50 / 50
第四章
第50話 家族
しおりを挟む
「イテッ!!」
「おい、兄貴。どうしたんだよ」
「いやな、猫がこの奥に入っちまって、出て来ないんだよ。手を引っ掛かれちまった」
「何やってんだよ。ほら、ナル、こっちだぞ、こっち」
俺は妹の形見分けがあると、家族と共に生前住んでいたマンションに来ている。
「ナルはお利口さんだな」
「お前の方が猫の扱いに慣れてるじゃないか。お前の所でその猫を飼えよ」
「兄貴も母さんが猫アレルギーだって知ってるだろう。実家じゃ飼えないよ」
「そんな事言ってもな、俺のマンションだってペット禁止なんだぞ……」
既に妹の旦那はここを引き払って田舎に帰っちまった。後始末は、結局俺たち家族がする事になった。形見分けとは言うものの、この部屋に残った物を整理しに来たようなもんだ。
「ほんとにあの旦那も薄情なもんだ」
「そうは言っても、相当なショックを受けていたみたいだったじゃないか。結婚してまだ一年も経っていなかったんだからな」
「そうは言ってもな……」
「元々、すぐにでも田舎に帰るつもりだったらしい。向こうでの仕事も決まっていてこっちには留まれないそうだからな」
こんな事になるんだったら、柚葉を嫁に出すんじゃなかった。
弟の車に荷物を積み込んで、俺は猫を入れたキャリーバッグと猫用品を入れた手提げの紙袋を持って車に乗り込む。
助手席には弟の嫁さんと、後部座席には俺一人か?
「あれ、母さんは? 電車で帰るのか」
「ああ、やっぱり猫アレルギーが出たようで、病院に寄ってから帰るそうだ」
そういや部屋の中は相当埃っぽかったものな。猫の毛とかも舞っていたんだろう。
「兄貴、ここでいいんだな」
「ああ、そのマンションの入り口で降ろしてくれ」
俺はキャリーバッグなどを持って車を降りる。
◇ ◇
「ねえ、あなた。お義兄さん、こんな古いマンションに一人で住んでいるの」
「こっちの方が職場に通うのに便利だからと言って、オレたちが結婚するちょっと前にここに引っ越したんだ」
「それで私たちがあの実家に住むことになったのね」
「そうだぞ。それにあの家は兄貴の持ち家だ。それをオレたちに貸してくれている」
多分、オレがまだ家を持てないから気を使ってくれたんだろう。貸すとは言うもの、家族の為だからと全くの無償だ。まあ、代わりとして母親の面倒はオレが見るようにと兄貴から言われている。
「そうだったの。てっきりお義母さまの家だとばかり思っていたわ」
「母さんも頭金を出して家の権利の一部は持っているそうだが、ほとんどの金は兄貴が払っている。今もローンを払っているのは兄貴だ」
兄貴は家族の中でも稼ぎ頭だ。高校を出てすぐに大企業に入り働き続けて昇進もしている。中途半端に大学を出たオレなんかよりずっと給料がいい。
「自分の家なのに、なんでお義兄さんは引っ越したのかしら」
「オレも兄貴もまだ小学校の頃に父親を交通事故で亡くしてな。それからずっと兄貴が親代わりだったんだ。その時、妹はまだ四歳で、毎日の保育園への送り迎えも兄貴がやっていてな。働いている母さんの代わりに食事なども作っていてくれていたんだ」
「まあ、苦労していたのね」
「オレたちも大人になって、兄貴も自由になった。それで気ままに過ごせる一人暮らしを選んだと言っていたな」
末っ子の柚葉が短大を卒業するまでは、給料のほとんどを家族の生活費と家のローンにつぎ込んでいた。オレや柚葉も大学の入学金は兄貴が借金しながら出してくれている。兄貴は、これまでずっと家族のために働き詰めだった。
それに比べオレはまだ大学の奨学金の返済も済んでいない。兄貴には頭が上がらない。
柚葉の結納や結婚式も兄貴が父親代わりで取り仕切っていた。柚葉を嫁に出して、肩の荷が下りたとホッとしていたんだがな。
「結婚はされないのかしら」
「結婚して、また子供の面倒を見るのは嫌だそうだ。そりゃそうだろうな。小さな頃からずっとオレたちの世話をしてくれていたんだからな」
「そうだったの……」
「まあ、オレも兄貴には世話になりっぱなしだし、いい人がいれば紹介してやりたいんだがな。苦労して育ててきた妹を嫁に出して一年も経たずに亡くして、一番悲しんでいるのは兄貴だろうからな」
「そうね」
「まあ、兄貴は料理やら家事は全部一人で熟せるからな。当分は一人でも大丈夫だろう。これからはナルが新しい家族になってくれる。寂しくはないんじゃないかな」
◇ ◇
キャリーバッグを肩にかけ、重い手提げの紙袋を両手に持って俺はマンションの階段を登り、二階にある自分の部屋の鍵を開ける。
「さあ、ここが今日からお前が住む家だぞ」
これから、この部屋で、この猫……ナルとの新しい生活が始まる。
---------------------
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回で最終話となります。
今まで応援していただいた読者の方々に感謝いたします。
次回作については、近況ボードに書いています。
お気に入りや感想など頂けるとありがたいです。
今後ともよろしくお願いいたします。
「おい、兄貴。どうしたんだよ」
「いやな、猫がこの奥に入っちまって、出て来ないんだよ。手を引っ掛かれちまった」
「何やってんだよ。ほら、ナル、こっちだぞ、こっち」
俺は妹の形見分けがあると、家族と共に生前住んでいたマンションに来ている。
「ナルはお利口さんだな」
「お前の方が猫の扱いに慣れてるじゃないか。お前の所でその猫を飼えよ」
「兄貴も母さんが猫アレルギーだって知ってるだろう。実家じゃ飼えないよ」
「そんな事言ってもな、俺のマンションだってペット禁止なんだぞ……」
既に妹の旦那はここを引き払って田舎に帰っちまった。後始末は、結局俺たち家族がする事になった。形見分けとは言うものの、この部屋に残った物を整理しに来たようなもんだ。
「ほんとにあの旦那も薄情なもんだ」
「そうは言っても、相当なショックを受けていたみたいだったじゃないか。結婚してまだ一年も経っていなかったんだからな」
「そうは言ってもな……」
「元々、すぐにでも田舎に帰るつもりだったらしい。向こうでの仕事も決まっていてこっちには留まれないそうだからな」
こんな事になるんだったら、柚葉を嫁に出すんじゃなかった。
弟の車に荷物を積み込んで、俺は猫を入れたキャリーバッグと猫用品を入れた手提げの紙袋を持って車に乗り込む。
助手席には弟の嫁さんと、後部座席には俺一人か?
「あれ、母さんは? 電車で帰るのか」
「ああ、やっぱり猫アレルギーが出たようで、病院に寄ってから帰るそうだ」
そういや部屋の中は相当埃っぽかったものな。猫の毛とかも舞っていたんだろう。
「兄貴、ここでいいんだな」
「ああ、そのマンションの入り口で降ろしてくれ」
俺はキャリーバッグなどを持って車を降りる。
◇ ◇
「ねえ、あなた。お義兄さん、こんな古いマンションに一人で住んでいるの」
「こっちの方が職場に通うのに便利だからと言って、オレたちが結婚するちょっと前にここに引っ越したんだ」
「それで私たちがあの実家に住むことになったのね」
「そうだぞ。それにあの家は兄貴の持ち家だ。それをオレたちに貸してくれている」
多分、オレがまだ家を持てないから気を使ってくれたんだろう。貸すとは言うもの、家族の為だからと全くの無償だ。まあ、代わりとして母親の面倒はオレが見るようにと兄貴から言われている。
「そうだったの。てっきりお義母さまの家だとばかり思っていたわ」
「母さんも頭金を出して家の権利の一部は持っているそうだが、ほとんどの金は兄貴が払っている。今もローンを払っているのは兄貴だ」
兄貴は家族の中でも稼ぎ頭だ。高校を出てすぐに大企業に入り働き続けて昇進もしている。中途半端に大学を出たオレなんかよりずっと給料がいい。
「自分の家なのに、なんでお義兄さんは引っ越したのかしら」
「オレも兄貴もまだ小学校の頃に父親を交通事故で亡くしてな。それからずっと兄貴が親代わりだったんだ。その時、妹はまだ四歳で、毎日の保育園への送り迎えも兄貴がやっていてな。働いている母さんの代わりに食事なども作っていてくれていたんだ」
「まあ、苦労していたのね」
「オレたちも大人になって、兄貴も自由になった。それで気ままに過ごせる一人暮らしを選んだと言っていたな」
末っ子の柚葉が短大を卒業するまでは、給料のほとんどを家族の生活費と家のローンにつぎ込んでいた。オレや柚葉も大学の入学金は兄貴が借金しながら出してくれている。兄貴は、これまでずっと家族のために働き詰めだった。
それに比べオレはまだ大学の奨学金の返済も済んでいない。兄貴には頭が上がらない。
柚葉の結納や結婚式も兄貴が父親代わりで取り仕切っていた。柚葉を嫁に出して、肩の荷が下りたとホッとしていたんだがな。
「結婚はされないのかしら」
「結婚して、また子供の面倒を見るのは嫌だそうだ。そりゃそうだろうな。小さな頃からずっとオレたちの世話をしてくれていたんだからな」
「そうだったの……」
「まあ、オレも兄貴には世話になりっぱなしだし、いい人がいれば紹介してやりたいんだがな。苦労して育ててきた妹を嫁に出して一年も経たずに亡くして、一番悲しんでいるのは兄貴だろうからな」
「そうね」
「まあ、兄貴は料理やら家事は全部一人で熟せるからな。当分は一人でも大丈夫だろう。これからはナルが新しい家族になってくれる。寂しくはないんじゃないかな」
◇ ◇
キャリーバッグを肩にかけ、重い手提げの紙袋を両手に持って俺はマンションの階段を登り、二階にある自分の部屋の鍵を開ける。
「さあ、ここが今日からお前が住む家だぞ」
これから、この部屋で、この猫……ナルとの新しい生活が始まる。
---------------------
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回で最終話となります。
今まで応援していただいた読者の方々に感謝いたします。
次回作については、近況ボードに書いています。
お気に入りや感想など頂けるとありがたいです。
今後ともよろしくお願いいたします。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
第1話拝読しました。
細やかな描写が作品の解像度を高めていて素敵だと思いました。(^ー^)
お読みいただき、ありがとうございます。
表現を褒めていただき、ありがとうございます。感想をいただくとモチベーションが上がります。
日頃書いている分野とは、違うタイプに挑戦して書き上げた作品となっています。
未熟な部分もあると思いますが、楽しく読んでいただけると有り難いです。
猫はいいですよね~。筆者も小説を書きながら癒されています。
退会済ユーザのコメントです
読んでいただき、ありがとうございます。
ナルを気に入ってもらい嬉しいです。猫の個性を上手く描けていればいいのですが。
猫は見ているだけで、楽しいですからね。
実際に猫を飼っている方でも、楽しめる小説になっていれば幸いです。
また気楽に読みに来てくださいね。