの風景を見て楽しいと思うはずがない。恐怖で飼い主にくっ付いて来たり、警戒して周りをキョロキョロする姿を可愛いと勘違いしているんだろう。それでもペットと一緒に居る自分を見せたいと言う飼い主のエゴで、連れてこられる動物の方が可哀想だ。
ここの祭りを一通り見て回ってから家に戻る。いつものようにナルがお出迎えしてくれているが、どうも落ち着きがないようだ。そのうち、玄関のドアを引っ掻いて外に出たそうにしている。
「どうした、ナル。外の様子が気になるのか?」
ドアを少し開けると外の様子を探るように、ナルがゆっくり廊下へと出て行った。俺もその後に付いて廊下へと出る。ここからでも祭りの太鼓やお囃子の音が響いてくる。
ナルは廊下の南端まで行って音のする公園の方に耳を向けて警戒しているようだ。
「そんな心配することは無いぞ。今日は特別で明日までだからな」
この廊下は、ナルにとっては自分の縄張りみたいなものだ。外の様子が変だから、縄張りに異常が無いか心配で見に来たのだろう。ナルを胸に抱えて、向いの屋根の向こう側に見える祭りの様子を見せてやる。
提灯の火が綺麗に並んでいるのをナルは興味深げに見入っていた。
そういやナルは遠くにある、光る景色が好きだったな。しばらく腕の中で提灯の明かりを見た後、俺の顔を見上げて安心したように「ミャー」と鳴いた。
ナルを廊下に降ろしてやって、ゆっくりと部屋へ戻る。俺の足元にはナルが離れずに付いて来る。こういう夜の散歩もいいものだな。これからも俺と一緒に過ごしてもらいたいものだ。
昨日、会社帰りに公園の横を通ると、やぐらを組んだり夜店のための材木を並べて準備していた。週末の二日間行う本格的な祭りのようだな。
ここから、さほど離れていないが俺の実家ではだんじりを引いた祭りをやっていた。あの有名な岸和田だんじり祭りとは違って、五、六人が乗れる小さなだんじりを、大勢で引っ張ってゆっくりと町内を回っていく。小さな頃、一度そのだんじりに乗せてもらったことがあったな。
「ナル、今晩は大勢の人があの公園に来るようだぞ。どんな祭りなのか楽しみだな」
とはいえ、ナルを公園に連れていく訳にもいかない。多分ナルは大勢の人が集まる場所は嫌いだろうしな。
――夕暮れ時。公園の方から囃子太鼓の音が聞こえてきた。
「おお、あの音は生演奏か?」
祭りで流れる盆踊り用の音楽は、大概録音した物を流しているもんだが、ここの太鼓は人が叩いている音だな。振動が直接響いてくる感じだ。
「ちょっと見に行ってみるか」
ナルを部屋に置いてマンションを出て公園へと向かう。日も沈み周囲は暗くなってきていて、公園の上には何本もの提灯の列に火が灯り、辺りを照らす。夜店も建ち並び既に沢山の人が集まっていた。公園入り口近くにあるやぐらの上には太鼓が置いてあり半被を着た人が叩いている。笛を奏でている人もいるし、マイクを握り歌っている人もやぐらの上にいる。
「完全な生演奏か。すごいものだな」
その音頭に合わせて、公園中央では輪になって踊っている。踊り子さんが見本を示しながら、一般の人も二重の輪の中に入り踊る。踊りに参加する人や周りで見ている人、親子連れやカップルなど、公園内には様々な人々が行き交っている。
「やあ、今晩は」
「おや。あんたはこの前、野良猫を捕まえた人じゃな」
ベンチに座って祭りを楽しんでいる、おじいさんに会った。おじいさんは一人だったが、この地域に住む孫ぐらいの子共たちの様子を見るのが楽しみで来ていると言っていた。夜店は公園の周囲に並んでいて、親に連れられた近所の子供たちが楽し気に綿菓子などを買っている。
「ところで、この公園で捕まえた野良猫はどうなったんじゃ」
「一緒にいた女性の人が飼う事になりました。そうだ、その猫の写真がありますよ」
日野森さんとクレオが一緒に写っている写真を何枚か見せる。
「ほお、あんな野良猫がよく懐いておるな。幸せそうな顔をしとるのお」
「ええ。いい飼い主に恵まれたようです」
おじいさんも前から見掛けていた猫の事が気になっていたようで、怪我も治り大事にされている猫の写真に顔をほころばせる。
「お前さんは、猫を飼っていると言っていたが、今日は連れて来とらんのか」
「猫は大概こういう賑やかな場所を嫌うんでね。うちの猫も連れてくれば怖がってしまうんですよ」
「そういうものなのか。犬を連れている人を見掛けたんでな、猫も連れてくれば喜ぶんじゃないかと思っておったよ」
ペットなら飼い主と一緒に何処にでも、連れて行くものだと思っているんだろうな。ペットと言えど相手は動物だ。こんな人が大勢いる場所に連れてくれば、どんなことが起こるか分からない。普段大人しくて小さなペットなら、飼い主が制御できるなどと思わない方がいい。太鼓のような大きな音を聞いてパニックになれば飼い主を噛んで逃げ出すこともあるだろうし、子供に見境なく噛みつくことだってある。
ペットの犬や猫にしても、いつもと違う大勢の人が行き交う場所に連れてこられたら、ストレスを受けるだけだろう。動物がこんな祭りの風景を見て楽しいと思うはずがない。恐怖で飼い主にくっ付いて来たり、警戒して周りをキョロキョロする姿を可愛いと勘違いしているんだろう。それでもペットと一緒に居る自分を見せたいと言う飼い主のエゴで、連れてこられる動物の方が可哀想だ。
ここの祭りを一通り見て回ってから家に戻る。いつものようにナルがお出迎えしてくれているが、どうも落ち着きがないようだ。そのうち、玄関のドアを引っ掻いて外に出たそうにしている。
「どうした、ナル。外の様子が気になるのか?」
ドアを少し開けると外の様子を探るように、ナルがゆっくり廊下へと出て行った。俺もその後に付いて廊下へと出る。ここからでも祭りの太鼓やお囃子の音が響いてくる。
ナルは廊下の南端まで行って音のする公園の方に耳を向けて警戒しているようだ。
「そんな心配することは無いぞ。今日は特別で明日までだからな」
この廊下は、ナルにとっては自分の縄張りみたいなものだ。外の様子が変だから、縄張りに異常が無いか心配で見に来たのだろう。ナルを胸に抱えて、向いの屋根の向こう側に見える祭りの様子を見せてやる。
提灯の火が綺麗に並んでいるのをナルは興味深げに見入っていた。
そういやナルは遠くにある、光る景色が好きだったな。しばらく腕の中で提灯の明かりを見た後、俺の顔を見上げて安心したように「ミャー」と鳴いた。
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