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第3章 安住の地
第32話 森への侵攻2
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「ガイタメル卿。一体どうしたと言うのだ」
重臣を何人も失い命からがら撤退してきたガイタメル卿は、片腕と片目を失う重症。応急処置を受けベッドに横たわる卿に何があったのかを急ぎ問う。
「魔獣に嵌められた……何なのだ、あの森は……」
嵌められた? 魔獣に……。痛みに呻くガイタメル卿は、手術を受けるため治療用のテント内へと運ばれていった。
一体どういう事だ。約五百の兵を引き連れて森の調査に向かい、帰って来たのはたった数十名のみ。魔獣に襲われ混乱の中、撤退戦もできずに敗走したと言う。
「お前は、卿の近くで記録を行なう文官だな。何が起こったのか申してみよ」
生き延びた者を自陣のテントに呼び報告させた。
「ぐ、軍は順調に森を切り開きながら調査していたのです……午前中までは」
予定通り、森の奥には入らず中継地点を確保できる場所を探したそうだ。時折、魔獣の声がする方向を避けて川辺の広い場所を見つけたと言う。
「その水辺で昼の休憩をしていたところ、き、急に魔獣が襲ってきたのです!」
恐怖に駆られながら、その文官は当時の様子を話す。
「川の対岸から魔法攻撃がありました。それに対処しようと川岸に集まった兵の背後の崖から、魔獣が襲い掛かってきたのです」
陽動!? そんな事を魔獣がするのか? 急斜面を下り降りてくる狼と虎の魔獣の群れに、後方の魔術師の者が何人も殺されたらしい。一撃を行なった魔獣の群れはすぐに川下へと退き、逃げて行ったという。
「一時、混乱したものの重騎兵の方々に守られ、体勢を立て直しました……しかしその直後、川の上流と両岸の崖の上から魔獣の魔法攻撃を受け各部隊が分断されて、後は蹂躙されるままに……」
包囲されての魔法による十字砲火を受け、殲滅されたと……。
この森の魔獣は連携してくると報告は受けている。だがこれはそれ以上ではないか。奇襲後の包囲殲滅など、軍隊でもそう簡単にできる事ではないぞ。
もしかすると、軍全体がその川辺に誘導されたのか……。ガイタメル卿が言っていた、魔獣に嵌められたとはこの事だったのか。
いやそんな高度な作戦が、魔獣にできる訳がなかろう。偶然の産物だと信じたい。
文官をテントから下がらせて、一人考える。
これで増援を期待する事はできなくなった。我の軍だけで村の冒険者どもと戦わねばならない。
撤退も考えた。通常これ程の損害を受ければ撤退してもおかしくない。だがたった一日の戦闘で……しかも敗れたのは別動隊。我が部隊は健在だ。敵の五倍の兵力、これは城に対する攻城戦であっても、勝てる兵力だ。敵陣は木の柵で囲われた簡易型の陣のみ。
策はできている。後衛全てに木の盾を持たせ前進させる。盾は森の木を伐採して作っている。簡易的なものだが弓を防ぐには十分だろう。敵陣近くまで行ければ、勝機はこちらにある。
◇
◇
「おい、聞いたか、ゲイン。森へ行った連中。ほとんどが帰ってこれなかったんだと」
「魔獣の居る森とは言え、山に引き籠っている賢者を取っ捕まえてくるだけの仕事だ。向こうの方が楽だと思ったんだがな」
そう言うライルやゲインは俺の先輩だが、魔獣の怖さを分かっちゃいないんだろう。
奴らは毎日生き残るための闘争をしている。頭を使い、自らを鍛え、相手のスキを突くため物陰から用心深く観察してくる。
「そういや、お前は元冒険者だったな」
「ああ、森で魔獣に足をやられて、剣を捨ててこの弓部隊に入った」
俺のような冒険者崩れの兵士もなかには居る。もう、魔獣に立ち向かう事はできなくとも、数頼みの軍隊で人相手ならまだまだ戦える。五年前に結婚した妻と三歳になる娘の生活を守るためにも、俺にできる仕事を続けねばならんからな。
「元冒険者なら、二日前の戦いで相手の連中が使ってた弓。あれがどんな物か知ってるんじゃないのか」
「いや、あんな射程の長い弓は初めて見た。俺が使っている大型弓の二倍の射程はあったからな」
俺は上半身の力が強く大型弓を任せてもらっているが、敵陣まで届く気がしなかった。
敵は高いやぐらから矢を放っているとは言え、俺達を飛び越え後方にまで矢を届かせている。側面の森からの攻撃だと勘違いしたほどだ。
新兵器だと隊長は言っていたが、軍部でも使っていないような最新の武器を、冒険者に渡して使わせるはずはないのだがな。
上の者も対応策は考えているのだろうが、あの弓部隊を何とかしないと勝つことはできんだろうな。
「そう悲観するなよ。俺達には、数があるんだ。敵が十人殺す間に、こちらも十人を殺せばいい訳だ」
「ゲインの言う通りだ。相手は百人程だって話だからな、勝利は確定している」
「その死ぬ百人に、ライルが入ってなければの話だがな」
肩を叩き大笑いする仲間達。俺が暗い顔をしていたから、励ましてくれたんだろう。
そうだ軍の戦いというのは、そういった数の戦いだ。死ぬ数よりも残った数の多い者が勝利を掴む。考えてみれば単純な事じゃないか。
重臣を何人も失い命からがら撤退してきたガイタメル卿は、片腕と片目を失う重症。応急処置を受けベッドに横たわる卿に何があったのかを急ぎ問う。
「魔獣に嵌められた……何なのだ、あの森は……」
嵌められた? 魔獣に……。痛みに呻くガイタメル卿は、手術を受けるため治療用のテント内へと運ばれていった。
一体どういう事だ。約五百の兵を引き連れて森の調査に向かい、帰って来たのはたった数十名のみ。魔獣に襲われ混乱の中、撤退戦もできずに敗走したと言う。
「お前は、卿の近くで記録を行なう文官だな。何が起こったのか申してみよ」
生き延びた者を自陣のテントに呼び報告させた。
「ぐ、軍は順調に森を切り開きながら調査していたのです……午前中までは」
予定通り、森の奥には入らず中継地点を確保できる場所を探したそうだ。時折、魔獣の声がする方向を避けて川辺の広い場所を見つけたと言う。
「その水辺で昼の休憩をしていたところ、き、急に魔獣が襲ってきたのです!」
恐怖に駆られながら、その文官は当時の様子を話す。
「川の対岸から魔法攻撃がありました。それに対処しようと川岸に集まった兵の背後の崖から、魔獣が襲い掛かってきたのです」
陽動!? そんな事を魔獣がするのか? 急斜面を下り降りてくる狼と虎の魔獣の群れに、後方の魔術師の者が何人も殺されたらしい。一撃を行なった魔獣の群れはすぐに川下へと退き、逃げて行ったという。
「一時、混乱したものの重騎兵の方々に守られ、体勢を立て直しました……しかしその直後、川の上流と両岸の崖の上から魔獣の魔法攻撃を受け各部隊が分断されて、後は蹂躙されるままに……」
包囲されての魔法による十字砲火を受け、殲滅されたと……。
この森の魔獣は連携してくると報告は受けている。だがこれはそれ以上ではないか。奇襲後の包囲殲滅など、軍隊でもそう簡単にできる事ではないぞ。
もしかすると、軍全体がその川辺に誘導されたのか……。ガイタメル卿が言っていた、魔獣に嵌められたとはこの事だったのか。
いやそんな高度な作戦が、魔獣にできる訳がなかろう。偶然の産物だと信じたい。
文官をテントから下がらせて、一人考える。
これで増援を期待する事はできなくなった。我の軍だけで村の冒険者どもと戦わねばならない。
撤退も考えた。通常これ程の損害を受ければ撤退してもおかしくない。だがたった一日の戦闘で……しかも敗れたのは別動隊。我が部隊は健在だ。敵の五倍の兵力、これは城に対する攻城戦であっても、勝てる兵力だ。敵陣は木の柵で囲われた簡易型の陣のみ。
策はできている。後衛全てに木の盾を持たせ前進させる。盾は森の木を伐採して作っている。簡易的なものだが弓を防ぐには十分だろう。敵陣近くまで行ければ、勝機はこちらにある。
◇
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「おい、聞いたか、ゲイン。森へ行った連中。ほとんどが帰ってこれなかったんだと」
「魔獣の居る森とは言え、山に引き籠っている賢者を取っ捕まえてくるだけの仕事だ。向こうの方が楽だと思ったんだがな」
そう言うライルやゲインは俺の先輩だが、魔獣の怖さを分かっちゃいないんだろう。
奴らは毎日生き残るための闘争をしている。頭を使い、自らを鍛え、相手のスキを突くため物陰から用心深く観察してくる。
「そういや、お前は元冒険者だったな」
「ああ、森で魔獣に足をやられて、剣を捨ててこの弓部隊に入った」
俺のような冒険者崩れの兵士もなかには居る。もう、魔獣に立ち向かう事はできなくとも、数頼みの軍隊で人相手ならまだまだ戦える。五年前に結婚した妻と三歳になる娘の生活を守るためにも、俺にできる仕事を続けねばならんからな。
「元冒険者なら、二日前の戦いで相手の連中が使ってた弓。あれがどんな物か知ってるんじゃないのか」
「いや、あんな射程の長い弓は初めて見た。俺が使っている大型弓の二倍の射程はあったからな」
俺は上半身の力が強く大型弓を任せてもらっているが、敵陣まで届く気がしなかった。
敵は高いやぐらから矢を放っているとは言え、俺達を飛び越え後方にまで矢を届かせている。側面の森からの攻撃だと勘違いしたほどだ。
新兵器だと隊長は言っていたが、軍部でも使っていないような最新の武器を、冒険者に渡して使わせるはずはないのだがな。
上の者も対応策は考えているのだろうが、あの弓部隊を何とかしないと勝つことはできんだろうな。
「そう悲観するなよ。俺達には、数があるんだ。敵が十人殺す間に、こちらも十人を殺せばいい訳だ」
「ゲインの言う通りだ。相手は百人程だって話だからな、勝利は確定している」
「その死ぬ百人に、ライルが入ってなければの話だがな」
肩を叩き大笑いする仲間達。俺が暗い顔をしていたから、励ましてくれたんだろう。
そうだ軍の戦いというのは、そういった数の戦いだ。死ぬ数よりも残った数の多い者が勝利を掴む。考えてみれば単純な事じゃないか。
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