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【番外編】 2つの家族
【番外編2】僕のお兄ちゃん
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「稔、あなたにはお兄ちゃんがいるのよ」
ボクがお母さんからそう初めて聞いたのは、小学校に入学する直前のことだった。
それまで自分は一人っ子だと思っていたボクには意味が分からなかった。
何しろ、幼稚園を卒業したばかりの幼児だったからね。
今ならそんなことを聞かされたら、お父さんかお母さんのどちらかが再婚なのかとか、不倫でもしたのかとか、そんなことを考えるかもしれないけど。
いずれにしても、真実はそんな話ではなかった。
ボクの兄は間違いなくお父さんとお母さん両方の血を引いているそうだ。
何でボクがその存在を知らなかったかと言えば、兄が産まれながらに病弱でずっと病院で暮らしていたからだ。
「今まで黙っていてすまない。だが、お前ももう小学生になるんだから知っておくべきだと思ってな」
お父さんがそう言う。
当時は分からなかったけど、今考えれば分かる。
ボクの両親は、幼児のボクが兄の現状を知ってショックを受けることを恐れたのだろう。
ボクはその日のうちに兄が入院している病院に連れて行かれた。
だけど、兄と面会することはできなかった。
お医者さんですら素手で触れないほど、兄は抵抗力が弱いらしい。
そのため幼稚園を卒業したばかりのボクは兄の病室に入ることを許されなかったのだ。
その代わり小さなガラス窓からかろうじて病室の中を見ることができた。
たくさんの機械や管があって、いかにも治療室といったかんじだった。
何故かボクは得体の知れない恐怖を覚えた。
実のところ、この時のボクは兄の姿を見ていない。
「あれが勇太お兄ちゃんよ」
お母さんがそう言っていたので、もしかするとお母さんからは兄の姿が見えたのかもしれない。
しかし、ボクの背丈では病室の中は見えてもベッドに横たわる患者の姿までは見えなかったのだ。
いずれにしても、自分に兄がいると言うことが分かっても、一緒に暮らせるわけでもない。
病院から帰ったあとは、どちらかと言えば兄のことよりも、1週間後から通う小学校への期待や不安で頭がいっぱいだった。
---------------
ボクは小学校に入学後、勉強や運動を頑張った。
病室からでられない兄に変わって、弟のボクが元気な姿を両親に見せたいと思ったから。
テストは毎回90点以上を取ったし、地域の強豪サッカークラブで毎日ボールを追いかけた。
それは純粋に楽しかったし、そんなボクを見てお父さんやお母さんも励まされるだろうと思っていた。
3年生の秋。
ボクはサッカークラブの試合でベンチに入れてもらえた。
このクラブで補欠とはいえ3年生がベンチ入りするのは異例だった。
何しろ、4年生ですらベンチ入りはほとんどありえないくらいなのだから。
ボクは喜び勇んで家に帰ってそのことを報告した。
きっとお母さんが喜んでくれると思って。
――それなのに……
それなのにお母さんは上の空で
「……そう」
と答えただけだった。
そのあと、お父さんが帰ってきたので同じ話をしたが、やはり反応はそっけない。
「ねえ、もう少し話を聞いてよっ!!」
さすがにボクもいらだって、怒鳴った。
「いい加減にしなさい、稔。今何時だと思っているんだ。明日も学校だろ、早く寝なさい」
お父さんはそう言って、ボクを寝室に追いやった。
確かに、23時を過ぎていたので8歳のボクは寝るべき時間だったかもしれない。
でも、起きていたのは帰りが遅かったお父さんにベンチ入りを報告するためだ。
ボクは布団に入ったものの、イライラしてなかなか寝付けなかった。
すると、ボクの部屋まで両親の話が聞こえてきた。
「勇太、そんなに……のか……」
「……せっかく少し良くなって……見えてきたのに……」
とぎれとぎれにしか聞こえなかったけど、何が起きたのかは分かった。
最近は少し回復したという兄の体調が、また悪くなったのだ。
「……稔はあんなに元気なのに……なんで勇太は……」
「おちつけ」
「稔ばっかり元気で。勇太のことなんて気にしないでいつもサッカーばっかり。まるで当てつけじゃない!!
あの子は自分だけ元気なら良いと思っているのよ!!」
お母さんは泣き声混じりにそう言った。
その言葉は、ボクの心を破壊するには十分だった。
「おい、いくらなんでもそれは……」
お父さんがお母さんをいさめる。
後から冷静になって考えれば、お母さんも混乱していたんだと思う。
お医者さんからも見捨てられる寸前の兄を支えるのにクタクタで。
ボクがまだ起きているかもしれないなんて考えることもできず。
だから、ついあんな言葉が口に出たのだろう。
感情が理性を追い越せば、そういう言葉も出てくる。
でも、すぐにそう考えられるほど、その時のボクは大人じゃなかった。
あのとき、ボクはどうすれば良かったのだろう。
たぶん、聞かなかったことにして眠ってしまうべきだったのだろう。
だけど。
その時、感情が理性を上まわったのはお母さんだけじゃなかった。
結果混乱しながらボクがとった行動は、ベッドから起きて自室の扉を開き、両親のいるリビングに向かうことだった。
---------------
リビングに現れたパジャマ姿のボクを、両親は固まったように見た。
「稔……お前寝たんじゃなかったのか?」
お父さんの声は震えていた。
ボクが一体どこまで話を聞いていたのか気にしている様子だ。
ボクはそれを無視して2人に尋ねる。
「お父さんとお母さんは、ボクが元気だとイヤ?」
ボクの言葉に、2人の顔が硬直する。
「ボク、お兄ちゃんの分もお父さんやお母さんに元気なところを見せたいって思っていたよ。でも、それはダメなの?」
悲しさと悔しさと寂しさと。
いろいろな感情がごちゃ混ぜになっていた。
知らず知らずのうちに、ボクは涙を流していた。
小学校に上がってから、一度たりとも流したことがなかった涙だ。
「ボクがいない方が、お母さんは幸せ?」
ボクの声には嗚咽が混じっていた。
「違う、違うのっ、稔!!」
お母さんが叫ぶ。
「ボクは頑張ってる!! 3年生でベンチに入れてもらえるのが、どんなにすごいことなのか2人とも分かってないんだ!!!」
ボクはお母さんに負けじと叫ぶ。
「違う、違うわ……そうじゃない」
お母さんが顔を押さえて泣き出す。
「ボクがどんなに頑張ったって、2人はただベッドで寝ているだけで何もしていないのお兄ちゃんの方がずっと大事なんだ!!」
「違う、違うのよ……」
膝をついて泣き崩れるお母さん。
「お父さんもお母さんも、ボクのことなんてどうでもいいだろ!? お兄ちゃんが元気になれば、ボクなんていらないんだろ!!!」
ボクがそこまで叫んだときだった。
パンッ!!
乾いた音がリビングに響いた。
音の後、左頬が痛むのを感じて、ボクはお父さんに平手で叩かれたと気づいた。
「お母さんにも問題があるが、お前も言い過ぎだ」
お父さんは固い声で言った。
……そのあとはひたすら沈黙の時間が流れ、結局ボクは睡魔に負けて自分の部屋に戻ったのだった。
---------------
翌朝。
朝食を食べるボクと両親に会話はなかった。
嫌な沈黙だったけど、ボクは自分から話をする気にもなれなかった。
みんなが食べ終わる頃。
お母さんが口を開いた。
「稔、サッカーの試合、いつなの? 見学に行くわ」
「別にこなくていいよ。どうせ補欠だし」
お母さんの言葉にボクは冷たく応じて、ランドセルを取りに自室に向かった。
---------------
半月後。
ベンチ入りしたボクは、残り時間わずかで試合に出してもらえた。
すでに3点差で負けていたのでボクたちのチームは初戦敗退がほぼ決まっていた。
ボクのチームもこの地域では強豪だが、相手チームは全国大会の出場経験もあって、さらに次元の違う実力者揃いだった。
監督にしてみれば、次の大会に向けてボクにも経験を積ませようということだろう。
試合時間ぎりぎり、ボクのチームは1点だけ返した。
シュートをしたのはボクではなかったけれど、FWの先輩へ上手くパスを出せた。
いつもは厳しい監督や先輩達が、その日は手放しで褒めてくれたくらいのナイスプレーだった。
試合終了後、帰り支度をしていると他の保護者に混じってお母さんが現れた。
ボクの口からは試合日時を教えなかったけど、チームから保護者に伝わっていたらしい。
「頑張ったわね、稔」
お母さんがそう言ってタオルを差し出してくれたけど、ボクはそれをあえて無視した。
この頃になると、お母さんに対する感情は『意地』が大半を占めていた。
---------------
それから半年経って、ボクは4年生になった
ボクの家の中は気まずい雰囲気が流れたままだ。
お母さんはボクに気を遣って色々話しかけてくれるし、お父さんもボクの心を溶かそうとしてくれている。
それは分かっている。
今、この家の中が気まずいのはボクの子供じみた『意地』のせいだ。
いいことじゃないと理屈では分かっていても、心はそれに従ってくれない。
そんなある土曜日。
「明日は勇太の誕生日だな」
夕食を食べながらお父さんが言った。
「あなた、今は……」
お母さんがボクをチラっと見た後、咎めるような声で言う。
あの日以来、なんとなくボクの前で兄についての話はタブーみたくなっていた。
「いつまでも、このままじゃよくないだろう。稔、お前もそれはわかっているはずだ」
お父さんの言葉に、ボクは顔を背ける。
頭では分かっていても、感情は反発したままだった。
と、その時。
固定電話のベルがなった。
お母さんが受話器を取り、何事か話す。
「……そんな……」
お母さんが膝から崩れ落ちる。
それは、兄の危篤を知らせる電話だった。
---------------
電話を受けて両親はすぐに病院に向かった。
「ボクも……」
言いかけたが、お父さんに「お前は家にいなさい」といわれた。
1人家に残されたボクは、ゴチャゴチャの感情をもてあましながらベッドの中で悶々とするしかなかった。
ほんの少しだけ眠って、なんだかすごく怖い夢を見た。
夢の中身は思い出せないのに、恐ろしい内容だったということだけは分かった。
翌朝。
お父さんとお母さんは帰ってこなかった。
昨晩、もし2人が帰れないようだったらコンビニでお弁当でも買って食べなさいとお金を渡されていたけど、買い物に出かける気力もわかなかった。
台所の片隅にクリームパンが置いてあったので、それをかじるだけで朝食にした。
午前10時頃。
電話が鳴った。
表示されている番号をみると、お母さんの携帯からだった。
「もしもし」
「稔、ご飯は食べた?」
「うん」
ボクが答えると、お母さんは一瞬沈黙した。
――そして。
「お兄ちゃんが……勇太が亡くなったわ」
その言葉を聞いて、ボクの頭の中は真っ白になった。
「とりあえず、稔は家にいて。もし困ることがあったらお隣の奥さんに……」
「ボクも行く」
「え?」
「ボクも病院に行くから」
「ちょっと、稔、待ちなさい」
ボクは受話器を置いて、家からかけだした。
---------------
自宅から病院までは電車を2本乗り継ぐ必要があった。
朝食代としてもらったお金がなかったら、電車賃が足りなかったかもしれない。
正直、道中のことはよく覚えていない。
ただ、頭の中をグチャグチャな感情が暴走していた。
病院で看護婦さんに自分の名前を名乗るとある一室に案内された。
以前扉の前まで訪れたことがある兄の病室ではない。
後から聞いたところによると霊安室だったらしい。
部屋に入ると、兄の遺体があり、母が兄の体にすがって泣いていた。
変な話だけど、ボクはその時に初めて兄の顔を見た。
兄の顔はまるでミイラみたいだった。
頬はやせ細り、他の部分も皮だけで肉が存在しないかのようだ。
骨の形がそのまま分かるような顔で、とても昨日まで生きていたとは信じられない。
顔だけじゃない、前で組まれた手も、ズボンの端から覗く足も骨と皮だけだった。
その姿は、兄が必死に戦ってきた証のように感じられた。
兄はベッドの上で寝ているだけだと思っていた。
ボクは一生懸命、勉強や運動を頑張っているのに、寝ているだけの兄の方が両親の愛情を受けているのは不公平だと感じていた。
だから、ずっと意地になっていた。
だけど違う。違ったんだ。
兄は――お兄ちゃんはベッドの上で何もしていなかったわけじゃ無い。
生きるために必死で戦っていたんだ。
どんな言葉よりも雄弁に、お兄ちゃんの遺体はそう語っていた。
そして、そんな絶望的なお兄ちゃんの戦いを、お母さんとお父さんは必死に支えていたんだ。
お兄ちゃんの遺体にすがり泣くお母さんを、お父さんがそっと抱く。
お母さんが顔を上げる。
2人は泣いていた。
ボクは涙が出ない。
その時の気持ちは悲しいというのとは少し違った。
決意。
僕の中にあったのはそれだ。
お父さんとお母さんを守る。2人を支える。
お兄ちゃんができなかった分まで。
もう、子どもっぽい意地を張る時間は終わりだ。
ボクは2人に近づき、後ろからそっと抱きしめた。
座っている2人と立ったままのボクの顔はちょうど同じくらいの高さで。
だから、3人で抱き合った。
その時だった。
『稔、お母さんとお父さんを頼むぞ』
ボクの心のどこかに、そんな声が聞こえた。
(……お兄ちゃん?)
もちろん、ただの錯覚だったのかもしれない。
他の人に話せば、ボクの思い込み、あるいは幻聴だと言われるだろう。
何より、ボクはお兄ちゃんの声なんて聞いたことがない。
だけど、ボクはその声がお兄ちゃんのものだと、なぜか確信していた。
――大丈夫、ボクが2人を支えるから。
――だから、お兄ちゃんは安心して旅立って。
ボクはそう心の中でお兄ちゃんに語りかけたのだった。
ボクがお母さんからそう初めて聞いたのは、小学校に入学する直前のことだった。
それまで自分は一人っ子だと思っていたボクには意味が分からなかった。
何しろ、幼稚園を卒業したばかりの幼児だったからね。
今ならそんなことを聞かされたら、お父さんかお母さんのどちらかが再婚なのかとか、不倫でもしたのかとか、そんなことを考えるかもしれないけど。
いずれにしても、真実はそんな話ではなかった。
ボクの兄は間違いなくお父さんとお母さん両方の血を引いているそうだ。
何でボクがその存在を知らなかったかと言えば、兄が産まれながらに病弱でずっと病院で暮らしていたからだ。
「今まで黙っていてすまない。だが、お前ももう小学生になるんだから知っておくべきだと思ってな」
お父さんがそう言う。
当時は分からなかったけど、今考えれば分かる。
ボクの両親は、幼児のボクが兄の現状を知ってショックを受けることを恐れたのだろう。
ボクはその日のうちに兄が入院している病院に連れて行かれた。
だけど、兄と面会することはできなかった。
お医者さんですら素手で触れないほど、兄は抵抗力が弱いらしい。
そのため幼稚園を卒業したばかりのボクは兄の病室に入ることを許されなかったのだ。
その代わり小さなガラス窓からかろうじて病室の中を見ることができた。
たくさんの機械や管があって、いかにも治療室といったかんじだった。
何故かボクは得体の知れない恐怖を覚えた。
実のところ、この時のボクは兄の姿を見ていない。
「あれが勇太お兄ちゃんよ」
お母さんがそう言っていたので、もしかするとお母さんからは兄の姿が見えたのかもしれない。
しかし、ボクの背丈では病室の中は見えてもベッドに横たわる患者の姿までは見えなかったのだ。
いずれにしても、自分に兄がいると言うことが分かっても、一緒に暮らせるわけでもない。
病院から帰ったあとは、どちらかと言えば兄のことよりも、1週間後から通う小学校への期待や不安で頭がいっぱいだった。
---------------
ボクは小学校に入学後、勉強や運動を頑張った。
病室からでられない兄に変わって、弟のボクが元気な姿を両親に見せたいと思ったから。
テストは毎回90点以上を取ったし、地域の強豪サッカークラブで毎日ボールを追いかけた。
それは純粋に楽しかったし、そんなボクを見てお父さんやお母さんも励まされるだろうと思っていた。
3年生の秋。
ボクはサッカークラブの試合でベンチに入れてもらえた。
このクラブで補欠とはいえ3年生がベンチ入りするのは異例だった。
何しろ、4年生ですらベンチ入りはほとんどありえないくらいなのだから。
ボクは喜び勇んで家に帰ってそのことを報告した。
きっとお母さんが喜んでくれると思って。
――それなのに……
それなのにお母さんは上の空で
「……そう」
と答えただけだった。
そのあと、お父さんが帰ってきたので同じ話をしたが、やはり反応はそっけない。
「ねえ、もう少し話を聞いてよっ!!」
さすがにボクもいらだって、怒鳴った。
「いい加減にしなさい、稔。今何時だと思っているんだ。明日も学校だろ、早く寝なさい」
お父さんはそう言って、ボクを寝室に追いやった。
確かに、23時を過ぎていたので8歳のボクは寝るべき時間だったかもしれない。
でも、起きていたのは帰りが遅かったお父さんにベンチ入りを報告するためだ。
ボクは布団に入ったものの、イライラしてなかなか寝付けなかった。
すると、ボクの部屋まで両親の話が聞こえてきた。
「勇太、そんなに……のか……」
「……せっかく少し良くなって……見えてきたのに……」
とぎれとぎれにしか聞こえなかったけど、何が起きたのかは分かった。
最近は少し回復したという兄の体調が、また悪くなったのだ。
「……稔はあんなに元気なのに……なんで勇太は……」
「おちつけ」
「稔ばっかり元気で。勇太のことなんて気にしないでいつもサッカーばっかり。まるで当てつけじゃない!!
あの子は自分だけ元気なら良いと思っているのよ!!」
お母さんは泣き声混じりにそう言った。
その言葉は、ボクの心を破壊するには十分だった。
「おい、いくらなんでもそれは……」
お父さんがお母さんをいさめる。
後から冷静になって考えれば、お母さんも混乱していたんだと思う。
お医者さんからも見捨てられる寸前の兄を支えるのにクタクタで。
ボクがまだ起きているかもしれないなんて考えることもできず。
だから、ついあんな言葉が口に出たのだろう。
感情が理性を追い越せば、そういう言葉も出てくる。
でも、すぐにそう考えられるほど、その時のボクは大人じゃなかった。
あのとき、ボクはどうすれば良かったのだろう。
たぶん、聞かなかったことにして眠ってしまうべきだったのだろう。
だけど。
その時、感情が理性を上まわったのはお母さんだけじゃなかった。
結果混乱しながらボクがとった行動は、ベッドから起きて自室の扉を開き、両親のいるリビングに向かうことだった。
---------------
リビングに現れたパジャマ姿のボクを、両親は固まったように見た。
「稔……お前寝たんじゃなかったのか?」
お父さんの声は震えていた。
ボクが一体どこまで話を聞いていたのか気にしている様子だ。
ボクはそれを無視して2人に尋ねる。
「お父さんとお母さんは、ボクが元気だとイヤ?」
ボクの言葉に、2人の顔が硬直する。
「ボク、お兄ちゃんの分もお父さんやお母さんに元気なところを見せたいって思っていたよ。でも、それはダメなの?」
悲しさと悔しさと寂しさと。
いろいろな感情がごちゃ混ぜになっていた。
知らず知らずのうちに、ボクは涙を流していた。
小学校に上がってから、一度たりとも流したことがなかった涙だ。
「ボクがいない方が、お母さんは幸せ?」
ボクの声には嗚咽が混じっていた。
「違う、違うのっ、稔!!」
お母さんが叫ぶ。
「ボクは頑張ってる!! 3年生でベンチに入れてもらえるのが、どんなにすごいことなのか2人とも分かってないんだ!!!」
ボクはお母さんに負けじと叫ぶ。
「違う、違うわ……そうじゃない」
お母さんが顔を押さえて泣き出す。
「ボクがどんなに頑張ったって、2人はただベッドで寝ているだけで何もしていないのお兄ちゃんの方がずっと大事なんだ!!」
「違う、違うのよ……」
膝をついて泣き崩れるお母さん。
「お父さんもお母さんも、ボクのことなんてどうでもいいだろ!? お兄ちゃんが元気になれば、ボクなんていらないんだろ!!!」
ボクがそこまで叫んだときだった。
パンッ!!
乾いた音がリビングに響いた。
音の後、左頬が痛むのを感じて、ボクはお父さんに平手で叩かれたと気づいた。
「お母さんにも問題があるが、お前も言い過ぎだ」
お父さんは固い声で言った。
……そのあとはひたすら沈黙の時間が流れ、結局ボクは睡魔に負けて自分の部屋に戻ったのだった。
---------------
翌朝。
朝食を食べるボクと両親に会話はなかった。
嫌な沈黙だったけど、ボクは自分から話をする気にもなれなかった。
みんなが食べ終わる頃。
お母さんが口を開いた。
「稔、サッカーの試合、いつなの? 見学に行くわ」
「別にこなくていいよ。どうせ補欠だし」
お母さんの言葉にボクは冷たく応じて、ランドセルを取りに自室に向かった。
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半月後。
ベンチ入りしたボクは、残り時間わずかで試合に出してもらえた。
すでに3点差で負けていたのでボクたちのチームは初戦敗退がほぼ決まっていた。
ボクのチームもこの地域では強豪だが、相手チームは全国大会の出場経験もあって、さらに次元の違う実力者揃いだった。
監督にしてみれば、次の大会に向けてボクにも経験を積ませようということだろう。
試合時間ぎりぎり、ボクのチームは1点だけ返した。
シュートをしたのはボクではなかったけれど、FWの先輩へ上手くパスを出せた。
いつもは厳しい監督や先輩達が、その日は手放しで褒めてくれたくらいのナイスプレーだった。
試合終了後、帰り支度をしていると他の保護者に混じってお母さんが現れた。
ボクの口からは試合日時を教えなかったけど、チームから保護者に伝わっていたらしい。
「頑張ったわね、稔」
お母さんがそう言ってタオルを差し出してくれたけど、ボクはそれをあえて無視した。
この頃になると、お母さんに対する感情は『意地』が大半を占めていた。
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それから半年経って、ボクは4年生になった
ボクの家の中は気まずい雰囲気が流れたままだ。
お母さんはボクに気を遣って色々話しかけてくれるし、お父さんもボクの心を溶かそうとしてくれている。
それは分かっている。
今、この家の中が気まずいのはボクの子供じみた『意地』のせいだ。
いいことじゃないと理屈では分かっていても、心はそれに従ってくれない。
そんなある土曜日。
「明日は勇太の誕生日だな」
夕食を食べながらお父さんが言った。
「あなた、今は……」
お母さんがボクをチラっと見た後、咎めるような声で言う。
あの日以来、なんとなくボクの前で兄についての話はタブーみたくなっていた。
「いつまでも、このままじゃよくないだろう。稔、お前もそれはわかっているはずだ」
お父さんの言葉に、ボクは顔を背ける。
頭では分かっていても、感情は反発したままだった。
と、その時。
固定電話のベルがなった。
お母さんが受話器を取り、何事か話す。
「……そんな……」
お母さんが膝から崩れ落ちる。
それは、兄の危篤を知らせる電話だった。
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電話を受けて両親はすぐに病院に向かった。
「ボクも……」
言いかけたが、お父さんに「お前は家にいなさい」といわれた。
1人家に残されたボクは、ゴチャゴチャの感情をもてあましながらベッドの中で悶々とするしかなかった。
ほんの少しだけ眠って、なんだかすごく怖い夢を見た。
夢の中身は思い出せないのに、恐ろしい内容だったということだけは分かった。
翌朝。
お父さんとお母さんは帰ってこなかった。
昨晩、もし2人が帰れないようだったらコンビニでお弁当でも買って食べなさいとお金を渡されていたけど、買い物に出かける気力もわかなかった。
台所の片隅にクリームパンが置いてあったので、それをかじるだけで朝食にした。
午前10時頃。
電話が鳴った。
表示されている番号をみると、お母さんの携帯からだった。
「もしもし」
「稔、ご飯は食べた?」
「うん」
ボクが答えると、お母さんは一瞬沈黙した。
――そして。
「お兄ちゃんが……勇太が亡くなったわ」
その言葉を聞いて、ボクの頭の中は真っ白になった。
「とりあえず、稔は家にいて。もし困ることがあったらお隣の奥さんに……」
「ボクも行く」
「え?」
「ボクも病院に行くから」
「ちょっと、稔、待ちなさい」
ボクは受話器を置いて、家からかけだした。
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自宅から病院までは電車を2本乗り継ぐ必要があった。
朝食代としてもらったお金がなかったら、電車賃が足りなかったかもしれない。
正直、道中のことはよく覚えていない。
ただ、頭の中をグチャグチャな感情が暴走していた。
病院で看護婦さんに自分の名前を名乗るとある一室に案内された。
以前扉の前まで訪れたことがある兄の病室ではない。
後から聞いたところによると霊安室だったらしい。
部屋に入ると、兄の遺体があり、母が兄の体にすがって泣いていた。
変な話だけど、ボクはその時に初めて兄の顔を見た。
兄の顔はまるでミイラみたいだった。
頬はやせ細り、他の部分も皮だけで肉が存在しないかのようだ。
骨の形がそのまま分かるような顔で、とても昨日まで生きていたとは信じられない。
顔だけじゃない、前で組まれた手も、ズボンの端から覗く足も骨と皮だけだった。
その姿は、兄が必死に戦ってきた証のように感じられた。
兄はベッドの上で寝ているだけだと思っていた。
ボクは一生懸命、勉強や運動を頑張っているのに、寝ているだけの兄の方が両親の愛情を受けているのは不公平だと感じていた。
だから、ずっと意地になっていた。
だけど違う。違ったんだ。
兄は――お兄ちゃんはベッドの上で何もしていなかったわけじゃ無い。
生きるために必死で戦っていたんだ。
どんな言葉よりも雄弁に、お兄ちゃんの遺体はそう語っていた。
そして、そんな絶望的なお兄ちゃんの戦いを、お母さんとお父さんは必死に支えていたんだ。
お兄ちゃんの遺体にすがり泣くお母さんを、お父さんがそっと抱く。
お母さんが顔を上げる。
2人は泣いていた。
ボクは涙が出ない。
その時の気持ちは悲しいというのとは少し違った。
決意。
僕の中にあったのはそれだ。
お父さんとお母さんを守る。2人を支える。
お兄ちゃんができなかった分まで。
もう、子どもっぽい意地を張る時間は終わりだ。
ボクは2人に近づき、後ろからそっと抱きしめた。
座っている2人と立ったままのボクの顔はちょうど同じくらいの高さで。
だから、3人で抱き合った。
その時だった。
『稔、お母さんとお父さんを頼むぞ』
ボクの心のどこかに、そんな声が聞こえた。
(……お兄ちゃん?)
もちろん、ただの錯覚だったのかもしれない。
他の人に話せば、ボクの思い込み、あるいは幻聴だと言われるだろう。
何より、ボクはお兄ちゃんの声なんて聞いたことがない。
だけど、ボクはその声がお兄ちゃんのものだと、なぜか確信していた。
――大丈夫、ボクが2人を支えるから。
――だから、お兄ちゃんは安心して旅立って。
ボクはそう心の中でお兄ちゃんに語りかけたのだった。
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主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
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だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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※小説家になろう様にも投稿しています
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