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第2話 才神学園の天才少年少女達(後編)

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 横から口を挟んできたカケルは思わず言い返す。

「なんだよ、横から口出しするなよ」
「だってさ、カケルがあんまり無邪気だから」
「それ、褒めてないよな?」
「当然じゃんっ!」

 コイツは……
 他人の勝負に口を挟んでなんだというのだろう。
 ケイミはさらに続ける。

「マラソン勝負で勝った勝ったって喜ぶなら、次はツヨシと空手勝負してみなさいよ」
「いや、それは……」
「できないんでしょ?」

 確かにケイミの言い分には一理ある。
 カケルはマラソンの天才として、この才神学園に入学した。そのマラソン勝負で毎日ツヨシに勝ったと喜ぶなら、ツヨシのフィールドである空手でも勝負してみろというのは正しい。

 正しいが。

 カケルよりも前に、ツヨシがケイミに言い返す。

「空手は格闘技だ。俺は素人相手には戦わん」

 当然だという表情のツヨシ。
 マラソン勝負と違って、空手の試合となればカケルのような素人が安易に挑めるものではない。稽古をつんでいない人間が試合に臨めば大怪我をしかねないからだ。

「ふんっ、都合のいい話だこと」

 ケイミは鼻を鳴らす。その様子は、カケルだけでなくツヨシのこともバカにしているようで。

「そんなこというなら、ケイミが勝負するか!?」

 思わず、カケルはそう言った。

「いいわよ、ただし私のフィールドでならね」

 ケイミのフィールド。それは数学。
 とくにフラッシュ暗算と呼ばれる、画面に次々と現れる数字を計算していく技能。一瞬で切り替わる数字を足したり引いたりしていく競技だ。
 ケイミは大人も参加するフラッシュ暗算の大会で、小学3年生の時に国内準優勝。小学5年生で日本チャンピオンに。6年生の時には世界大会で優勝したという。

 ちなみにカケルは数学……というか、算数は小学生時代から大の苦手。未だに2桁のかけ算がおぼつかないレベルである。

 ケイミと数学――ましてフラッシュ暗算で勝負して勝てるわけがない。
 カケルは思わず弱音を吐いてしまう。

「そんなん、勝ち目ないじゃん」
「その通りよ。だから、マラソンで勝っても威張らないことね。マラソンの天才少年くん」

 ケイミはそう言い残すと、とっとと立ち去る。
 ツヨシがカケルに言った。

「気にするなよ。ケイミは言いたいだけなんだから。俺はお前がお子様だなんて思っていない。9キロのハンデもあることだしな」

 ツヨシはそういって豪快に笑う。
 だが、カケルは力なく苦笑いするしかなかった。
 心のどこかで、ケイミの言葉に納得してしまっている自分がいたから。
 自分の得意分野で勝負して、勝った勝ったと騒ぐのは情けない。
 空手ではツヨシに勝てないし、相撲ではフトシに勝てないし、数学ではケイミには勝てない。
 そんなことは分かっているのに。
 確かにさっきのVサインは、ちょっとお子様っぽかったなと思ってしまうカケルだった。

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 校内にチャイムが鳴り響く。同時に担任の猫山先生が教室に入ってきた。
 猫山先生は年齢不詳の独身女性。というか、年齢を聞くとガチで怒り出す。
 本人曰く、『私は永遠の22歳』とのことだが、カケルの目算だと四〇代だと思う。少なくとも、カケルの母親よりは年上にしか見えない。
 しかし今、クラスメート達の目は年齢不詳の教師ではなく、その隣に立つ少女へと注がれていた。

「みんな、今日も転校生を紹介するわ」

 猫山先生が『今日も』と言ったのは、決して言い間違いではない。
 この学園には転校生が多いのだ。
 カケルが才神学園に入学したのは今年の4月だが、その時点でのクラスメートは6人だけだった。
 今、クラスメートは15人……いや、今日も1人増えるらしいから16人になった。

 なぜ、こんなに転校生が多いかと言えば、一年を通して才神学園は全国の天才児に次々とスカウトを送り続けているからだ。
 才神学園では、天才児達の特技を最大限に伸ばし、育成し、将来にわたって活かすことを大切にしている。一般の学校とは違う。スカウトされれば、誰もが入学したいと感じる学校だ。

 猫山先生は転校生の少女に言う。

「自己紹介を」

 転校生はニッコリと皆に笑いかけた。
 そんな転校生の様子を見て、カケルは感じた。

(かわいい)

 理屈では無かった。
 一目惚れ。
 まさにそれだ。
 好みとかそんなのを通り越して、彼女の笑顔はカケルの心を一気につかんでしまった。
 理由は分からない。
 単にかわいいだけじゃない。
 理屈じゃない。
 これはもう、運命の赤い糸だ。

(……って、何を考えているんだ、オレは)

 慌てて、その感情を振り払うカケル。
 一瞬で女の子に惚れて舞い上がるなんて情けない。

(ああ、でもかわいいなぁ……)

 転校生は黒板に『坂原香』と書いた。

「わたし、さかはらかおりといいます。カオリって呼んでください」

 そう頭を下げたカオリに、ケイミが「あっ」と声を出す。

「あなた、ひょっとして将棋の?」

 うん?
 有名人なのかな?

 才神学園にスカウトされる生徒は、それぞれの専門分野で有名なことが多いのでケイミが転校生を知っていてもおかしくはないが。
 返事をしたのはカオリではなく、猫山先生だった。

「その通り。彼女は現在、将棋のプロ養成機関である奨励会に所属しているわ。確か……」

 猫山先生の言葉を、カオリが引き継ぐ。

「三段リークで戦っています。今期は現在のところ全勝中です」

 そう言われても、カケルはピンとこない。
 将棋のプロというのがどのくらいすごいのかもよく分からないのだ。
 カケルは右隣の席のケイミに小声で尋ねた。

「それって、スゴイのか?」
「私も将棋のプロの世界にはあんまり詳しくないけど、確か三段リーグで優勝か準優勝かするとプロになれるんじゃなかったかな。女流プロはいても、女性で男性と同じプロになった人はいなかったはず」
「ふーん」

 要するに、カオリは将棋の天才として才神学園にスカウトされたってことらしい。

「じゃあ、席は……」

 猫山先生がクラスを見回す。
 カケルは反射的に手を上げた。

「オレの左の席、空いているからここがいいよ!」

 カオリと隣の席になりたいという一心から出た言葉。
 案の定、ケイミにからかわれる。

「なによカケル? 転校生に一目惚れ?」
「ち、ちがわい! ただ、ほら、なんつーか……」

 まずい。
 このままじゃ、クラスメート達にからかわれまくる!
 そんなカケルの様子を見て猫山先生は苦笑い。

「いいわ、確かに席が空いているものね。坂原さんは先崎くんの隣に座って」

 カオリは「はい」とうなずいて、カケルの隣の席へとやってくる。

「よろしくね、先崎くん」
「……カケルでいいよ。みんなそう呼ぶから」
「うん、カケルくん!」

 ニッコリ笑ったカオリの顔。
 カケルは思わず見とれてしまう。
 ケイミが呆れた声で言う。

「完全に一目惚れね」

 が、今のカケルの脳内にケイミの言葉は届かない。
 ぽーっとした表情でカオルを見つめるのみである。
 猫山先生が、そんなカケルの様子に呆れつつ言った。

「はいはい。色ぼけ少年くんはともかく、みんな一時間目の準備を……」
 その時だった。
 カケルの頭の中に猫山先生とは別の声が響いた。

『さあ、天才少年少女くん達。いざ地獄へご招待!』

(なんだ?)

 聞いたことがない謎の声。
 いや、今のはそもそも声なのか?
 耳から聞こえたのではなく、脳みそに直接メッセージを送られたような不快感があった。
 と、そこまで考えたときだった。
 床が揺れた。

(地震!?)

 思った次の瞬間、カケルの体が落下を始めた!

(な、なに!?)

 瞬間、教室の床が抜けたのかと疑うがすぐに違うと気づく。
 なにしろ、カケル達の教室は一階だ。
 仮に床が抜けてもすぐ下は地面である。
 だが、落下はいつまでも続く。

 1メートル? 2メートル? それとも10メートル?

 いや、そんなもんじゃ……

(なんだよ、これ!?)

 やがてカケルは意識を失い……
 ……気がついたときには、地獄の入り口に倒れていたのだった。
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