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第14話 マラソン勝負へのインターバル

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 先崎翔。通称カケル。
 マラソンの天才少年。
 小学校時代に何度も優勝経験あり。海外の大会にも出場して好成績を残している。
 アマチュアとはいえ大人も参加する大会でも、上位入賞に輝きテレビ局が取材に来たこともある。

 カケル達の前に、空手勝負を終えたツヨシがステージから下りてきた。

「大丈夫か、ツヨシ?」
「ああ」

 ツヨシは短く答える。だが、息が荒い。そして左肩をかばうように抑えている。
 フトシが心配そうに言う。

「ひょっとして、肩……」
「大丈夫だ、せいぜい骨にヒビが入ったくらいだろ」

 何でも無いように言うが、カオリが叫ぶ。

「いや、骨にヒビって! 全然大丈夫じゃないじゃない!」
「心配いらん。この程度で死にはしない」
「そりゃ、そうかもしれないけど……」

 確かにスポーツをしていれば、その程度の怪我はありえる範囲だ。
 だが、ヒビが入っているとなれば軽い怪我とも言えない。平気な顔を装っているが、本当はすごく痛いはずだ。
 ツヨシにケイミが言う。

「それにしても、本当に空手で鬼に勝つなんてね」
「当然だ」
「あら、自信があったの?」
「俺は『命がけ』で戦った。ゴゴウは『お遊び』で戦った。どっちが勝つかなど明白だろう」

 ツヨシはそう言うが、肉体的な強さには圧倒的な差があったはずだ。
 拳がかすっただけで骨にひびが入るような相手と、よくぞ死闘をくりひろげたものである。

「で、最後は……」

 4人がカケルを見る。
 まともに戦うことすらできずに放り投げられてしまったフトシ。
 人間の底力を見せつけたケイミ。
 理不尽なAI戦を戦い抜いたカオリ。
 そして、文字通り命がけの戦いを制したツヨシ。

(負けられない。絶対に、オレは負けられない!)

 カケルは閻魔王女をにらむ。
 ヤツが今度はどんな理不尽な手段を使ってくるか。
 そもそも、人間とは根本的に違う鬼とマラソンで勝てるのか。
 閻魔王女はさらに盛り上げようと実況を再開する。

「さ~てさて、大波乱! 人間VS鬼の戦いはまさかの最終戦までもつれ込みました! 特に鬼相手に殴り合って勝ちをつかんだツヨシくんには大拍手ですね~」

 閻魔王女はそういって、わざとらしく手を叩いてみせる。

「本当、ツヨシくんは強いですよねぇ~。その筋肉、ステーキにして齧りついたらきっと美味しそう♪」

 悪趣味な褒め方もあったもんである。

「さて、最終勝負はマラソン対決! まずは鬼の選手を紹介しましょう」

 これまでとは違って、鬼側の選手が先にステージに進み出た。
 現れたのは緑色の鬼。カケルは一目見て悟る。
 長距離走をやっている者の筋肉だ。鬼であってもそれとわかるほどに。

「緑鬼のイダくんで~す。イダくんは鬼のマラソン大会で優勝経験の持ち主!」

 鬼にもマラソン大会があるのか。

「カケルく~ん、残念だったね。これまでの競技は鬼の世界にはないから、人間側には経験という有利な点があったんだけどね~。残念ながら、マラソンは鬼の世界にもあるんだよなぁ~」

 確かに。
 例えば、もしもゴゴウがただの乱暴者ではなく空手の修行を積んでいたら、ツヨシに勝ち目はなかっただろう。

「しかもね、鬼の世界のマラソンは人間の世界のそれとはちょーっと違うんだなぁ」

 またか。
 どうせ何か理不尽なルールを押しつけてくるつもりだろう。

「どう違うんだよ?」

 尋ねるカケルに、閻魔王女が指を鳴らす。
 すると、空中に大きな画面が現れた。
 そこにどこまでもまっすぐに伸びる道が表示されている。その周囲は全て赤い水。
 道にはカケルとイダを模したと思われる人影が立っている。

「鬼の世界のマラソンにゴールはないのよね。いっせいに走り出して、最後まで走り続けた選手の勝利!」

 画面の中のカケルとイダが同時に走り出す。

「た・だ・し! 地面は一定の速度で崩れていくのよねー」

 カケルとイダが走る道が、2人の後ろから追いかけるように崩れていく。

 つまりは――
 画面の中のカケルが、息苦しそうに減速して、崩れる道から赤い水へと落ちてしまう。

「こんな風に、先に赤い水に落ちた方が負けよ。OK?」

(なるほどね)

 カケルは理解する。
 定められた距離を走ってスピードを競うのではなく、どちらが長く走り続けられるかの生き残り勝負ってわけだ。

「ちなみに、赤い水に鬼が落ちてもたいしたことにはならないわ。でもねー」

 閻魔王女はそこでにやりと笑う。

「地上の生物――もちろん、人間も含めるんだけど、赤い水に落ちると激痛と共に命がきえちゃうのよねぇ」

 そう言って、ケラケラ笑う閻魔王女。

「あ、そうそう。ちなみに、イダくんの記録は人間界で言うと7日と10時間だったかしら?」

(なっ)

 カケルはギョっとなる。
 そんなカケルを尻目に、イダが閻魔王女に抗議する。

「私の記録は7日と12時間11分22秒です」
「あら、アバウトで言ったんだけど失礼だったわ、メンゴメンゴ」

 イダは少し不快そうにするが、それ以上閻魔王女に逆らいはしなかった。

(マジかよ)

 7日間走り続ける。人間の自分にできるわけがない。
 いくらマラソンの天才でも人間の限界を超えている。
 カケルだってダテに天才と言われているわけじゃない。42.195キロはもちろん、100キロだって走り続けられる自信がある。
 12時間耐久レースだって経験があるのだ。
 命をかける気になれば――それこそ、ツヨシと同じくらいの覚悟を持って走れば――あるいは24時間マラソンも可能かもしれない。

 だが、7日間休まず走り続けるのは無理だ。
 なにしろ、人間は睡眠を必要とする。ギネス記録とかを捜せば7日間徹夜した人間だっているかもしれないが、そういう問題ではない。

 ふと、カケルは疑問に思う。

「鬼は寝ないのか?」
「ははっ、鬼や閻魔一族は睡眠なんてほとんど必要としないよ。1年間に5分も寝れば十分かな」
「そうかよ」

 カケルは吐き捨てる。
 結局、閻魔王女は最終勝負も鬼側が圧倒的に有利なルールを用意していたのだ。

(どうする? どうしたらいい?)

 カケルが頭を悩ます。
 そのカケルに助け船を出したのは、意外にも閻魔王女だった。

「ま、確かにねぇ、このままじゃ、カケルくんには勝ち目がないよねぇ~」
「どういうつもりだ?」
「会場がここまで盛り上がっているからねぇ、人間側にハンデをあげるよ。フトシくん、カオリちゃん、ケイミちゃん、それにツヨシくん。君たち四人がカケルくんに手を貸してあげるといいわよー」

 ケイミが尋ねる。

「それはどういう意味かしら?」
「人間側はリレー形式で走っていいってこと」

 そういうと、閻魔王女はまた指を鳴らした。
 ワゴン車のようなモノが現れる。ただし、天井がないオープンカータイプだ。運転席にはめがねをかけた赤鬼。

「それは飛行車。空を走ることができるよ」

 飛行車と呼ばれるその車に乗ってランナーに併走し、途中で交代したくなったらタッチすればいいという。
 ケイミは首をひねる。

「あら、5対1なんて随分と優しいのね?」

 確かにそうだ。
 いや、しかし……
 カケルは尋ねる。

「道が崩れるスピードはどのくらい?」
「人間界の速度で言うと、時速12キロくらいだったかな?」

 そのスピードを聞いて、カケルはまたしても理解してしまった。

(やっぱり、そういう罠か)

 一見すると、随分こちらに有利な条件だが、これは……

「そのスピードは……」

 カケルが抗議しかけるが、閻魔王女が遮る。

「ここまで譲ったんだよ。これ以上の文句は言わせないよ。勝負を拒否するならその時点で……」

(地獄行きってか)

 カケルは押し黙るしかなかった。
 そんなカケルに、カオリが言う。

「カケルくん、やろうよ。私もがんばるから」

 ケイミとフトシも言う。

「ここで逃げるのはダメでしょ」
「カケルくん、僕も頑張って走るからさ。相撲で役に立てなかった分、すこしでも」

 3人とも理解していない。

「カケル、どのみち俺たちに逃げ場はない」

 その通りだ。その通りだがこの条件は……
 ツヨシがカケルの耳元とでささやく。

「確かに、他の3人に長距離走るのは無理だろう」

 そう、無理なのだ。
 一般のマラソン選手の時速は10キロほどだ。長距離走の練習を全くしていなければ、それすら難しい。
 短距離ならば、カオリ達でも時速14キロは出せるだろうが、訓練していない人間が長距離走れる速さではない。

「だが、俺は走れる。お前ほどじゃなくてもな」

 確かに、ツヨシは走るのも得意だ。

「俺を信じろ、俺もお前を信じる。俺たちのこれまでの勝負を無駄にするな」

 ツヨシはそう力強く言った。

(そうだ、ツヨシが、みんなが頑張ったんだ。とても勝ち目のない勝負を、それでも互角に戦ってきたんだ。最後はオレの番だ)

 走ること、先を目指すこと、未来を切り開くこと。

(オレは諦めない)

 絶対に!
 だから、カケルは閻魔王女に言った。

「分かったよ。この勝負、受けて立つ!」

 カケルは……いや、カケル達はそう宣言したのだった。
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