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第四章
第49話 …
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最近、ナルの様子がおかしい。少し食欲が無くて鳴き声にも元気がない。餌はシニア用に変えてもう随分と経つから、餌が気に入らないと言う訳じゃないようなんだが……。
「病気かもしれんな。明日にでも病院に連れて行ってみるか」
今まで大きな病気や怪我で病院に連れて行ったことは無いが、具合が悪いのなら検査だけでもしておいたほうがいいだろうな。
会社が終わった後、残業もせずに家に帰ってナルを病院に連れていく。今回ナルは、キャリーバッグに抵抗することなく入ってくれて助かった。
「ナルの元気が無くてな。少し診てやってくれんか」
「なるほど、確かに元気がないね。血液検査をしてみよう。少し待合室で待っていてくれるかい」
いつものように女医さんに相談しつつ、ナルを診てもらう。血液検査をすれば大概の病気や具合の悪い箇所が分かるらしい。治療するかは、その検査結果によって決める事になる。
ナルと一緒に待合室で待っているが、以前と違ってお客さんが多いな。平日の夜だと言うのに、駐車場に車が1台と、壁際に自転車が何台も停めてあった。ここも中々繁盛しているようだ。
「篠崎さん。どうぞお入りください」
呼ばれて診察室に入ると、検査結果を見ながら女医さんがナルの状態を話してくれる。
「そうだね。腎臓の状態が少し悪いようだね」
「前にナルを外に逃がしてしまって、ひと月ほど野良状態になったことがある。その時も腎臓が悪くなったと言われたが、薬が必要か?」
前は錠剤の薬を二週間飲ませて回復させた。
「まあ、薬を飲ませる程でもないが注射は打っておこう。いつも暖かくしてやって水分を多く摂るように心がけてやってくれるかな」
そうなのか。それほど酷くはないのならとほっと息をつく。
「年老いた猫だからね、できるだけその猫の傍に付いてやって様子をみてやってくれ」
「少し元気がないとはいえ、餌もある程度は食べてくれているしな。変わりが無いか注意して見るようにするよ」
少し安心して病院を後にした。今までも食欲を失くすことはあったしな。早く元に戻ってもらいたいものだ。
最近朝晩は冷えてきている。今晩はバスタオルにナルを包んで布団の中で寝てもらおう。
翌朝、いつものようにナルが俺を起こしてくれる。そうだな今朝は鶏肉を茹でて与えてみるか。冷蔵庫の中にあった胸肉を鍋で茹でた後、冷まして小さく切ってから器に入れる。
「やはりこれなら、食べてくれるようだな」
昨日とは違って食欲も戻ったようだ。まだ少し元気が無いが、俺はいつものように会社に行って、夜は早目に家に帰るようにした。三、四日は同じような状態が続いたが、餌を食べてくれるように工夫し、様子を注意深く見守る。
今日はナルのお出迎えは無かったが、お気に入りのサイドテーブルの足元で丸まって寝ているようだ。やはり体の調子が悪いのだろう。夜用に置いていった餌は少ししか食べていないみたいだが、水はちゃんと飲んでいるようだ。もう少し様子を見て、悪くなるようなら、また病院に連れて行こう。
「おっ、ナル。起きてきたのか」
俺が寝ようと布団を敷いていると、キッチンにいたナルが俺の部屋までやって来た。
「今日も一緒に寝ようか」
俺のすぐ横、ナルが寝る場所にバスタオルを敷いて暖かくして、布団の中に入れてやる。「ミャ~」と俺に頬を寄せてくるナルの頭を指先で撫でてやると、目を細めて気持ち良さそうにしている。少し元気が出てきたようだな。
最初に飼い始めた頃は、どこを撫でたらいいかも分からなかったな。お前と暮らして猫の事が俺にも分かってきた。会社でも猫の話で班員とコミュニケーションが取れている。これもお前のお陰だ。俺も横になってナルの横顔を見ながら眠りにつく。
朝起きると、もう窓から陽が差していた。今日は寝過ごしてしまったか、まあ土曜日の休みだから別にいいんだが……時計を見ると八時を回っていた。
「ナル。今日は起こしてくれなかったんだな……ナル! ナル!! 一体どうしたんだ!!」
布団の横で眠っていたはずのナルの手足が伸びきっていて、目を閉じ口を少し開け苦しそうな表情のまま全く動かない。
「ナル!」
何がどうなっている! ナルをそっと手に取ると、既に固まった状態でその温もりは無くなっている。毛が逆立ち昨日のような艶やかな毛並みじゃなくなっている。
ナルが死んだのか……。
ついこの前まで元気よく飛び跳ねていたじゃないか。ナルと一緒に廊下を探検したこともある。遠くに光る夜景や祭りの灯を一緒に見ただろう……。
「一体どうして……なぜ……昨日一緒に寝ていたじゃないか……」
俺は混乱していたんだろう、動物病院に電話をかけていた。
「ナ、ナルが……今朝、死んだ……」
「そうなのか。実を言うと君がその猫を連れて来た時には、もう手遅れの状態だったんだよ。ここ数日、長くても一週間で亡くなる事は分かっていたんだ。腎不全という事になるね……。すまなかった。それを君に伝える事ができなかったんだよ……」
「そんな馬鹿な……昨日までは元気が無かったが、ちゃんと……ちゃんと生きていたんだ……」
「猫というのは最期の最期まで、自分の不調を表にあらわさないものなんだよ。君の猫も飼い主である君の前では、気丈に振る舞っていたんだろうね」
そうだったのか……それ程悪い状態で……ナルは……。
電話を切りナルの元へと行き、両膝を布団の上に突いてもう動かなくなったナルを両手で胸に抱く。なぜだという想いがまだ胸に残り、ナルが死んだという実感が湧かない。
うなだれていた俺の頬に、誰かの暖かい手が触れたような気がした。見上げると、そこには白く薄いローブを纏った女性が宙に浮かび、俺に手を差し伸べていた。
「ミャ~」
胸に抱かれていたナルが腕をすり抜け、差し出された彼女の手を伝い肩へと駆け登っていく。ナルは愛おしむように彼女の頬に何度も頬ずりをする。
「お兄ちゃん、今までナルを預かってくれて、ありがとう」
「柚葉……」
「ナルは私が連れていくわね」
「柚葉……また俺を置いて一人で逝ってしまうのか……」
「ごめんね……お兄ちゃん。ナルも幸せだったって言っているわ。今まで本当にありがとうね」
「……ミャ~」
ナルを追うように伸ばした右手の先、柚葉の肩に乗ったナルが名残惜しそうに一声鳴き、俺を見つめたまま、ゆっくりと天へ昇っていく。
部屋にひとり残った、俺の頬に一筋の涙が光る。
---------------------
【あとがき】
次回、最終回。
明日、朝の9時に更新します。
「病気かもしれんな。明日にでも病院に連れて行ってみるか」
今まで大きな病気や怪我で病院に連れて行ったことは無いが、具合が悪いのなら検査だけでもしておいたほうがいいだろうな。
会社が終わった後、残業もせずに家に帰ってナルを病院に連れていく。今回ナルは、キャリーバッグに抵抗することなく入ってくれて助かった。
「ナルの元気が無くてな。少し診てやってくれんか」
「なるほど、確かに元気がないね。血液検査をしてみよう。少し待合室で待っていてくれるかい」
いつものように女医さんに相談しつつ、ナルを診てもらう。血液検査をすれば大概の病気や具合の悪い箇所が分かるらしい。治療するかは、その検査結果によって決める事になる。
ナルと一緒に待合室で待っているが、以前と違ってお客さんが多いな。平日の夜だと言うのに、駐車場に車が1台と、壁際に自転車が何台も停めてあった。ここも中々繁盛しているようだ。
「篠崎さん。どうぞお入りください」
呼ばれて診察室に入ると、検査結果を見ながら女医さんがナルの状態を話してくれる。
「そうだね。腎臓の状態が少し悪いようだね」
「前にナルを外に逃がしてしまって、ひと月ほど野良状態になったことがある。その時も腎臓が悪くなったと言われたが、薬が必要か?」
前は錠剤の薬を二週間飲ませて回復させた。
「まあ、薬を飲ませる程でもないが注射は打っておこう。いつも暖かくしてやって水分を多く摂るように心がけてやってくれるかな」
そうなのか。それほど酷くはないのならとほっと息をつく。
「年老いた猫だからね、できるだけその猫の傍に付いてやって様子をみてやってくれ」
「少し元気がないとはいえ、餌もある程度は食べてくれているしな。変わりが無いか注意して見るようにするよ」
少し安心して病院を後にした。今までも食欲を失くすことはあったしな。早く元に戻ってもらいたいものだ。
最近朝晩は冷えてきている。今晩はバスタオルにナルを包んで布団の中で寝てもらおう。
翌朝、いつものようにナルが俺を起こしてくれる。そうだな今朝は鶏肉を茹でて与えてみるか。冷蔵庫の中にあった胸肉を鍋で茹でた後、冷まして小さく切ってから器に入れる。
「やはりこれなら、食べてくれるようだな」
昨日とは違って食欲も戻ったようだ。まだ少し元気が無いが、俺はいつものように会社に行って、夜は早目に家に帰るようにした。三、四日は同じような状態が続いたが、餌を食べてくれるように工夫し、様子を注意深く見守る。
今日はナルのお出迎えは無かったが、お気に入りのサイドテーブルの足元で丸まって寝ているようだ。やはり体の調子が悪いのだろう。夜用に置いていった餌は少ししか食べていないみたいだが、水はちゃんと飲んでいるようだ。もう少し様子を見て、悪くなるようなら、また病院に連れて行こう。
「おっ、ナル。起きてきたのか」
俺が寝ようと布団を敷いていると、キッチンにいたナルが俺の部屋までやって来た。
「今日も一緒に寝ようか」
俺のすぐ横、ナルが寝る場所にバスタオルを敷いて暖かくして、布団の中に入れてやる。「ミャ~」と俺に頬を寄せてくるナルの頭を指先で撫でてやると、目を細めて気持ち良さそうにしている。少し元気が出てきたようだな。
最初に飼い始めた頃は、どこを撫でたらいいかも分からなかったな。お前と暮らして猫の事が俺にも分かってきた。会社でも猫の話で班員とコミュニケーションが取れている。これもお前のお陰だ。俺も横になってナルの横顔を見ながら眠りにつく。
朝起きると、もう窓から陽が差していた。今日は寝過ごしてしまったか、まあ土曜日の休みだから別にいいんだが……時計を見ると八時を回っていた。
「ナル。今日は起こしてくれなかったんだな……ナル! ナル!! 一体どうしたんだ!!」
布団の横で眠っていたはずのナルの手足が伸びきっていて、目を閉じ口を少し開け苦しそうな表情のまま全く動かない。
「ナル!」
何がどうなっている! ナルをそっと手に取ると、既に固まった状態でその温もりは無くなっている。毛が逆立ち昨日のような艶やかな毛並みじゃなくなっている。
ナルが死んだのか……。
ついこの前まで元気よく飛び跳ねていたじゃないか。ナルと一緒に廊下を探検したこともある。遠くに光る夜景や祭りの灯を一緒に見ただろう……。
「一体どうして……なぜ……昨日一緒に寝ていたじゃないか……」
俺は混乱していたんだろう、動物病院に電話をかけていた。
「ナ、ナルが……今朝、死んだ……」
「そうなのか。実を言うと君がその猫を連れて来た時には、もう手遅れの状態だったんだよ。ここ数日、長くても一週間で亡くなる事は分かっていたんだ。腎不全という事になるね……。すまなかった。それを君に伝える事ができなかったんだよ……」
「そんな馬鹿な……昨日までは元気が無かったが、ちゃんと……ちゃんと生きていたんだ……」
「猫というのは最期の最期まで、自分の不調を表にあらわさないものなんだよ。君の猫も飼い主である君の前では、気丈に振る舞っていたんだろうね」
そうだったのか……それ程悪い状態で……ナルは……。
電話を切りナルの元へと行き、両膝を布団の上に突いてもう動かなくなったナルを両手で胸に抱く。なぜだという想いがまだ胸に残り、ナルが死んだという実感が湧かない。
うなだれていた俺の頬に、誰かの暖かい手が触れたような気がした。見上げると、そこには白く薄いローブを纏った女性が宙に浮かび、俺に手を差し伸べていた。
「ミャ~」
胸に抱かれていたナルが腕をすり抜け、差し出された彼女の手を伝い肩へと駆け登っていく。ナルは愛おしむように彼女の頬に何度も頬ずりをする。
「お兄ちゃん、今までナルを預かってくれて、ありがとう」
「柚葉……」
「ナルは私が連れていくわね」
「柚葉……また俺を置いて一人で逝ってしまうのか……」
「ごめんね……お兄ちゃん。ナルも幸せだったって言っているわ。今まで本当にありがとうね」
「……ミャ~」
ナルを追うように伸ばした右手の先、柚葉の肩に乗ったナルが名残惜しそうに一声鳴き、俺を見つめたまま、ゆっくりと天へ昇っていく。
部屋にひとり残った、俺の頬に一筋の涙が光る。
---------------------
【あとがき】
次回、最終回。
明日、朝の9時に更新します。
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